脱炭素の意識が高まるなか、航空業界が大きく動き出している。切り札となるのは、「SAF(サフ/持続可能な航空燃料)」。従来の原油由来の燃料ではなく、廃食油や森林残さなどから製造される次世代の航空燃料だ。CO2の排出量を大幅に低減できるSAFに、航空業界の未来がかかっているといっても過言でない。SAFを製造するのは燃料製造メーカーだが、日本航空(JAL)では、SAFを調達する立場として普及・拡大に向けた積極的な発信を続けている。未来のフライトの実現を目指す、JALの使命を聞いた。
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国際航空分野におけるCO2排出量は、世界全体の排出量の約1.8%を占めている(※1)。かねてから環境負荷の高さが指摘されており、飛行機利用を控える「飛び恥(Flight shame)」の言葉が生まれるほど。航空業界のCO2排出量削減は待ったなしの状況だ。
航空業界における環境負荷軽減の主要な取り組みは、電気や水素で動く機体の開発や新技術の導入、運航方式の見直しなど。しかし、技術開発の難しさと安全運用の観点から、取り組みの成果が表れるまでには時間が必要だ。このことから、航空業界における脱炭素は困難といわれてきた。
そんななか、近年注目されているのが「SAF(サフ)」。「持続可能な航空燃料(Sustainable Aviation Fuel)」を略している。従来の航空燃料は原油からつくられるが、SAFは原油以外のものを原料に製造される航空燃料を指す。
SAFの主な原料は、使用済みの油(廃食油)。ほかにも、森林残さやトウモロコシの非可食部分、藻や都市ごみなどから製造する技術も開発されている。そもそも捨てられていたものを原料としており、原料の生産から使用までのサイクルにおいて、従来の航空燃料と比較して、CO2排出量を約60~80%削減できるのがSAFの魅力(※2)。新技術を導入せずとも、既存の飛行機のまま、既存の航空燃料に混ぜて使用できることもポイントだ。
持続可能なフライトを模索する航空業界にとって、SAFは本質的なCO2排出削減につながる救世主的存在といえる。
JALでは、省燃費かつ低騒⾳で、CO2排出量が従来機より15%〜25%程度抑えられる省燃費機への更新を2019年より実施している。
航空業界の脱炭素において大きく期待されているSAFだが、現時点では課題が多い。
まずは、SAFの供給が需要に対して圧倒的に不足していること。「さまざまな原料由来の技術開発が進んではいるものの、製造量が少ないのが現状。JALグループだけでなく、世界中の航空会社がSAFを必要としていますが、供給が追いついていないという課題があります」と、ESG推進部の森瑞紀氏は話す。
2024年の世界のSAFの供給量は、全世界の航空燃料の0.3%程度(※3)。2020年の0.03%からは増加しているものの(※2)、現状ではとてもまかなえない。現在のSAFの価格は、従来の航空燃料のおよそ3倍。供給量の少なさが、SAFのコスト面にも影響している。
SAFの供給量が少ない原因のひとつが、原料の確保の難しさだ。現在、SAFの主要な原料である廃食油の獲得競争も始まっているという。
「日本を含め、世界的に見ても、現在のSAFの主原料は廃食油。さまざまな原料由来のSAFが開発されているとはいえ、廃食油以外での量産は現段階では難しい状況です。世界では、フィンランドやアメリカ西部、シンガポールなどでSAFの製造が進んでおり、世界中の廃食油が大きな工場に集まります。日本国内で出た廃食油も、一部は海外で利用されてしまっているのが現状です」(森氏)
SAFを給油中の飛行機。
イギリスをはじめ、欧州各国では一定割合でSAFの使用義務化が始まっている。日本ではSAFの一定量の使用などを義務づける規制はまだないが、今後、このような動きが世界的に広まる可能性は、十分にあるという。
