関野吉晴初監督 いのちと循環をたどる旅『うんこと死体の復権』

うんこと死体の復権

Photo by ©2024「うんこと死体の復権」製作委員会

Movie Column いまいちばん観たい映画

「グレートジャーニー」で知られる、探検家で医師の関野吉晴氏が初めて監督を務める映画『うんこと死体の復権』。本作は、「臭い」「汚い」と忌み嫌われるうんこと死体、それらを食べる生き物たちに焦点を当てている。「持続可能な社会」を実践している3人の賢者たちと関野監督の4年間にわたる強烈な物語だ。

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2024.11.02

先住民との生活から得た気づきが映画を制作するきっかけに

うんこと死体の復権

Photo by ©2024「うんこと死体の復権」製作委員会

関野監督は、1971年(1ドル360円だった時代!)から南米アマゾンに通い始め、熱帯雨林で暮らすマチゲンガ族の家族や世界中の狩猟採集民や遊牧民と交流してきた。その結果、彼らのうんこと死体、虫たちのかかわり方を通じて、気づいたことがあるという。

「死体もマチゲンガの世界では、森に埋葬されます。そこで虫や土壌生物に分解されます。自然界では、生き物たちはつながっています。どんな生き物も役割があり、必要ない生き物はいません。すべての生き物が循環の輪のなかにいるのです。ところが私たち現代人は、完全に循環の輪から外れてしまっています」

「うんこは森の動物に食べられたり、虫や微生物によって分解されて、やがて土になります。その土のおかげで、植物や苔、菌類が育ちます。それらを動物が栄養とするのです。都会では水洗トイレに流されて、圧縮され、焼かれてしまいます。他の生き物たちに利用されることなく、二酸化炭素が排出されるだけで、リンクから外れてしまっています。日本では価値あるはずのうんこを無駄にしてしまっているのです」

“鼻つまみ者たち”をめぐる命の循環の4年間の旅の記録

うんこと死体の復権

Photo by ©2024「うんこと死体の復権」製作委員会

自然とヒトとの関係について考え続けてきた関野監督が、この地球で私たちが生き続けるためにはどうしたらいいかを考える場として、2015年から「地球永住計画」というプロジェクトを開始。そこでおじさん賢者たちと出会ったのだ。

野糞人生を送る糞土師・伊沢正名(いざわ・まさな)氏、うんこから生き物と自然のリンクを考察する生態学者・高槻成紀(たかつき・せいき)氏、そして死体を食べ尽くす生き物たちを執拗に観察する絵本作家の舘野鴻(たての・ひろし)氏の3人だ。

「彼らの目線を通して、うんこと死体について掘り下げたい」と、関野氏は監督として彼らに伴奏する旅を始める。

第1章「うんこの行方」

うんこと死体の復

Photo by ©2024「うんこと死体の復権」製作委員会

「21世紀に入って、トイレでうんこをしたのはたった13回」だと言う糞土師・伊沢正名氏。

糞土師の伊沢正名氏が登場。講演会で「食は権利、うんこは責任、野糞は命の返し方」という横断幕を掲げ、野糞の普及活動にも注力している。2022年、関野監督が伊沢さんに取材を申し出ると、「一緒に野糞をして調査することを求められた」という。そのため、関野監督も野糞をしながら取材をするという、実践型の取材が始まったのだそうだ。

伊沢氏が野糞をするようになったのは、し尿処理場反対運動がキッカケだった。「自分たちが出すうんこを処理する施設を、臭くて汚いからと反対するってなんだ? そこでトイレにうんこをするってどういう意味かを考えた」という伊沢氏。

そこで、1974年、23歳の時から野糞を始めた(離婚もした)。誰でも野糞をできるように山(通称「プープランド」)を買い、プープランドに野糞をするだけでなく、うんこが自然にどう還っていくかを観察することも大事な目的だ。

うんこをすれば、バクテリアが分解して、だんだん形とか匂いが消えていって土みたいになると漠然と思っていた伊沢さんだったが、「実際にやってみたら、いろんな生き物が集まってきて、もちろん動物も菌類も植物も。自分のうんこが他の生き物の食べ物になっている。人間がつくり出すもっとも価値あるもの、それはうんこだ」と語る。

そして、15年前よりも明らかにうんこの分解が速まっていることに気づく。うんこをし続けたプープランドで一体何が起こっているのか………⁉︎

第2章「生き物の視点に立つ」

うんこと死体の復

Photo by ©2024「うんこと死体の復権」製作委員会

高槻成紀さんが続けている玉川上水における動植物の関わり合いに関する調査について紹介する。

高槻氏は動物の糞から、その食べ物を調べることで生き物のつながりを解明する「うんこ分析者」だ。タヌキの糞には小さな糞虫がいて、糞を食べている。糞虫の命を支えている。さらに、糞場には植物が芽生え、「結果的に種子散布という森林のダイナミズムの一翼を担っている。こういう生き物のつながりを『リンク』という」のだ。

