日本発のコスメティックブランド「SHIRO」が、2025年4月26日(土)、韓国・聖水(ソンス)に旗艦店「SHIRO Seongsu」をオープンさせたのはすでにご紹介した通り。今回は、新たな挑戦になったという、その国に寄り添い、街のカルチャーを担う店づくりについて、SHIRO代表取締役会長・ブランドプロデューサーの今井浩恵さんに話を聞きました。
ELEMINIST Editor
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ついにヴェールを脱いだ韓国初の旗艦店「SHIRO Seongsu」。これで「SHIRO」の直営店は、日本国内にある28店舗と、ロンドン、台湾、韓国を合わせて31店舗(2025年6月現在)となりました。オンラインストアも含めると、イギリス・アメリカ・台湾・中国・韓国など海外にも積極的に展開しています。その背景には、「世界に通用するブランドにする」という今井さんの強い覚悟と、「製品を通じて、世の中をしあわせにしたい」という、壮大な願いがありました。
ところでみなさんは「SHIRO」のことをどれくらいご存知でしょうか? ファッショニスタに愛用者が多いという華やかな一面を持ちながら、真摯なものづくりでも知られる稀有な存在。2009年の創業以来、廃棄される昆布や酒かすなどの素材に着目し、自然の恵みを余すことなく活用する製法を貫いています。アップサイクルやサステナブルといった言葉が生まれる以前から、エシカルな製品を世に送り出しているブランドなのです。15年目となる2023年には、「本質的な循環のために廃棄物ゼロを目指す」という宣言まで出しているほど。
そんなブランドの新たな挑戦が、韓国・聖水の旗艦店です。ブランドが掲げる信念のひとつ「自ら生産者に会うこと」を店舗づくりにも踏襲し、韓国の若者や聖水に以前からある文具店のオーナーを相手にフィールドワークを行った結果、聖水の街に寄り添い、歴史とカルチャーを発信する、“ここだけ”の「SHIRO」が誕生しました。オープンから約1ヶ月。先陣を切って自らこのプロジェクトを率いた今井さんに、その想いを語っていただきました。
韓国は好きでよく行っていた場所。だからこそ「いいお店をつくれるのでは」と思ったそう。
————韓国・聖水店のオープン、おめでとうございます。今回は、これまでのお店づくりとはまったく違うアプローチをされたと聞きました。その理由を教えてください。
2023年に台湾のお店をオープンしたのですが、その時の反省点として、「日本のSHIROというブランドを、そのまま台湾へ持っていってしまったな」という心残りがあって。台湾の人がどんな暮らしをしているのか、そこでどんなふうにSHIROの製品を使ってくださるのか、あまりにも解像度が低いまま、ただブランドを横展開してしまった。その国にあわせたブランド展開ができなかったんですよね。
それで今回の韓国出店では、フィールドワーク、現地の人と交流しながらライフスタイルを調査する手法で、韓国という国に向き合いたいと思ったのです。聖水の街を歩いている若者に声をかけて、「日本から来たんだけど、ちょっとインタビューさせてくれる?」といった具合に、まったくアポイントも取らず、さまざまな人から話を聞かせてもらいました。
韓国・聖水店のオープンを記念したスペシャルキット「SELECT YOUR BEST」。当初限定1000個で販売されていた。
————フィールドワークから、どんな韓国の姿が見えてきたのでしょうか?
一番に思ったのは、同じアジア人ではあるけれど、日本とはまったく別の暮らしをしているんだな、ということ。例えば兵役があったり、受験競争が熾烈であったり、日本以上に男尊女卑というか家長制度が根強く残っていたり…。さまざまな歴史的背景がありました。日本のメディアでいわれているような、K-POPが盛んで、新しいトレンドが常に生まれていて、というのは表面的なことでしかない。未来を見据えている若者たちは、きっと違うことを考えているだろうな、と感じました。
実際、フィールドワークをしてみたら、若い世代は現状に疑問を感じていて、「私はそうなりたいと思わない。学歴だけじゃない、そんな人生つまらない」と口を揃えていうのです。それを聞いて、「この国は変わろうとしているんだな」と嬉しくなり、20代の若者たちにこそSHIROがやろうとしていることを伝えたいと思いました。
いまの、まだ何者でもない彼女たちの力では社会は変えられない。男性たちが強すぎて。ここから10年、20年かけて少しずつ頑張っていくなかで、やがて彼女たちの言葉が力を持ち、韓国はもっといい国になっていくのではないか、そう思ったのです。
————聖水の街の歴史や背景についても、フィールドワークで知ったと聞きました。
今の聖水は、“ソウルのブルックリン”と呼ばれるほど、アート・カフェ・ファッションが盛んなトレンド発信地です。でも数年前はローカルな場所でした。街の人に聞いてみたら、もともと靴や革製品などが生まれるものづくりの街、町工場が立ち並ぶエリアだったそうです。
10年ほど前、そこに「POINT OF VIEW(ポイント オブ ビュー)」というセレクトショップの前身であるカフェができたのです。すると近所の大学に通う学生たちが遊びにくるようになった。それを見た「POINT OF VIEW」の店主が、もっとカフェを増やしていこうと、街の人に声をかけたそうなのです。やがてカフェが増えるにつれ、ユニークなアパレルやコスメティックブランドが出店するようになり、そのうちオフィスや高級マンションまで点在するようになった。聖水は、ものづくりが生まれた街であり、この10年ですごい勢いで発展した街でした。
人と直接会うフィールドワークは、SNSではわからないリアルな声が聞けるのが醍醐味だそう。
————韓国や聖水の街を知ったことで、どのようなお店づくりをしようと思われたのでしょうか?
