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生物多様性の減少は、世界的な問題として対策が講じられている。そもそも生物多様性が減少すると、どのような問題が生じるのだろうか。生物多様性が減少している原因や理由をふまえつつ、生物多様性について考える。
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エレミニスト編集部
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生物多様性とは、地球上に存在するすべての生物の多様性と、それらが形づくる生態系の複雑なつながりのことだ。地球では、3,000万種類にもおよぶ生物がそれぞれの個性を持ち、相互に支え合って進化している。(※1)
生物の多様化は、生物が環境に適応するように進化した結果だ。生物多様性条約では、生物多様性は「生態系」「種」「遺伝子」の3つのレベルに分類されている。生態系は、森林や里地里山などの多様な生物が共存する環境を指し、種はそれぞれの動植物や微生物を指す。遺伝子は、個々の生物内の多様性を指している。
生物多様性は、きれいな水や空気、食料、医薬品など、私たちの生活に欠かせない恵みを提供している。しかし開発や乱獲、外来種の持ち込み、気候変動などにより、日本では約3割の野生動植物が絶滅の危機に瀕している。(※1)
生物多様性を守ることは、人間社会の持続可能な発展にとって非常に重要なことなのだ。
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私たちの暮らしは、食料や水、気候の安定など、多様な生物が関わりあう生態系からの恵み(生態系サービス)によって支えられている。国連の主導で行われた「ミレニアム生態系評価(MA)」では、生態系サービスを「供給サービス」、「調整サービス」、「文化的サービス」、「基盤サービス」の4つに分類した。(※2)生物多様性が損なわれると、それぞれのサービスにおいて、次のような問題が生じる。
供給サービスとは、農業生態系や海洋生態系による食料供給、地球規模の水循環や水流の調整、浄水を含む水の供給、オイルなどの燃料、木材、綿、ジュートといった繊維などの原材料の供給、品種改良に活用できる遺伝資源の供給、生化学薬品の供給など。(※3)私たちの生活に欠かせないあらゆるものは、生物多様性によりもたらされている。これらが供給されなくなると次のような問題が生じる。
地球表面の35%は農業や畜産業に利用され、人類の食料の大半は、約30種の作物に依存している。農業生態系において生物多様性が低下し、作物の遺伝的多様性が喪失すると、病原菌で全滅するなど、大きな社会的・経済的損失を引き起こす恐れがある。また、海洋生態系に依存する水産養殖などは、健全な自然生態系と生物多様性が維持されていなければ成り立たない。特定の種が減少すると食物連鎖が崩れ、農作物や水産物の生産量に影響を及ぼす可能性も出てくる。
さらに、生態系が与えてくれる遺伝資源は、品種改良に活用されている。農業や畜産業、漁業、水産養殖業にとって、生産量の増加、病害抵抗性や栄養価の最大化、環境や気候変動への適応をすすめるための品種改良は、重要であり欠かせない。生物多様性が低下すると必然的に遺伝的多様性が失われ、品種改良に必要な遺伝資源が不足してしまう。
基盤サービスとは、植物が酸素を生み、森林が水循環のバランスを整え、バクテリアが動植物の死骸を分解し豊かな土壌をつくりだすなど、生命の生存基盤の恩恵のこと。これらは多くの生きものの営みとバランスによって支えられている。(※4)生物多様性が失われると次のような問題が生じる。
生態系は地球規模の水循環や調整・浄化といった安全な水の供給を私たちにもたらしてくれる。森林や湿地の生態系は植生・微生物・土壌によって水の流れを調節し水質を改善する機能がある。また森林は、流域内を循環する水に大きな影響を及ぼす。森林によって大気湿度や水蒸気収束が増大し、雲発生や降雨の確率が上がると考えられている。その森林のバランスを保ち守るのも、そこに住む多様な生物たちの共存が必要不可欠だ。生物多様性が損なわれると、私たちの生活に欠かせない水の供給に影響が出るだろう。
地球の表面の気候は、本来、生命を維持することができる温度に保つ天然の「温室効果」によって調整されている。しかし、現在起こっている気候変動は、森林の伐採などの土地利用の変化や化石燃料の消費の急増といった人間の営みによってもたらされた。
温室効果ガスの代表であるCO2は、直接的には水に、間接的には光合成を通じて植物によって吸収され、バイオマスや土壌内に有機物として貯蔵される。泥炭地など炭素を貯蔵する土壌も、気候調整に大きな役割を果たす。また、海洋生物が体内にCO2を蓄えるなど、海洋環境も気候調整にとって重要だ。こういった天然の気候調整の機能が生物多様性の減少によって失われてしまうのだ。それによって気候変動や異常気象の発生という問題が起きてしまう。
