Photo by KeitaSawa
SHIROが北海道砂川市にオープンした「みんなの工場」。“開かれた工場”を目指し、地域の人々と協力してつくりあげたというこの新たな拠点は、市全体の活性化につながるまちづくりの一環としても機能している。「みんなの工場」の目的と、そこに込められた熱い想いとは、どんなものだろう。
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【SUMMARY】
◆取組の概要:ブランドの創業地である北海道砂川市に「みんなの工場」をオープン
◆きっかけ:社会課題に対して、民間企業としてできることがあると考えた
◆背景にある課題:子どもたちの教育環境の問題や地方の過疎化などあらゆる社会課題
「みんなの工場」のライブラリーエリア。気になる本を手にとって、それぞれが過ごすことができる。
札幌駅から北へ向かう特急電車に乗って1時間弱。SHIROは、北海道中部に位置する砂川市に2023年4月、「みんなの工場」をオープンした。ここは、単なるコスメティックブランドの工場という枠を超え、地域と連携しながらブランドの想いが濃縮された、新たな拠点となっている。
「自分たちが毎日使いたいものをつくる」を信念に、これまで少数精鋭でものづくりを行ってきたというSHIRO。しかし、ブランドが成長するとともに、生産量拡大が課題になっていた。そこで、もともとあった砂川の工場を、同市内で移転・新築することになったのだ。
当初、関東近郊を候補地としていたが、どうもしっくりこない。そんななか、砂川市の江陽小学校跡地を先代が購入していたことを思い出し、ここを新たな拠点とすることが決まった。
Photo by KeitaSawa
「みんなの工場」にはキッズスペースが設けられている。子どもも大人も誰もが自然と集える“みんなの居場所”があるのだ。
SHIROがこだわったのは、“みんなで工場をつくる”ということだった。その中心となったのが、代表取締役会長兼ファウンダー・ブランドプロデューサーの今井浩恵氏の想いだ。
今井氏の想いは、ただ自分たちの利益のために新しい工場をつくるのではなく、「地域のため、社会のためになる場所をつくりたい」ということだ。ブランドの売上が伸び、国に納めるお金は増えているはずなのに、周りを見渡しても社会課題や子どもたちの教育環境はさほど進歩がないように思え、「民間企業である自分たちができることを推し進めていこう」と考えた。
そこで立ち上げたのが「みんなのすながわプロジェクト」だ。SHIROはこれまでも、自社工場の敷地内で、子どもとものづくりのお祭りをテーマにした職業体験イベント「すながわジャリボリー」を2009年から10回にわたって主催するなど、ブランドとして地域還元に取り組んできた。その想いを引き継ぎ、まちづくりと連携した工場施設をつくろうと砂川市民とワークショップや議論を重ねた。
みんなの工場は、ブランドを育ててくれた場所でもある砂川へ「恩返しをしたい」という想いもあった。ブランドを続けていくには、この土地の環境を守ることが必要だった。そこで、誰も排除せず、子どもも大人もあらゆる人を受け入れて、地域の人々が誇りをもてる砂川を目指していこうと考えたのだ。“みんなで工場をつくる”という言葉には、そんな想いが込められている。
「みんなの工場」の特徴のひとつが、全面をガラス張りにして工場部分をオープンにしていることだ。
まず最初に決めたのは、“工場を開く”ということだった。設計を担当したアリイ イリエ アーキテクツの有井淳生氏と入江可子氏は、SHIROのものづくりの現場を実際に見学し、製造工程のほとんどが手作業であることに驚いたという。
Photo by Masami Naruo
アリイ イリエ アーキテクツの有井淳生氏(左)と入江可子氏(右)。
そこで、働くスタッフの姿や技術をありのまま伝えることを提案。ショップやカフェなどの付帯施設と工場をひとつの建物にまとめ、その仕切りにはガラスを使用することに。訪れた人誰もが、製品ができあがるまでのプロセスを見られるようにしたのだ。
ガラスをはさんだ隣には、ラウンジやキッズスペースがある。ここでは、ふだんは目にすることのない“ものづくり”の風景が、日常にとけこんでいる。
SHIROが、多くの化粧品メーカーと異なる点に、企画開発から製造、販売までをすべて社内で行っていることにある。SHIROの製品の製造では以下の工程を踏んでおり、これらのすべてがガラス一枚でオープンになっている。
・企画開発室:自然素材の持つ有効成分を最大限に引き出すための研究を続けている
・素材処理室:企画開発室で研究された素材を原料化する
・調合室:処理した素材を混ぜ合わせる
・充填室:できあがった製品を瓶に詰める
・包装室:梱包作業を行う