フィールドワークをしているなかで、「自分たちだけ利益を膨らませて、韓国で展開していくつもり?」と聞かれたとき、そういうことではないよな、と思ったのです。違う国に出店するということは、その国のカルチャーを受け継ぎながら、日本のSHIROとして交わっていかなくてはいけない。ただ儲けて、それを日本に還元したところで、韓国や聖水の街になんのプラスの効果も生み出せていない。ただ経済を回すだけでは、SHIROが韓国に出店した意味がないと気づきました。
まずはSHIROのお店を訪れた人に聖水の街を知ってもらい、楽しんでもらえる仕組みができたらいいなと考え、「おでかけカード」というものをつくりました。昔からあるタッカンマリ屋や、先ほどお話した雑貨店「POINT OF VIEW」など、お店の紹介とどんな想いでやっているのかなど、1枚のカードにしたもの。SHIROのスタッフが街を歩き、インタビューをしながらまとめました。地域とつながり、一緒にこの街のカルチャーを担いたいと思いました。
————聖水店オープンまでの道のりには、すごく情熱を感じます。お店のデザイン自体にも、さまざまなSHIROの想いが反映されていると伺いました。
基本的には、SHIROがふだんからやっているスキンケア製品の工程と同じです。「廃棄するものを出さない」、「自ら生産者に会い、その想いを伝える」、「生産者と一緒にものづくりをする」ということ。
物件は、もともと靴の製造工場だったところです。ものづくりを大切にしている私たちだからこそ、そこで営まれていた気配を残したいと思い、建物の駆体は可能な限り残しました。階段下のブロック壁はもとからあったものですし、床も剥がしたらすてきな表面が現れたのでそのまま使用しています。あまりつくり込まず、あるものに少しのクリエイティブを加えた、捨てない、壊さない店舗づくりが特徴です。
物件に残っていたものを再利用するだけではなく、木材やレンガについても、実際に木こりや製材所、レンガ工場の方に会いに行き、捨てられるはずだったB品(※正規の品質基準を満たしていない規格外や訳あり商品)を活用したりもしています。ちゃんと一次産業の方とつながって、一緒にものづくりをすることが大事だと感じているのですが、韓国ではどうもその部分に理解が薄いようで。生産者の承諾を得るまでに、苦労もありました。
手前にあるガラス什器の脚は、木工工場で廃棄される予定だった架台を再利用。ものづくりの魂を感じる。
例えばレンガ。町工場だった名残で、聖水の街には耐久性の高いレンガ建築が多い。歴史を感じさせる素材として、SHIROのお店にも什器として取り入れたいと思いました。しかし、レンガ工場まで赴いても、大前提として中は見せてもらえない。何度も交渉して、やっと視察させてもらえた、なんてこともありました。
そこでは、ごみだと思われていたB品のレンガも、建材には無理でも什器の素材としてはむしろデザイン的にメリットがあること、お金になることを説明したんです。最初はハテナマークで会話をしていた彼らですが、プレオープンにご招待して実物を見てもらったら、「デザインってこういうことか!」と、表情が変わった。やっと理解してもらえたという感じです。
さらに話をしていくうちに、韓国ではレンガ工場が衰退の一途を辿っていることがわかりました。全盛期には200〜300軒ほどあったものが、いまや18軒ほどしかないと。こういった生産者の想いや実情を伝えるのもSHIROの役割だと思っています。改めて、生産者に会うことの大切さを実感した出来事でもありました。
左から「ハーブブレンダーラボ」のフレグランスミスト、韓国限定「スズラン オードパルファン」。
————オリジナルのフレグランスミストづくりが体験できる、「ハーブブレンダーラボ」も好評のようですね。どんな狙いがあって始められたのでしょうか?