さらに、小金井市の方針で、桜だけを残し、他を伐採したことによって、訪れる鳥の数が減ってしまったことに言及。小平市では、玉川上水を幅36cmの道路で分断する計画が進められている。

都会の中の限られた自然にも、生き物たちが一生懸命に生きるために、互いにがつながり、工夫しながらつくり上げた「動植物のリンク」を、人間の都合や利便性を優先する計画に「深刻だ」と疑問を呈する。糞虫やシデムシがいなければ、町はうんこや死体だらけになっているはずだ。

第3章「死体をめぐる攻防と協力」

うんこと死体の復権

Photo by ©2024「うんこと死体の復権」製作委員会

絵本作家の舘野氏は、林の中でマウスの死体を何箇所にも埋めたり、吊るしたりして仕かけ、そこにどんな虫が寄ってくるのかを観察し、それらを描く絵本作家だ。関野監督が舘野氏のところに通い出してから一年で64種類もの虫を発見・採取した。

舘野氏は「死体の周りっていうのは、命で輝いている」と言う。ネズミをウジ虫が喰い尽くすのを見て、「去年あたりからすげえなって、こいつら尊敬し始めてますから」と感慨深く呟く関野監督。しかし、その後にセンチコガネが大量に出現し、骸骨だけが残っているという衝撃的な光景が……。ウジ虫が最強だと思っていた関野監督は言葉を失う。

すると、今度は舘野氏の予想どおり、季節の変化とともに、この勢力図も変わっていく。「彼ら虫たちにとって『死体』は譲り難い貴重な存在で、時に奪い合いながら生を営んでいる」のだ。

「私がもし死んだらという仮定があるじゃないですか。ちゃんとこうやって利用されるんだと思うとね。もうちょっと死ぬっていうことをポジティブに考えていいんじゃないか」。

現代社会を生きる私たちに投げかける“問い”とは

うんこと死体の復権

Photo by ©2024「うんこと死体の復権」製作委員会

関野監督は言う。「『持続可能な社会』という言葉がはやっています。私はそれが実現するために大切なことは『循環』だと思っています。『循環』に関して大活躍をするのが、うんこと死体とそれらを食べる生き物、すなわち鼻つまみ者たちなのです」。

満席で上映が終わった後の舞台挨拶で、関野監督は「初めは人前でうんこをすることに抵抗がありました」と笑いを誘ったあと、「目から鱗の積み重ねでした。決して声高に押しつけるものではありません。この探検を通じて、みなさんにとって気づきがあればうれしい」と穏やかに語った。

タイトルのインパクトの影響もあり、「劇場からさまざまなオーダーをされ、広報面で苦労している」と吐露したのはプロデューサーで、根気強く撮影したネツゲン・前田亜紀氏だ。

実際に目にするにはハードルがある話題かもしれない。しかし、一人でも多くの人に本作を観て、映像の力に託した関野監督と3人のおじさん賢者たちのメッセージを受け取ってほしい。サステナビリティに関心がある人にはとくに観ていただきたい作品だ。

うんこと死体の復権 link

Photo by ©2024「うんこと死体の復権」製作委員会

『うんこと死体の復権』2024 年/日本/106 分/G区分
「グレートジャーニー」で知られる探検家で医師でもある関野吉晴はアマゾン奥地の狩猟採集民との暮らしを通して、自然とヒトとの関係について考え続けてきた。そして、2015 年から始めた、この地球で私たちが生き続けていくためにはどうしたらいいかを考える「地球永住計画」で、関野は3人の賢人と出会う。彼らの活動を通して、現代生活において不潔なものとされるうんこ、無きモノにされがちな死体を見つめると、そこには無数の生き物たちが織りなす、世の中の常識を覆す「持続可能な未来」のヒントが隠されていた……。

2024年8月3日(土)よりポレポレ東中野ほかでロードショー 全国順次公開

監督:関野吉晴
出演:伊沢正名/高槻成紀/舘野鴻
プロデューサー :前田亜紀 / 大島新
配給:きろくびと2024 年/日本/DCP/106 分
Ⓒ2024「うんこと死体の復権」製作委員会

今後の上映劇場情報はこちら

本作の関野監督や高槻氏は、玉川上水の道路建設に際し、生物調査を求める署名活動を呼びかけている。興味のある方は以下を参照いただきたい。
生き物の宝庫、史跡・玉川上水を未来の子どもたちへ

執筆/稲垣美穂子 編集/後藤未央(ELEMINIST編集部)

※掲載している情報は、2024年11月2日時点のものです。

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