Photo by ジュゴンのイメージ
ジュゴンは、IUCNレッドリストで絶滅危惧種のランクのひとつ、危急種に指定されている。なぜジュゴンは絶滅危惧種になったのか。原因や背景とともに、日本の現状や世界の保護活動、さらには私たちにできることを考えていく。
ELEMINIST Editor
エレミニスト編集部
日本をはじめ、世界中から厳選された最新のサステナブルな情報をエレミニスト独自の目線からお届けします。エシカル&ミニマルな暮らしと消費、サステナブルな生き方をガイドします。
Photo by Ray Aucott on Unsplash
人魚伝説のモデルになったともいわれる、ジュゴン。穏やかな顔つきと丸みのある体が愛らしい海の哺乳類であるが、このジュゴンがいま、絶滅の危機に瀕している。
ジュゴンは、海牛目ジュゴン科に分類される、体長約3m・体重450kgの大型草食獣だ。
全体はイルカ型で、体色は灰色で腹部がやや淡く、体の表面には短い毛がまばらに生えている。前あしは、しゃもじのような形をしており、尾はクジラ類と似た形で、左右に広がる半月型だ。イルカやクジラなどによく似ているが、背ビレがない点などに違いがある。
顔の前部にはフタがある2つの鼻孔(鼻の穴)があり、海面に浮上して呼吸をするときにフタが開閉する仕組みになっている(※1)。
現在、世界には約8万5千〜10万頭のジュゴンが生息していると推測されているが、そのうちの約70%はオーストラリアとパプアニューギニアの海域に生息。そのほか、アラビア海や紅海、アフリカ東岸、そしてインド周辺やフィリピンをはじめとする東南アジアに分布している。
一般に、生息には水温と気温が20度以上の環境が必要とされており、西太平洋における分布域では、沖縄県の周辺海域が北限にあたる。ジュゴンの分布は広い範囲におよぶが、生息域が不連続であるため、それぞれの集団(個体群)が地域固有のものであると考えられている。
Photo by The Tampa Bay Estuary Program on Unsplash
ジュゴンが食べるものは、海草類。ワカメやモズクなどが属する海藻類とは異なるグループで、陸上の種子植物と同じように花を咲かせ実をつける海藻類を食べている。口の周りにある直径2ミリもの太い毛で海草類を集め、採食する。
日本におけるジュゴンの分布域は、鹿児島県の奄美大島以南と考えられていたが、近年、ジュゴンの目撃例は沖縄本島の周辺海域に限られているそうだ。環境省の調査によると、ジュゴンは主に沖縄本島東海岸の中部・北部と西海岸の北部の海域で目撃されているという。
しかし、沖縄のジュゴン生息個体数も極めて少ないと推測されており、その数はわずかに50頭以下。まさに絶滅寸前の状況なのである(※2)。
ジュゴンは、IUCNレッドリストで絶滅危惧種のランクのひとつ、危急種(VU)に指定されている。ジュゴンが、世界的絶滅危惧種に指定されるまでの経緯や背景を見ていこう。
ジュゴンが絶滅危惧種に指定された背景には、餌場となる海草床の消失や水温上昇、埋め立て、開発といった、生息地の破壊や減少がある。
ジュゴンは海草類のみを摂餌するため、環境の悪化や人間による埋め立てや開発によって、餌場である海草藻場が縮小すると、ジュゴンの生息地も失われてしまうのだ(※3)。
Photo by Ricardo Resende on Unsplash
乱獲や混獲も、ジュゴンを絶滅の危機に追いやった原因である。混獲とは、漁をしていて意図せず対象としていない魚や海洋生物を捕獲をしてしまうことを指す。
ジュゴンは浅海域の海草のみを餌とし、その生息域が漁業活動地域と重複することから、 混獲事故が発生するなど、漁業との関係が深い。混獲を避けるためには、漁業者をはじめとした地域社会の理解を得ながら、共生を図ることが必要不可欠である。
