アイデンティティ・クライシスとは 思春期から大人まで起こる心の揺らぎ

タオルの影からこちらをまっすぐ見る人

アイデンティティ・クライシスとは、自分らしさや生き方に迷いが生じる心の揺らぎのこと。自己像が揺らぎ、「自分がわからなくなる」心理状態を指す。本記事では、心理学的な定義や背景、思春期・青年期だけでなく、大人にも起こる理由を解説。向き合い方のヒントも紹介する。

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2026.01.15

アイデンティティ・クライシスとは何か

暗闇で悩んでいる人

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「アイデンティティ・クライシス」を理解するにあたり、まずは、心理学におけるアイデンティティの意味と、クライシスと呼ばれる状態がどのようなものかを整理しよう。

アイデンティティの意味

アイデンティティとは、簡単にいうと、“自分が自分である”という意識のこと。「自分は何者で、どういう存在なのか」という自己理解のまとまりを指す概念だ。日本語では「自己同一性」や「自我同一性」などと訳される。(※1)

置かれる立場や環境が変わっても、「自分は自分」と感じられる感覚が、心の安定に欠かせないと考えられている。

アイデンティティ・クライシスの定義

アイデンティティ・クライシスとは、アイデンティティが揺らぎ、自分の価値観や方向性が見えなくなる心理状態のこと。自己像が揺らぐことにより、「自分が何をしたいのかわからない」「このままでいいのか不安になる」などといった感覚として現れることが多い。

アイデンティティ・クライシスは、病名や診断名ではない。誰にでも起こり得る心理的な状態という点がポイントだ。

誰が提唱した概念か

「アイデンティティ」や「アイデンティティ・クライシス」を理論的に整理したのが、発達心理学者のエリク・H・エリクソンである。エリクソンは、人の発達を生涯にわたる心理社会的プロセスとして捉え、各段階に固有の課題(危機)があると考えた。

アイデンティティの理論に関しては、1950年に出版された著書『Childhood and Society』において体系的に示されている。(※2)

なぜいま「アイデンティティ・クライシス」が注目されるのか

アイデンティティ・クライシスという概念が誕生したのは半世紀以上前だが、いま注目されているのには、さまざまな背景がある。

現代社会では、生き方や価値観の選択肢が大きく広がった。一方で、「何を基準に選べばいいのか」が多様化し、見えにくくなっている。SNSによる他者との比較、キャリアの不確実性、多様性の尊重と同時に生じる迷いが、“自分がわからない”という感覚を強めていると考えられる。

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発達心理学から見るアイデンティティ・クライシス

複数の開いた書籍

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発達心理学では、アイデンティティ・クライシスは“うまくいっていない状態”ではなく、成長の途中で自然に起こる揺らぎとして捉えられている。自分のあり方を問い直す時間は、発達の流れのなかでは、ごく一般的なプロセスといえる。

エリクソンの発達段階論

アイデンティティ・クライシスの考え方の土台になっているのが、エリク・H・エリクソンの「心理社会的発達理論」だ。彼は、人の心の成長は、当事者の内面だけでなく、家族や学校、社会との関わりのなかで起こるものとして捉えている。

人生を8つの段階に分け、それぞれの時期に向き合う固有のテーマがあると考えた。そのなかで、思春期・青年期にあたる時期のテーマとして掲げられているのが、「自分は何者なのか」という問い。価値観や将来の方向性、周囲から求められる役割をすり合わせながら、アイデンティティを形づくっていく段階だ。(※3)

なぜ青年期に起こりやすいのか

青年期は、進学や就職、人間関係の広がりなど、選択しないといけないことが一気に増える時期だといえる。これまでは周囲に用意されていた道から、自分で選ぶ場面が増えるため、迷いや不安が生じることも少なくない。

エリクソンは、青年期の心理的課題を「自我同一性 vs 同一性拡散」という対立項で説明している。迷いが生じながらも、「自分はこういう人間だ」とある程度確信を持てるかどうかということだ。

自我同一性が育まれている場合、自分の価値観や役割を明確にしやすい傾向にある。一方で、価値観が定まらなかったり、役割や立場がバラバラに感じられたりする場合は、同一性拡散として表面化しやすい傾向がある。(※4)

クライシスは“異常”なのか

結論からいうと、発達心理学において、クライシスは異常ではない。むしろ、「自分はこのままでいいのか」と立ち止まることは、次の段階へ進むための大切なきっかけだ。迷いや不安が生まれるのは、前に進もうとしている証拠ともいえる。

