エシカルでサステナブルなライフスタイルを送る人に、一歩を踏み出すヒントを紹介していただくインタビュー連載企画「ELEMINIST TALK」。今回は競泳の元パラアスリートである一ノ瀬メイさんが登場。現在はSNSやメディアを通して、エシカルな取り組みやヴィーガンの食生活について発信をされている一ノ瀬さんに、京都のご自宅からお話を伺いました。
ELEMINIST Editor
エレミニスト編集部
日本をはじめ、世界中から厳選された最新のサステナブルな情報をエレミニスト独自の目線からお届けします。エシカル&ミニマルな暮らしと消費、サステナブルな生き方をガイドします。
2016年のリオパラリンピックでは8種目に出場。7種目で日本記録を持つという、華麗な経歴の一ノ瀬メイさん。2021年の現役引退後は、自分や社会、地球にとって心地良い生き方を発信されています。そんな活動のきっかけとなったヴィーガンのライフスタイルを中心に、エシカルな取り組みや考え方をお話しいただきました。
9歳のときに出会った夢が、「パラリンピックに出場すること」。自分が活躍することで、差別をなくしたいという声を世の中に届けたかったから。2021年10月29日の引退まで、輝かしい競泳生活を送ってきました。
——まずヴィーガンに興味をもったきっかけから教えてください。
きっかけは、パンデミックです。当時はオーストラリアを拠点に、東京2020パラリンピックを目指していた時期。日本と違って本格的なロックダウンだったので、試合にも練習にも行けず、ずっと家の中で過ごす日々の中で、アスリートとして自分をどう成長させればいいんだろう? と悩んでいました。
その中で思いついたのが、水泳以外のトピックスに目を向けることでした。社会問題について学べば視野が広がるし、人間としても成長できるんじゃないかなって。それが競技者としての成長にもつながると思ったんです。
そこから手当りしだいNetflixのドキュメンタリー番組を見始めました。なかでも、環境問題のタブーに触れた『Cowspiracy: サステイナビリティ(持続可能性)の秘密』には衝撃を受けましたね。どこか遠い未来の話だと思っていた地球温暖化や気候変動が、今まさに世界で起こっていること。しかもその主な原因が、牛や豚などの畜産にあり、車や船、飛行機などの運輸業よりも畜産業の方が温室効果ガスの排出量が多いこと。この事実を知って、めちゃめちゃビックリしたんです。
地球環境への危機感から自分でも何か始めようと思ったときに、お肉を食べる量を減らすことならお金もかからないし簡単にできる! そう考えて徐々にヴィーガンになっていきました。
——ドキュメンタリーがきっかけだったんですね。ほかにも畜産と自然環境の関係値を学ぶなら、ELEMINIST SHOPでも取り扱っている『DRAWDOWNドローダウン 〜地球温暖化を逆転させる100の方法〜』などの書籍も参考になりそうです。
アスリート時代はオーストラリアを拠点にトレーニング。「オーストラリアではオリンピックチームとパラリンピックチームが一緒に練習するなど、日本と比べて健常者と障害者の垣根がないことが印象的でした」
——ヴィーガンをはじめる理由は人それぞれ、健康目的や動物福祉、食料問題などありますが、一ノ瀬さんは環境問題からだったんですね。
最初は環境問題でした。そこから学んでいくうちに、種差別について知ったのが一番大きいです。例えば犬は食べないのに、どうして牛や豚はいいのか。私は片腕が短く生まれました。そんな私がずっと競泳をしてきた理由は「障害者差別をなくしたい」という思いがずっとあったから。たくさんの人に自分の声を届けるために水泳の道を選び、「差別をなくそうよ!」と活動してきました。それなのに、被害者であったはずの自分が、種差別という分野では加害者になっていた。そんな自分の行動に矛盾を感じて、すごくショックだったんです。
「オーストラリアはベジタリアン、ビーガンオプションが多いので、外食で困ることはほとんどなかったです」。こちらはおいしいヴィーガンフードが人気なオーストラリアのCafe Vieのベジバーガー。
——体が資本のアスリート。お肉を食べないヴィーガンを選択することに不安はありませんでしたか?
