Photo by ©Kaspar Astrup Schröder / Good Company Pictures
生きる意義を見出せず苦しみながらなんとか毎日を送る二人の男女。二人の声に出せない悲鳴と苦痛を通して、日本社会が抱える望まない孤独を見つめる映画『拝啓アシタ DEAR TOMORROW』が全国で公開中。それぞれの孤独感から解放されるための必死で小さな一歩が私たちにも変化をもたらす。

稲垣美穂子
Freelance Writer / Independent Document…
2006年より高レベル放射性廃棄物最終処分問題に関する取材を開始。現在、国策の陰で声を奪われた二人の主婦を描くドキュメンタリー映画"輪廻 RINNE"(仮題)を制作中。 https:/…

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Photo by ©Kaspar Astrup Schröder / Good Company Pictures
2021年2月、日本政府は「孤独・孤立対策担当大臣」を設置。2024年4月、孤独・孤立対策推進法が施行された。孤独・孤立対策先進国・イギリスに次いで世界で2番目となる。
本作では、生きている意義を見出せず、チャットで相談する二人の男女・マサトとショウコの日常に静かに接近する。それぞれが、毎日もがき苦しむ姿を如実に映し出す。
「日本では行政も動き始め、孤独について、多少なりとも公に話ができる空気が生まれているのかもしれませんが、やはり長年日本を見てきた私にとっては、日本の人々が『私は孤独だ』と声を大にして言えない空気に関心を持ちました。一方で、個々人が主張を押し込めているからこそ、機械的かつ時間通りに電車が来るという側面もあると思います」と語るのは、25年間、日本に通い続けるデンマーク出身のキャスパー・アストラップ・シュローダー監督だ。
Photo by Mihoko Inagaki
建築家の家族に囲まれながら、空間の中で豊かな生活を送ることに興味を持ち、当初は建築家を志した。その後、人々の物語に惹かれ、映像の道へ。いまも、“よりいい人生を、どのように送るのか”というライフテーマは変わっていない。
シュローダー監督は、2014年、仲間たちとともにGood Company Picturesを立ち上げ、現在は、国際的な社会問題を捉えたドキュメンタリー映像を撮っており、世界で高い評価を受けている。監督自身はアジアとのつながりが強く、とくに日本の社会問題を扱ってきた。
高校時代から30年連れ添った愛する妻と二人の子どもに恵まれ、「孤独」とは無縁の監督にとって、「日本はさまざまな現象がある中で、デンマークよりも極端なことがたくさんあって、だからこそ、共感できるようなことがある」と、日本が内包する文化的な特異性と普遍性を指摘する。
Photo by ©Kaspar Astrup Schröder / Good Company Pictures
本作にも登場する「特定非営利活動法人あなたのいばしょ」によると、「望まない孤独」とは、次のように定義づけられている(※1)。
①個人の社会的関係の欠如に起因する
②主観的な体験であり、客観的な社会的孤立とは同じ意味でない
③不快であり苦痛を伴うもの
また、自殺者の心理的特徴の一つと位置づけられており、死亡(自殺)、冠動脈疾患や脳卒中、2型糖尿病発症、認知症、うつ病の発症のリスク上昇との関連性も指摘されている。
警察庁の発表によれば、2025年の自殺者は19,188人(男性13,176人、女性6,012人)(※2)。過去最多だった2003年の34,427人と比べれば減少したとは言え、依然として、自殺死亡率(人口10万人当たりの自殺者数)は主要先進7カ国のなかでもっとも高い(※3)。
日本で初めて孤独対策を提唱し、政府に対して政策提言を重ねるなど、当該体制づくりに一翼をになったのが、「あなたのいばしょ」だ。
2020年3月に設立され、24時間365日誰でも無料・匿名で、性別や年齢にかかわらず利用できるチャット相談窓口を運営している。とくに、自殺や虐待、DV、臨まない妊娠など緊急性の高い(ハイリスクの)相談者への対応に注力している。