例えば、「素材処理室」では、繊細な力加減ができるよう人の手で酒かすを絞ったり、ラワンぶき(ふきの一種)を洗ったり、がごめ昆布を細かく砕いたり。機械に頼らない、丁寧な作業が行われており、それらを見ることができる。
そして、ガラスの仕切りをはさんで、これらの部屋の隣にあるのは、キッズスペースやラウンジなど。工場での製品づくりと、集まった子どもたちや大人が自由に思い思いに過ごすスペースが、ひとつの空間として共存しているのだ。
こうした工程を公開するということは、いわば、企業秘密を全部見せてしまうということ。しかし、それぐらい「自分たちがやっていることに自信がある」という考えがあるようだ。
工場のすぐ横にはキッズスペースがある。子どもたちはのびのびと遊びながら、働く大人の姿を間近に見ることができる。SHIROでは、そんな子どもたちが体験した原風景が、未来につながると信じているという。
従来の工場は“閉ざされた空間”であったため、当初は「見られる」ことに抵抗感を示すスタッフもいたという。だが、いまではそれが“働くことの誇り”へと変化しているという。
外から見られるということは、逆に自分たちも外に目を向けられるということ。お客さまが自分たちのつくった製品を手に取り、喜んでいる姿を初めて見るスタッフも多く、自分の仕事をあらためて誇りに感じられるようになったという声もあった。なかには、ここで働く姿を見た子どもから「大きくなったらママのいる会社で働きたい」と言われたスタッフもいるという。
子どもたちに、ものづくりの楽しさやかっこよさを原風景として感じてもらうことで、将来、砂川市に志を持った若者たちが集まるかもしれない。
つくる人と使う人をつなげること。ここで働くことが誇りになること。地域に根ざした愛される場所となること。そのような想いや目的も、“工場を開く”という言葉に込められている。
入口右隣にあるショップエリア。すぐ隣にはキッズスペースがあり、天井から張ったジャングルネットの上で、子どもたちが遊べる。
工場の隣のガラスを1枚はさんだエリアには、地域の人やプロジェクト参加者から集まった意見やアイデアをもとに、ショップ、ラウンジ、カフェ、キッズペースなどを併設。天井からぶら下がる大きなジャングルネットも設置した。
キッズスペースとショップは隣り合わせになっていて、遊ぶ子どもたちの様子を見守りながら、親は買い物を楽しめる。また、学校帰りにふらりと立ち寄る子どもたちは、おもちゃや絵本で自由に遊べる。
当初は付帯施設を子どもたちが集まる場にしたいと考えていたが、「大人だって居場所がほしい」という声から、大人もゆったりと過ごせるようなラウンジやライブラリーも設置した。
入館料は無料で、最寄りの砂川駅からは無料のシャトルバスも運行されている。そのため、誰もがいつでも気軽に立ち寄れる施設になっているのだ。
Photo by KeitaSawa
キッズスペースには、子どもたちが自由にお絵かきできる場所も。チョークは、販売できなくなったものを譲り受けている。
SHIROの製品は、自然の恵みを活かしたものが中心だ。そのため、地球環境への負荷を抑え、限りある資源を大切にするという考えがある。そこで「みんなの工場」の施設にも、捨てるものが出ないような工夫があちこちに施されている。
ラウンジの大テーブルは、不動産事業を行う明和地所から寄贈してもらった廃材を職人さんに磨き上げてもらった。よく見ると釘穴や傷があるのがわかる。また、ライブラリーの本棚は、ショップの什器に使った白樺材の残りでつくっている。
古いユニフォームをリサイクルした吸音材。キッズスペースの天井部分に採用し、子どもたちの声が響きすぎないように配慮している。
ほかにも、キッズスペースの黒板に置いてあるチョークは、破損や傷によって販売できなくなったものを北海道のチョーク会社から譲ってもらったり、ジャングルネットの天井に取り付けた吸音材は、スタッフのユニフォームを細かく裁断し、ワタ状にしてアップサイクルしたり。
SHIROでは、創業当初から、地球環境に与える負荷をできる限り減らし、資源を守っていくという考えを大切にしてきた。アップサイクルやリユースも、できるなら「捨てたくない」という思いから、たどり着いた答えだ。
Photo by KeitaSawa
間伐材を使用した床。色や見た目に均一感はないが、それもまた味わいがある。ちなみに、「みんなの工場」はペットの同伴もOK。動物も含めて、誰も排除することはない。
「みんなの工場」の床をよく見ると、色が均一でないことに気づく。これは北海道内の3種の間伐材と、節や虫食いなどを理由に通常は建材には使われない木材を使用しているからだ。
通常は建材として使われない間伐材を組み合わせ、それをあえてデザインに変えている。工場の外壁には、カラマツの間伐材を製材した耳付きの板を取り付けた。
Photo by KeitaSawa
