静かな退職とは 働き方の変化とSDGs&ウェルビーイングを考える新潮流

デスクに座る人の手とPC

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静かな退職とは何か。働き方の多様化が進むなか、通常の退職との違いや背景、兆候、メリット・デメリットを解説する。働き方の多様化が進む現代において、静かな退職が注目される理由と、SDGs(サステナビリティ)やウェルビーイングとの関係性にも触れる。

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2025.06.30

静かな退職とは何か?

静かな退職」という言葉を耳にする機会が増えているだろう。どんな意味なのか見てみよう。

定義と語源

静かな退職Quiet Quitting/クワイエット・クィッティング)とは、転職や退職をするつもりはないが、仕事に対して意欲や熱意を持たず、必要最低限の業務にしか携わらない状態を指す。

実際に退職するわけでも、働かないわけでもない。仕事は仕事と割り切り、プライベートとの境界線をはっきりと引く。キャリアアップへの関心は薄く、仕事は最低限のみこなし、企業の目標よりも自分の幸福を優先する。心の中で仕事や職場と距離を置いている状態を表現している。

通常の退職・サイレント退職との違い

静かな退職は、従来の退職や離職とは明確に異なる概念だ。通常の退職は物理的に職場を離れる行為であるのに対し、静かな退職は精神的に職場から距離を置く状態を指している。

また、「サイレント退職」は無断欠勤や突然の退職を意味するが、それとも異なり、静かな退職では勤務は継続している。実際に退職をするわけではなく、退職が決まった従業員のような余裕をもった精神状態で働くことが特徴だ。

静かな崩壊・スローな生産性との違い

近年は「静かな崩壊(Quiet Firing)」という概念も注目されている。これは管理職が部下に成長機会を与えず、関心を失うことで、結果的にその従業員が退職に追い込まれる状況を指す。

また、静かな退職は「スローな生産性(Slow Productivity)」の概念とも親和性が高い。過剰な生産性を追わず、自分のペースで持続可能に働くことを肯定する考え方である。

これらの概念に共通するのは、効率やスピードだけを重視する時代の終焉と、個人の心身のバランスを重視する価値観への転換といえる。

不機嫌な在職・静かなやりがいとの関連

静かな退職と似た言葉に、「不機嫌な在職(Grumpy staying)」や「静かなやりがい(Quiet thriving)」がある。不機嫌な在職は、職場や仕事内容の不満を表しながら職場に残っている状態を指す。静かなやりがいは、仕事に小さな喜びを見出すことで、静かな退職とは反対の意味となる。

誕生の背景

静かな退職は、2022年に米国のキャリアコーチであるブライアン・クリーリー氏がTikTokで「#quietquitting」というハッシュタグをつけて投稿したことが最初で、そこから世界中に広まったと言われる。

ちょうど新型コロナウイルスの感染拡大によるリモートワークの普及、働き方改革の進展、そして世代間の価値観の変化が生まれた頃。そのような仕事に対する社会全体の考え方の変化が背景にある。

メリットとデメリット

働く個人から見た場合

メリット

静かな退職を選択する個人にとっての主なメリットは、ワークライフバランスの改善である。過度な責任や長時間労働から解放され、プライベートの時間を確保しやすくなる。仕事に対するストレスが軽減されることで、精神的な負担が軽くなる効果も期待でき、燃え尽き症候群やメンタル不調の回避につながるとみられる。

さらに、自分の価値観にしたがって働くことで、長期的な精神的健康の維持につながる可能性もある。仕事以外の活動に時間を割くことで、スキルアップや自己実現の機会を得られる場合もある

デメリット

一方で、静かな退職によるデメリットは、キャリア発展の機会を逃す可能性があることだ。昇進や昇格のチャンスが減り、長期的な収入向上が期待できなくなる恐れがある。また、同僚との関係性に影響を与えたり、チーム内での存在感が薄れたり、職場でのネットワーク構築が困難になることで、将来的な転職活動にも影響を与えかねない。さらに、リストラや人事評価の低下につながるリスクもある。

企業から見た場合

メリット

企業から見た静かな退職のメリットは限定的だ。だが、従業員が過度な残業や無理な働き方をしなくなることで、労働環境の改善や働き方改革の推進につながる可能性がある。加えて、従業員の離職率低下にも寄与する場合がある。完全に退職してしまうよりも、静かな退職状態でも在籍し続ける方が、採用コストの削減につながることがある。

デメリット

しかし、企業にとって静かな退職はデメリットの方が大きい。もっとも大きな問題は生産性の低下だ。少数の「静かな退職」が組織全体に与える影響は予想以上に大きく、チーム全体のモチベーション低下を招く恐れがある。とくに、高いパフォーマンスを発揮していた従業員が静かな退職状態に陥ると、その影響は周囲にもおよび、組織の持続的な成長に大きな影響を与える恐れがある。

また、イノベーションの創出が困難になる可能性もある。積極的な提案や改善活動が減ることで、組織の競争力低下につながる危険性がある。さらに、人材育成の観点からも問題が生じる。静かな退職状態の従業員は成長意欲が低いため、将来的な幹部候補の育成が困難になる可能性がある。