ありませんでした。Netflixで、トップアスリートの食生活と運動能力の関係に迫った『ゲームチェンジャー:スポーツ栄養学の真実』というドキュメンタリーを観たんです。そこでは野菜中心の食生活にすることで、パフォーマンスが上がった選手のエピソードも紹介されていて。実際私の周りにもヴィーガンのアスリートが多かったのもあります。チームメイトのオリンピックメダリストや、同じ大学が拠点だった陸上のオーストラリア代表選手、ジムのトレーナーさんもヴィーガンでしたね。
お肉に比べて消化スピードが早いのも、アスリートにとって菜食は理にかなっているそう。「お肉を食べていたときと比べて、食後に眠くなることやランチ後の練習で気持ち悪くなることがなくなりました」
——実際にヴィーガンをはじめてみて、体やパフォーマンス、心への変化はありましたか?
選手として一番変わったのは体ですね。現役時代は166cmの身長に対してベスト体重は58kgだったのですが、もともと太りやすい体質なのもあり、食事に気をつけないとすぐオーバーしてしまうのが悩みだったんです。それが、ヴィーガンになって数ヶ月で体重がストンと落ちて56kgに。しかも筋肉量はほぼ変わらず、脂肪と体脂肪率だけが落ちました。3ヶ月に1回、体脂肪、筋肉量を全身測定するデクススキャンをとっていたので、体の変化がしっかりデータに現れたのはおもしろいと思いました。
もうひとつの体の変化が、ウェイトトレーニングの効果を測るマックス測定です。1回のベンチプレスや1回のスクワットでどれくらいの重量を持ち上げられるか、という測定なんですが、そこでも数値がどんどん上がっていったんです。
これには、ヴィーガンになってから不安に思っていたコーチも、「何を食べているのか知らんけど、このままいって! 」と言い出して(笑)。最初は心配していた周囲の人たちも、数字で結果を出していくうちに納得してくれるようになりました。あとは数字ではないのですが、体感として感じていることがあります。ひとつはとにかく疲労回復が早い。ハードな練習でも疲れにくくなりましたね。筋肉痛や、筋肉が腫れる、炎症を起こすといった感覚がなくなりました。
二つめは、寝起きが楽になりました。選手時代は朝5時に起きて、5時45分にはプールにいるという生活を送っていたので、朝起きるのがつらくて。それがヴィーガンになってからは、スッキリと起きられるようになったんです。
精神面でも変化があり、穏やかになりましたね。ヴィーガンになった他のアスリートも「メンタルが変わった!」とよく言っているのですが、テニスプレーヤーの友達の話によると、テニスはとくに精神面の戦いが重要な競技なので、ずっと集中して、淡々とプレーするのがとても大切なんだとか。ヴィーガンになってからは、イライラしていたのが穏やかになり、冷静にプレーできるようになったそうです。
「ヴィーガンになってから、大学生のときに偶然出会ったガンディーの言葉がやっと腑に落ちました」
もうひとつ私自身の中で感じているのが、“自分の中の矛盾をなくしていくことって、すごく大事なんだな”ということ。心にドアがあるとしたら、開けるといいことも悪いことも全部入ってくる。感じたいものに対して開いて、感じたくないものに対しては閉じるってことができないと思っていて。だから、自分の中に見たくない部分がある限り、心も閉じてしまっている状態だと思うんです。閉じると嫌なことは入ってこないけれど、代わりに幸せや嬉しいことも入ってこない。
私の場合、「差別をなくしたい!」と行動していたのに、他では種差別をしていた。それを見て見ぬ振りをして、そのままお肉を食べ続けていたら、どんどん心を閉じていたかもしれない。だけど私は自分と向き合って、矛盾をなくすという選択をして、ヴィーガンになりました。だからいま、心を全開にできる状態になったことで、ハッピーなこともちゃんと感じられるようになった。自分の思っていることから行動までを、矛盾なくひとつに繋げていくことって、すごく心の幸福につながっているんだなって思います。これが、ヴィーガンになって一番の学びだったかもしれません。
——自分の思っていることと行動を繋げていくって、すごい考え方ですね。何かきっかけはあったのでしょうか?