北海道北竜町の山で伐られたカラマツの間伐材を使った外壁。
その背景には、地元の木こりとの出会いがあったという。日本は森林大国でありながら、安価な輸入材に頼ることが増えた結果、木材自給率の低迷が続いている(※1)。かつては林業が盛んだった北海道でさえ、厳しい状況に置かれているのが木こりの存在だ。
本来、森を健康な状態に保つためには、成長の悪い木などを切り、木と木の間隔を広げる「間伐(かんばつ)」の作業が大切になる。だが、間伐する木は不ぞろいだったりして建築用木材には不向きだ。林業の現場では、健康な森林を育てるために間伐しても、間伐材の収集や運搬にコストがかかるため、その多くが林内に放置されたままになっている現状があるそうだ。
木こりの方々の仕事は、森を守るためにとても大切な役割を担っている。そこで、みんなの工場では、間伐材を活用することにした。木こりから間伐材を直接買い取ることで、彼らの生活をサポートすることにもつながるというわけだ。
現在は、「みんなの工場」以外でもSHIROの店舗づくりの際に、間伐材を積極的に採用している。
「みんなの工場」では、水、森、食の3つの循環を目指している。例えば水。施設から出る排水は、リサイクル槽と浄化槽を経て、敷地内の浄化池に貯められる。ここでバクテリアのような微生物と植物の力によってさらに浄化されてから、近くの石狩川へと流す仕組みだ。
また、市民のみなさんと一緒にミズナラやキタコブシといった砂川の在来植物を育てる「たねプロジェクト」にも取り組んでいる。この場所から森の循環をつくれたらいいと考えてのことだ。
工場の西にそびえるピンネシリと呼ばれる山を一望できる「SHIRO CAFE」では、チーズやホタテなど道産の食材を楽しめる。なかにはSHIROの製品の製造工程で出る酒かすやゆずなどを利用したメニューもある。
カフェから出る生ごみはコンポストで堆肥に変え、土づくりにも挑戦。ゆくゆくはその土を使って育てた農園の野菜をカフェで提供できたらと考えている。
自分たちが住む地球を、このあとどういった形で残せるのかが一番大きな課題。工場施設にやってくる子どもたちが、こうした環境の中で自然に循環について学び、地球環境への意識を育んでいくことが理想だという。
「みんなの工場」がオープンして4ヶ月。オープン直後のゴールデンウィークには、2万2000人もの来場があったという。来場者に人気なのが、好みの香りをブレンドして自分だけのマイフレグランスをつくれる「ブレンダーラボ」のものづくり体験だ。
「訪れる人には砂川でしかできない体験をしてほしい」との想いから、定番の5種の香りに加え、砂川限定の「フルーツブーケ」の香り、これに過去に人気だった限定の2種を加えた全8種の香りから、自分だけのフレグランスをつくることができる。
また、工場施設内の壁面に貼られた「お出かけカード」を参考に、北海道観光を楽しむ来場者も多い。このカードは、砂川市周辺をはじめ、道内のおいしいお店やおすすめスポットをスタッフがレコメンドしたもの。「みんなの工場」から北海道の新たな魅力を知るきっかけをつくることで、地域の活性化に貢献している。
札幌市の人口は約197万人であるのに対し、砂川市の人口は約1万6000人と非常に少なく、地域人口の減少や過疎化が問題となっている。「みんなの工場」では新たな雇用を生み出すこともひとつの役割だと考えている。現在、約90人が働いているが、なかには「みんなの工場」で働くために道内から砂川へ移住した人もいる。
SHIROの企業理念は「世の中をしあわせにする」こと。ものづくりを通して社会や環境をよりよくするためのしあわせの循環をつくりたい。そのために、自分たちにできることから動いていこうと思っているのだ。
例えば、いま取り組んでいることのひとつとして、森の落ち葉や樹皮などからポプリをつくる研究を進めている。本来不要になってしまうものに新たな価値を見出すことで、地球環境を少しでもよくすることができるなら、SHIROはそれをやるべきだと考えているのだ。
また、2024年春には、北海道夕張郡長沼町にブランドの世界観を堪能できる一棟貸しの宿泊施設「MAISON SHIRO(メゾン シロ)」も開業予定だ。ここでは、建築物の一部のみに間伐材を使うのではなく、建材のすべてを間伐材にすることを掲げ、森の循環に真正面から取り組む。
ここは「SHIROの工場」ではない。みんなでつくってきた、そしてこれからもみんなでつくっていく、「みんなの工場」であるという。一民間企業として社会課題に向き合い、未来へ向けて自分たちができることをSHIROは常に問いかけ、着々と推し進めている。
※1 和3年木材需給表|林野庁
執筆/秦レンナ 企画・編集/佐藤まきこ(ELEMINIST編集部)
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