迷いのなかで考え、選び、納得できる方法を見つけていくことが重要だ。その積み重ねによって、以前よりもしなやかなアイデンティティが形づくられていくだろう。

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思春期・青年期のアイデンティティ・クライシス

木の横で真剣な表情で佇む人

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上の見出しで紹介した「心理社会的発達理論」でも示されているように、思春期から青年期は、アイデンティティの揺らぎがとくに表れやすい時期とされる。この時期のアイデンティティ・クライシスは、特別な出来事がなくても起こり得る。自分の位置づけを本格的に考え始める時期だからこその揺らぎといえる。

思春期・青年期に見られやすい特徴

この時期は、第二次性徴の身体的な変化に加え、進路選択や将来設計、人間関係の変化などが重なりやすい。「何を学ぶか」「どんな仕事に就くのか」「どんな価値観を大切にしたいのか」などの問いが、次から次へと押し寄せてくる。

そのなかで、「やりたいことが見つからない」「自分だけ立ち止まっている気がする」という感覚に陥ることも少なくない。こうした迷いは、アイデンティティがまだ形成途中であることの自然な表れといえる。

学校や家庭、社会の影響

思春期や青年期のアイデンティティ形成には、周囲からの期待や役割の変化が大きく関わる。家庭や学校、地域社会で求められる姿と自分の価値観とのギャップに直面すると、迷いや不安が強まりやすい。

青年期・成人初期における実証研究では、アイデンティティが比較的統合されている人ほど人生満足度が高く、混乱が残る人ほど満足感が低い傾向が示されている。周囲に適応するだけでなく、自分自身の価値観や方向性を自身の言葉で捉え直すことが、心の安定や人生の手応えにつながる可能性を示唆している。(※5)

教育現場での捉え方

無気力や迷い、反抗的な態度は、学校現場では問題行動として捉えられやすい。しかし発達心理学の視点では、こうした状態は、自己形成の過程で生じる揺らぎとして理解できる側面もある。

とくに思春期・青年期には、「自分は何者か」といった問いが強まり、学校という枠組みに違和感を覚えることも少なくない。心の揺らぎや迷いが、必ずしも学習意欲の欠如や怠慢を意味するわけではなく、アイデンティティを模索する過程の表れである場合もある。

短期的な成果や適応だけに目を向けるのではなく、本人が自分なりの価値観や方向性を見つけていく時間として捉えることも大切だ。長期的な成長の視点で見守る姿勢が、アイデンティティ形成を支える土台になる。(※6・7)

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大人になってからのアイデンティティ・クライシス

おしゃれな空間でパソコンと向き合う人

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アイデンティティ・クライシスは、思春期・青年期だけのものではない。大人になってからも、人生の節目で再び表面化することがある。

キャリア・仕事におけるクライシス

社会人として一定の経験を積んだあと、「この働き方は自分らしいのか」「このまま続けていいのか」と疑問が浮かぶことがある。昇進や転職、燃え尽きといった出来事は、役割や価値観を見直すきっかけになりやすい。

これまで積み上げてきたキャリアがあるからこそ、方向転換への迷いが強くなる場合もあるだろう。

ライフイベントとの関連

結婚や出産、離職、介護などのライフイベントは、生活だけでなく、アイデンティティにも大きな影響を与える。(※8)「仕事中心だった自分」「家庭を支える自分」など、役割の変化に伴って、これまでのアイデンティティが合わなくなることがある。

中年期の再編成としての意味

中年期(40代前後)のアイデンティティ・クライシスは、行き詰まりと捉えられることも多い。しかし、それを失敗ではなく、再定義のプロセスとして位置づける考え方もある。これまでの経験を振り返り、これから何を大切にして生きていくのかを問い直す時間は、次の段階へ進むための重要な節目でもある。(※9)

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ほかの心理的問題との違い

ソファに座って頭を抱える人

Photo by Nik Shuliahin 💛💙 on Unsplash

アイデンティティ・クライシスは、ほかの心理的な不調と混同されやすいが、性質は異なっている。

うつ病・適応障害との違い

アイデンティティ・クライシスは診断名ではなく、必ずしも医療的な治療を前提とするものではない。一方、うつ病や適応障害は、医学的な診断基準があり、専門的な治療が必要となる。(※10)

一時的な迷いとの違い

日常的な悩みは、特定の出来事に反応して生じることが多いだろう。それに対し、アイデンティティ・クライシスでは、「自分は何者か」という自己像そのものが揺らぐ感覚が続きやすい。

