Photo by ©2025 TIFF
東京国際映画祭にてエシカル・フィルム賞を受賞した作品。ブラジルのファヴェーラで生まれ育った三人の親友。そのうちのひとりの祖母が余命わずかと宣告されたことをきっかけに、三人は残りの時間を祖母と精一杯過ごそうと決める。家賃も医療費の支払いもままならない中で、人との結びつきが色濃いコミュニティー、ファヴェーラを生きる若者の世界を詩的に描く。改めて「エシカル」という言葉を考えさせられる。

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エレミニスト編集部
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今年開催された東京国際映画祭で、『カザ・ブランカ』(原題:White House)がエシカル・フィルム賞を受賞した。同賞は、映画をとおして環境、貧困、差別といった社会課題への意識や多様性への理解を広げることを目的として、住友商事が協力し、2023年に新たに設立された。
本作の舞台は、ファヴェーラ(スラム街)の一つ、ブラジル・リオデジャネイロ州のチャトゥバ郊外だ。同州で有名な観光スポットであるコルコバードから車で30〜40分ほど離れたメスキータにある地区の一つだ。ファヴェーラとは、移民や移住労働者などの人口流入によって自然発生した不法居住地を指し、ブラジルにはそうした地区が多数存在する。
物語は、リオデジャネイロ市郊外にあるチャトゥバ地区に住む10代の黒人少年のデーが、祖母のアルメリンダがアルツハイマー病の末期段階にあるという知らせを受け、親友のアドリアニンとマーティンとともに、祖母と最大限に過ごすことを決意し、彼女が最期を迎えるまでの日常を描いている。家賃の請求から何度も逃れ、薬もろくに買えないが、血のつながりなど関係のない「家族」の命にただただ寄り添っている。
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エシカル・フィルム賞審査員長を務めた池田エライザ氏
今年のエシカル・フィルム賞の審査員長には池田エライザさんが抜擢された。審査会冒頭、「エシカルを含めた社会的テーマは結局、ひとりひとりの悩みや思いの積み重ねだと思います。だから、今日はあくまで“個人的にこう思った”という感じでいいんじゃないかな」と話し始め、審査員を務めた3人の大学生たちの緊張を和ませた。
また、本作に関しては、「最初から最後まで“ふれあい”がいちばん多かったと思います。おばあちゃんを洗ってあげたり、なでたり、キスをしたり。その距離の近さが本当に自然で、家族や街の人の温かさが伝わってきました。音楽も映像もブラジルで攻めてくる感じで(笑)、重いテーマなのに明るくてリズムがあって、見ていて心地よかったです」。
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本作を制作したのは、ルシアーノ・ヴィジガル監督だ。ファヴェーラ生まれで、42本の映画に出演するなど俳優、脚本家としての顔も持つ。過去に制作した短編映画『Lá do Alto』は、国内外の映画祭で40以上の受賞をしており、本作は彼の初の長編映画だ。
監督は昨今の映画業界をめぐる変化について、「デジタル技術とインターネットの台頭は、ブラジルのさまざまな貧困層から多くの若手映画製作者を民主化し、顕在化させた。これによりブラジル映像メディアに多様性と大衆文化への新たな視点がもたらされた」と分析。
その上で、「本作の制作プロジェクトは、ナショナル・シネマの新世代が持つそうしたアイデンティティを明らかにしている。この映画での私の意図は、ファヴェーラの日常生活に根ざした愛情と人間性を通じて、その地域と登場人物たちを描くことにある」と解説する。とくに、「詩的な手法でファヴェーラの若者たちの世界を明らかにすること。そこでは人間関係が、日常生活の痛みや喪失と重なり合っているのです」。
リオデジャネイロのヴィディガル・ファヴェーラは、「私の生まれ育った場所であり、今も暮らし、この仕事を学んだ場所でもあります。主要キャストは若手俳優・女優のオーディションを経て選出され、彼らの実体験と映画の主人公たちの物語とが重なり合った。ティーンエイジャー時代は私にとって身近で憧れのテーマです」。監督自身が見続けてきたファヴェーラにだからこそ存在する、日常でありながら普遍的な数々の光景を描いている。
ブラジル社会における格差、貧困、教育、労働市場、生活の質などをデータに基づいて分析・政策提言を行っているFGV Social — Centro de Políticas Sociais(社会政策センター)は、次のように取りまとめている。
「2021年、世帯一人当たり月収が497レアル(14,383円/2025年11月23日現在)未満の層は6,290万人に達し、これはブラジル総人口の約29.6%に相当する。この数値は2019年比で960万人増加しており、パンデミック期間中に新たに生じた貧困層はほぼポルトガル一国分の人口に匹敵する規模である。2021年のブラジルにおける貧困率は、2012年に統計シリーズが始まって以来最高を記録し、失われた10年を構成している。2021年は、さまざまな標本収集方法、所得概念、指標、貧困ラインを適用した年次シリーズにおいて、貧困率が最大となった年である」※。
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『カザ・ブランカ』95分/ブラジル/2024年/フィクション/ポルトガル語、英語
東京国際映画祭でエシカル・フィルム賞に映画『カサ・ブランカ』が受賞した。ブラジルのファヴェーラで、祖母が余命わずかと宣告されたことをきっかけに、少年たちは、残りの時間を祖母と精一杯過ごそうと決める。家賃も医療費の支払いもままならない中で、ファヴェーラを生きる若者の世界を詩的に描く。
監督:ルシアーノ・ヴィジガル
キャスト:ビッグ・ジャウム、ジエーゴ・フランシスコ、ハモン・フランシスコ
国内配給・視聴方法は未定。
※ New Poverty Map June/2022
執筆/稲垣美穂子 編集/後藤未央(ELEMINIST編集部)
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