「トイレがない」が当たり前 35億人が直面する衛生課題に挑むリクシルのSATO事業

LIXIL(リクシル)のSATO事業で設置された簡易手洗い器で手を洗う少年
未来への一歩

世界では安全かつ衛生的に管理されたトイレを使用できない人が35億人にも上るという。そんな衛生課題に真摯に向き合う企業がある。水まわり製品を展開するLIXIL(リクシル)だ。事業活動を通してSDGsに貢献する理由、使命について聞いた。

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2024.10.10

世界の4割以上の人は、衛生的なトイレを使えない現実

開発途上国で使われる屋外のトイレ

バングラデシュのトイレ。屋外に設置された簡易的な竹の板に座って用を足していたという(SATO製品設置前)。

SDGsの6番目のゴールは、「安全な水とトイレを世界中に」だ。WHOとユニセフによると、2022年時点で35億人が安全に管理されたトイレを使用できていない。世界の約42%の人口にあたる。このうち約4.1億人は家や近所にトイレがなく、道端や草むらなどの屋外で用を足す、屋外排泄をしているという(※1)。

SDGsの目標達成期限である2030年が迫るなか、このグローバルな衛生課題の解決に取り組むのが、リクシルの「SATO(サト)」事業だ。「Safe Toilet(安全なトイレ)」の略で、2013年にバングラデシュから始まった。開発途上国向けに簡易式トイレや手洗い設備を販売することで、安全な衛生環境を提供している。

不衛生なトイレは、感染症や下痢性疾患を引き起こす

開発途上国のトイレにはどんな課題があったのか。SATO事業部のアジアリーダー・坂田 優氏は初めて現地を訪れた際、ひどく不衛生な環境に驚いたという。「トイレといっても床に穴が開いているだけ。そこからハエやゴキブリなどの虫も見えますし、強烈な悪臭でした」(坂田氏、以下同)

汚くて臭いもひどいことから、子どもたちはトイレを使いたがらず、林や河川の近くで用を足す。河川の水は煮沸して飲水としても利用されているため、水質汚染が問題になっていた。

生活用水から細菌が体内に侵入し、免疫力の低い子どもは下痢を起こす。世界には、不衛生な水と劣悪な衛生環境が直接的・間接的に起因する疾患で命を落とす5歳未満の子どもが1日に約1,000人いるという(※2)。排泄物の臭気や病原菌の媒介となる虫の進入を防ぐ、衛生的なトイレが必要なのだ。

下水道の設備がない途上国に、安全で衛生的なトイレを

リクシルのプラスチック製の簡易式トイレ「SATO」

簡易式トイレ「SATO」。穴を掘ってその上に設置して使う。

そこでつくられたのが、プラスチック製の簡易式トイレ「SATO」だ。排泄物を貯める穴を掘り、その上に設置する。「用を足すと排泄物の重みで弁がパカッと開く。砂や少量の水を使って排泄物を穴に落下させる。すると弁が再び戻る。弁がしっかり閉まるので臭いや虫の侵入を防いでくれます」動力源も不要で、下水道がない地域でも設置できる。

SATOのトイレの価格帯は国によって変わる。バングラデシュでは2ドル(約300円)ほど。現地で数日分の食事をまかなえる程度の価格だ。アフリカだとプラスチックの入手が困難なため10ドル前後(約1500円)になる。耐久性もあり、屋外に設置された場合でも、5人家族が数十年利用できる耐久性を有している。

現在、SATO製品はトイレと排水に必要なシステムを組み合わせると50種類以上のラインアップになる。なぜなら、国や地域によって生活様式や着用する服装などが異なるからだ。日本で昔あった和式トイレのようなスタイルを好む地域もあれば、着座式をのぞむ地域もある。多様なニーズに応えてきた結果だ。

水道設備のない場所でも使える簡易的に使える手洗いステーション「SATO Tap」

少ない水でも手洗いできる「SATO Tap」。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック時には、水道設備のない場所でも簡易的に使える手洗いステーション「SATO Tap」も誕生。日本では当たり前の手洗い習慣を、開発途上国に広めることに貢献した

約6,800万人の衛生環境を改善 2025年までに1億人を目指す

SATOのトイレの販売開始から10年余り。45カ国以上に向けて約860万台を出荷してきた。設置先は、個人宅や学校、難民キャンプなど多岐に渡る。現地ではどのような成果を挙げているのだろうか。

「バングラデシュのある家庭にSATOのトイレを設置しました。この家では、お子さん5人のうち1人が亡くなってしまい、その原因が下痢性疾患だったというのです。しかしSATOのトイレを設置した後は、残った4人の子どもの下痢の回数が減ったと聞きました。不衛生なトイレに起因する病気を防げたのかなと思います」

また、インドのとある学校には女子トイレがなかった。共学なのに、だ。元々「女性は学校で学ぶ必要はなく、家にいればいい」という価値観があることが影響しているという。「女子生徒は1日トイレを我慢するか、家に帰るしかない。そうなると退学してしまう子も出てしまいます」

女子トイレを設置することで、男女の学びの機会が平等になればと坂田氏は期待を込めた。途上国の衛生問題が教育や男女格差にまでつながっていることに驚く。

子どもたちのため、SATO事業は学校改善プログラム「STEP」も始めた。学校のトイレを整備し、地域コミュニティ全体に清潔なトイレや手洗いの重要性を啓蒙している。

リクシルのSATO事業で衛生環境が改善された人の数は約6,800万人にものぼり、同社では2025年までに1億人を達成するという野心的な目標を掲げている。

寄付ではない 持続可能なソーシャルビジネス

リクシルのプラスチック製の簡易式トイレ「SATO」

リクシルではSATO事業を現地に根ざしたソーシャルビジネスとして展開している。パートナー企業やNGOと連携し、製造、販売、施工、保守までを現地住民が行う。ボランティアでも寄付でもなく、ビジネスにこだわる理由を、「事業でないと一過性で終わってしまう」と坂田氏は話す。

