アウディ ジャパンは、ササステナビリティに取り組む地域をアウディの電気自動車e-tron(イートロン)で巡るツアーの4回目を、2023年7月10・11日の2日間に渡り開催した。今回の目的地は、“脱炭素に一番近い島”と言われる世界自然遺産・屋久島。美しい森や水力発電所などを巡った。
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「Audi Sustainable Future Tour」は、持続可能な社会の実現の重要性について、一人ひとりが考えるきっかけの場をつくることを目的とした取り組みだ。これまでに、岡山県真庭市のバイオマス発電、岩手県八幡平市の地熱発電、静岡県浜松市のAudi浜松に設置されている太陽光パネルでの発電による、再生可能エネルギー(以下、再エネ)を活用する地を訪問してきた。今回の屋久島はシリーズの4回目となる。
屋久島が選ばれた理由は、カーボンニュートラルの実現に向け、先進的な脱炭素地域として注目されているからだ。今からちょうど30年前、日本ではじめて世界遺産登録リストに名を連ねた屋久島は、多様な森林資源の他に雨が多いことでも知られている。ただその豊富な水資源によって、ほぼ全ての電力が発電時にCO2を排出しない水力発電で賄われていることは、意外と知られていないだろう。実は筆者も今回のツアー参加に至るまでは無知だった。
自然災害などの緊急時には火力発電に頼ることがあるため、再エネ100%ではないものの、普段の電力は“ほぼ全てが再エネ”と言っても過言ではない。ゆえに、“脱炭素に一番近い島”と呼ばれている。
屋久島は、きちんと自然が守られながら人々が暮らし、世界中からも多くの人が観光に訪れるという理想的な構図が成り立っている。これに対して屋久島町長の荒木耕治氏は、「守るべきものは守る、切るところは切る、というように、ただ守ってばかりだったわけではない。守るべき精神を維持しながら今の時代に合った屋久島を作るという“共生と循環”をしながら島人が生きていたことが、世界自然遺産登録に繋がったのではないか」と語る。
ツアーの1日目で、屋久島の美しい自然を堪能できる「ヤクスギランド」に訪れた。標高1000〜1300mに広がる自然休養林で、面積270ヘクタールの広大な森に、5つの散策コースが設定されている。一行が歩いた30分コースは最も短い道のりだったが、それでも「千年杉」や樹齢200〜300年の「土埋木」など屋久島特有の自然遺産を見ることができた。他にも「くぐり杉」などのユニークなヤクスギが多く残されている。
地元ガイドの岩川あさみ氏によると、屋久島の人にどこの森が一番きれいかを尋ねたら、100人中100人が「ヤクスギランド」と答えるという。それもそのはず、「ヤクスギランド」はヤクスギ本来の姿を見ることができるように、わざわざお金をかけて整備された森だからだ。しかし整備されたのは観光のためだけではない。人の往来で森が傷むのを恐れたためだ。誰彼構わず森に立ち入り自由に歩き回ってしまえば、その衝撃で地面が下がって木の根が傷んでしまう。そこで人が通る場所を集中させる意味で、昭和49年3月に白谷地区の白谷雲水峡とともに自然休養林に指定されたというわけだ。
江戸時代に伐採された屋久杉が搬出されず、そのまま土の上に放置された倒木を土埋木(どまいぼく)という。200〜300年経った現在でも腐ることなく残っている。
屋久島ではどの小川の水も飲むことができる。
昭和54年11月から運用されている屋久島電工安房川第二発電所
先にも述べた通り、屋久島の電力はCO2がほとんど発生しないクリーンなエネルギー・水力発電によって賄われており、その割合は年間発電量の約99.6%(令和2年度)にのぼる。これだけの高い割合が実現できている理由としては ①年間の降水量が山岳部で8000ミリ(東京の約4倍)、平均標高が600mという地の利が活かされていること ②民間の企業(屋久島電工)が島内の民需用電力を供給していること の2つが挙げられる。しかし最も注目すべきは、100年以上も前から再生可能エネルギーに着目し、それをかなり早い段階で実現化したことだろう。
1910年代には既に、屋久島の高落差の特有の地形と豊富な水資源を利用した電源開発の可能性について検討され始めていた。第二次世界大戦を経て生活スタイルが大きく変化する中で、大規模かつ安定的な電力供給へのニーズが高まった。そんな中、水力発電と化学工業の創起という目標を掲げ、1952年に鹿児島県と太平洋セメントをはじめとした民間11社の出資により、前身の屋久島電気興業株式会社が誕生。翌年には千尋滝発電所が完成した。