気候変動や海洋汚染も、ジュゴンの絶滅危惧種指定に影響している。
化学物質が流入し水質が汚染されることで、餌となる海藻類が減少。先述のように、ジュゴンの生息地の破壊や減少につながる。
また、海洋プラスチックごみ問題もジュゴンの減少と関係している。2019年に親とはぐれていたところをタイ南部クラビ沿岸で保護されたジュゴンの赤ちゃんは、生後8カ月で死亡した。死後解剖を行なったところ、約20cmの大きさのものを含む、複数のプラスチック片が胃の中から見つかったといい、このプラスチックにより感染症を引き起こしたことが原因とされている(※4)。
船舶との衝突事故も、ジュゴンを絶滅の危機に晒している。ジュゴンの生息域が漁業活動地域と重複することから、船舶との衝突事故が多く発生しているのだ。
ここからは、ジュゴン保護のために行われている国際的・地域的な取り組みを紹介していく。
国際自然保護連合(IUCN)は、2019年にジュゴンが1頭、沖縄島西海岸で死亡したことなどをうけ、日本政府、沖縄県、NGOなどが研究・調査活動を行うに際して参考となるような「調査計画」をつくり、12月に「日本産ジュゴン個体群の調査計画」として公表。
即時に取り組むべきこととして、漁業者から情報を得ること、海草の分布状況を把握すること、ジュゴンあるいはその喰み跡の市民による観察例を報告・記録するためのスマートフォンのアプリケーションの作成と応用、環境DNAやドローンの活用など多くの提案をした(※5)。
東南アジア最大のジュゴン個体群が生息しているタイ国トラン県最大の島であるタリボン島では、豊かな海のシンボル・ジュゴンを守れば漁業も栄えるという考えから海洋保護区を設置。
地元NGOや民間団体の活躍や、地域のコミュニティと専門機関の連携などによって、ジュゴン保全が成功しているそうだ(※6)。
Photo by Aaron Burden on Unsplash
マレーシアでは、ドローンを使ってジュゴンと海藻の調査を実施している。
海草の草原の面積、範囲、密度を地図化するにあたり、飛行機ではなくドローンを使用。ジュゴンと海草の監視と測定のミッションを定期的に行い、保全活動の効果をより正確に測定。さらにドローンを使うことで、飛行機よりもコストを大幅に削減している(※7)。
モザンビークでは、絶滅危惧野生生物保護団体およびNGOと連携し、地元の漁師家族と協力して、ジュゴンの保護にあたっている。
有害な漁業慣行をやめるよう促すほか、補助金付き、または無料の手釣り糸を提供し、ジュゴンを誤って溺死させる刺し網の使用を減らすよう努めている(※7)。
ここからは、日本国内でのジュゴンの現状と、保護活動について解説していく。
Photo by Shino Nakamura on Unsplash
米軍普天間飛行場の移設計画で埋め立て予定地となっている名護市辺野古沿岸の海で、絶滅危機にある国の天然記念物ジュゴンが海草を食べたとみられる跡が確認された。
そのほか、工事が進められている名護市辺野古沖の南西の海域でふんが見つかったにも関わらず、沖縄防衛局は追加調査をせず、2020年8月に鳴き声の可能性のある音を確認して以降、ジュゴンの姿や痕跡は確認されていないとして、現場周辺の海域は生息範囲とは言えないと結論づけた(※8)。
沖縄県では、平成28年度からジュゴン保護方策の検討や生息状況調査等を実施。
喰み跡調査やDNA解析をはじめ、地域の漁業関係者等を対象に、ジュゴンや海草藻場の保全への理解と協力を求める会議を開催。現地調査や各種イベントなどの機会に、目撃情報を呼びかけるパンフレットを配布するなど、普及啓発に取り組んでいる(※9)。
沖縄県では、地元団体やNGOがジュゴン保護のために活動を行っている。
海洋保護区の実現に向けて政府交渉を行ったり、シンポジウムやセミナーを開催し、ジュゴン保護の問題を宣伝・学習したり、ジュゴン保護の署名活動などを実施している。