専門的支援が必要なケース

アイデンティティ・クライシスに必ずしも治療が必要というわけではないが、不安や抑うつが長期間続き、日常生活に支障が出ている場合は、専門家への相談を検討したい。クライシスと精神的な不調は重なることもあり、無理は禁物。信頼できる専門家のサポートを受けることもひとつの方法だ。

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アイデンティティ・クライシスへの向き合い方

お互いの目を覆いながら微笑む2人

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アイデンティティ・クライシスは、一般的な悩みとは異なり、早く解決しなければならない問題ではない。向き合い方によって、意味のあるプロセスになるだろう。

個人ができること

答えを急ぐのではなく、自己の価値観や趣味、関心事などについて深く考え、自己の理解を深めたり、違和感や迷いを言語化してみたりすることが大切だ。内省や対話、環境を変えた経験を積み重ねることで、自分の価値観が少しずつ輪郭を持つだろう。(※2)

また、未来を一度で決め切ろうとしないことも重要。将来を重く捉えすぎず、いま考えられる仮の答えを持ちながら進むことで、しなやかなアイデンティティが形づくられていく。

周囲(家族・職場)ができること

家族や職場といった周囲ができるのは、正解を示すことではない。評価や結論を急がず、大らかな姿勢で関わることが、求められる。(※6)

支援制度・専門家の役割

カウンセリングやキャリア支援は、答えを与える場ではなく、考えを整理する場として捉えたい。第三者の視点が、自己理解を深める助けになることも多い。(※2)

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現代社会とアイデンティティ・クライシス

渋谷で撮影をする様子

Photo by Koukichi Takahashi on Unsplash

現代社会の構造そのものが、アイデンティティの揺らぎを感じやすくしている。発達心理学の理論が生まれた半世紀前と比べると、私たちを取り巻く環境は大きく変化した。選択肢の増加、働き方の多様化、情報量の爆発的な増大は、自由を広げる一方で、自分の軸をより複雑にしている。

多様性社会がもたらす影響

現代は、生き方や価値観の多様性が尊重される社会だ。さまざまな事柄において、「こうあるべき」という単一のモデルが弱まりつつある。この変化は、個人にとっては自由度が高まったといえるが、「何を基準に選べばいいのか」という迷いを生み出しやすくしている。正解が用意されていないからこそ、選択の責任がすべて自分に返ってくる感覚になりやすい。

多様性は可能性を広げるが、そのぶん、自分の価値観を自身で言語化しなければならないシーンが増えるだろう。多様性社会におけるアイデンティティ・クライシスは、個人の弱さではなく、時代の構造と深く結びついた現象といえる。

SNS・比較文化との関係

SNSの普及は、他者の生き方や成功を日常的に目にする環境を生み出した。さまざまな研究でも、他者との比較が自己評価に影響を与えやすいことが示唆されている。(※11)とくに、SNS上では、成果や充実した側面が強調されやすく、自己肯定感が下がる感覚を抱きやすい。こうした比較が続くことで、自分自身の価値基準よりも、外からの評価を軸にアイデンティティを捉えてしまい、“自分らしさ”が見えにくくなる可能性がある。

不安定な社会が生むアイデンティティ問題

雇用の流動化や非正規雇用の拡大、多重役割社会の進行も、アイデンティティ形成に影響を与えていると言えるだろう。(※12)役割が安定しない状況では、アイデンティティの一貫性を保つことが難しい。仕事、家庭、地域などにおいて、複数の役割を同時に担うなかで、自分の立場を捉えにくくなることは、現代社会ならではの課題といえるだろう。

SDGs・持続可能な社会との接点

国連が掲げるSDGsでは、「誰一人取り残さない」社会の実現が強調されている。この理念は、経済や環境だけでなく、人々の心理的な安定や社会参加とも深く関わっている。(※13)アイデンティティの安定は、個人の幸福だけでなく、持続可能な社会を支える心理的基盤のひとつと考えることができるだろう。

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アイデンティティ・クライシスは単なる迷いではなく、成長のプロセス

アイデンティティ・クライシスは、決して、何かが欠けていることで生じる問題ではなく、自分の価値観やスタイルを問い直す過程で生じる、自然な揺らぎのひとつだ。

正解を急がず、迷いながら考え、選び直す経験そのものが、よりしなやかな自己形成につながっていく。長い時間軸で自分と向き合うことが、アイデンティティと向き合ううえでの大切なポイントだろう。

※掲載している情報は、2026年1月15日時点のものです。

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