その後1960年に安房川第一発電所が完成し、島内への送電を開始。1963年に島内全域への電力供給を果たし、屋久島に新たな産業の火が灯されることとなった。
現在屋久島電工では、千尋滝発電所、安房川第一発電所、安房川第二発電所の3つの水力発電所で、合計58,500kWの発電能力を有している。その発電の有効落差は約640mだ。
発電の方法としては、まず貯水量200万トンの尾立ダムに貯水された水を334m下の安房川第一発電所に送ることから始まる。その水を利用し、発電機のタービンを回すことで電気が生み出される。さらに、安房川第一発電所で使われた水は千尋滝発電所の水と千頭川で取水された水と合流し、地下170mの安房川第二発電所の発電でも利用されている。
こうして発電された電力は、自社の工業用電力にとどまらず島内全域に供給され、島の暮らしを支えている。
今回は特別に、屋久島のカーボンニュートラルの要である水力発電所とダムを見学することができた。
特殊なエレベーターで数百メートル地中を下り、水力発電に使用するジェネレータなどを間近で見学した。
社屋前に展示されている安房川第一発電所のペルトン水車。約340mの高低差で流れてきた水が30kgf/㎠の水圧で、タービンを1分間に514回というものすごい勢いで回転させることで電気が生まれる
どこを見学しても当然煙や匂いなどは一切なく、むしろ時折感じる湿った空気はまるでミストを浴びているかのように心地よかった。エネルギーの在り方が問われる現在、屋久島の水力発電は世界からも注目を集めている。
自然と共生するためには、地元で生産されたものを地元で消費する地産地消の取り組みも不可欠だ。水力発電というクリーンエネルギーを自給自足していることは究極の地産地消といえるだろう。
地産地消は、世界が抱えるエネルギー問題や環境問題とも無縁ではない。遠い場所でつくられた物を運搬するためには、多くのエネルギーが消費されCO2が発生する。SDGsのゴール7「エネルギーをみんなに そしてクリーンに」やゴール13「気候変動に具体的な対策を」を達成するため、地産地消の推進は一定の効果が期待できる。
屋久島では、野菜や果物、海の幸など、様々な農林水産物が作られている。今回は、滞在したホテル「 THE HOTEL YAKUSHIMA Ocean & Forest.」にて、「Audi Sustainable Future Tour」のための特別メニューとして屋久島の食材を使用した数々の料理が振る舞われた。
「Audi Sustainable Future Tour」のための特別メニューは、「 THE HOTEL YAKUSHIMA Ocean & Forest.」の代表取締役社長 後藤慎氏と親交の深い、高級フレンチレストラン「ラ・ロシェル」によるもの。
また、後述する「未来共創ミーティング」が行われた木造二階建ての屋久島町新庁舎(本庁舎)は、ほとんどが屋久島産の木材で建てられている。「木材の地産地消」により、輸送で排出されるCO2を軽減することができるうえ、光合成により地球温暖化の原因であるCO2を吸収・固定することもできる。
建設から5年経過しても心地よい香りが漂う木造の建物。写真は屋久島町長の荒木耕治氏。「ぜひこの庁舎を紹介してください」と笑顔で応じてくれた。
「ヤクスギ」と呼ばれるのは標高500m以上に自生し推定樹齢1000年以上の杉で、保護区原生林に自生しているため伐採することはできない。新庁舎に使用されているのは、戦後に植林された「地杉」だ。
ツアーの2日目の午前には、屋久島にある唯一の公立高校・屋久島高等学校を訪問し、生徒たちに向けてアウディ ジャパンが出張授業を行った。テーマは持続可能な未来に向けたカーボンニュートラルと再生可能エネルギーの活用について。地球の現状やCO2排出量削減の必要性、脱炭素によってどうやって自然を守っていくかを中心に、それについてのアウディとしての計画などが解説された。高校生にとってはやや難しいと思われる内容もあったが、生徒たちはみな真剣な眼差しで聞き入っていた。
そして屋久島の自然エネルギー発電率の高さは、日本で他に例を見ない事例だという解説がなされると、生徒たちは途端に表情がゆるみ、誇らしげな顔をしていたのが印象的だった。
校庭に集結したアウディのe-tronモデルに乗り込み、興奮する生徒たち。エンジンは停止状態だったものの、「乗り心地が良い」「いつかこういうクルマに乗ってみたい」と絶賛だった。
出張授業の感想を聞かせてくれた1年生の生徒たち。「屋久島で使われている電気はほとんどが再エネだとだということは知っていましたが、外からそこまで評価されているとは思いませんでした」
