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ワンヘルスとは、人・動物・環境の健康をひとつのものとして捉える考え方である。感染症対策や生物多様性、気候変動などの課題と深く関わる概念として、世界的に注目されている。本記事では、ワンヘルスの意味や背景、具体的な取り組み、私たちの生活との関係まで、わかりやすく解説する。

ELEMINIST Editor
エレミニスト編集部
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近年、「ワンヘルス(One Health)」という言葉が、感染症対策や環境政策の分野で注目されている。ワンヘルスとは、人の健康だけでなく、動物や自然環境の健康も含めて一体的に考えるという考え方。
私たちの暮らしは、食料、生態系、動物との関係など多くの要素と結びついている。そのため、健康問題も単独ではなく、複数の分野がつながる形で理解する必要があるのだ。
ワンヘルスとは、人・動物・環境の健康が互いに深く関係しているという前提に立ち、それらを統合的に守ろうとする考え方だ。(※1)
人の感染症の多くは動物由来であり、環境の変化によって広がるケースも少なくない。(※2)医療だけでなく、獣医学や環境科学など多分野が連携することで、健康問題をより効果的に予防・対策できると考えられている。
ワンヘルスが「One(ひとつ)」と呼ばれるのは、人・動物・環境の健康(健全性)が本来は切り離せない関係にあるためだ。従来は医療、獣医、環境といった分野ごとに対策が進められてきた。しかし、感染症や環境問題は複数の要因が重なって起こるため、分野ごとの対策だけでは十分に対応できない場合がある。
こうした課題を背景に、分野を横断した統合的なアプローチとしてワンヘルスが提唱されている。(※3)
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ワンヘルスの考え方が広がった背景には、感染症の拡大や環境問題の深刻化など、複数の課題が同時に起きている現状がある。これまで人の健康問題は、医療の分野で対応するものと考えられてきた。しかし、感染症の多くが動物や環境と関係していることが明らかになり、より広い視点で健康を捉える必要性が高まっている。
人と動物、自然環境の関係が大きく変化していることが、ワンヘルスが注目される大きな理由のひとつといえる。都市化や森林開発、国際的な人の移動などによって、人と自然の距離はこれまで以上に近づいている。その結果、感染症や環境問題が違いに影響し合うケースが増えているのだ。(※4)
近年、世界では新しい感染症や再び広がる感染症が増えている。こうした病気は「新興・再興感染症」と呼ばれ、その多くが動物から人へ感染する「人獣共通感染症」である。
例えば、エボラ出血熱や鳥インフルエンザ、SARSなどは、動物由来とされる感染症だ。人の生活圏が野生動物の生息域と重なることで、これまで接触する機会の少なかった病原体が人へ広がる可能性が高まると考えられている。(※5)このような背景から、感染症対策には人の医療だけでなく、動物や環境の管理も含めた総合的な視点が求められている。
森林破壊や土地開発などによる環境の変化も、人の健康に影響を与える要因のひとつとされている。自然環境が失われることで、野生動物の生息域が縮小し、人間社会との接触機会が増えるためだ。
また、生態系が大きく変化すると、病原体を媒介する動物のバランスが崩れ、感染症の拡大リスクが高まる可能性も指摘されている。(※6)こうした理由から、自然環境を守ることは、生物多様性の保全だけでなく、人の健康を守る取り組みとしても重要とされている。
人や物の移動が急速に増えたことも、感染症の広がり方を大きく変えた要因である。航空機による移動が一般化した現代では、地域で発生した感染症が短期間で世界各地に広がる可能性がある。
さらに、食品や動物の国際取引が増えたことで、病原体が国境を越えて移動する機会も増えている。(※7)こうした状況では、特定の地域だけで対策を行っても十分とはいえない。世界規模で健康問題を捉える必要があることから、ワンヘルスの重要性がますます高まっている。
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ワンヘルスの考え方では、健康は人だけの問題ではなく、動物や環境とも密接につながっていると考える。以下では、それぞれの健康について見ていこう。(※8)
人の健康には、感染症対策や医療、公衆衛生の取り組みなどが含まれる。とくに近年は、新興感染症や薬剤耐性、パンデミックへの対応が大きな課題となっている。人の健康を守るためには、医療体制の整備だけでなく、動物や環境の変化にも目を向ける必要があると考えられている。
動物の健康も、ワンヘルスの重要な要素のひとつである。家畜の疾病管理は食料の安全や安定供給に関わり、野生動物の健康は生態系の維持と密接に関係している。また、ペットなど人と身近に暮らす動物との関係も、公衆衛生の観点から重要視されている。動物の健康を守ることは、人の健康リスクの低減にもつながる。
環境の健康とは、生態系や自然環境が健全に保たれている状態を指す。森林や水、土壌などの環境が破壊されると、生物の生息環境が変化し、人と動物の接触機会が増えることで感染症のリスクが高まる可能性がある。また、気候変動や環境汚染も健康問題と深く関わっている。環境保全は人と動物の健康を守るためにも重要な要素とされている。
