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バイオミメティクスとは、生物の特性に基づき新たな技術を生み出すことを指す言葉だ。この記事では、バイオミメティクスのメリットや具体例について解説し、バイオミミクリーとの違いなどを紐解いていく。
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バイオミメティクスとは、生物の構造や機能、生産プロセスを観察、分析し、そこから着想を得て新しい技術の開発や物造りに活かす科学技術のことを指す(※1)。産業界で注目が集まっている技術のひとつだ。
合成繊維や電気回路の発明に寄与したが、21世紀に入りナノテクノロジーの進展とともに、ロータス効果やゲッコテープなどの新素材も開発された。これにより生物学・材料科学・工学の学際融合が進み、省エネルギー・省資源型の持続可能なモノづくりを可能にする技術革新が進展した。
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バイオミメティクスの歴史は古く、1950年代後半にドイツ系米国人の神経生理学者であるOtto Schmitt(オットー・シュミット)氏によって提唱された(※2)。同氏は、バイオミメティクスを利用して生物の神経システムにおける信号処理に基づいた「シュミット・トリガー」と呼ばれる電子回路を開発した。
化学の分野で利用されていたバイオミメティクスは、機械工学や流体力学などにも応用されるようになり、軍事産業や鉄道・船舶、航空産業などの幅広い産業へ影響を与えている。
バイオミミクリーとは、自然界の生物の優れた性質を模倣して新たなテクノロジーや製品を創出する考え方である。『自然と生体に学ぶバイオミミクリー』の著者であるJanine Benyus(ジャニン・ベニュス)氏が命名した(※3)。生物の「Bio」と模倣の「Mimicry」を組み合わせてできた造語だ。
バイオミメティクスは主に生物の構造や機能の模倣に焦点を当てているが、バイオミミクリーは自然のプロセスや生態系全体を模倣しようとしている。バイオミミクリーとバイオミメティクスのニュアンスは若干異なるが、同義語として扱われることもある。
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バイオミメティクスは、自然界の生物が長い進化の過程で培ってきた優れた構造や機能を模倣する。そのため、人間の実体験だけでは生み出せないような革新的アイデアが創出できる。また新しいアイデアの創出によりエネルギー効率が改善され、持続可能な社会の実現が期待できるだろう。
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革新的なアイデアの創出に役立つバイオミメティクス。どのようなものに活用されているのだろうか。
ハニカム構造のフロントガラスとは、ハニカム(蜂の巣)状の六角形セル構造を取り入れたフロントガラスのことだ。ハニカム構造の特徴である優れた強度を活かし、飛び石や衝撃による破損を減少させ、安全性を向上させる。また、軽量化により燃費の向上や車両の総重量の削減にも寄与している。ハニカム構造は、航空宇宙や建築分野でも広く利用されている。
新幹線の先頭は、カワセミのくちばしの形状を模倣したデザインとなっている。カワセミのくちばしは、水への突入時に水の抵抗を最小限に抑える。カワセミのくちばしの形状を新幹線に応用することで空気抵抗を減少させ、騒音を低減しエネルギー効率を向上させる。
面ファスナーは、スイスの技術者が犬の毛や衣服に付着するゴボウの実のフック構造に着目して開発した。ゴボウの実のフックは、動物の毛や衣類の繊維に絡みつく特性を持っている。この原理を応用して、フックとループが絡み合う面ファスナーが誕生した。
痛くない注射針は、蚊の口吻の形状と機能を模倣している。蚊は人の皮膚に刺入するとき、痛みをほとんど感じさせずに血を吸う。この仕組みを注射針に応用することで、皮膚への刺入時の抵抗を減少させ、痛みを大幅に軽減することが可能となった。
卵のシェル構造を活用した車のフロントガラスとは、卵の殻が持つ特有の形状と強度特性を取り入れたフロントガラスのことだ。卵の殻は、薄くて軽量でありながら非常に強靭で、外部からの圧力を均等に分散させる能力がある。この原理を応用することで、フロントガラスにかかる衝撃を効率よく吸収・分散させ、飛び石や衝突時の破損リスクを低減する。
またシェル構造のデザインは、素材の使用量を抑えつつ高い強度を維持できるため、車両の総重量の削減や燃費の向上にも貢献している。
ドローンの飛行技術は、鳥や昆虫の飛行原理をもとに、羽ばたきを模倣して開発された。ハチドリのホバリングやトンボの安定した飛行特性などを取り入れることで、ドローンの飛行安定性や操縦性が大幅に改善した。
バイオミメティクスを活用した、面白いアイデアや風変わりな技術により生み出されたものもある。
日東電工は、ヤモリの足の裏に着想を得た「ヤモリテープ」を開発した。ヤモリの足から生まれたテープは、直径数ナノメートルのカーボン・ナノチューブが高密度で並んでおり、せん断方向の接着力に優れている。このテープはわずか1平方センチメートルで500グラムを保持でき、ヤモリの接着力の約8割を実現している。
カイコガの雄は、性フェロモンを感知すると、反射的に直進方向へ移動するジグザグクルリンという動きをする。この特性を生かし、東京大学の神崎亮平氏は「匂い源探索ロボット」を開発した(※4)。
このロボットは、カイコガの神経回路を模倣した電子回路を再現し、数メートル先の匂いを感知する。匂い源探索ロボットの他にも六足で歩行するロボットや昆虫が操縦するロボットなど、昆虫の動きを模倣したロボットが多数開発されている。
中央大学発ベンチャーであるソラリスは、ミミズを模した配管の深部を検査するロボット「Sooha(ソーハ)」を開発した。これはミミズのぜん動運動を活かしたもので、狭い空間や不整地、地中での移動が可能である。Soohaはレスキューや医療、細管検査、極限探査など多様な分野での活用が期待されている。
カタツムリの殻を模した汚れにくい外壁とは、カタツムリの殻が持つ自然の自己清掃機能を取り入れた外壁材のことだ。カタツムリの殻には、表面に微細な凹凸構造がある。この凹凸構造が水滴を小さく保ち、汚れや微生物を付着しにくくする。この原理を外壁に応用することで、雨水が外壁に当たると汚れが洗い流され、清潔な状態を保つことができる。
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人体をはじめ、生物の体は神秘的だ。身を置く環境に適し、生命の維持と子孫の繁栄のためだけに生み出された機能や構造は、その効率の高さや環境への対応力、強靭さから人間を驚かせる。
それらに着目し、研究・解明の末に開発されたバイオミメティクスを活用した技術や道具は、私たちの生活をより便利にしてくれるだけでなく、環境への順応や負荷の軽減といったメリットももたらしてくれる。バイオミメティクスは半世紀以上前からある概念だが、今後、より一層、求められるだろう。
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