Photo by ©2022 DELIKADO LLC
「世界でもっとも美しい島」と称されるフィリピン・パラワン島で、企業や政府によって天然資源の破壊と略奪が横行している。代々受け継がれた自然豊かな土地を守るために、最前線で権力に挑む小さなパラワンNGOネットワークを率いる3人を追ったドキュメンタリー映画『デリカド』が5月31日に日本でも公開される。
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近年、「世界でもっとも美しい島」と称されるフィリピン・パラワン島をご存知だろうか。“最後の秘境”、“最後の生態系フロンティア”として名高いアジア屈指のリゾート地だ。
「ターコイズブルー」と表現されるほど透明な海、多くの絶滅危惧種の木々が織りなす壮大な森、固有種の動物も多く生息するフィリピン最後の偉大な熱帯雨林、岩々に囲まれた神秘的な景色など、そうした手つかずの大自然がダイバーをはじめ、多くの人々を魅了する。
そんなパラワン島で違法伐採や違法漁業が横行しているというのだ。横暴な自然破壊を食い止めるべく、地元の環境保護団体を束ねる民間の環境警備隊「パラワンNGOネットワーク(PNNI)」が結成された。本作は同ネットワークを牽引する弁護士のロバート・"ボビー"・チャン、隊長のタタ、エルニド町長(当時)のニエヴェスという3人を中心に、隊員たちの決死の活動に迫り、伴走する。
隊員たちは森へ入ると音だけを頼りに、違法伐採や違法漁業をする者たちを逮捕し、重機を押収する。違法伐採者達はライフルで武装しており、毎回死と隣り合わせだ。同団体の代表を務める弁護士のボビーは「もはや戦争」だと語る。
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「自分のコミュニティや生活様式、環境を守るためにこれほど致命的な時代はない」。
2018年9月に世界有数のNGO人権・環境団体であるグローバル・ウィットネスが、世界中で急増している土地擁護者の殺害事件に関する調査を行った際の冷ややかな冒頭文を引用するのは、カール・マルクーナス監督だ。
「その代償は?」と題されたその調査報告書(※1)には、「土地と環境の擁護者にとって、世界はかつてないほど危険で、アグリビジネスはもっとも殺人に関連している産業だ」と副題を打つほどだ。
同団体の調査報告書によれば、「フィリピンでは、2018年に他のどの国よりも多くの殺害が記録され」(2019年7月)(※2)、「土地と環境の擁護者にとってアジアで最悪の場所として一貫してランク付けされている」(2022年9月)(※3)。
そして、昨年9月に同団体が発表した最新の報告書では「アジアでは2012年から2023年の間に468人の環境保護活動家が殺害された。そのうち64%はフィリピン(298人)で、次いでインド(86人)、インドネシア(20人)、タイ(13人)」であるとして、当該地域で殺害された活動家の数は群を抜く。つまり、フィリピンは依然として、環境活動家にとって「アジアでもっとも危険な国」なのだ。
監督が述べるとおり、本作は「土地を守る人々の世界的な闘いを象徴するタイムリーな映画」だ。「世界が6度目の大量絶滅に直面し、気候変動が深刻化する中、企業や政府による天然資源の略奪から土地を守ろうとする人々が記録的な数の犠牲者を出している」。(※4)
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ニエヴェス・ロセント エルニド町長(当時)。
また、監督は「数千人の命を奪い、国際刑事裁判所は人道に対する罪に相当する可能性があると指摘されている、フィリピンにおけるロドリゴ・ドゥテルテ大統領の 『麻薬戦争』を暴くユニークな作品でもある」と示唆。「『麻薬戦争』が、政治家たちが経済的・政治的権力の主導権を握るための道具として使われていることを明らかにしている」として、本作を通じて権力構造の問題にも切り込んでいる。
現に、2016年にパラワンでもっとも人気のある観光地エルニドの町長選挙で、パラワンでもっとも強力な政治家一族の一人を破ったニエヴェス・ロセント町長が、次期町長選を目前に控えた2019年、ロドリゴ・ドゥテルテ大統領(当時)が全国演説で、「ニエヴェスを麻薬密売人だ」と名指しし非難した上、「殺す」と脅した。
何の証拠も示されなかったため、彼女は起訴されなかったものの、根拠のない疑惑が一因となり同年の選挙で敗北してしまう。時期は異なるものの、前述の最新の報告書でも、世界における環境保護活動家に対する抑圧について詳述している。
平和的な環境保護活動家や気候危機活動家の抗議が「故意または無謀に公衆に迷惑をかける」などという認識のもと、政府によって、市民社会組織機能を妨げる目的で法律が提案または制定され、「平和的な抗議活動に参加した活動家たちは、企業と政府の両方から法的措置を受けることが増えている」。活動家たちに対する検閲や、逮捕、投獄、収監される事例も増加している。
