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プロナウン(pronouns)とは、代名詞のこと。多様性の時代であるいま、ジェンダー代名詞の扱いが問われつつある。日本では浸透していないが、英語圏ではジェンダー代名詞を明示する風潮が一般化している。本記事では、プロナウンの意味や重要性、実際に取り入れる際のポイントを解説する。
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プロナウン(pronouns)とは、代名詞。人や物を指すために使われる語のことだ。日本語では「それ」「あの人」、英語では「He」や「She」などが代名詞にあたる。なかでも、性別表現のある人称代名詞のことをジェンダー代名詞という。
多様性の時代である昨今、このプロナウンの使い方が疑問視されている。プロナウンを新しいアイデンティティの表現方法のひとつと捉え、適切に使用することが求められているのだ。
ここからは、ジェンダー代名詞としてのプロナウンについて説明を続ける。
以前は、性別二元制に基づき、性やジェンダーは男女の二択が一般的とされていた。英語では男性は「He/Him(彼)」、女性は「She/Her(彼女)」が基本。日本の英語の授業でもこう学び、認識している人が多いだろう。
しかし、ジェンダーは多様。誰もが単純な“男女二択”なわけではない。さらに、誰もが出生時に割り当てられた性別と性自認が一致する「シスジェンダー」なわけでもない。そこで、必要とされているのがプロナウンの適切な使用だ。
プロナウンの扱いにおいて、とくに気にするべきなのが三人称。つまり、彼や彼女といった表現だ。基本的には、相手がどう呼ばれたいかが何よりも重要。近年、性自認が既存の男女に当てはまらない「ノンバイナリー(Non-binary)」や、状況によってジェンダーが行き来する「ジェンダーフルイド(Gender fluid)」をはじめ、多様なジェンダーに対応するために、ジェンダーに中立的なプロナウンが使われ始めている。とくに、性別で代名詞の表現が異なる英語圏では、自身が呼ばれたいプロナウンを表明するのが一般的になりつつある。そこには、ジェンダーニュートラルなプロナウンも含まれる。(※1)
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誰もが暮らしやすい社会を実現するには、ジェンダーアイデンティティの尊重が必要不可欠だ。世界でジェンダーニュートラルなプロナウンが浸透し始めているが、英語と日本語では言語が異なる分、取り扱いに違いがある。
以下で、英語と日本語それぞれのジェンダー代名詞について確認しよう。
繰り返しになるが、以前は英語の三人称は男女の二択(HeかShe)だった。しかし、近年、ジェンダーニュートラルなプロナウンとして「They」が使われるケースが増えている。「She/Her」「He/Him」の二択にとらわれたくない人が、「They/Them」を使用する傾向にある。
従来「They/Them」は複数形を表す代名詞として使われているが、ジェンダーニュートラルな代名詞として単数形でも使用できる。ノンバイナリーな代名詞としての「They/Them」なのだ。(※2)「They/Them」を用いることで、特定のジェンダーを指定せずに、相手のジェンダーを推測したり、決めつけたりすることのない表現が可能となる。
また、「Ze/Zem」もジェンダーの枠にとらわれないプロナウンとして知られている。このほかにも、ジェンダーニュートラルな代名詞は実に多様。(※3)相手がどのプロナウンを使ってほしいのかを尊重することが大切だ。
一方、日本語では、英語でいう「They」にあたる代名詞は登場していない。そもそも日本語は代名詞がなくても文章や会話が成り立つケースが多い。さらに、「あの人」「ご本人」「〇〇さん」など、性別を指定しなくても使用できる表現が存在する。(※4)英語圏に比べると、ジェンダー代名詞を意識する機会は圧倒的に少ないだろう。
とはいえ、ジェンダーの観点から日本語の表現が見直されているケースがないわけではない。学校現場では、一般的に男の子に用いられる「〇〇くん」や女の子に使われる「〇〇ちゃん」を呼び分けずに、「〇〇さん」で統一しようという動きがある。(※5)
また、「彼氏」や「彼女」を、性別にとらわれない「恋人/パートナー」と表現する人も増えている。(※6)「旦那」「奥さん」といった表現も同様に見直されつつある。
