ハウスキーピングのたびにタオルやシーツが新しいものに替えられ、レストランでは世界中から集められたフォアグラやトリュフといった食材が並ぶーーそんな従来のラグジュアリーホテルとは一線を画するホテルがある。自然派ラグジュアリーホテルとして知られる「シックスセンシズ」が4月、京都に日本初上陸を果たした。トップレベルのサービスを提供しながら、環境の保護や再生、地域コミュニティのつながりを重視した取り組みが目を引く。
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ロビーからつながる日本庭園。解放感がある
「シックスセンシズ」が “自然派ラグジュアリー”をコンセプトに一号店をモルディブにオープンしたのは1995年のこと。当時斬新だったであろうコンセプト“自然派ラグジュアリー”はどのように生まれたのか。
創業者は「生きることはつながること」という強い信念を持っていたという。その信念を体現したのが「シックスセンシズ」だった。「その土地の自然環境を維持・発展させることがゲストとコミュニティ双方にとってすばらしいことである」という考えから、「人々が自分自身や周囲の人々、取り巻く世界(自然や地域コミュニティー含む)と再びつながることをサポートする」というパーパスが生まれたという。重視するのはサステナビリティやウェルネス、地域コミュニティを重視したサービスやアクティビティだ。ホテルの建材やレストランの食材にはなるべく地元の素材を用い、資源の再利用や廃棄物削減に取り組む。地元のNGOと協働して環境保全に力を入れる。
レストランのメニューにキャビアやフォアグラはない。近隣から食材を調達して廃棄ゼロを目指した調理法で新鮮でヘルシーな野菜中心の料理を提供する。なかでもベトナムのニン・ヴァン・ベイはホテル内に広大な農園を持ち、鶏を飼い、発電まで行いほぼ自給自足に近い形で運営している。ホテルで使用し、販売も行うアロマオイルもホテルの敷地で生産しているという。「シックスセンシズ」の香りはホテルによって異なり、各ホテルで併設するスパでアロマオイルを販売する。
館内にあるアースラボで浄水して瓶詰めしている。
「シックスセンシズ」では水の輸送にかかるCO2削減とプラスチックフリーを実現に向けて、飲料水は館内で浄水して瓶詰めし、レストランや客室に提供する。2023年は各ホテルでボトリングすることで年間約190万本のペットボトルを削減した。シャンプーやコンディショナーなどは創業当時からセラミック製のボトルに入れて提供し、使い捨てプラスチック削減を目指した。
いまでこそ共感を生む取り組みだが、90年代にラグジュアリーリゾートとして運営するのはかなりの挑戦だったのではないか。「創業者は自分が体験したいリゾートをつくろうと始め、それまでとは異なるスタイルのラグジュアリーを提供することを目指したと聞いている」と「シックスセンシズ 京都」のヘンリー・チョウ=マーケティングコミュニケーションズディレクターは教えてくれた。この取り組みが成功したかどうかは「ある意味で時間が証明したといえる。95年はクレイジーだと思われた考え方も、取り組んでいることが正しければ理解してもらえる」と話す。「シックスセンシズ」は“ベアフッドラグジュアリー”を掲げており、ラグジュアリーとうたいながらドレスコードがないのも特徴。スタッフをホストと呼び、ゲストがリラックスしてくつろげる空間を提供する。
ヘンリー・チョウ=マーケティングコミュニケーションズディレクター
2024年以降、新規ホテルはすべてLEED認証のシルバー以上を取得するのを目指す。地元産の建材を多用し、ただキレイな建材を選ぶわけでもない。例えば京都ではフローリングはあえて(人気があまりない)節目のある木を用いて自然の表情を生かした。空調は自動管理し全客室に人感センサーを設置することでエネルギー使用量の削減を行っている。照明はすべてLEDを用いているが、自然光を取り入れることで日中は照明を減らしている。「推定22%の省エネが可能になっている」。蛇口やシャワーヘッドは25~35%程度節水できるものを活用した。こうした取り組みは、コーネル・ホテル・サステナブル・ベンチマーキング・インディテックスに参加し、炭素、エネルギー、水、廃棄物の継続的なパフォーマンスを検証することで実現している。
