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生物多様性に関する取り組みが国際的に加速するなか、イギリスでは「生物多様性ネットゲイン」に関連する施策が進められている。本記事では、生物多様性ネットゲインの意味や方法を解説。持続可能な社会を実現するために欠かせない、生物多様性の保全に向けた取り組みについても紹介しよう。
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生物多様性ネットゲイン(Biodiversity Net Gain / BNG)とは、住宅や土地開発、事業開発における工事において、開発前よりも自然環境をよい状態にすることを指す。通常、土地開発を行うと、開発地に生息していた野生生物の生息環境が奪われてしまう。過去には生物多様性の損失につながるケースも多々あった。生物多様性ネットゲインにおいては、開発で失われた以上に自然を増やし、生物多様性を増やしていくことが求められる。つまり、開発を行うほどに自然環境がよくなっていく仕組みなのだ。
イギリスでは、各国に先駆けて生物多様性ネットゲインを推進している。2021年11月に成立した新たな環境法では、開発前と比べて生物多様性を10%純増させることが目標として明文化された。2023年11月からイングランドにおける多くの開発において適用され、以降、エリアや対象を拡大していく方針だ。(※1)
開発前後の自然環境の変化を表す言葉に、「ネットロス」「ノーネットロス」「ネットゲイン」がある。違いは以下の通りだ。
ネットロス:開発によって自然や生物多様性が損失すること(純減)
ノーネットロス:開発による生物多様性の損失が避けられない場合に、同等の価値を創出し、損失を実質ゼロにすること
ネットゲイン:開発によって損失した以上の環境価値を生み出し、生物多様性を増加させること(純増)
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生物多様性ネットゲインは、開発事業が行われている場所(オンサイト)で実施されることを原則としているが、難しい場合は、開発地以外の場所(オフサイト)での実施も認められる。また、オンサイト・オフサイトのいずれでも実現できない場合は、最終手段として生物多様性クレジットを活用する方法がある。
生物多様性クレジットとは、法的に整備された生息場を購入する手法。CO2削減量を売買し、カーボンニュートラルを実現する排出権取引と同じような考え方である。しかし、生物多様性クレジットは、損失した自然を回復するわけではないため、本来の目的を達成しない。生物多様性ネットゲインで開発事業者に求められるのは、生物多様性の純増だ。生物多様性クレジットの制度には、見直しの余地があるとされている。(※2)
生物多様性の増加を評価する方法としては、生物多様性メトリックが用いられている。特色や状態、リスクなどの複数の要素で生息域の状態を評価する。評点をつけた生物多様性ユニットを開発前後で比較することで、生物多様性を定量的に評価する手法だ。(※3)
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生物多様性ネットゲインが注目される背景には、地球環境問題の深刻化がある。環境の変化は自然に打撃を与え、あらゆる分野に大きな影響をおよぼしている。以下では、環境問題の現状について解説する。
私たちの生活は生物多様性によって成り立っている。食料や木材、医薬品はもちろん、空気や水も生物多様性がなければ維持できない。近年は、過去にないスピードで生物が絶滅し、生物多様性の喪失が深刻視されている。
生物多様性を脅かす原因は、人間の生活や開発にある。主な要因として挙げられるのは、自然環境の破壊や資源の過剰利用、地球温暖化など。外来生物の侵入で、生態系が崩れることも要因のひとつである。
2021年6月にイギリスで開催されたG7サミットでは、「G7 2030年 自然協約(G7 2030 Nature Compact)」が合意され、2030年までに生物多様性の損失を食い止めて反転させることが約束された。そのための目標が「30by30(サーティ・バイ・サーティ)」。陸と海の30%以上を自然環境エリアとして保全するというものだ。(※4)
世界では、全陸地面積の約30%を森林が占めている。世界的に見ると、森林は毎年減少し続けているのが現状。とくに、南アメリカやアフリカなどでは大規模な森林減少が起きている。森林が減少する要因はさまざまだが、プランテーションへの転換や開発、森林伐採によるところが大きい。(※5)
