果物王国・山梨県が農家と挑む「土の表層に炭素を貯める」地球温暖化対策最前線

山梨県の果樹園
未来への一歩

果樹と食の宝庫・山梨県で、県と農家が協力して、フランス発の「4パーミル・イニシアチブ」と呼ばれる先進的な地球温暖化対策を進めている。この試みに関わっている現地の人々を訪ね、具体的な取り組みや成果について話を聞いた。

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2024.10.08

二酸化炭素削減を目指す「4パーミル・イニシアチブ」とは?

山梨の4パミール・イニシアチブ

4パーミル・イニシアチブとは、2015年12月に開催されたCOP21(気候変動枠組条約締約国会議)でフランス政府が提唱した考え方で、「パーミル(‰)」とは「パーセントの10分の1」の単位を指す。

土壌の炭素を貯める働きに着目したもので、土の表層における炭素量を毎年0.4%増加させると、年々増えている大気中の二酸化炭素の増加分を実質ゼロにできるという国際的な取り組みだ。現在は日本を含む、744の国や国際機関が参画している。

「4パーミル・イニシアチブ」とは? 日本と世界の取り組みと環境への効果

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ブドウの生産量が日本一で知られる山梨県。日照時間が長く、昼と夜の寒暖差が大きく雨の量も少ないため、とくに果物づくりが盛んだ。そうした果樹産地であることを活かしたいと考えていた坂内啓二山梨県農政部長(当時)が、この提案に注目。2020年4月、日本の地方自治体として初めて参加を果たした。

果樹産地を活かした山梨県の4パーミル・イニシアチブの取り組み

山梨県で実際に行われている「4パーミル・イニシアチブ」は、「土壌に炭素を貯める」方法と「温室効果ガスの発生を抑制する」方法の2つがある。

1.土壌に炭素を貯める

(1)草生栽培(そうせいさいばい)

草を伸ばしながら栽培するモモやブドウなどの果樹園では、伸びた雑草を刈り取り、畑に残しておくことを繰り返すことで、雑草に含まれる炭素を土壌に留めておく。

(2)堆肥の投入

堆肥に含まれる有機物には炭素が含まれている。モモやブドウの畑に堆肥を投入することで、土壌の改善のみならず、炭素を土壌に貯めておくことができる。

(3)剪定枝の利活用

モモやブドウは冬の剪定作業により、不要な枝が除かれていく。枝には光合成により、大気中の炭素が貯まっているため、これを炭(通称「バイオ炭」*)やチップに加工し畑に撒く。とくにバイオ炭は土の中で分解しづらく、半永久的に土のなかに炭素を留めておくことができる。
*生物由来の物質「バイオマス」を炭化処理したもの

山梨県総合農業技術センターでの実証・実験の結果、剪定枝によるバイオ炭を使うことで、土の表層における炭素量を毎年4パーミル(0.4%)増加させられることを立証。そこで得られた最適な条件に基づいて、農家も実践している。 

土壌肥料のスペシャリスト・山﨑修平環境部・環境保全・鳥獣害対策科主任研究員は「炭は肥料の流亡を防ぎ、収穫量が上がる可能性がある」と話す。

(4)植物残渣のすき込み

スイートコーンや水稲などの収穫後の植物残渣を土にすき込むことで、土壌に炭素を貯める。

2.温室効果ガスの発生を抑制する

山梨県の「4パーミル・イニシアチブ」

実験中の水稲エリア。水稲には多くの品種があり、現在は高温に耐えうる品種を選抜している。

(1)所施肥(きょくしょせひ)

野菜などを栽培する際、全体的に肥料を撒くのではなく、植物があるところにだけに肥料を施すことで、10aあたりの肥料の使用量を4分の1削減し、温室効果ガス(亜酸化窒素)の発生を抑制する。

(2)水田の中干しの延長

水田から水を抜いて土壌を乾かす(中干し)期間を長くすることで、ヒビ割れし、土のなかに空気が入る。稲の生育にも効果的。さらに、主に水田や反芻動物のゲップから発生し、二酸化炭素の28倍の温室効果があるといわれ温室効果ガスであるメタンの発生も削減することができる。

農家にとって地球温暖化は死活問題 生産者も積極的に「4パーミル・イニシアチブ」を推進

山梨県の「4パーミル・イニシアチブ」

農業は地球温暖化の影響をダイレクトに受けている職業のひとつだ。近年の気候変動により、農産物の収穫時期がずれ、品質にも影響が出ている。山梨県の農政部販売・輸出支援課ブランド化推進担当職員でありながら、モモ、ブドウ、スモモ、カキなどの果物を育てている千野正章課長補佐は、「年々、栽培しづらくなっている」と話す。