「SAFの使用義務づけは、世界情勢にも左右されるため予測が難しいのが正直なところ。ただ、アジアでも、SAFの搭載に関する規制が検討されています。そのため、将来、SAFの給油が難しい空港には飛行機の運航ができなくなることはあり得ると考えています」(森氏)
日本では2025年3月、大阪府堺市に、日揮ホールディングス・コスモ石油・レボインターナショナルによる合同会社「SAFFAIRE SKY ENERGY(サファイア スカイ エナジー)」によって、国内で初めてSAFを大規模製造できる工場が誕生した。国産SAFの普及・拡大に向けて、ようやく本格的に動き出したところだ。
「日本で量産的にSAFを製造できる工場は、いまのところこの1つのみ。SAFをつくるための原料調達のスキームも道半ばです。日本で供給されるSAFは、量も価格もまだまだこれから調整が必要。海外に比べると、日本はまだまだ進歩の伸びしろが大きいと思う」と、森氏は話す。
2021年、JALはANAとともに、2050カーボンニュートラルに向けたSAFに関する共同レポートを策定した。平子裕志ANA代表取締役社長(左、当時)、赤坂祐二JAL代表取締役社長(右、当時)。
世界経済フォーラム内の「クリーン・スカイズ・フォー・トゥモロー・コアリション」は、2030年までに世界の航空業界で使用する燃料におけるSAFの割合を10%にする目標を設定(※4)。同機関に加盟するJALのほか、全日本空輸(ANA)も、同様の目標を立て、長期では2050年までに航空分野におけるカーボンニュートラルの達成を目指している。
JALでは、2025年度に全燃料搭載量のうち1%をSAFに置き換えることが目標。この目標は達成が見込まれているが、現在は海外から調達したSAFに大きく頼っているのが実情だ。
2030年の10%の置き換え目標に関しては「確実な達成に向けて最大限の努力をしているが、価格の高騰や供給量の不安定さを踏まえると、『達成できる』と自信を持っていうのは難しい」そうだ。
そのためには、さらなる国産SAFの製造量増加が課題だ。現在JALでは、廃食油にとどまらず、さまざまな原料由来のSAFの可能性を模索している。例えば、東北の製材所の端材(製材を切り出した後の残りの木材)からSAFをつくるプロジェクトが進行中だ。
「日本国内に、SAFに活用できそうな森林残さはたくさんあります。しかし、どう集める?というところが大きな課題。燃料の元売りや航空会社だけでなく、業界を超えた協業が必要不可欠であり、一企業単位ではなかなか前に進められない部分に難しさがあります」(森氏)
「生活者であるお客様と近い存在であるJALにできることはないか?」という想いで、2024年6月に開始したのが、「すてる油で空を飛ぼう」プロジェクト。家庭から出る廃食油を回収し、SAFをつくる取り組みだ。
「SAF」や「持続可能な航空燃料」というと、ふだん飛行機に乗らない人にとっては、縁遠い話に聞こえるかもしれない。しかし、改めてSAFの原料を振り返る。使用済み油、トウモロコシ、木材の残り、都市ごみ……どれも私たちに身近な存在ばかりだと気づくだろう。JALのプロジェクトでは、家庭にある捨てられるはずだった油で飛行機を飛ばす。何とも夢のあるプロジェクトだ。
参加方法はシンプルで、誰もが気軽に参加できる。まず、「すてる油リサイクルBOX」がある全国のスーパーなどで、プロジェクト参加費(220円・税込)を支払い、オリジナルボトルを受け取る。その後、唐揚げや天ぷらなどで出る使用済み油を専用ボトルに溜め、リサイクルBOXに流し入れる。集まった油は回収業者が工場に運び、SAFへと生まれ変わる。
「廃食油をSAFにできる割合はおよそ8割と高いんです。それにも関わらず、多くの家庭では廃棄していると思います。まずは、SAFの存在について知ってもらうことが重要」だと、国産SAFタスクフォースの安部やよい氏は考える。
一方、JALの取り組み以外にも、街で廃食油を回収しているケースがある。行政や民間団体など回収主体によって目的は異なるが、地方を含め、全国各地で廃食油が車両や重機などのバイオディーゼル燃料へと生まれ変わっている。ほか、インクや石けんとして活用される場合もあるという。