大学生の時にたまたま出会った、ガンディーの言葉です。“幸せとは、自分が思っていることと、自分が言っていることと、自分がやっていることが調和している状態だ”って。この言葉に学生時代に出会って、すてきだなって思ったんです。
というのも当時の私は、すべてが乖離していたから。思っていることも、言っていることも、すべて人に合わせていました。行動も、コーチに怒られないように行動するとか、自分のためではなく他人軸で動いていた時期だった。「この言葉のように、全部がひとつになったら気持ちいいやろうな」って、ぼんやりと思ったのを覚えています。ヴィーガンになって“自分の思っていることと行動を繋げていく”という体験をしていく中で、大学生の時に出会った言葉が、やっと腑に落ちた感じです。
昨年より始めた、京都発のエシカルイベント「How to be ethical-楽しいエシカルな暮らしのはじめ方-」。昔からお付き合いのあった京都信用金庫さんに、一ノ瀬さん自ら企画のプレゼンをして実現!
——環境問題や種差別からヴィーガンになり、心と体にも心地良い変化を感じられている一ノ瀬さん。ヴィーガンのよさを知ってもらうために、どんな活動をされていますか?
大きなところでは、昨年から私が住んでいる京都でイベントをスタートさせました。"How to be ethical -楽しいエシカルな暮らしのはじめ方-"というもので、京都信用金庫さんのご協力のもと、エシカルな暮らしのきっかけをつくる内容となっています。今年も3日間開催し、いろんな方のトークショーや、草木染のワークショップ、プラントベースのマルシェなど、多くの方に楽しんでいただけました。
もうひとつ、新しく始めた活動として“ベジンジャーズ”があります。ヴィーガンでもアスリートとしてパフォーマンスが出せることを知ってもらいたい、ヴィーガンのよさをもっとたくさんの人に広めたい。そんな思いからベジアスリートの仲間と立ち上げたSNSの共同アカウントです。インスタグラムだけでなく、最近は「べジンジャーズTV」というYouTubeも開設しました! リレー形式でヴィーガンになったきっかけを話したり、アスリートフード研究家の方に栄養面から菜食のよさを語ってもらったり。世界トップレベルのアスリートが集まって、ときにはヴィーガンに関係のない企画も交えながら、楽しいチャンネルにしていきたいと思っています。
個人でも、今回のような取材を受けさせてもらったり、SNSを通じてエシカルなライフスタイルを発信しているので、ぜひチェックしていただけたら嬉しいです。
こちらはサボテンレザーを使ったトートバッグ。「バッグなど身に着けるものも革製品は極力使わず、ヴィーガンレザーや布製を選ぶようにしています」
——ふだんはどんなものを食べて、食材はどこで購入されていますか?
基本的には、玄米とお味噌汁とおかず。今日はお昼ごはんにお野菜ときのこと厚揚げで野菜あんかけをつくろうかと思っています! 特別なことはしていなくて、お肉を食べていたときとレシピはそのまま、お肉を豆腐や豆製品に変えるだけ。例えば肉じゃがなら、お肉を豆に変えて“豆じゃが”にしたり、カレーなら、お肉の代わりにたくさんのお野菜と豆を使います。
ヴィーガンを始めるにあたって栄養学も勉強しました。気をつけているのは、いままでお肉で摂っていたタンパク質をどうやって野菜から摂るのか。なので、玄米を炊くときは小豆を入れたりしています。以前ELEMINISTさんで紹介されていた、豆100%のZENBパスタも重宝しています! 麺からしっかりタンパク質が摂れて、野菜を入れるだけでいいのでラクチンですよ。
——ふだんの食材はどんなところで購入されていますか?
食材はできるだけ無農薬のものを選びたいと思っています。家の近所にあるオーガニックの八百屋さんや、量り売りなのでごみが出ない「斗々屋」。あとは京都には有名なオーガニックスーパーが2つあって、「オーガニックスーパーHELP」と「ファーマーズ」もよく行きますね。農家さんから直接ダンボールで送ってもらうこともあります。
「カーボンフットプリントが低くてすむので、輸入品などではなく、その土地でとれた旬のものをいただくのがおすすめ。 まるごといただけるオーガニック野菜は、フードロスにもつながります」
オーガニック野菜のいいこところは、ムダなく全部使えるところ。農薬が多いとされている皮やヘタもあますところなく使えるので、ごみが出ないし体にもやさしいのがいいですね。外食もたまにします! 京都はヴィーガンのカフェやレストランも多いので、ぜんぜん不自由していません。
——一ノ瀬さんのお話を聞いて、「私もヴィーガンを始めてみようかな」と思っている方に向けて、アドバイスはありますか?
