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動物の細胞からつくられる「培養肉」。まだ広く普及していないが、食料生産の可能性を広げる救世主になるのではないかと注目を集めている。この記事では、培養肉が注目されている背景やメリット・デメリット、培養肉の市場動向と普及の現状を解説する。
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培養肉とは、動物から細胞を取り、その細胞に栄養を与えることで増やして肉の形の食品にしたものを指す。正式には「細胞性食肉」と呼ばれている。(※1)
培養肉と似たものに「代替肉」がある。これは大豆などの植物性の原料からつくった肉のような食品を指す。「植物肉」や「大豆ミート」が代替肉の例だ。
培養肉との違いは原料にある。培養肉は動物の細胞を主原料にしているのに対し、代替肉は植物性のタンパク質からつくられる。また、培養肉は動物の細胞からつくられる本物の肉であるが、代替肉は本物の肉ではない。(※2)
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培養肉が注目されているのにはわけがある。それは「持続可能な社会」を目指している現代社会において、食肉に関する問題点や課題が指摘されていることだ。
従来の畜産業は温室効果ガスの排出、土地・水資源の大量消費、森林破壊といった環境負荷が大きい。その一方で、人口増加に伴う食肉需要の増加が予想されている。よって従来の生産方法では、需要と供給のバランスが崩れてしまう懸念がある。
またアニマルウェルフェア(動物福祉)の観点からも、動物を殺さずに肉を生産できる培養肉は倫理的に優れた選択肢とされている。さらに培養技術の進歩により、従来の肉とほぼ同じ味や栄養価を持つ製品の開発が進んでいる。これによって食肉を輸入に頼る国にとっては、その必要がなくなり、自給率の引き上げにつながる。これらの点から、培養肉は未来の食糧問題解決の一端を担うと期待されている。(※1)
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培養肉はどのようにしてつくられるのだろうか。
まずは、動物から細胞を採取する。生きている動物、もしくは解体した直後の肉に針やメスなどを入れて幹細胞を取り出す。(※3)
次に細胞を培養し、増殖させる。採取した幹細胞を培地で培養し、成長後に細胞を大量増殖させるための装置である「バイオリアクター」に移動させる。このバイオリアクターのなかには栄養として培養液(成分はアミノ酸や糖)が入っていて、細胞に栄養がまんべんなく行き渡るよう混ぜていく。このとき、ウシ胎児血清(ウシの胎児の血液でできた血清:FBS)を使って成長を促すこともある。(※3)
最後に、肉のような形に形成していく。3Dプリンターなどを使い、立体感や繊維質などを再現する。(※2)
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培養肉にはどのようなメリットがあるのか、紹介しよう。
従来の畜産業では飼料や水に加え広大な放牧地が必要になるが、培養肉なら土地や水資源の使用量も少なく済み、環境負荷を低減できる。また、食肉生産のために飼育されている家畜の糞尿から排出される大量のメタンガスを大幅に削減できるため、地球温暖化の軽減にもつながる。(※4)
一般的な食肉は、動物の生命を奪ってつくられる。しかし培養肉なら動物が苦痛を伴わず、なおかつ食肉のために犠牲となる動物を減らせるのがメリットだ。(※4)
畜産では、家畜に抗生物質を与えて飼育するケースがある。この抗生物質を過剰に与えると、耐性菌が発生することがあり、家畜や人体に影響を及ぼすリスクがある。培養肉なら衛生的な環境・場所でつくられるため、このような人体に危険を及ぼすバクテリアが付着することがなく、抗生物質を与える必要もなくなる。(※4)
今後、人口増加に伴う食肉需要の増加が予想される。この問題の解決策のひとつが培養肉だ。培養肉なら、天候や疫病の影響を受けにくく安定した生産が可能である。
畜産には、大量の水を要する。水は牛の飲水をはじめ、餌となる穀物や牧草を育てるときにも使われる。しかし培養肉の生産なら牛を育てる必要がなく餌や牧草も必要なくなるため、水資源が節約できる。(※2)
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メリットがたくさんある培養肉だが、その一方でデメリットもある。
培養肉の細胞を大量に増やすには、大型培養設備が必要となる。また現段階では技術開発段階であり、大量生産する方法が確立されているわけではない。そのため生産コストが高くなり、消費者の手に届く価格となるのはまだ時間がかかると考えられる。(※2、※5)
培養肉には「人工的」「天然のものではない」といったイメージから、消費者の心理的抵抗感が働くことが懸念される。そのため今後価格が安くなったとしても、消費者から受け入れられない、普及が進まないといった可能性も残されている。
培養肉は、現段階では技術開発途上にあり、大量生産技術も確立されていない。その点も培養肉のデメリットといえる。