ショップ2階にある「ハーブブレンダーラボ」では、お好きな香りをブレンドし、最後にサンルームや庭で育てられたハーブを摘んでいれる、自分だけのフレグランスミストづくりを提供しています。
始めた理由は、ものづくりを体験してほしいと思ったから。ものをつくるって楽しくて、簡単なんだよ、ってことを伝えたかったのです。なので、オリジナルの香水をつくること自体が目的ではありません。つくる工程を通して、楽しいな、とか、自分にはこういう作業が向いているな、とか。職業選択をするうえで、なにか気づきにつながるといいなと思っています。
用意されたものを買うだけではなく、自分たちの身の回りにあるもので、こんなものができる。「ものをつくるって簡単だ」、そういう捉え方さえできれば、世の中にものづくりやクリエイティブに携わる人が増えていくのではないか。そこに社会をよくするヒントがあるような気がしています。
————SHIROの真摯なものづくりや今回のようなお店づくりは、ぜひお客様にも伝えていきたいですね。
店頭で配布している「SHIRO PAPER(シロペーパー)」などで少しご紹介していますが、基本的にはわざわざカスタマーに伝える必要はないのかな、と思っています。わたしたち企業が、エシカルで正しい製品を当たり前につくってさえいれば、そして選ばれるブランドであり続けさえすれば、社会も地球もよくなると思っていて。そこを消費者に押し付ける必要もないのかなと感じています。まずは、ものの良さ、ブランドの良さを知ってもらいたいですね。
ブランドの想いをつづった「SHIRO PAPER(シロペーパー)」は韓国版もある。
————今後、韓国でどのような取り組みをしていきたいとお考えですか?
まずは素材探しをしたいと思っています。日本でのSHIROと同じように、自ら素材に出会い、生産者に会い、その想いを知って伝える。素材の良さを最大限に引き出した、韓国ならではの製品をつくりたいですね。
いま注目しているのが、「天日塩(てんぴえん)」という、韓国新安(シナン)郡でつくられている塩。この塩を使ったマッサージソルトをつくろうとしたのですが、そこで人権問題にぶちあたったのです。塩田で強制労働が行われていたことが発覚して……。
そういう素材でSHIROの製品をつくるわけにはいかない。もうやめよう、となったのですが、だからこそ、生産者と協力して人権問題のない天日塩が生産される仕組みをつくりたいと思いました。「こうしたらいいんじゃない?」と、問題解決に向けて提案していく、そこにSHIROが韓国にいった意味があるのかな、と感じています。とはいえ、まだまだ調査段階ですね。
SHIROの素材探しの基準って、その素材に生産者が命をかけているかどうかにつきます。ものを見たらわかるんですよ。輝いているなとか、真面目につくられているな、とか。ぜんぜん違うんですよね。本気でやろうとしている人たちを見つけて、その人たちと一緒にものをつくっていく。そんな可能性の原石を、ここ韓国でも見つけられたら。
青いBOXは、SHIRO表参道オフィスに設置された不用品回収の「PASSTO」。リユースにも積極的に取り組んでいる。
————数字のうえでも、今回の韓国出店には手応えを感じていらっしゃるとのこと。今後、このお店が聖水の街とともにどう成長していくのか、楽しみですね。
おかげさまで大盛況と聞いています。ブランド認知の部分では、たしかに手応えはあります。ただ、とてもありがたいことなのですが、ちゃんとSHIROの本質は伝わっているのだろうか、と不安に感じることもあって。
日本だと、製品だけではなく、ポッドキャストやSHIROのものづくりが見学できる「みんなの工場」、環境に配慮した宿泊施設「MAISON SHIRO(メゾンシロ)」など、間接的にSHIROというブランドを伝える手段が増えてきている。それが、本質的なブランドの価値につながっているのかな、と思っています。しかし、韓国ではどう伝えていけばいいのか、どういう手段なら伝わるのか…。それが課題といえば課題ですね。
SHIROの本質がちゃんと伝われば、韓国の若者たちと一緒に大きな渦になって、もっといい国に変えていく原動力になれる。そうなれば、みんなの幸せな笑顔に出会えると思うから。今後も韓国の人々と出会い、直接話すフィールドワークを続けながら、その答えを掴みたいと思っています。
今井浩恵/代表取締役会長・ファウンダー兼ブランドプロデューサー。1995年 株式会社ローレルに入社、2000年には26歳で社長に就任。「自分たちが毎日使いたいものをつくる」という想いのもと、2009年にブランド「LAUREL」を設立、ブランド設立10周年を迎えた2019年には社名を株式会社シロに、ブランド名を「SHIRO」に変更。2021年7月よりブランドプロデューサーに就任しクリエイティブ統括に専念、みんなのすながわプロジェクトを始動。2023年4月みんなの工場オープン。現在、砂川パークホテルリニューアルプロジェクトを推進中。
WEBサイト: https://shiro-shiro.jp/
Instagram :@shiro_japan
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撮影/岡田ナツ子 取材・執筆/村田理江 編集/後藤未央(ELEMINIST編集部)
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