同法人に寄せられる相談件数は、2020年度の48,541人から、2025年度の471,067人へと著しく増加している。現在、相談者の約64%は10〜20代の若年層で、データ分析に基づき、夏休みなどの長期休暇に入る際には、とくに国と連携して対策を強化するなどしている(※4)。
Photo by ©Kaspar Astrup Schröder / Good Company Pictures
NPO法人あなたのいばしょの根岸督和理事長は、日本における望まない孤独の背景として「新型コロナウイルス感染症の世界的流行(パンデミック)によって、人と人とのつながりに断絶が生じたのを機に、望まない孤独の問題が注目されるようになった」と指摘。
孤独を感じる要因について、「100人いれば100通りの状況があり、孤独の原因を一言で言い切ることは難しい」としたうえで、「当法人に寄せられる相談では、学校、親との関係、虐待、恋愛などが多く挙げられますが、年代によって悩みの内容は移り変わっていきます。20代であれば就職、30代では夫婦関係、40代では生活に関する悩みが多い傾向があります」。
パンデミックによる急速なデジタル化に伴い、非接触化やソロ活の傾向が強まり、「社会環境が大きく変化する中で人間関係が希薄になり、孤独は誰にでも起こりうるものになっています」と解説。つまり、孤独は「本人が悪いのではなく、社会環境の変化によって、誰もが陥りやすくなっているもの」なのだ。
「相談できる誰かや窓口があればいいのですが、悩みや困りごとを一人で抱え込み、孤独が深刻になると、自殺やDV、児童虐待などの問題につながることもあり、悪循環に陥ってしまいます」。
さらに、「いまだに、相談することは負けを認めること、恥ずかしいことだという認識が根強いように感じています。中高年の男性の自殺率が高い背景にも、相談することが弱みを見せることにつながるという風潮はあるのではないかと思います」。
Photo by Mihoko Inagaki
NPO法人あなたのいばしょ 根岸督和理事長
その一方で、前述の相談者数の増加について、「この6年間の取組みを通して、『相談することは弱みを見せることではない』という認識が少しずつ広まってきているように感じています」。
現在、10近くの自治体が当法人と連携して専用の相談窓口を設け、住民がどのような心の悩みを抱えているかを積極的に把握し、望まない孤独への対策に取り組んでいる。
「“悩む”という行為は、これからもなくなることはありません。だからこそ、悩みを一人で抱え込むのではなく、私たちが日々水を飲み、空気を吸うのと同じように、当たり前に相談ができる社会、世界であってほしいと思います」。
「映画に登場する二人の相談者がそうであるように、相談者がいばしょ相談員と対話することで、その方の地域や友人、家族など、周囲の人々にもいい変化が生まれていきます。それはいばしょ相談員も同じで、相談に向き合うことで、いばしょ相談員自身の周囲も変わっていきます。困っている人がいたら手を差し伸べるという“ペイ・フォワード”のような流れが生まれ、孤独・孤立への感度が社会全体で高まっていく。私たちの一つひとつの相談を起点に、そうしたムーブメントが広がっていったらうれしいです」。
Photo by Mihoko Inagaki
公開初日、上映後に挨拶をするマサトさん(中央)
公開初日の9月26日には舞台挨拶が開かれ、上映後、実際に「あなたのいばしょ」に相談し、本作の主人公となったショウコさんとマサトさんも登壇した。
ショウコさんは、撮影が始まった4年前を振り返りつつ、「生きづらさや死にたさ、消えたさをずっと抱えてどうしようもなかった自分が、こんなふうにスクリーンに映し出されて、本当に感慨深い気持ちでいっぱいです」と切り出した。
幼少期には親から暴力を受けていたことや自殺を図った過去を打ち明け、「自己肯定感がめちゃくちゃ低くて、自分は不良品みたいな感じで思ってきていて」と、映画では描かれていないバックグラウンドを共有してくれた。