培養肉は新しい食品である。よって、法律上どの食品に該当するのかというのも問題である。各国での「培養」の位置づけや、規制、基準の整備が必要となるだろう。(※6)また、生物工学を用いることに対する倫理的な懸念が一部で指摘されている。
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培養肉は、安全性について議論されている段階で「安全である」とはいいきれない。WHO(世界保健機関)とFAO(国際連合食糧農業機関)では、細胞ベースの食品を生産するために使用される技術の調査、潜在的な食品安全性の危険を特定、さまざまな国の規制の枠組みを調べている段階だ。(※7)
また日本の厚生労働省では、細胞培養食品の安全性確保のための知見について、情報収集および研究がおこなわれている。(※8)
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世界中で培養肉の研究開発が進められており、将来的な市場規模は、全世界で年80兆円になる試算や、2040年でも数千億円程度という予想もある。市場規模の明確な見通しはたっていない状況である。(※1)
世界のなかで、培養肉の商業化にはじめて成功したのがシンガポールだ。シンガポールでは、2020年に細胞性鶏肉を使ったチキンナゲットが販売されている。また、アメリカでは2023年に培養鶏肉の販売が可能となった。(※1、※8)
日清食品ホールディングスは東京大学と共同で「培養ステーキ肉」の実用化を目指した研究を2017年度から進めている。2022年には、食用可能な素材のみで「食べられる培養肉」の作製に成功。今後は実用化に向けてさらなる研究を重ねていく。(※9)
ダイバースファームは、バイオ技術を持つ「ティシューバイネット」と、ミシュランで認められた調理技術を持つ「雲鶴」が共同で設立したスタートアップ企業だ。経営に鶏生産者の「阿部農場」も加わり、培養肉の入り口から出口までの一貫生産を目指している。現在では、遺伝子組み換えや安全性が確立していない手法を用いずに、食品の範囲で培養する技術を開発している。(※10)
島津製作所は、大阪大学とともに2021年から3Dバイオプリント技術で筋肉・脂肪・血管の繊維をステーキ状に束ねる工程を自動化する装置の開発に取り組んでいる。2023年には、大阪大学・伊藤ハム米久ホールディングス株式会社・凸版印刷株式会社・株式会社シグマクシスと「培養肉未来創造コンソーシアム」を設立。業界の垣根を越えて連携し、おいしくて安全な培養肉の普及を目指している。(※11)
日本ハムは、2019年から培養肉の研究開発をスタートさせた。2022年には、培養液の主成分を、これまで用いられてきた動物由来のものから一般的に流通する食品由来のものに置き換えて、ウシやニワトリの細胞を培養することに成功。これにより培養液のコストを抑え安定的に調達できる食品に代替が可能となり、将来的な培養肉の商品化に向け前進している。(※12)
日揮グループでは、培養肉商業生産を目指し、技術開発を行う新会社「株式会社オルガノイドファーム」を設立。食肉組織から特定の幹細胞を取り出し、効率よく培養して「食肉オルガノイド」という組織体を作成する手法で開発をおこなっている。このオルガノイド技術は、世界初の技術だ。今後研究を重ね、高機能・高付加価値なクリーンミート生産技術の確立を目指し、2030年には商業プラントの運転開始を予定している。(※13)
培養肉はまだ開発途上にあるが、環境負荷の軽減や、食糧問題の解決の一助となる可能性が高く、今後は日本でも普及する可能性がある。培養肉が新たな食の選択肢のひとつとなる日も、そう遠くはないのかもしれない。
※1 培養肉の時代は来るのか?細胞農業研究機構の吉富愛望アビガイル氏に聞く|経済産業省 METI Journal ONLINE
※2 培養肉とは? 代替肉との違いや作り方、安全性やメリット・課題を解説|朝日新聞SDGs ACTION!
※3 Q: 「培養肉」の作り方を詳しく知りたい|一般社団法人 細胞農業研究機構
※4 楽しく悩んで、食の未来を変える ~「培養肉」研究の最前線~|SciencePortal 科学技術振興機構
※5 Q: 「培養肉」の課題は?|一般社団法人 細胞農業研究機構
※6 2.3 細胞農業|農林水産省
※7 Food safety aspects of cell-based food|世界保健機関
※8 いわゆる「培養肉」に係るこれまでの状況等|厚生労働省
※9 日本初!「食べられる培養肉」の作製に成功 肉本来の味や食感を持つ「培養ステーキ肉」の実用化に向けて前進|日清食品ホールディングス
※10 ダイバースファーム|ダイバースファーム
※11 未来を創造する新たな食のかたち「培養肉」|島津製作所
※12 培養液の主成分である動物血清を食品で代替することに成功~培養肉の商用化実現に向けて前進~|日本ハム
※13 クリーンミートの商業化に向け、オルガノイド技術を世界で初めて適用した技術開発を開始|日揮ホールディングス
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