ヴィーガンって聞くと、0か100かで捉える人が多いですよね。でもそんなことはなくて、私は1歩目があるから2歩目があり、そのうちそれが100になるかも、という考え方。完璧にできないからといって、チャレンジしないのはもったいない! 0より1が素晴らしいのです。いますぐ100%ヴィーガンになる必要はなくて、自分ができる範囲から始めたらいいと思います。
——具体的に今日からできる、ヴィーガンなライフスタイルを教えてください。
最近は、スターバックスなどでも、豆乳、オーツミルク、アーモンドミルクと植物性ミルクを選べるように。スーパーにも並んでいるので試してみて。
豆腐や豆製品のほか、プラントベースミートといったお肉の代わりになる商品もあります。インスタグラムなどでレシピを探すのも楽しいと思います。
菜食メニューのある、おしゃれでおいしいレストランやカフェも増えています。普通のレストランでも、ヴィーガン対応してくれるところも。
あとは、自分の心と体がどう感じているかにフォーカスしてみてください。ヴィーガンご飯を食べたときにどう感じたか。体の調子がいいな、体が軽いな、あまり胃もたれしないなとか。自分で体感することがたくさんあると思うので、自分の体や心の感覚にしたがってみればいい。「こうしなきゃ」と頭で考えてしまう人が多いのですが、そうしている限りはストレスも大きいし、なかなか長続きしない気がします。
——環境に配慮をした食品を選びたい! そうした人の高まりを受けて、食の選択肢は広がっています。ただ大前提として、自身のライフスタイル・体質にあった食生活を選ぶことも大切ですし、大豆アレルギーをはじめ、アレルギーがあるためそうした選択が叶わない人もいることも忘れずに、心も満たされる食事を選択していきたいですよね。
「地球に対する思いと行動がまっすぐつながっていけば、おのずと地球の調和も戻ってくる。そう信じて活動しています」
——最後に、ヴィーガンや地球環境について、より多くの人に興味を持ってもらうためには何が必要だと思いますか?
地球環境のことを考えたとき、私はみなさんの内側に、もう答えがあると思っていて。例えば、きれいな夕焼けをみて「あーキレイだなぁ」とほっとする気持ちとか、小鳥のさえずりを聞いて「気持ちのいい朝だなぁ」と感じる心とか、もしお子さんがいらっしゃるなら、子どもを愛しいと思う心とか。そういうものって、みなさんそれぞれ持っていますよね。それがすでに、地球にやさしく生きる理由だと思うんです。ただ、そうしたいのに地球の現状を知らないから、自分の思いと行動が矛盾している。なのでまずは、地球環境について知ることが大事だと思います。
“幸せとは、自分が思っていることと、自分が言っていることと、自分がやっていることが調和している状態だ” というガンディーの言葉のように、みなさんの地球に対する思いと行動がまっすぐつながっていけば、おのずと地球の調和も戻ってくる。そのために、私が知ったことや身につけた知識は、みなさんにシェアしていけたらいいなって思っています。
一ノ瀬メイ/1997年京都府生まれ。先天性右前腕欠損症。1歳半から水泳を始め、史上最年少13歳でアジア大会に出場。2016年リオデジャネイロパラリンピックでは8種目に出場し、現在も7種目の日本記録を保持。現役引退後は障害やヴィーガンに関する情報を積極的に共有し、自分や社会、地球にとって心地良い生き方を体現・発信している。Instagram:@mei_ichinose YouTube:https://www.youtube.com/channel/UCuJKq5LFDAzKK2M5CAU-NmA
写真提供/一ノ瀬メイ 取材・執筆/村田理江 編集/堂坂由香(ELEMINIST編集部)
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