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感染症対策は、ワンヘルスの考え方がとくに重要とされる分野のひとつだ。近年の研究では、人の感染症の多くが動物に由来することがわかっている。さらに、環境の変化が病原体の拡大に影響する場合もあり、感染症は人だけの問題ではないことが明らかになってきた。
そのため、感染症対策では、医療分野だけでなく、さまざまな分野が連携することが重要とされている。ワンヘルスは、分野横断的な協力によって感染症の予防や早期発見を目指す考え方でもある。
人獣共通感染症とは、動物と人の間で自然に移行する感染症のこと。WHOでは「脊椎動物と人の間で自然に移行するすべての病気や感染」と定義されており、ズーノーシスとも言われる。
現在、確認されている人獣共通感染症は200種類以上あるとされ、ウイルス、細菌、寄生虫など、さまざまな病原体が関与している。感染経路は、動物との接触によってうつる「直接伝播」と、蚊やダニ、水や食品などを介してうつる「間接伝播」に大きく分けられる。(※9)
2019年12月、中国・武漢市で原因不明の肺炎が確認され、その後、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が世界中へ拡大した。この感染症は、発熱や咳、倦怠感、呼吸困難などの症状を引き起こし、飛沫感染や接触感染によって広がるとされている。
コロナウイルスには複数の種類があり、過去にもSARSやMERSなどの感染症が流行している。これらは動物由来の感染症とされており、新型コロナウイルス感染症もコウモリなどの野生動物から人へ広がった可能性が指摘されている。(※9)
こうした事例から、感染症は人の医療だけでなく、野生動物や環境との関係のなかで発生することが明らかになってきた。
抗菌薬耐性(AMR)とは、細菌が抗菌薬に対して抵抗力を持ち、薬が効きにくくなる現象のことだ。抗菌薬は細菌による感染症の治療に使われるが、不適切な使用などによって耐性菌が生まれ、広がることがある。(※10)
耐性菌は人の医療だけでなく、畜産や環境にも関係している。例えば、動物に使用された抗菌薬の影響が環境中に広がり、そこから人へ影響をおよぼす可能性も指摘されている。(※11)
AMR対策では、医療・畜産・環境の分野が連携し、抗菌薬の適正使用や感染予防を進めることが求められている。ワンヘルスは、AMR問題に対応するための代表的な考え方のひとつである。
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ワンヘルスは、感染症だけでなく環境問題とも密接に関係している。自然環境の変化が、人や動物の健康に影響を与えるためである。
生態系のバランスが崩れると、感染症の拡大リスクが高まる可能性がある。例えば、森林破壊によって野生動物の生息域が縮小すると、人間社会との接触が増えることになる。その結果、動物が持つ病原体が人へ広がる機会が増えるだろう。(※6)
また、気候変動によって蚊をはじめとする媒介生物の分布が変化し、感染症が新しい地域へ広がるケースも考えられる。
生物多様性の保全は、単に自然環境を守るためだけの取り組みではない。人・動物・環境がそれぞれ健やかに生きていくための基盤として、ワンヘルスの考え方のなかでも重要な位置づけとされている。
ワンヘルスでは、生物多様性の保全や人と動物の共生、健全な環境の維持を一体的に進めることが重要とされている。自然環境が適切に保たれることで、人の健康や暮らしの質も支えられているのだ。(※12)
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ワンヘルスは世界的に推進されている取り組みでもある。感染症や環境問題が国境を越えて影響するためだ。
国際的には、WHO(世界保健機関)、FAO(国連食糧農業機関)、WOAH(国際獣疫事務局/世界動物保健機関)などが連携し、ワンヘルスの推進を進めている。人の健康、動物の健康、食品安全、環境といった分野を横断しながら、感染症対策や研究、情報共有などを行っている。近年では国連環境計画(UNEP)も加わり、より包括的な協力体制が構築されている。(※13)
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックを契機に、分野横断の連携はさらに意識されるようになった。感染症対策をはじめ、地球規模の課題に対応するためにも、各国や関係機関の協働が求められている。
実際に、G7では保健・農業・環境の分野が連携する「ワンヘルス・アプローチ」に基づき、各国の取り組みを共有する専門家会合が開催されている。このような国際的な枠組みのなかで、感染症対策や食品安全、AMR対策などの分野横断的な取り組みが進められている。(※14)
日本でも、政府や自治体がワンヘルスの取り組みを進めている。感染症対策や食品安全、環境保全などの分野で関係機関の連携が強化されている。
また、自治体レベルでも取り組みが広がっており、なかでも福岡県は「ワンヘルス推進基本条例」を制定し、専用の情報発信ページを設け、先進的な取り組みを進めている。(※15)
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ワンヘルスの考え方は、SDGs(持続可能な開発目標)とも深く関係している。健康や環境といった課題を分野横断で捉える点が共通しているためだ。
SDGs目標3は「すべての人に健康と福祉を」である。感染症対策や公衆衛生の向上はこの目標の中心であり、ワンヘルスは人・動物・環境を一体として健康を守る視点から、達成に貢献する。