ほとんどが捨てられているという家庭で出る廃食油だが、活用しようとすると、意外にも使い道が多いことに驚く。
JALが回収している廃食油は必ずSAFになるように「トレーサビリティを確保しています」と、安部氏は話す。JALによる「すてる油リサイクルBOX」は、2025年8月現在、関東を中心に全国120か所以上に設置されている。今後は、関東圏以外にも増えていく予定だそう。
家庭で出た捨てる油で飛行機が飛ぶとは、不思議だが、夢のあるプロジェクトとも言える。
「このプロジェクトは、廃食油を多く集めたいというより、身近なものが資源になることを知っていただくために始めました。利活用する喜びを一緒に味わい、明日の未来をよりよくしていきたいという想いで行っています」(安部氏)
プロジェクトに参加する生活者からは、「捨てるのが面倒だった油の処理が簡単になってありがたい」「子どもや孫のために社会貢献ができて嬉しい」「なかなか旅行には行けないけれど、間接的に飛行機に乗っている気分になる」など、さまざまな声が寄せられている。
JALが提供するオリジナルボトルは、なかに金網が付いており、揚げカスを濾せる仕様になっている。また、リサイクルボックスの流し込み口にも濾し器があり、ダブルで濾す。こうすることで、純度の高い油を回収でき、次に引き継ぐ製造事業者の負担軽減につながっているという。
SAFの製造は、サプライチェーンにおけるさまざまな人々が関わってこそ成り立つ。だからこそ、つながりが何より重要だ。「回収して終わり」ではなく、「バトンをわたす人がどうなるか?」にまで配慮した取り組みを心がけている。
国産SAFを燃料の一部に使用した初のフライト(関西国際空港)。
JALでは、実は2009年から試験飛行を行い、SAFの利活用を検討してきた。2025年5月1日には、関西国際空港発、中国・上海行きのJAL便に国産SAFが使用され、日本で製造されたSAFを燃料の一部に使用したフライトに成功。航空業界にとって、忘れられない1日となった。日本でもっと国産SAFが普及すれば、航空業界はさらに持続可能になっていくに違いない。
「現時点で具体的な計画が進んでいるわけではありませんが、燃料の地産地消は将来的な理想のかたち。空港でSAFの原料を回収し、製造、供給までができれば、脱炭素に大きく貢献できます」(森氏)
SAFは、航空業界の切り札であるが、喫緊の課題。全日本空輸(ANA)とも連携し、「航空業界をよりよい形で次世代へつないでいきたい」という同じ使命のもと、SAFの普及活動に努めている。
「ACT FOR SKY」に加盟する企業や団体。国産SAFの普及には、JALのような航空業界から、エネルギー、食品、商社、交通、自治体など、業界を越えた協力が必要だ。
「オールジャパンで、カーボンニュートラルな空へ」。これは、国産SAFの普及に取り組む有志団体「ACT FOR SKY」が掲げるスローガンだ。JALをはじめ、多くの企業や自治体が参画し、サプライチェーンの構築に奮闘している。このオールジャパンには、生活者である私たちも含まれる。SAFの安定的な製造には、私たち生活者のアクションも欠かせない。
そのためには、まずはSAFについて知ること。そして、もし近くに廃食油の回収拠点があるのなら、家庭で出た捨てる油は処分せずに、回収BOXへ入れよう。「自分の小さなアクションが、飛行機を飛ばすことにつながっている」というワクワク感を噛み締めながら、未来のフライトを応援しよう。
※1 航空機運航分野のCO2削減に向けた3つのアプローチ|国土交通省
※2 SAFとは何か?|国土交通省
※3 バイオ燃料の政策について|経済産業省
※4 2030年における持続可能な航空燃料(SAF)の供給目標量の在り方|経済産業省
取材・執筆/吉田友希 編集/佐藤まきこ(ELEMINIST編集部)
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