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心理的虐待の一種であるガスライティング。被害者の尊厳や人権を踏みにじる卑劣な行為である。2018年頃から欧米を中心に認識が広がり、いまでは精神的DVとして多くの人が啓発されている。ガスライティングの概要や対処法について詳しく解説する。
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ガスライティングとは加害者が誤った情報で心理的に被害者を操り、正常な判断力を奪う行為である。誤った情報を植え付ける心理的コントロールによって被害者に「自分が悪い。相手が正しい」と思い込ませ、自信を失わせる。
自信を失った被害者は「正しいことを言う相手(加害者)」に依存するようになり、加害者から離れられない関係におちいってしまうのだ。
人対人の関係であれば、どれほど親しくても意見の相違が見られるのは珍しいことではない。しかし、ガスライティングは加害者が被害者に対して誤った情報を一方的に植え付けて強要する。心理的にコントロールされた被害者は加害者の支配下に置かれ、やがて破滅する可能性も否定できない。
加害者が被害者に対して根拠や客観的な事実に基づかずに「あなたは非常識だ」「おかしい」などと言い続けたり、否定したりすることがガスライティングの基本だ。
第三者ならその光景を想像するだけで理不尽だと理解できるが、繰り返し行為を受けた被害者は徐々に正常な判断力を摩耗させてしまう。それほどまでに危険で卑劣な行為である。
ガスライティングの概念は、1938年に製作された舞台「ガス燈」が由来とされている。1944年には映画も公開された。「ガス燈」では夫が妻を心理的に虐待し、追い詰めていく過程が描かれている。
2018年には「ガスライティング」という単語とその意味がイギリスで広く認知されるようになり、いまでは一般的に知られるようになった。
海外ではガスライティングに対する法的整備も整えられつつある。イギリスでは2015年に「重大な犯罪法(Serious Crime Act)」を改正し、ガスライティングを犯罪と定めた。罪が確定すれば罰金刑、もしくは最高5年の懲役刑が科せられる。
ひとつは夫や妻、恋人同士の間など、親しい関係で起こるガスライティングで見られる状況だ。誤った情報で相手を心理的にコントロールすることにより、自分から離れられなくする(支配を強める)目的である。心理的なコントロールで被害者を自主的な服従状態に仕向けることが多い。
この場合、夫婦や恋人同士のようなパートナー関係だけではなく、家族や友人同士でも起こり得る。特定的、限定的な関係であることが特徴だ。ガスライティングで相手をコントロールし、自身に依存させ、服従させることが目的である。
夫婦や恋人同士でガスライティングが発生する場合、多くの被害者が女性だと言われている。2017年にケリー・ジョンソン博士とシャーロット・バーロウ博士が著した論文によると、親密な関係にある男女間で起きるガスライティングの女性被害者は95%にものぼるということだ(※1)。
分類のもうひとつは、会社やサークル活動といった集団のなかで起こるガスライティングである。このような関係性ではもともと上下関係が生まれやすいが、ガスライティングでその関係を利用する。
上下関係で下の立場になる被害者に対し、加害者は何らかのトラブルの原因が被害者にあると断定したり、周囲の人々が被害者と対立するように仕向けたりする。やがて被害者は追い詰められ、職場やサークルなどのコミュニティから追い出されたり、最悪の場合は健康を害することや自殺したりする可能性が否定できない。
この様相はいわゆる「いじめ」と同様である。ガスライティングもいじめも被害者の尊厳や人権を軽視し、加害者の傲慢な意志を押し通そうとする卑劣なものである事実は変わりない。決して許されることではないだろう。
ガスライティングは被害者に粘着している。ストーカーも同様に粘着行為だが、ガスライティングとは目的が異なっている。
ストーカーはターゲット(被害者)の気をひきたい、恋愛成就したいという目的で粘着行為におよぶ。行為そのものには健全性が欠けるが、相手を服従させる・破滅させたいという目的ではない。また、「ストーカーされている」と被害者に気づかれても構わないと考えていることが多い。むしろ気づいてほしがる傾向まである。
いっぽう、ガスライティングは服従や破滅が目的だ。被害者が「ガスライティングされている」と気づかないよう、狡猾に行為におよぶ。被害者がガスライティングに気づけば対処され、いままでの行為や工作が無に帰すためだ。そのためガスライティング工作はストーカー行為よりも被害者に気づかれにくい狡猾な方法になる傾向である。