植物が光合成で二酸化炭素を吸収し、酸素を供給することできれいな空気を維持している。これを生態系サービスにおいては、大気質の調整と呼ぶ。主に都市域において、樹木や植物は大気汚染や騒音の大幅な低下をもたらし、都市部のヒートアイランド現象を緩和させる。このような都市生態系の環境調整は、公園、墓地、空き地、川、湖、庭、大学のキャンパスなど、樹木やそこに住む生物たちによって保たれている。
調整サービスとは、大気質の調整、地球の表面温度を維持する気候調整、局所災害の緩和や土壌浸食の抑制、土壌の肥よく度を維持し栄養循環を支える、有害生物や病気を生態系内で抑制するといった機能のこと。(※5)生物多様性が失われ生体サービスが損なわれると、次のような問題が起こる。
森林やサンゴ礁、海草、海中林、湿地帯、砂丘などの生態系は、天然の防壁または緩衝帯として、暴風や台風、洪水、津波、雪崩、野火、地滑りといった自然災害の影響を軽減する役割を担っている。こいった場所にある生物多様性には、被害を緩和・軽減し、回復を促進する役割があり、それが失われると、生態系の回復力も低下してしまう。
また、植物が地面を覆うことは土壌の浸食防止に大きな効果がある。急傾斜地では、森林が土壌の水分状況を調整し、地滑りを防いでいる。近年では地滑りの発生頻度が増加傾向にあり、これは、森林破壊などの土地利用の変化によると考えられている。
文化的サービスとは、人間が自然にふれることで得られるあらゆるメリットのこと。人間は自然や生き物にふれることで、審美的、精神的、心理的な面でさまざまな影響を受ける。都市地域では、窓から緑を眺めることで仕事によるストレスが減少するといった、人間の心理的利益が増大することを示した研究例もある。エコツーリズムのように観光を通じて利益を生み出す活動もある。エコツーリズムや教育的な活動では、生物多様性が高いほどサービスも向上する。(※6)
豊かな自然環境や珍しい動植物は、多くの観光客を引き付け、地域経済に貢献する。生物多様性の減少により特定の種や生態系が失われると、魅力的な観光地も減少する。これにより観光業が衰退し、地元経済への悪影響が生じるだろう。
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日本の生物多様性は、過去50年にわたり失われ続けている。(※7)また2020年時点で、野生動植物の約3割が絶滅の危機に瀕している。(※8)日本で生物多様性が減少している原因・理由は何だろうか。
都市化や農地開発、インフラ整備にともない、多くの自然環境が破壊され生物が住む場所が失われていることが原因として挙げられる。さらに道路や建物によって生息地が分断され、動植物が自由に移動できなくなり、遺伝的多様性が低下していることも問題だ。
里山は、多様な生物が共存する貴重な生態系を提供してきた。しかし過疎化や高齢化により、適切に管理されなくなっている。これにより草木が過密になり、一部の種が優勢になり、他の種が生息地を失う状況が生まれている。里山の管理不足は、生物多様性の減少を加速させる要因のひとつだ。
海外や他地域から持ち込まれた動植物が在来種の食物や生息地を奪うことで、生態系のバランスが崩れるという問題が起こる。外来種の繁殖力が強く、在来種を圧倒する場合、在来種の絶滅や生態系の機能低下が進行し、生物多様性が脅かされる。
気温の上昇や降水パターンの変化により、生物の生息環境が影響を受けている。これにより適応できない動植物は生息地を失い、種の絶滅リスクが高まる。さらに気候変動は異常気象の頻発も引き起こし、自然災害が生態系にさらなる打撃を与えている。気候変動がもたらす環境変化は、日本の生物多様性に深刻な影響を及ぼしている。
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生物多様性の減少を防ぐために、日本ではどのような取り組みが行われているのだろうか。
緑化地域制度は、市街地において効果的に緑を創出するための規制である。都市緑地法第34条に基づき、緑が不足している市街地で一定規模以上の建築物の新築や増築を行う場合に、敷地面積の一定割合以上の緑化を義務づける制度だ。(※9)
名古屋市では1990年から2005年の15年間に1,643haの緑地が失われた。そこで市域の93%を占める市街化区域に緑化地域を指定。施行後、2009年10月までの1年間に申請された緑化面積は50haを超えた。現在では、屋上などに生物多様性に配慮した緑化空間を設けたり、通常では緑化が図られることが少ないコンビニエンスストアやドラッグストアなどで芝張りを行ったりと、さまざまな取り組みがみられる。緑化の義務付け制度により、生物多様性の確保につながる都市の緑地が着実に増えている。(※10)
サンゴ礁の保全活動は、沖縄の島々などで行われている重要な取り組みだ。サンゴ礁の保全活動には、海岸清掃、オニヒトデの駆除、海の観察会、サンゴ群集再生の試み、観光業や漁業者による海域利用のルールづくりなどが含まれる。サンゴ礁の保全活動は、地域の自治体、NPO、企業、住民、漁業者、観光業者、研究者などが協力して実施している。