さらに、政治家やメディアによって「フィリピンから米国まで、世界中で活動家に関する悪質な物語が流布され、有害なレッテルが貼られ、市民社会の効果的な機能が妨げられている」と指摘。「土地を守る人々は、訴追、警察の蛮行、司法の脅迫が増加する中、気候変動過激派に分類され、テロリストの脅威とみなされている」。
こうした環境保護活動家に対する「悪質な物語と犯罪化が一体となって、土地を守る人々を中傷し、気候危機対策への参加を抑制し、民主的自由(とくに正当な抗議とは何かという見解)をさらに制約している」としており、「土地と環境の保護活動家に対する中傷」も大きな問題の一つだ。
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パラワンNGOネットワーク(PNNI)の代表を務めるロバート・"ボビー"・チャン 弁護士。
20年にわたりアジアを拠点に、環境問題、紛争、自然災害などを取材してきたカール・マルクーナス監督。彼がマニラを拠点とするフランス通信(AFP)のジャーナリストだった2011年頃、エコツーリズムに関する記事を書くためパラワン島へ向かう準備をしていたところ、監督が接触していた環境活動家が射殺された。
「私はとにかく彼の殺人事件を調査するためにパラワン島へ向かいました。そこで私は、この一見のどかな島が、島を守るべき権力者たちによって破壊されつつあること、そしてその破壊を食い止めようと命がけで活動している小さなグループがいることを知りました」。
そして、彼らが没収した「チェーンソーの山は、地元のビジネスマンや政治家たちに対して、彼と彼の仲間たちは決して屈しないという決意のシンボルです。これを見た時、私はパラワンの土地を守る人々についての映画をつくらなければならないと決心したのです」と映画化への背景を語る。
「環境活動家たちは、気候変動による最悪の影響から地球を守る最前線にいます。『デリカド』に登場する環境活動家たちの強さと勇気は、私たちが気候変動との闘いに希望を見出すためのインスピレーションの源になると考えています」。
2017年、建築家ヴィンセント・カレボー率いるヴィンセント・カレボー・アーキテクトによる「ノーチラス・エコリゾート」計画が浮上。持続可能な開発の課題に直面するバイオフィリック学習センターで、「ゼロ排出、ゼロ廃棄物、ゼロ貧困」を掲げている。
さらに、フィリピン政府は「国家開発計画(NTDP)2023-2028」を発表し、リゾート開発や交通インフラの強化を計っている。今年5月には、観光局(DOT)およびパラワン州政府が共同で「パラワン:世界最高の島 旅行貿易博覧会」を開催する。観光と貿易の機会促進による世界クラスの観光地レベルを高めることを目指し、①パワラン島観光スポット:エコアドベンチャーやラグジュアリー・リトリートから文化体験まで、②持続可能な観光の促進、③経済成長の支援を実施する予定だ。
こうした「エコリゾート」開発の裏に、『デリカド』が起きていることを私たちは知らないわけにはいかない。
『デリカド』2022 年/米国・フィリピン・英国・オーストラリア・香港/英語/94分
「世界でもっとも美しい島」フィリピン・パラワン島で、企業や政府による天然資源の破壊と略奪が強行され、土地を守ろうとする環境活動家たちが殺され続けている。自然破壊、腐敗政治に挑む小さなパラワンNGOネットワークを率いる3人に密着したドキュメンタリー映画『デリカド』が5月31日公開。
監督:カール・マルクーナス
製作総指揮:ジョディ・アレン、ビーディー・フィンジー、サパナ・バシン、アレクサンドラ・ジョーンズ、ジム・バターワース、アリ・マーシュ 他
プロデューサー:マーティ・シジュコ、マイケル・コリンズ、カラ・マグサノック・アリッパラ、カール・マルクーナス
統括プロデューサー:シュリース・ハース、マイケル・エレンツヴァイク
登場人物:ロバート・チャン、ニエヴェス・ロセント、エフレン・バラダレス、ルベン・アルザガ、ロドリゴ・ドゥテルテ
制作:THOUGHTFUL ROBOT PRODUCTIONS
共同制作:ITVS&POV
配給:ユナイテッドピープル
2025年5月31日(土) シアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー
公式サイト:https://unitedpeople.jp/delikado/
※1 At what cost? / Global Witness - Published: 24 July 2018
※2 ENEMIES OF THE STATE?(P.7)/ Global Witness - Published: 30 July 2019
※3 Decade of defiance Ten years of reporting land and environmental activism worldwide(P.19)
※4 Documentary Australia | Delicado
執筆/稲垣美穂子 編集/後藤未央(ELEMINIST編集部)
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