「以前、お盆に収穫していたモモが、今は7月末頃へとどんどん前倒しになっている。黒系のブドウは、なかなか色が出づらくなっている。そうしたなかで、生産者側から取り組んでいこうとしているのが4パーミル・イニシアチブだ」。

まだ始まって間もないが、「地球温暖化抑制に貢献できれば」という思いで始まったこの取り組みに、プラスアルファの効果も出てきているようだ。例えば、土壌に改良が見られるという。

バイオ炭を入れ始めてからの畑の変化について、星野一雄JAフルーツ山梨営農指導部部長は、「昨年掘った穴を見ると、根が穴に集中して張っているし、ミミズも増えている。果物にとって土づくりがまず重要なので、土壌改良に本当にもってこいの取り組みだと感じている。その上、環境にやさしく、みなさんに安心・安全な果物を提供できる」と述べた。

その上で、「県の半額補助を活用し、今年度からタコツボ掘り機も採用している。より多くの人に土づくりを徹底していただくよう働きかけている」として、本格的に4パーミル・イニシアチブを推進していく予定だ。

地域おこし協力隊の受け入れで、新規就農者拡大へ

山梨県の「4パーミル・イニシアチブ」

JAフルーツ山梨出資の農業法人・株式会社あぐりフルーツでも、「4パーミル・イニシアチブ」の取り組みを実践している。同社は、高齢化により出荷量が減少している農家から、生産できなくなった土地を借り、新規就農者など新たな担い手の育成に力を入れている。

同社では主にシャインマスカット、種なし巨峰などを栽培しているほか、サンシャインレッドや甲斐キングなどのブドウの新品種の栽培実証なども行なっている。

甲州市からの依頼で、昨年から地域おこし協力隊を受け入れており、現在は2024度の隊員を募集中だ。

農地管理を担当している反田(そった)公紀取締役は、「もともとは県内の農業大学の受け入れはしていていましたが、地域おこし協力隊は昨年が初めて。みなさん、覚えが早いです。ここのブドウも協力隊の人たちがやっているんですよ」と教えてくれた。 

地域おこし協力隊という制度に基づき、隊員たちはすでに甲州市に移住を済ませ、3年後には30aの農地を果樹ごと暖簾わけされ、甲州市内で果樹生産者として活躍する。

「4パーミル・イニシアチティブ」を全国へ 山梨独自の認証制度も

「やまなし4パーミル・イニシアチブ農産物等認証制度」認証ロゴマーク

2021年、山梨県は新ブランドにつながる「やまなし4パーミル・イニシアチブ農産物等認証制度」を創設。土壌への炭素貯留量が確実に見込まれる計画やその実績を認証する制度だ。

設立当初は、認証基準は果樹の土壌炭素貯留のみだったが、現在では、野菜や水稲にも拡大し、土壌炭素貯留のほか、温室効果ガスの発生抑制の取り組みも追加された。

山梨県農政部農業技術課の河西利浩新技術推進監は、「山梨県では35℃以上の日が39日間あり(2024年9月10日時点)、非常に暑い日が続いた。山梨県に限らず、ここ数年、急速な気温上昇というのは共通認識だと思う。農業分野における地球温暖化抑制の取り組みについて、山梨県の生産者や消費者に訴え続けたいと思っている」として、「4パーミル・イニシアチブ」を通じて、県内外に脱炭素化の取り組みを拡大したい狙いだ。

山梨の農産物を食べて「4パーミル・イニシアチブ」を応援しよう

「4パーミル・イニシアチティブ」山梨県の農産物

このロゴの入った農産物を見つけたら、ぜひ買って食べてみてほしい。

「4パーミル・イニシアチブ」を広げるために、私たちにできることは、「4パーミル・イニシアチブ」でつくられた農産物を食べること。そうすることで、農業分野における地球温暖化抑制の取り組みを応援することができる。

山梨県農政部販売・輸出支援課の今村有希さんは、「4パーミル・イニシアチブ」の取り組みによって栽培された果物や野菜を選ぶことで、「消費者の方々に『エシカル消費』という形で参画していただき、社会全体で地球温暖化対策、脱炭素社会の実現に向けて取り組んでいきたい」と訴えた。

日本や世界の農業、そして地球全体にもプラスの影響をもたらす「4パーミル・イニシアチブ」。まずはその取り組みを知り、山梨の「4パーミル・イニシアチブ」で育てられた農産物を見かけたらぜひ手にしてみることからはじめてみてはどうだろう。

取材・原稿・写真/稲垣美穂子 編集/佐藤まきこ(ELEMINIST編集部)

※掲載している情報は、2024年10月8日時点のものです。

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