また「沖縄県サンゴ礁保全推進協議会」など情報や意見交換の場を設け、多様な参加と協力を促進する組織の設立も進められている。(※11)
生きものマークとは、日本各地で行われている生物多様性に配慮した農林水産業の取り組みの総称だ。(※12)農業や林業、水産業を通じて豊かな環境を取り戻し、産物を通じた発信や環境教育も含まれる。特別な認定要件や資格は不要で、生産者や消費者など誰でも参加可能だ。
生物多様性評価の地図化は、日本の生物多様性の現状を地域ごとに視覚化するための取り組みである。2010年の生物多様性総合評価で示された生物多様性の長期的変化をもとに、地域ごとの損失進行状況や優先対策地域を特定するための空間情報整備が課題となった。
この課題に対応するため、2010年から2年間の検討委員会で評価地図を作成し、市町村ごとの基本情報を整理した生物多様性カルテも作成した。
生物多様性国家戦略2023-2030とは、日本政府が生物多様性の保全と持続可能な利用を推進するための基本計画である。生物多様性国家戦略2023-2030は、生物多様性条約第6条および生物多様性基本法第11条に基づいて策定されている。日本は1995年に最初の戦略を策定し、見直しを重ねてきた。
最新の戦略では、2022年にカナダで開催された生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)で採択された「昆明・モントリオール生物多様性枠組」に基づき、2023年3月31日に閣議決定された。生物多様性国家戦略2023-2030には、目標達成のための指標が含まれている。
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生物多様性の減少を防ぐために、私たちには何ができるだろうか。
海外から持ち込まれた動植物が、在来種の生態系を破壊するリスクは高い。そのためペットや植物を輸入する際には、環境省が指定している外来種ではないか確認が必要だ。(※13)さらに、飼育している外来種を野外に放つことがないよう細心の注意を払う必要がある。飼えなくなった、育てられなくなったからといって近くの公園や森などに放つのは論外だ。
気候変動が生物の生息環境を急激に変え、生態系を脅かしている。生物多様性を守るためには、地球温暖化の進行を食い止めることが重要だ。
具体的には、エネルギー消費量を減らす、省エネ製品を使用する、再生可能エネルギーを利用する、なるべくごみを出さないなど、日常生活での取り組みが求められる。
持続可能な方法で生産された商品や、リサイクル可能な素材を使用した製品を購入することで、環境への負荷を減らせる。これにより自然資源の過剰利用を抑え、生態系の保護に貢献できる。
地元で生産された食品を購入することで、長距離輸送による環境負荷を減らすとともに、地域の農業や漁業を支援できる。また、産地がわかる食材を選ぶことで、乱獲によるものや過度な環境負荷によって生産された食材を選択するリスクを回避できる。消費者のこういった購買行動が浸透することで持続可能な生産方法が促進され、地域の生態系が保護される。
自然保護団体の活動や地域の自然保護イベントへ積極的に参加することで、生態系の重要性を実感し、保護意識が高まる。また子どもたちを含む家族や友人と自然散策を楽しむことで、自然への理解と愛着が深まり、持続可能な行動が促進される。
3R(リデュース、リユース、リサイクル)は、生物多様性の減少を防ぐために役立つ。リデュース(廃棄物の削減)により資源の無駄遣いを減らし、リユース(再利用)で製品の寿命を延ばし、リサイクル(再資源化)で廃棄物を新しい資源として活用する。これにより自然資源の過剰利用を抑え、生態系への負荷を軽減する。
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多様な生物の命のつながりを示す「生物多様性」。日本だけでなく、世界中で生物多様性の減少が問題視されている。国際連合で採択されたSDGs(持続可能な開発目標)では、目標14「海の豊かさを守ろう」や目標15「陸の豊かさも守ろう」でも生物多様性への意識が盛り込まれている。
企業や自治体の努力も必要だが、個人でも生物多様性の減少を防ぐために行動できる。生物多様性を守る暮らしを選択してみては。
※1 生物多様性とはなにか?|環境省
※2 生物多様性と生態系サービス|生物多様性センター
※3 供給サービス|生物多様性センター
※4 生物多様性のめぐみ|環境省
※5 調整サービス|生物多様性センター
※6 文化的サービス|生物多様性センター
※7 令和5年版 環境・循環型社会・生物多様性白書 第4節 世界と我が国の生物多様性の現状と科学的知見から考察する生物多様性の損失|環境省
※8 生物多様性に迫る危機|生物多様性 -Biodiversity-
※9 緑化地域制度|国土交通省
※10 国土交通省の生物多様性保全に向けた取組|国土交通省
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