森林破壊は、地球にさまざまな危機をもたらす。野生生物の生息域となっている森林が減少すると、多くの生物がすみかを失い絶滅するだろう。食料や木材などが不足し、人間の生活にも支障が出る。さらに、森林破壊は異常気象とも大きく関わっている。森林破壊によって森林を失うと、私たちの生活は立ち行かなくなる。
地球温暖化が深刻化し、世界中が気候変動の影響を受けている。2023年7月の世界の平均気温は、観測史上最高を記録。(※6)国連のグテーレス事務総長は、記者会見で「地球温暖化の時代は終わり、地球沸騰の時代が来た」と表現した。日本でも記録的な猛暑となり、地球温暖化が進行していることを実感した人も多いだろう。
2023年3月に気候変動に関する政府間パネル(IPCC)から発表された「第6次統合報告書」によると、世界の平均気温は産業革命前からすでに1.1℃上昇している。パリ協定では、平均気温上昇を1.5℃に抑える「1.5℃目標」が掲げられているが、このままだと近い将来1.5℃に達する可能性が高いことが指摘されている。
地球温暖化がこのまま進行すると、取り返しのつかない損失や損害が増加する。これまで以上の取り組みを早急に進める必要があるのだ。
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地球温暖化対策と両輪として取り組む必要がある生物多様性の保全。世界中で保全や再生の動きが加速しているが、日本でも政府や自治体、企業などでさまざまな取り組みが進められている。以下で3つの具体例を見ていこう。
「2030生物多様性枠組実現日本会議(J-GBF)」は、2021年11月に設立された組織。2011年から2020年に活動していた「国連生物多様の10年日本委員会(UNDB-J)」の後継組織にあたる。30by30をはじめとする国際目標や国内戦略を達成すべく、国内のあらゆる関係者の連携を促進し、企業や国民の行動変容を促す取り組みを進めている。(※7)
具体的には、総会やフォーラム、イベントの開催など。生物多様性の保全や持続可能な利用を推進するためのさまざまな役割を担っている。
日本政府は、人と自然の良好な関係の再構築を目指すべく、エコロジカル・ネットワーク構想を進めている。エコロジカル・ネットワーク構想とは、生態系の現状を踏まえ、保全・再生・創出すべき生態系の拠点や配置を明らかにし、自然のポテンシャルを活かした国土利用を進めることについての認識を共有するための一連の構想と定義されている。(※8)
主な施策は、重要地域の保全や自然再生など。生態系の保全を国土全体で一挙に進めるのは現実的ではないとし、生態系の適切な配置やつながりを明らかにしたうえで、それぞれに合った施策を行うとしている。また、地方公共団体や企業、国民などの多様な主体が連携して地域に応じた取り組みを進めることが期待されている。
生物多様性においては、地域ごとの特性に応じた保全活動が求められており、地方公共団体が重要な役割を担っている。岡山県岡山市では、独自の施策として「身近な生きものの里」事業を展開。身近な野生生物をシンボルとし、地域の主体的な活動により環境づくりを図ることができる地域を「身近な生きものの里」として認定している。認定された場合は、保全活動に必要な資材の提供や経費の助成などが受けられる。(※9)
認定地域は、2023年時点で25カ所。ホタルやメダカなどをシンボルとして、里ごとに地域に応じた保全活動が行われている。
これまで人間中心の開発を進めてきた結果、地球環境が悪化。このままだと取り返しがつかないことになる。生物多様性を損なわないという視点は重要だが、もはやそれだけでは足りず、生物多様性ネットゲインのような野心的な取り組みが必要になってきた。
イギリスで推進されている生物多様性ネットゲインの政策を皮切りに、これからは、開発で生物多様性を増やす時代が来るだろう。生物多様性の恩恵を受けている私たちも、環境負荷が低い生活へシフトし、できることから取り組む必要がある。
参考
※1 イングランドにおける生物多様性ネットゲイン(BNG)政策とその影響について P84|リバーフロント研究所報告 第33号
※2 イングランドにおける生物多様性ネットゲイン(BNG)政策とその影響について P85|リバーフロント研究所報告 第33号
※3 生物多様性ネットゲイン(英国)-開発するのはいい、緑もさらに増やすならば、といったような方策|ニッセイ基礎研究所
※4 30by30|環境省
※5 世界の森林の現状|環境省自然環境局 自然環境計画課
※6気候変動2023|JAXA
※7 J-GBFについて|2030生物多様性枠組実現日本会議(J-GBF)
※8 エコロジカル・ネットワークの基本的考え方 P3|環境省
※9 岡山市身近な生きものの里事業|岡山市
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