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静かな退職の実態と兆候

特徴と行動パターン

静かな退職状態にある従業員には、いくつかの共通した特徴や行動パターンが見られる。

・定時の退社(残業しない)
・業務時間外の対応を拒否する
・発言や提案が少ない
・社内イベントや社内の交流への参加が消極的
・成果に対する意欲が希薄

もっとも顕著な特徴は、定時退社の徹底である。残業を避け、就業時間外の連絡にも応答しない傾向が強い。会議や職場での発言も最小限に留め、積極的な提案や意見交換を避ける傾向がある。新しいプロジェクトへの参加や追加業務の依頼に対しても消極的な姿勢を示すことが多い。また、職場での人間関係も必要最小限に留める傾向があり、懇親会や社内イベントへの参加率も低くなる。スキルアップや研修への参加意欲も低下し、現状維持を優先する行動パターンが見られる。

日本国内の実態

欧米とは異なり、以前の日本では長時間労働が当たり前で、「与えられた仕事をこなすだけ」という姿勢が必ずしも否定されないカルチャーがあった。だが、近年では日本でも静かな退職の兆候が出ているようだ。

20代~50代の正社員を対象に行われた調査(2024年実施、※1)で、「静かな退職をしているか」という質問に対して、「そう思う」が14.5%、「ややそう思う」が30.0%で、静かな退職をしている割合は44.5%となった。

一方、20〜59歳の男女に行われた別の調査(2024年実施、※2)では、静かな退職状態の社員は2.8%という結果も報告されている。この調査結果では、静かな退職であると答えた人を年齢別にみると、40〜44歳が最多5.6%で全社員の2倍となり、中堅層での静かな退職がとくに深刻な問題となっていることがわかる。

調査によって、静かな退職の実態は異なるが、日本でもその影響は少なからず出ているものとみられる。

静かな退職が注目される背景

働き方の多様化と価値観の変化

かつての日本では、会社に尽くすことが美徳とされてきた。しかし、近年は価値観の多様化が進み、副業解禁やフリーランスの増加、ワーケーションの普及など、「自分らしく生きる」ことに重きを置く人が増えている。静かな退職が注目される背景には、そのような働き方の多様化と世代間の価値観の変化が大きく影響している。

とくにZ世代を中心に、従来の「仕事第一」の価値観から「ワークライフバランス重視」への転換が進んでいる。Z世代を中心に広まっているとされる「静かな退職」は、これは仕事とプライベートの境界をしっかり分け、ワークライフバランスを重視する働き方である。

これを後押ししたのが、新型コロナウイルスの感染拡大による人々の価値観の変化だ。コロナ禍による解雇や失業を目の当たりにしたため、会社に対して期待はしないという現実的な判断が働いている。また、「仕事のために生きる」という考え方ではなく、「最低限の生活をするために働く」といった考え方が広まってきていることも、静かな退職の背景にある重要な要素である。

SNS・メディアでの拡散

静かな退職の言葉が広がった理由に、SNSやメディアでの発信もある。TikTokなどで「#quietquitting」のハッシュタグが多数投稿され、静かな退職は職場の人間関係や評価制度に悩む人々など、若い世代を中心に共感を呼んだ。これにより、個人の働き方に対する価値観が可視化され、同じような考えを持つ人々がつながりやすくなった。

さらに、メディアでも静かな退職に関する報道が増加し、企業側もこの現象に注目せざるを得なくなった。リモートワークなどとの親和性も高く、日本では働き方改革の文脈で議論されることが多く、従来の日本的な働き方への見直しを促す契機となっている。

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静かな退職とサステナビリティ・SDGs

静かな退職とサステナビリティ、そしてSDGsは、ウェルビーイングという概念を通じて密接に関連している。

ウェルビーイングとの関係

ウェルビーイング(well-being)は、世界保健機関憲章にも記載のある概念だ。身体的、精神的、社会的に良好な状態で、個人の権利と自己実現が保障されている状態を表している。

静かな退職という現象は、SDGsの目標3「すべての人に健康と福祉を」や、目標8「働きがいも経済成長も」とも深く関わっている。

従業員の心身の健康を維持し、持続可能な労働環境をつくることは、企業の責任としても求められている。過労やストレスを減らし、働きがいを感じられる環境を整えることは、単なる人材確保ではなく、社会的課題の解決につながる。つまり、静かな退職は持続可能な働き方への転換点を示していると捉えることもできるのだ。

今後の働き方の展望

これからの働き方は、「全力で働く」か「退職する」かという両極端ではなく、「適切なバランスで働く」という中間的な選択肢を含むようになっていく。静かな退職という概念は、その橋渡し的な存在ともいえる。

働く人が自分の価値観や体力、ライフステージに応じて、仕事との距離感を調整できるようになれば、それは持続可能な働き方へとつながる。今後は、企業側にも「社員が静かに離れていく前に何ができるか」という視点が求められる。評価制度やコミュニケーションの仕組みを見直し、安心して声をあげられる職場をつくることが、組織の未来を支えるカギになる。

持続可能な社会への転換

静かな退職は、現代の働き方における重要な現象として認識されている。この現象は単なる問題ではなく、働く人々の価値観の変化とウェルビーイングへの関心の高まりを反映したものである。企業にとって重要なのは、この変化を理解し、持続可能な働き方を実現するための取り組みを進めることだ。

従業員のウェルビーイングを重視した働き方を構築することは、企業の長期的な成長と社会全体の持続可能な発展に貢献する。今後の働き方は、経済的な成長だけでなく、人々の幸福と地球環境の保護を両立させる方向に向かっていくだろう。静かな退職という現象を通じて、私たちは新しい働き方の可能性を探求し、より良い未来を築いていく必要がある。

※掲載している情報は、2025年6月30日時点のものです。

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