沖縄県が実施したジュゴンの生息状況調査では、令和2年度に古宇利・屋我地島周辺および伊是名島周辺海域で、令和3年度に伊是名島周辺海域でジュゴンの喰み跡を確認している。
一部では、「沖縄のジュゴンは絶滅した」との声も上がっているが、上記の喰み跡があることなどから、県ではまだ生息しているとして引き続き生息状況調査を実施している。
絶滅の危機に瀕しているジュゴンを守るために、私たちに何ができるのか考えてみよう。
Photo by Naja Bertolt Jensen on Unsplash
ジュゴンを守るためにできることとしてまず挙げられるのが、海洋ごみの削減である。
海洋ごみとは、海岸に打ち上げられた「漂着ごみ」や、海面や海中を流れにのって漂っている「漂流ごみ」、海底に沈下して堆積した「海底ごみ」の総称で、ジュゴンをはじめ、多くの魚や海洋生物を苦しめている。
なかでも海洋プラスチックごみはとくに深刻で、年々増え続け、海の生物たちに甚大な影響を与えている。使い捨てのプラスチック製品をできるだけ使わないようにしたり、正しくリサイクルしたり、プラスチックごみを出さないなどの取り組みが必要だ。
水質保全に配慮した生活を送ることも、ジュゴンをはじめ海の生物を守ることにつながる。
たとえば、汚れた食器は拭き取ってから洗う、シャンプーやリンスは適量に、生分解性のある洗剤を使うなど、日常生活に取り入れやすいアクションはたくさんある。
沖縄で行われている、エコツーリズムに参加するのもおすすめだ。
エコツーリズムとは、地域ぐるみで自然環境や歴史文化など、地域固有の魅力を観光客に伝えることにより、その価値や大切さが理解され、保全につながっていくことを目指していく仕組みのこと。
2024年8月には、海の生きもの観察をしながら、ジュゴンが「海草を食べたあと」や「ふん」を探して、ジュゴンの暮らしを観測するジュゴン調査ツアーが日本で初めて開催された(※10)。
Photo by OCG Saving The Ocean on Unsplash
海洋ごみ対策のひとつとして、海岸の清掃ボランティアに参加する方法もある。
海岸を清掃することで、海岸のごみが海へ流れて行かないように、また海岸に流れ着いたごみが再び海に流れて行かないようにすることができる。
沖縄県だけでも、さまざまな団体でジュゴンの保護や、自然保護に関する寄付を募っている。これらの保護活動への寄付も、私たちにできることのひとつだ。
ジュゴンが絶滅危惧種に指定された背景にはさまざまな要因があるが、生息地の環境破壊や水質汚染など、人間活動によるものがほとんど。まずはジュゴンを守るために、ごみをできるだけ出さない、水を汚さない、など環境にやさしい暮らしを意識して、できることから行動していこう。
※1 ジュゴンのはなし-沖縄のジュゴン-(5ページ目)|沖縄県文化環境部自然保護課
※2 ジュゴンについて|WWFジャパン
※3 ジュゴン保護対策・目撃情報|沖縄県公式ホームページ
※4 絶滅危惧ジュゴンの赤ちゃん死亡 胃に「20センチ」のプラごみ|BBCニュース
※5 IUCNの専門家がジュゴンの調査計画を緊急提案|日本自然保護協会オフィシャルサイト
※6 タイのジュゴン保護区と漁民 ~アンダマン海の事例~|海洋政策研究所 - 笹川平和財団
※7 ジュゴン保護プロジェクトが波紋を呼ぶ|国連環境計画
※8 米軍基地辺野古移設で 沖縄防衛局 ジュゴンの調査規模縮小へ|NHK 沖縄県のニュース
※9 ジュゴン保護対策・目撃情報|沖縄県公式ホームページ
※10 【日本初】ジュゴン調査ツアーで沖縄の海を探検!伝統的な木造漁船サバニに乗り、生きもの観察|一般社団法人マナティー研究所のプレスリリース
ELEMINIST Recommends