ガスライティングの加害者は露骨に、だが巧妙に被害者をコントロールしようとする。おもな手口には以下のようなものがある。
「あなたは異常だ」「普通じゃない」など、被害者の言動や人格を否定するような暴言を向ける。毎日のように事実とは違う暴力的な言葉を投げつけられた被害者は、やがて「自分は異常だ」「普通じゃないのかもしれない」と疑心暗鬼に陥り、正常な判断力が奪われる。
すぐに事実ではないとわかるような嘘を安易についたり、過去に発言した内容を「言っていない」と言い張ったりする。加害者にとってことの真偽は重要ではない。被害者が「それは嘘でしょう」と指摘したとき、「その考えは被害者妄想だ」「あなたこそ嘘をついている」と否定することが目的だ。
また、激しい怒りを見せたあとに突然やさしくする。その逆もある。不確実な言動で被害者を振り回して翻弄し、疲れさせ、精神的に追い詰めていく。
被害者を知る周囲の人々に信憑性のない噂を吹き込んだり、悪印象をまねくような話をしたりなど、被害者に反感が集まるようにふるまう。集団内で頼れる存在を引き離し、やがて孤立させ、集団内からの追放につながることも少なくない。
被害者の持ち物を隠したり、パソコンの設定を許可なく変更したりする。日常的に使うものに異変があるため被害者はすぐに気づくが、「あなたがやったのでは?」と問い詰められれば加害者は「気のせいだ」「被害妄想だ」と否定する。
否定を繰り返すことによって被害者から判断力への自信を奪い、精神的に追い詰め、心理的なコントロールにつなげる。
ここで加害者の狡猾性が顕著になる。加害者は加害行為の痕跡を敢えて残し、被害者が発見しやすくしているのだ。被害者の問いただしを待っているとも言える。とりもなおさず、それは被害者を否定するチャンスを待っているということになる。じつに狡猾で卑劣な行為だ。
「ガスライティングを受けているのではないだろうか」と気づく瞬間があれば、早めの対処が必要だ。以下の方法を試みてほしい。
加害者との関係をいまの自分とは違う視点で眺めることは大きな意味がある。パートナーや職場、サークルなどに加害者がいると感じたら、その場とは離れた場所にいる家族や友人などの視点を借りてみよう。相談し、どのような感想を持つか聞くだけでも違いがある。
相談相手は「あなたは間違っていない」「誤った関係かもしれない」「あなたを破滅させようとしている」と言うかもしれない。それがあなたの尊厳を取り戻すきっかけになる可能性がある。
ガスライティングの手法はおもに心理的コントロールだ。被害者の心を侵すような言動をする。いわば心を踏み荒らそうとしている。それを防ぐためには加害者が心理的に侵入できないよう、明確な境界線の設定が効果的だ。
たとえば加害者があなたを否定するチャンスを待ち構えているのなら、そのタイミングで「フィーリングが違うようだから距離を置こう」「話し合っても仕方ない話題だからほかの話題にしよう」と提案し、実行する。
また、無理に会話を継続する必要もない。ガスライティング行為やその兆候を感じたら、同じ部屋から立ち去るのもよいだろう。
加害者は被害者の正しい行為も「間違っている」と決めつけ、自分自身に疑問を持たせて正当性や判断力を奪おうとする。そのような場合には口論やできごとが起きた日時をメモし、あとから読み返すと冷静な判断ができる。
自分の主張が間違っていたと思い込んでいても、記録を読み返すことで「間違っていない」「相手が強引な言葉や態度で心理的コントロールを試みた」と理解できるだろう。また、専門家への相談を決意したとき、被害事例を説明する資料としても活用できる。
ガスライティングは被害者の心をむしばみ、ときとしてメンタルヘルスや社会的立場、日常生活に深刻な影響を与える。自分を守るためにも専門家のサポートを求めるのは正しい選択だ。
ガスライティングで疲労した心や尊厳の回復を手伝うメンタルヘルスの専門医、ガスライティングから脱け出すために役立つ法的なアドバイスをくれる(ときには法的手続きを代行してくれる)法律家など、被害者を助けるスキルを持った専門家を見つけて相談しよう。
心理的虐待であるガスライティングは、どのような環境や人間関係でも起こってはいけない卑劣な行為だ。海外では犯罪行為と認識されるほどである。
加害者が詭弁を口にし、嫌がらせをしても、被害者はそのようなそしりを受ける理由がない。運悪く被害者の立場になってしまったのなら、できるだけ早くガスライティングから遠ざかる行動をはじめよう。
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