「Make(つくる)、Sell(売る)、Use(使う)」のサイクルを現地で回し続けることで、持続可能な衛生環境の改善が可能になるという。雇用も生み出せるため、途上国の豊かな暮らしにもつながる。

これは、リクシルのパーパス(存在意義)とも密接にかかわっている。「世界中の誰もが願う、豊かで快適な住まいの実現」を目標に掲げ、社会にインパクト(よい影響)を与えることを目指す。「世界中の誰もが」という部分には、国、性別、年齢、経済状況などの垣根を超えた「あらゆる人々」という意味が込められているという。

そして、とくに自社の専門性を活かせる、「グローバルな衛生課題の解決」、「水の保全と環境保護」、「多様性の尊重」の3つの分野に重点を置いている。

黒字化はパートナーシップが要 現地の企業やNGOと連携

リクシルのトイレ事業「SATO」設置後

SATOのトイレができると、子どもたちの間でも、それまでの「汚い・臭いからトイレに行きたくない」という気持ちが消えていくようだ。

2019年、最初にSATOが進出したバングラデシュでは黒字化を達成した。2ドルほどのトイレで黒字化に漕ぎ着けるのは、並大抵ならぬ苦労があったと思われる。成功の秘訣を聞くと、パートナーシップにつきるという答えが返ってきた。

「開発にあたっては、マイクロソフト元会長のビル・ゲイツ氏とメリンダ・ゲイツ氏によって創設された慈善団体『ビル&メリンダ・ゲイツ財団』の助成を受けることができました。生産・販売についても、南アジア最大級のプラスチック生産企業とライセンス契約を結べたことも大きかった」

トイレは、設置した後のメンテナンスも欠かせない。きちんと保守しなければ、本来の性能を発揮できなくなることもあるという。だからこそ、現地のNGOや人々の指導にも重きをおき、他の国々についても、現地NGOやメーカーとのパートナーシップを強化していくという。

採算性が課題だが、リクシルは長期的な視点で捉えている。衛生課題の解決で信頼を勝ち取り、「生活水準が上がった際には、当社のより上位の製品を購入していただくことも視野に入れている」と坂田氏は語っている。

文化や風習の違う国で、衛生環境の重要性を説く難しさ

この事業の難しさは、衛生環境の重要性を理解してもらうことだという。SATO事業を展開するのは、日本でいう秘境のような土地。現地にトイレを使う習慣を根付かせるには、「トイレは命を守り、健康に暮らすためのもの」という理解を広める必要がある。需要がないと供給もできない。

例えば、手洗いの必要性についてもそうだ。「手にはバイ菌がいるというのは、日本人なら子どもでも知っています。なぜなら、顕微鏡で実際に見たことがあるから。ですが、目に見えないものを、基本的な教育も道具もない土地で伝えるのは非常に困難です」

私たちにできることは? 途上国の悲惨な衛生環境について知ること

ナイジェリアのトイレ。

Photo by © UNICEF/UN0854541/Owoicho

ナイジェリアの学校のトイレ。周囲が囲われただけの施設だが、衛生的に改良したトイレが設置された。

私たちにできることは何か聞いてみると、「まずは世界の現状を知ってほしい」とひとこと。トイレなどの衛生課題を語るとき、日本が一番遠い場所にいるという。なぜなら、どこへいっても清潔なトイレがあるのが当たり前だからだ。

「途上国には屋根のないトイレも多い。家から離れた場所や、集落ごとに10〜15人の共同で使用されることもあります」。人目につかない場所で用を足すため、とくに女性は性的暴行を受けたり、野生動物に襲われたりすることもあるという。

トイレットペーパーはというと、「もちろんありません」。代わりとなるのが、水や砂、新聞紙。アフリカでは、トウモロコシの芯を乾燥させたものが置かれていることもあった。トイレットペーパはもとより、シャワートイレに慣れ親しんだ日本人にとっては、あまりに遠い国の話に聞こえる。

近年は、難民キャンプでの需要も増えている。「陶器製のトイレだと紛争地域へ運ぶのは難しい。プラスチック製で軽いというSATOのメリットが活かされています」。現地ですぐ設置できるよう、床と一体型になったトイレも開発された。

難民キャンプと聞くと、1年ほどで退去するイメージがあるかもしれない。「実際は、40、50年ということも。人が一生かけて住む場所になってしまいました。感染症などが広がることのないよう、衛生的なトイレを提供していく必要があります」。そう締めくくった坂田氏からは、社会的課題の解決に取り組む企業の使命感が伝わってきた。

誰もが毎日使うトイレ。それすら整っていない生活環境がどのようなものか、私たちには想像することも難しいかもしれない。「若い人には、もっと海外に出て見てほしい」と坂田氏が言うように、日本の常識からは考えられないような現実があることをまず知り、イメージすることが大切だろう。そうすることで、リクシルのSATO事業の意義がより深く理解できるに違いない。

取材・執筆/村田理江 編集/佐藤まきこ(ELEMINIST編集部)

※掲載している情報は、2024年10月10日時点のものです。

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