同じく1年生の生徒たち。「自分たちの屋久島が注目されて、有名な会社が来てくれてうれしかったです」「アウディの未来に向けた計画がわかって、素晴らしいと思いました」「自分たちもCO2削減に貢献したいので、できるだけ電気自動車に乗りたいと思いました」
先生と3年生の生徒たち。「屋久島島内に住んでいる生徒が島外に視野を向けられることができて、改めて環境保全に対する意識が高まったのかな、と思います」
ツアー2日目の午後、最後の行程となったのはアウディ ジャパンが主催する「未来共創ミーティング」だ。これは日本各地で稼働している地産地消の再生可能エネルギー、サーキュラーエコノミーを紹介しながら、地方自治体や地元学生と共に産・官・学で持続可能な社会の実現に対する重要性について議論や対話をするもので、これまでもツアー毎に各地で行われてきた。
屋久島町役場が会場となった当日は、アウディ ジャパンと地元ディーラー会社が登壇者となり、ゲストに屋久島町長をはじめ、屋久島観光協会、屋久島高等学校の先生と生徒、屋久島電工などが参加した。それぞれの立場で脱炭素に向けた活動を説明するとともに、屋久島の持続可能な未来の実現に向けた包括提携協定における具体的な取り組みを発表。さらに、高校生を交えてパネルディスカッションが行われた。
自治体や企業が脱炭素のためにしてきたことは、先の水力発電をはじめ、電気自動車等の購入支援事業や、ごみの分別など数々ある。特に電気自動車の普及については10年前という全国的に見てかなり早い段階から着手してきたが、当時の電気自動車はバッテリーの容量が小さく、また充電設備も今ほど実用性がなかったため、思ったほど普及には至らなかったという。今回アウディ ジャパンとの締結で島内に普通充電器が設置されることになり、荒木町長は「やっとこういう時代が来たと思った。この締結が一過性のものではなく、波及効果を生んでくれたら嬉しい」と語った。
そして、持続可能な未来づくりという観点では、脱炭素に留まらず多くの意見が飛び交った。屋久島観光協会ガイド部会長の中馬慎一郎氏は、「何千年、何万年とかけて作られてきた自然を壊さないように、森に入るときには常にお邪魔する気持ちでいる。自然と人間社会はもともと一つで、自然の中で生かされているという意識を持っている島民は、例えば悪天候に逆らってまで何かをしようという感覚はない。都市部から来るお客さんを見ていると、自然との距離が少しずつ離れていっているように感じるので、考えていただくきっかけになってくれたらと思う」と話した。
屋久島の生態系を研究している高校生からは、「若い世代にもっと屋久島の自然の素晴らしさを知ってもらい、仮に島外へ出ても戻ってきたいと思えるような魅力を伝えたい」という頼もしい意見も出た。
筆者としては、脱炭素に関して島民の意識がこれだけ高いのだから、きっと観光客に対してもそれなりの期待感を寄せているのでは、思っていたのだが、荒木町長は一貫して島民目線だった。
「屋久島島民の7割は観光業に携わっていますから、まずは受け入れる私どものほうが脱炭素を始めとする環境への意識を持たなければならないと思っています。自分たちの意識が変わらなければ、来てくださる人に対して何もいえないのではないでしょうか。それが今、この島に求められていることではないかと思っています」(荒木町長)
「未来共創ミーティング」の参加者たち
アウディは2025年までに世界中全てのe-tron生産拠点でカーボンニュートラル(脱炭素)達成を目標としている。しかし私たちが実際に生産拠点を見られる機会はないため、どこか“遠くの世界で行われていること”として見なしてしまう人がほとんどだろう。そんな中、日本の再生可能エネルギー活用の事例を知ることができる「Audi Sustainable Future Tour」は、アウディの理念と目前に迫っている問題をより身近に感じられるいい機会だ。そして最も意義があるのは、このツアーやレポートを通じて、同じ思いを持った仲間を増やしていくことだ。
シェーパース氏は高校生たちに、「脱炭素への取り組みやどうやって自然を守っていくかということについて、アイディアの刺激をもらいに屋久島にやってきた」と語った。屋久島と同じ規模で水力発電を実現するのは難しいが、屋久島の人々と同じように地球を思いやる気持ちを持つことはできる。先を行く地域から少しでもヒントを得て、できることから取り組んでいくこと。そうすればきっと、輪が広がって連なっていくような“良い連鎖”が生まれるはずだ。まるでアウディのロゴマークのように。
取材・執筆/河辺さや香 編集/後藤未央(ELEMINIST編集部)
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