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日本ではまだまだ浸透していないプロナウンだが、英語圏では常識になりつつある。以下では、プロナウンの重要性や注目されている背景について解説する。
大前提として、ジェンダーの要素を外しても、誰もが、自身の認識とは違った呼び方をされるのは不快なはずだ。プロナウンは、そのうえで、ミスジェンダリングに配慮するための手段。適切に使用されないことは、ジェンダーアイデンティティの否定につながってしまう。以下では、もう少し具体的にまとめる。
見た目で相手のジェンダーを推測することは、ミスジェンダリングを招きやすい。プロナウンを事前に明確にし、相手の意向に沿った呼び方をすることで、ミスジェンダリングは防げる。また、ジェンダーニュートラルなプロナウンを使うことで、間違いを避けられる。正しい代名詞で呼び、呼んでもらえることで、個人のアイデンティティを尊重した適切なコミュニケーションが可能となる。
プロナウンの適切な使用が浸透することで、多様性を重視した社会を形成しやすくなる。呼び方としてプロナウンをカジュアルに確認し合う風潮があると、自身のジェンダーに対する考え方を自然な形で伝えやすくなる。さらに、ジェンダーニュートラルな立場をとる人が増えることは、カミングアウトをしたくない性的マイノリティの人の負担軽減につながるだろう。
プロナウンは、ジェンダーが多様で流動的であることを社会が正しく認識するきっかけにもなる。社会の意識が変わることで、差別や偏見により苦しい思いをする人が減少する。
プロナウンが注目されている背景はいくつかあるが、以下では主なものを取り上げる。
ひとつは、性別を男女の二択で分ける「性別二元制」が崩れてきたことだ。かつては、「男性」か「女性」のどちらかに当てはめられていたが、そんなふうに捉える時代は終わりつつある。
とくに、若い世代では、その傾向が顕著に現れている。18歳から25歳の若者を対象にした調査では、セクシュアリティやジェンダーアイデンティティの流動性を感じている人が多く見受けられる。(※7)
近年、SNSのプロフィール部分にプロナウンを明記する人が増えている。例えば、Instagramには、名前やユーザーネームと並列で、「代名詞の性別」を記入する項目が設けられている。
2024年12月現在、アメリカのカマラ・ハリス副大統領は、Instagramに「She/her」と明記している。また、過去には、人気ドキュメンタリー「クィア・アイ」で知られるジョナサン・ヴァン・ネスや、俳優のダヴ・キャメロンがプロナウンを明記していた時期もあった。
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プロナウンの活用は、日常生活だけでなく、ビジネスシーンでも拡大している。以下では、実際の現場でプロナウンがどのように扱われるのかを紹介する。
プロナウンは、自己紹介の際にセットで明示することが増えている。例えば、「初めまして。私の名前は〇〇です。ジェンダー代名詞はThey/Themです」のようなイメージだ。最初に明示することで、間違いなく捉えてもらえる。
人事資料に代名詞を記載するようにした企業も存在する(※8)。プロナウンは、基本情報として重要視されているのだ。
海外企業や外資系企業では、メールの署名欄にプロナウンを記載するケースも少なくない。ビジネスシーンにおけるコミュニケーショントラブルを未然に防げる。SNSやメール上で表示する場合は、名前の後に記入することが多い。
他者のプロナウンがわからない場合、見た目で決めつけるのはタブー。ミスジェンダリングは、相手を傷つけるため、最大の配慮が必要だ。
確認する際は、まず自分が先に開示することがポイント。その後、相手が伝えてくれるのを待つ形だ。確認がとれるまでは、代名詞を避けた表現を使用しよう。
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プロナウンに関して、世界的に大きな動きがあったのは、ここ数年のこと。いまもアップデートの途中だ。以下では、近年の世界的な動きを紹介する。
2019年には、世界的なシンガーソングライターであるサム・スミスをはじめ、複数のセレブたちがノンバイナリーを公表し、代名詞「They」の存在を世に知らしめた。その結果、2019年の12月に「They」の検索数が前年比313%に増加した。2019年の流行語にも選ばれたことからも、注目度の高さが伺える。(※9)世界でプロナウンが注目され始めたのは、2019年といえる。