SDGs目標13「気候変動に具体的な対策を」や、SDGs目標15「陸の豊かさも守ろう」は、環境の健全性を守る取り組みだ。これらは感染症リスクや人の健康とも関係しており、ワンヘルスの重要な要素のひとつとなっている。
ワンヘルスは、健康・環境・食料など複数の課題を横断して考えるアプローチだ。SDGsの複数目標を同時に捉える視点とも重なっており、持続可能な社会を実現するための考え方として位置づけられている。
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ワンヘルスは政策や研究の概念だけではなく、私たちの暮らしとも関係している。日々の行動が、人や動物、環境の健康に影響する可能性がある。
私たちの食生活は、農業や畜産、自然環境と密接につながっている。食品の生産や流通の過程では、動物の健康や環境の状態が重要な要素となる。
また、ペットとの暮らしや自然との関わり方も、健康や感染症リスクに影響する可能性がある。こうした日常の関係性を理解することが、ワンヘルスの第一歩といえるだろう。
ワンヘルスは専門的な概念に見えるが、日常のなかでも実践できる考え方である。こまめな手洗いや動物と触れ合う際の衛生管理、抗菌薬を正しく使う意識は、感染症の予防につながる。
食品ロスを減らす、環境に配慮した商品を選ぶといった行動も、人と動物、自然の健康を守ることにつながる。日々の小さな選択が、持続可能な社会への一歩となる。
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ワンヘルスは重要な概念である一方、社会で実現するにはいくつかの課題もある。とくに分野横断の連携が大きな課題とされている。
ワンヘルスの取り組みでは、複数の分野が協力する必要がある。しかし、行政や研究分野にはそれぞれの制度や専門領域があり、連携が簡単ではない場合もある。情報共有や組織間の協力体制を整えることが大きな課題とされている。
一方で、分野横断の連携も少しずつ進んでいる。日本では、日本獣医師会と日本医師会が学術協力の協定を結ぶなど、人と動物の健康を一体的に捉える取り組みが広がっている。(※3)
今後は、感染症が発生してから対応するのではなく、発生そのものを防ぐ「予防」の視点がこれまで以上に重要になるだろう。人の健康だけに着目するのではなく、動物の健康管理や環境の保全といった要素を含めて、リスクの芽を早い段階で捉えることが求められている。
そのためには、医療や獣医療、環境分野などの連携を強化し、分野を横断した情報共有や対策を進めていくことが不可欠だ。また、ワンヘルスの推進には、科学技術だけでなく、経済や法制度、社会の仕組み、さらには人々の意識の変化も含めた幅広い分野の連携が重要になると指摘されている。(※16)
日常的な監視やデータの蓄積、地域レベルでの取り組みの積み重ねが、将来の大きなリスクの抑制につながる。人と動物、自然がバランスよく共生できる社会を目指すことが、結果として人の健康を守ることにもつながる。ワンヘルスは、未来の社会を支えるための視点として、今後さらに重要性を増していくといえる。
ワンヘルスにおいては、人と動物、自然がバランスよく共生できる社会を目指すことが何より重要だ。ワンヘルスは、未来の社会を支えるための視点として、今後さらに重要性を増していくといえる。
ワンヘルスは、人・動物・環境のつながりから健康を考える視点である。人の健康は、動物や自然環境と切り離して考えられるものではない。感染症や環境問題が複雑に絡み合ういま、分野を越えた連携と、日々の小さな選択の積み重ねが重要になる。身近な行動の一つひとつが、すべての命が健やかに共存できる未来へとつながっていく。
※1 ワンへルスについて|みんなでやろうよ!ワンヘルス応援サイト 福岡県保健医療介護部ワンヘルス総合推進課
※2 地球温暖化と感染症 P2|環境省
※3 日本獣医師会と“One Health”の取組|日本獣医師会
※4 ワンヘルスの取り組み 副読本 P2|福岡県教育委員会
※5 動物由来感染症|厚生労働省
※6 「ワンヘルス(One Health)」~次のパンデミックを防ぐカギ|WWFジャパン
※7 ワンヘルスにおける環境と衛生 P2|一般財団法人日本環境衛生センター
※8 ワンヘルス・アプローチに基づく人獣共通感染症対策|厚生労働省
※9 人と動物の共通感染症|福岡ワンヘルス協議会
※10 薬剤耐性(AMR)対策|厚生労働省
※11 薬剤耐性(AMR)とワンヘルス(One health)|AMR臨床リファレンスセンター
※12 生物多様性とワンヘルス|生物多様性情報総合プラットフォーム 福岡生きものステーション
※13 ワンヘルスへの統一された呼びかけ : 世界的な影響をもたらすための実施、科学、政策、投資の推進|公益社団法人 日本WHO協会
※14 ~ヒト、動物、環境の健康を~ 「ワンヘルス・アプローチ(One Health Approach)」|厚生労働省
※15 みんなでやろうよ!ワンヘルス応援サイト|福岡県保健医療介護部ワンヘルス総合推進課
※16 専門家から見たOne Health研究の将来ビジョン -感染症に強い社会を実現するために-|Kiyohiko Andoh, Arata Hidano, Yoshiko Sakamoto, Kotaro Sawai, Nobuo Arai, Yuto Suda, Junki Mine, Takehiko Oka
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