「セーブポイントがあればいいなと思っているけど、意外とそういうポイントはなくて。でも、生きていればこういうすごいことが起きたり、ボーナスポイントがたまにはあるんだなと思っていて、今日を迎えられたことがすごく嬉しいし、ありがたいと思っています」。
マサトさんは、「こうして自分の姿を第三者的な視点から認識させてもらうことで、少しずつ、自分というものが何者なのかわかるようになってきました」と、映画の感想を述べた。
「先行して海外で公開されてからたくさんのメッセージをいただき、お話する中で、自分のよさにも気付けたり、少しずつ自分自身をポジティブに変えていったりすることができて、自分の変化のためのすごくすてきな期間を過ごすことができました」と本作がもたらした変化に触れた。
さらに、マサトさんは、やり取りが長く続いたスウェーデンの女性と交流を深め、7月には二人とも結婚を決意したことを報告した。
Photo by ©Kaspar Astrup Schröder / Good Company Pictures
Photo by ©Kaspar Astrup Schröder / Good Company Pictures
生活保護などに対するバッシングが根強い日本で、本作が公開されることを不安に思っていたが、そんな不安はシュローダー監督や、「公開を楽しみにしていた」と語るマサトさんとショウコさんとの出逢いによって、一瞬で吹き飛んだ。
本作を観ると、もしかすると、まずはジャッジしたくなるかもしれない。アドバイスをしたくなるかもしれない。でも、映画が進むにつれ、いつしか、私たちもまた一緒に手放す旅をしていることに気づく。相談する二人を見ている私たち自身のなかに、決めつけや不寛容さがあることが露呈されていく。
あれ? なんで彼らは不自由なんだろう? なんで私たちは彼らの幸せを邪魔したり、本来二人が享受していいはずの当たり前に生きる権利をどうして奪ったりできているんだろう? 彼らは幸せになってはいけないの? 誰が、何がそうさせているの?
シュローダー監督は言う。「世界中でドキュメンタリーを撮影してきましたが、これほど心を開いてくださった方はいません。二人が心の内を見せてくださったことによって、自分自身がやさしくいい人間になれたと思っています」。
二人が徐々に抱え込んでいたものを手放していったように、私たちは自分のなかに潜在する執着や固定観念を手放せるだろうか。
ぜひスクリーンを通して、二人に出会ってほしい。
生きる意義を見出せず苦しみながらなんとか毎日を送る二人の男女。二人の声に出せない悲鳴と苦痛を通して、日本社会が抱える望まない孤独を見つめる映画『拝啓アシタ DEAR TOMORROW』が全国で公開中。それぞれの孤独感から解放されるための必死で小さな一歩が私たちにも変化をもたらす。
映画『拝啓アシタ DEAR TOMORROW』
2025年/デンマーク・日本・スウェーデン/日本語/82分/ドキュメンタリー
監督・脚本・撮影:キャスパー・アストラップ・シュローダー
登場人物:ワタナベ ショウコ、サワ マサト、大空 幸星、小澤 大吾、順子、野田 聖子、鈴木 貴子
プロデューサー:マリア・ヘルガ・ストゥルップ、カトリーヌ・A・サールストロム
配給:ユナイテッドピープル
2026年9月26日(土)イメージフォーラムほか全国で絶賛上映中
https://unitedpeople.jp/dear/
一人で悩みを抱えていませんか。NPO法人あなたのいばしょでは、24時間365日、年齢や性別を問わず、どなたでも無料・匿名でチャット相談ができます。
電話・メール・SNS(LINE・チャット等)で相談できます。24時間365日、無料&匿名で利用できます。
※1「望まない孤独」とは|あなたのいばしょ
※2 令和7年中における自殺の状況|厚生労働省/警察庁
※3 令和7年版自殺対策白書|厚生労働省
※4 あなたのいばしょ 事業報告書|東京都生活文化局
ANNUAL REPORT 2025|あなたのいばしょ
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