プロナウンの注目度の上昇に伴い、性別表記に関する議論が行われる機会も増えた。その代表格がパスポートだ。
パスポートの性別欄において、「男性(M)」「女性(F)」だけでなく、男女にとらわれないサードジェンダー「X」を表記できる国が増えている。アメリカでは、性的マイノリティに配慮する形で、2022年4月11日からX表記を認めている。オーストラリアやカナダをはじめ、複数の国で同様の対応が認められ始めている。(※10)
ビジネスプラットフォーム「Zoom」は、2021年に、プロフィールに直接代名詞を入力できる機能を追加した。プロナウンを追加することで、Zoomの連絡先に表示される。性的マイノリティの人に配慮するとともに、プラットフォーム上での適切なコミュニケーションの推進を促す。(※11)
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最後に、プロナウンに関する誤解や注意点を紹介する。
よくある誤解のひとつは、プロナウンを明確にするのは性的マイノリティの人のみでOKという認識だ。しかし、プロナウンの明示は、生まれつきの性別と性自認が一致しているシスジェンダーの人も行うことが大切だと考えられている。「推測しない」を当たり前にすることが、誰もが暮らしやすい社会を実現する。
また、ジェンダーニュートラルなプロナウンが混乱を招くという認識も払拭しなくてはならない。プロナウンが浸透している英語圏でも、プロナウンの扱いを面倒だと捉えたり、先入観で偏見を抱いたりという感覚が残っているのが現状。(※12)正しく理解することが求められている。
さらに、プロナウンの推進には注意点もつきものだ。導入の際は、誰も傷つけないことを念頭に置く必要がある。
まず、プロナウンの明示はあくまで自由だ。したい人はする、したくない人はしないというのが原則。プロナウンの明示が強制されると、ジェンダーアイデンティティを公にしたくない人が対応に困るケースが考えられる。なかには、偽りの情報を書かざるを得ない人も出てくるかもしれない。ノンバイナリーの人全員が「They」と躊躇なく書けるわけではないことを頭に入れておきたい。
本人の了承を得ずにジェンダーアイデンティティを暴露することを「アウティング」というが、プロナウンの使用は適切に行わないとアウティングにつながる可能性がある。なかには、悪気なくアウンティングに該当してしまうこともあるだろう。プロナウンに関わらず、すべてのコミュニケーションには細心の注意と思いやりが必要だ。
プロナウンの適切な使用が広まることで、「どう呼ばれたいか?」という自身の気持ちとマッチした呼ばれ方をする人が増える。同時に、ミスジェンダリングによって辛い思いをする人が減るだろう。多様性の時代、私たちの価値観は常にアップデートが必要。推測や固定観念による考えを払拭し、時代に即した形で正しく対応していくことが大切だ。
※1 広まるジェンダー代名詞、あなたはどう呼ばれたい? zoomやインスタもプロフに導入|朝日新聞GLOBE+
※2 いまや常識「単数形のthey」をより正しく理解しよう|米語辞典から学ぶ新しい英語(1)【世界が変わる異文化理解レッスン 基礎編30】|サライ
※3 【ビジネス英語】ジェンダーニュートラルな代名詞(Pronouns)とは|indeed
※4 代名詞(プロナウン)をシェアする意味|PRIDE JAPAN
※5 子どもの敬称(さん・くん・ちゃん)意味の解釈がわかれる語の扱いについて|NHK放送文化研究所
※6 Let’s Talk Gender|tinder
※7Tinderで「ジェンダー代名詞」を設定しよう!|tinder
※8 「ジェンダー代名詞/プロナウン」とは? ノンバイナリーもシスジェンダーも全員が表明することの意義|FRONTROW
※9あなたはどう呼ばれたい? 多様性時代の代名詞考察。|VOGUE JAPAN
※10 米パスポート、性別「X」選択可能に…国務長官「全ての人々に自由と尊厳を」|讀賣新聞
※11 代名詞の追加と共有|zoom
※12 ノンバイナリーと採用バイアス|仕事の評価は性を越えて|Learning Cycle DEI Blog
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