離島や雪山、砂漠の砂丘、緑豊かな森、荒涼としたツンドラ地帯、ワインエステートなどリゾート地を中心に展開してきた「シックスセンシズ」。19年にインターコンチネンタルホテルズグループの傘下となり、現在21カ国で26のホテルを運営する。自然環境が豊かなリゾート地を中心に展開していたが、23年には初めての都市型「シックスセンシズ」をローマにオープンした。「周囲の文化と地域のコミュニティの強化により重点を置いた。例えば、ローマはホテルの隣にある教会を修復するなど地域の歴史的建造物の保存に取り組み、『シックスセンシズ』のパーパス“つながることをサポートする”ことを体現している」とチョウ・ディレクター。京都では売り上げの0.5%をサステナビリティ基金に拠出し、地元の環境保護を推進する地域団体「ビオトープネットワーク京都」と「京都伝統文化の森推進協議会」の支援に充てている。森林の再生と保存に加えて、林業の再活性化とその文化的価値についての若い世代への教育に役立てられているという。
都市型「シックスセンシズ」の2号店であり、日本1号店の土地に京都を選んだ理由をチョウ・ディレクターは「日本における禅文化の中心のひとつで、当ホテルが掲げる理念との親和性が非常に高い。マーケット的な視点でも、京都は各国の観光都市に比べてラグジュアリーホテルの割合が少ないため、われわれが進出する余地があると考えた」と話す。オープンして4カ月が経った。「お客さまから非常に高い評価をいただいている」。宿泊客はインバウンドが多く、平均3~4泊、1週間程度の滞在が多いというが「滞在が気に入り1週間延泊するお客さまもいる。ウェルネスプログラムに参加して自身のケアを目的に来るお客さまもいる」。日本では強羅とニセコに新館のオープンが控える。
「シックスセンシズ」で働くスタッフはラグジュアリーホテルをどうとらえてサービスを提供しているのかを聞いてみた。「私たちには3つのピラー(柱)がある。ウェルネスとサステナビリティ、そしてもう一つは“非日常の体験”だ。ホテル内外を問わず、さまざまなアクティビティを提供することで日常では気付けないような発見をしたり、忘れられない思い出をつくったりしていただくことが、ラグジュアリーの根幹だと考えている。お客さま一人ひとりが自分の一番大切なものは何か、それに向き合えるような場を提供したい。そしてお客さまが大切にするものに気づき“リコネクション(再びつながる)”するきっかけになりたいと考えている。日本のマーケットに新しい“ラグジュアリー”を提案していきたい」とチョウ・ディレクターは話す。
客室で用意するコットンガーゼのリカバリーウェア(パジャマ)は物販の中でもベストセラーアイテム。
近年のツーリズムの傾向を尋ねると「デジタルデトックスをはじめとテクノロジーの使用を控える旅行者が増えている。例えば検索ワード『デジタルデトックス・リトリート』は昨年50%増えたというデータもあり、『シックスセンシズ』も注目している。アーユルヴェーダ、ヨガ、チベット医学といった伝統的な療法・健康法を取り入れるインド北部の『シックスセンシズ ヴァナ』では、公共エリアでの電子機器使用を禁止している。また、目的を持って旅行したいというゲストも増えている」とチョウ・ディレクターは話す。ラグジュアリーホテルの利用客の傾向も変わっているのだろうか。「レゾナンス・フューチャー・オブ・USラグジュアリー・トラベル・レポートによると、旅行者がやってみたいと思うアクティビティの3位にボランティア活動があり、ラグジュアリー・トラベラーの半数以上が旅行中に定期的または時折ボランティア活動をしているそうで、19年の41%に対し23年は51%だったという」。
「シックスセンシズ」は創業当時から異なるラグジュアリーの提案を試みてきた。そしていま、大手ホテルチェーンの傘下に入り、出店を加速させている。「シックスセンシズ」が提案する、自分自身や身近な人々、自然環境とつながることが豊かさにつながるという価値観がいま多くの人の支持・共感を得ているのではないか。
撮影/細倉真弓 取材・執筆/廣田悠子 編集/後藤未央(ELEMINIST編集部)
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