「リジェネラティブ(大地再生)」に出会い、生き方そのものを転換した人たちに迫る映画『君の根は。大地再生にいどむ人びと』。完成から一年が経った現在も各地で自主上映が続いている。近代的農業に警鐘を鳴らしつつ、土壌を回復し生態系のサイクルにバランスを取り戻すために立ち上がった農家たちの挑戦に迫る。どういう価値観で生きていきたいかを、真剣に考える人々の背中を押してくれるだろう。
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頻発する洪水、干ばつ、破壊的な火災‥‥‥。『牛は世界を救う』の著者であるジュディス・D・シュワルツは言う。「地球の気候システムに巨大な問題が起きているのです。水・栄養・エネルギーの循環サイクルも狂っている」と。インディゴ・アグリカルチャー社のデヴィッド・ペリーも「いま、大気には膨大な量の二酸化炭素がある。これは産業革命前にはなかったこと」だと指摘。
生物生息地の確保や生態系の保全活動に注力する環境NGO「ネイチャー・コンサーバンシー」のマイケル・ドゥアンは、「初期の農民たちは、計画的な輪作によって雑草や害虫が制御できることや作物の多様性が重要なことを知っていた。でも現代の農業はそれを忘れています。最新のテクノロジーで食べ物をつくる方法をガラッと変えた」と語る。
長い間、私たちは森林を伐採し、大地を掘り起こし、単一栽培をしてきた。近年は化学肥料をまき散らしてきた。ジュディスは「機械を動かす燃料も、化学肥料も農薬も、飼育場での食肉生産も環境を破壊する。「長期的にみれば、こうした農業のほうが化石燃料を燃やすことより多くの温室効果ガスを放出してきた」として、「化石燃料だけが気候変動の要因ではない」と示唆。さらに、「工場型農業で収量は増えるかもしれないが、質は落ちる。実際に、農作物の栄養価は昔より低い」と断言する。
そんな中、農家や酪農家の運動が起きている。
デヴィッドによれば、「これまでのシステムに代わり、大地再生(リジェネラティブ)農業が広がっている」。自然に寄り添い、土壌を回復し、生態系のサイクルにバランスを取り戻すためだ。大地再生農業とは、次のいくつかの方法でこれまでの農業を変えることを指す。
①土を耕すことをやめる。
②カバークロップ(被覆作物)などで土の表面を覆う。
③化学的な肥料と農薬を劇的に減らす。
④工場式牧畜をやめ、家畜を放牧する。
⑤家畜はカバーロップを食べ、排出物として炭素を土に戻す。
「現代の土壌は疲れ、丸裸で乾き、飢えています」と語るのは米国・ネブラスカ州で「グリーン・カバー・シード社」を経営するキース・バーンズだ。彼はもう一度、生物学に基づく農業を取り戻したいと思い、カバークロップの種子を売る事業を兄弟二人で始めた。
「覆うもののない土は露出し、死ぬほど働かされて、昔のように水を蓄える力もない」。そのため、「一日中作物を育てても炭素が戻らず土は飢えている。それを直すために最適なのが、土を植物で覆う『カバークロップ』」だ。
「先祖がアメリカに来て開拓をした時には、土の5〜6%は有機物質だったのに対し、150年間の農業の結果、1.5%にまで落ちてしまった」。カバークロップは、その有機物質を土に返すためなのだ。土の有機物質量が大切なのは、「土に1%の有機物質が増えるごとに、1ヘクタールの土で3.8万リットルの水を蓄えられる」からだ。
前述のマイケルは、「世界にはおよそ18億ヘクタールの農地がある。その多くを不耕起栽培に切り替え、カバークルップで土を覆い、多様な作物の輪作を行えば、大気の二酸化炭素レベルにいい変化が生まれる」と見通す。
近年、雨の回数は減り、降る時には激しくなるため、農家は困っている。
前述のキースも「春に降った雨を溜めて、夏に使う必要があるかもしれない。だからこそ土にとって、保水能力は大事。土が本当に健康でなければ保水はできない」と指摘する。
雨が年に2ヶ月ほど降らないメキシコ・チワワ砂漠で、ラス・ダマス牧場を営む牛飼いのアレハンドロ・カリージョは、「みんな温室効果ガスの話ばかりしていますが、実際に気候の95%を左右しているのは水だ」とした上で、「水循環を再生する私たちの方法は、土地をカバークロップで覆うことだ」とその重要性を強調する。フンコロガシの助けによって、牛の糞の66%は土壌に入り、水も土に浸透しやすくなる。そうすれば、牧草はより良質な栄養を得て、新しい草を生み出すという好循環が生まれる。
