Photo by Kousuke Shimasaki
ELEMINISTは「ごみゼロの日」である5月30日に、総勢24人でごみ拾い活動をおこなった。この記事では渋谷エリアでおこなったごみ拾い活動の様子をレポート。また、ごみ拾いをしたことで身に起きた変化についても僭越ながら紹介したい。
小嶋正太郎
農家 / 編集者
元ELEMINIST副編集長。2021年7月に東京から瀬戸内海に浮かぶ因島へと拠点を移す。高齢化で運営困難になった八朔・安政柑農園を事業継承し、農家として活動中。
地球からごみがなくなったら、そこに残るのは愛だけ──。ELEMINISTはそう信じながら「ごみゼロの日」である5月30日に、総勢24人でごみ拾い活動をおこなった。
当日は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を考慮し、渋谷、新宿、中目黒という3つのエリアにわかれ、1チーム6人で行動。
それぞれが異なる気づきをえられたのだが、チームを代表して、渋谷エリアでおこなったごみ拾い活動の様子をレポート。また、ごみ拾いをしたことで身に起きた変化についても僭越ながら紹介したい。
まずは、渋谷エリアで拾ったごみの量から。
Photo by Kousuke Shimasaki
約1時間30分、道玄坂付近でごみ拾い活動をおこない、ごみ袋8つ分を集めることに。
これは道端に落ちているごみの全部を回収できたというわけではなく、ほんの一部のみ。たとえ100人で集まって清掃をしたとしても、決して簡単には終わらないだろう。それだけのごみが落ちていたのだ。
捨てられていたなかでも多かったのが、缶、ペットボトル、そしてタバコの吸い殻。
道玄坂にある花壇には、複数人がそこに腰かけ、飲み会がおこなわれていたような痕跡があり、飲みかけのアルコール飲料が放置されていることも……。ごみ箱を探すのが面倒になったのか、コンビニの目の前に缶やペットボトルがポイ捨てされていることもあった。
Photo by Kousuke Shimasaki
ここでは飲み会がおこなわれていたのだろう。
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花壇には缶やペットボトルが放置されていた。食べかけの即席麺も。
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花壇の横にも、ごみは散乱。
Photo by Kousuke Shimasaki
ごみは車道にも捨てられている。
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ごみ袋ごと捨てられている場合も。
ごみは見えにくいところにもあった。
きれいに植えられている花や木々のなかに、隠すようなかたちでごみが捨てられているのだ。背景には“誰にも見られないなら問題ない”という考えがあるのかもしれない。
Photo by Kousuke Shimasaki
植木に隠されるごみを拾う様子。
Photo by Kousuke Shimasaki
フェンスの下にもごみは捨てられている。
この日、一番印象に残っているのが喫煙所付近での出来事だ。
いま渋谷駅付近の喫煙所は「立入禁止」のテープが貼られている。その近くには路上喫煙をやめるように訴えるサインもあった。
……にもかかわらず、非常にたくさんの吸い殻が落ちていたのだ。また、ごみ拾いをしている最中にタバコを吸っている人もいたし、清掃をした場所でタバコを吸い始める人も。
他人に求めることではないとわかっていながらも、もう少し思いやりのある行動をとってほしいと、心の底から思った。
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喫煙所付近で吸い殻を拾う様子。
5月30日から約1週間が経ち、いくつかの変化を実感している。
まず、ごみ拾いをした直後から感じているのが、これまで以上に道端のごみが目に入るようになっていることだ。自分でごみを拾い、その状況に悶々としたからこそ、自然と視野に入ってくるようになっている。
日本は海外の国々と比べてきれいだと言われることが多い。自分の目で見てきた経験と照らし合わせてみると、それは決して間違っていないともいえるが、ごみ拾いの後からは盲信していたとも感じるようになった。
とはいえ、なによりも当事者意識が芽生えたことが大きい。ポイ捨てをしていないにせよ、特定の場所にごみを出しているにせよ、これまでは何かがごみになった瞬間に“もう自分のモノではない”という意識が生まれていた。
ごみ拾いを通して改めて気づいたのは、ごみは自分の代わりに誰かが処理してくれているということ。いまは自分でごみを出さない工夫を考えるようになり、ごみの量が確実に減っている。
Photo by Kousuke Shimasaki
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Photo by Kousuke Shimasaki
ELEMINISTは5月30日に合わせて、読者の方々にごみ拾いと、Instagramにハッシュタグ「#FINDME2021」をつけてその様子をレポートしてもらうように呼びかけていた。
その「FIND ME(自分を見つける)」という言葉は、ごみを通して自分と地球に向き合い、新たな自分を見つけてほしく、採用した経緯がある。
身に起きた変化はいくつでもいいし、ゼロでもいい。変化が大きいから評価されるわけでもないし、小さいから悪いわけでもない。
重要なのはごみをきっかけに自分と対話すること。
こうした機会を持つ人が増えるほど、「ごみゼロの日」が実現可能になるのではないか。
そして、ごみ拾いは単にごみを拾うだけの清掃活動ではなく、自分と向き合うきっかけになる力を持っている。
ELEMINISTが伝えたかったのは、そういうこと。
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ELEMINISTと一緒にごみ拾いをしてくれた方々の様子は、Instagramの「#FINDME2021」でみられるので、ぜひみなさんの投稿をチェックしてほしい。
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