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「生物多様性クレジット」とは私たち人間の活動によって損なわれた自然を回復・保全する試みの一つである。では、生物多様性クレジットは既存のCO2排出量削減や環境保護政策とどのような面で異なるのか?必要とされる背景や今後の展開について、解説していく。
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生物多様性とは、地球上に存在する生物たちが持つ豊かな個性やその間のつながりのことである。
地球上の生物は40億年という長い歴史の中で、さまざまな環境に適応しながら進化し、推定3,000万種(※1)もの多様な生物種が誕生している。これらの生命は一つひとつが固有の個性を持ち、それぞれが生態系において重要な役割を果たしている。
例えば、鳥や虫で植物の蜜や種子を栄養源にする種の場合、それらを餌にするのと同時に、種子や花粉を運ぶことで植物の繁殖を助けている。このように、相互に支え合って調和を保っている。
しかし、人間の経済活動や、従来の生態系に外来種が侵入すること、気候の変動などによって生物多様性が脅かされることはしばしば繰り返されている。そこで、生物多様性条約では、「生物の多様性の保全」「生物資源の持続可能な利用」「遺伝資源*の利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分」の3つを目的としている。
生物多様性は我々人類も含め地球上の生態系の安定と調和に不可欠であり、保護されるべき貴重な資産である。
*遺伝資源:作物などの改良品種をつくるときに利用できる遺伝子素材のこと
生物多様性クレジットとは、生物多様性クレジット制度とも呼ばれ、個人や企業が生物多様性に貢献するため、環境プロジェクトや事業に投資できる仕組みである。
日本においても環境保全を促進するための「Jクレジット制度」がすでに行われている。これは、環境保護や温室効果ガス削減などの取り組みの成果を評価・認証する制度で、認証された成果は「クレジット」と呼ばれ取引される。
また、欧州を中心に国際的に取り組んでいる二酸化炭素の排出量を減らすことを目的とした「カーボンクレジット制度」も存在する。これらの制度と同様に、生物多様性をテーマにしたクレジット制度を生物多様性クレジットと呼んでいる。
生物多様性クレジットには、「生態系クレジット」と「種クレジット」のような種類がある。
生態系クレジット
生態系クレジットは、生態系の保護や復元に貢献した活動やプロジェクトに対して与えられるクレジットだ。生物多様性の保全や環境の改善に取り組む企業や個人がクレジット創出者となり、企業や個人を対象に販売や取引が行われることで、生態系サービスの価値を評価し、経済的なインセンティブを提供する。
種クレジット
もう一つの種クレジットは、生物多様性の保全や絶滅の危機に直面する種の保護に貢献した活動やプロジェクトに対して与えられるクレジットである。種クレジットは、生態系の健全性と種の生息地の保全を行うためのもので、種の保護や生息地の維持に対する取り組みを支援することで、生物多様性の維持を目指している。
これらのクレジット制度は、社会が持つ環境保護や生物多様性の保全に対する意識を高め、それに貢献する活動やプロジェクトを促進することで、持続可能な社会の実現に向けて取り組まれており、現在国際的に注目が集まっている。
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ではなぜ生物多様性クレジットが注目されているのか?ここでは、生物多様性クレジットがこれからの社会においてなぜ必要とされるのか、目的と定義に焦点を当てて解説する。
生物多様性クレジットの主な目的は、生物多様性の保全や持続可能な活動を可能にする経済システムの促進だ。生物多様性クレジットによるインセンティブにより、企業や組織が自然環境への負荷を減らすのと同時に、その活動への支援を促進することで、より多くの人が参加できる環境を整え生態系の回復や保護を目指す。
言うまでもなく、我々人間が生活を送るにあたって生物多様性の保全による地球環境の維持は極めて重要な課題だ。生物多様性クレジットを通じて企業や組織、もしくは個人が生物多様性に貢献することを奨励し、生態系や絶滅の危機に瀕している生物の生息地を保護することが可能となる。
また、企業は自社の生産活動や供給チェーンにおいて生物多様性への悪影響を軽減し、社会的責任を果たす意識を高めることになるのと同時に、クレジットを取引することでクレジット創出者以外も生物多様性に関するアプローチが可能となる。
生物多様性クレジットが普及することで、あらゆる経済活動において自然に配慮した経済システムを確立しやすくなるのである。
生物多様性クレジットは、失われた生態系を保全するオフセット計画や、種の保存活動における共通の測定単位と定義されている。(※2)また、先ほど紹介した生態系クレジットと種クレジットは、生物多様性評価方法によって分類されている。
生物多様性クレジットは、経済活動による生物多様性の損失を別の場所で埋め合わせる(オフセットする)ために使用される。このことから、「生物多様性オフセット」と呼ばれることもある。また、イギリスでは損失した生態系を失われた以上に取り戻す「生物多様性ネットゲイン」に取り組んでいる。詳しくは以下の記事を参考にしてもらいたい。
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生物多様性クレジットは比較的新しいクレジット制度であるが、現在普及しているカーボンクレジットやJクレジットに続く制度となることが期待されている。
生物多様性クレジットにより、企業や組織はより幅広い環境保護へ資金を提供することが可能となるため、生物多様性に直接プラスの影響をもたらすことができる点が高く評価されている。
また、すでにカーボンクレジットやJクレジットに取り組む民間企業をはじめとし、大学、研究機関、自然保護団体、コンサルタント会社など、多くの企業や団体が生物多様性クレジットの普及に取り組んでいる。
また昨今の異常気象や気候変動を背景に、生物多様性の保護への注目も高まっている。こういった背景から、生物多様性クレジットは今後も利用や注目がさらに上がっていくと予想されている。
生物多様性クレジットの市場が発展しつつある一方で、現時点では生物多様性クレジットにはいくつかの問題点も存在する。
まず、自然保護の進捗を測定する単一の基準が存在しないため、生物多様性クレジットの効果を客観的に評価することが現状では困難だ。既存のクレジット制度では、二酸化炭素排出量の制限や、再生エネルギーの導入など環境負荷に関する一定の基準が設けられているが、生物多様性クレジットでは今のところそういった基準が誕生していない。
また、生物多様性クレジットについて、専門家の間ではクレジットがどのように使用されるべきか、そもそもクレジットという呼称が正しいのかについて一致した見解がなく、さらなる検証と、資金の流れを管理するための透明性が求められている。
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生物多様性クレジットは、既存のクレジット制度に続き普及していくことが期待されている。環境に対する意識が国際的に高まる中で、カーボンクレジットやJクレジットに加えた、新たな環境を促進するクレジット制度が求められており、日本においても生物多様性クレジットは必要とされる制度となるであろう。
そのためには、現在の仕組みを洗練させ評価基準を明らかにし、取引されたクレジットの資金がどのように利用されるか透明性の確保も重要になる。
地球上の重要な資源であり、我々人間が生きていくために不可欠な生物の多様性を守るための制度であるため、今後の動向に注目していきたい。
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