マイケル・ドゥアンは、アフリカ東部と南部の数ヶ所で「水基金」を立ち上げた。「都市の協力を得て資金を募り、破壊された水の汚染や過剰利用を食い止め、水源地帯の環境を修復する」ためだ。そして全農民が協力して、土壌侵食を減らすことを目指している。同NGOスタッフは、ケニア最大のタナ川上流の農民たちとともに、雨水保存法を改善し、川からの汲み上げを最小限に留める方法を共有している。
小規模農家を営むグレイス・ムヴアは「以前は水がなくて、作物が枯れることもあったけど、水を溜めるようになってから、土がよくなった。以前はバナナも少量で小さかったが、最近はとても大きいのが獲れる。家族にも十分食べさせるものがあるし、売ることもできる」とその効果を実感する。
以前とは違う作物も育てられるようになっただけでなく、カバークロップを家畜に飼料として与えて、同時に土壌の侵食を抑えることができるのだ。
『インテグリティ・ソイルズ』の著者で土壌研究者のニコール・マスターズは、「温暖化や水質のことを考える上で、現実から距離をとって全体像を捉えることがとても重要」だと話す。
「農業が始まって以来、人類は炭素を排出しています。温室効果ガス排出の最大の原動力、それは水蒸気です。大気中の水分が過剰であることが、破滅的な状況を引き起こしている。ではどうすれば、水を土壌に戻せるでしょう? 炭素を地面に戻せば、水もまた土に戻るんです。草原の生態系がまさにそれをしてくれます」。
セイボリー研究所のダニエラ・イバラ=ハウエルも、「草原という生態系の重要性に注目してみて」と語りかける。
「なぜなら、草原は広大で、地球の陸地の3割を占めており(50億ヘクタール)、深い土壌と高い炭素吸収能力、そして見事な水循環機能を持っているからです」。つまり、草原は地球に安定性をもたらすのに重要な役割を担っているのだ。「問題は、いかにして水や大気の循環を司る草原を再生させ、そのしなやかな力を蘇らせるか」だ。
セイボリー研究所創設者 アラン・セイボリーは「私たちは2つの点で驚くべき進歩を遂げている」と解説する。
「第一に、家畜を飼うのは好みの問題ではなく、今日の文明を救うために必要不可欠だということ。第二に、私たちがどのような価値観に基づいて、どのような人生を送りたいかを考え直すということ」だ。
現に、本作に登場するのは「リジェネラティブ(大地再生)」と出会い、資本主義的なビジネス業界から、大きく生き方を転換をした話が語られる。しかも、養鶏農家、牧場、農家、漁師、遊牧民、種屋、研究者、NGO、企業など登場人物の幅も広いため、その分情報も多角的かつ感性も豊かなところが、本作の魅力を増幅させている。さらに、彼らは勉強熱心で、知識の多さに驚かされる。
『牛は世界を救う』著者 ジュディス・D・シュワルツは、「これまでの気候変動は二酸化炭素排出の問題として扱われてきた」とした上で、「私たちが変えなければいけないのは、何をどうやるかだけではなく、どのように世界を見るか」だと語る。「まず最初に知るべきことは、病んだ生態系を治すことは可能だということ。自分の家の裏庭や芝生でさえ生態系なんです」。
「芝生を持つすべての人が、その一画で野菜やハーブを育て始める姿を想像してください。そうすれば私たちは大地とのつながりを取り戻せる。私たちの見方が変われば、土地はいままでとは違う意味を持つでしょう。このつながりの感覚こそが大切なんです」。
映画『君の根は。大地再生にいどむ人びと』2021年/アメリカ/英語/89分
「リジェネラティブ(大地再生)」に出会い、生き方そのものを転換した人たちに迫る映画『君の根は。大地再生にいどむ人びと』。完成から一年が経ついまも各地で自主上映が続いている。近代的農業に警鐘を鳴らしつつ、どういう価値観で生きていきたいかを真剣に考える人々の背中を押してくれる逸作。
原題:To Which We Belong
監督:パメラ・タナー・ボル、リンゼー・リチャードソン
編集:ナンシー・C.ケネディプロデューサー:ポーラ・カーク
撮影:ジェリー・ライシアス
音声:マイケル・ジョーンズ
制作:Mystic Artists Film Productions
配給:Passion River Films
日本語字幕:辻 信一
日本語版制作:メノビレッジ長沼+ナマケモノ倶楽部
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執筆/稲垣美穂子 編集/後藤未央(ELEMINIST編集部)
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