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日常生活や社会生活を送るために恒常的に医療的ケアを受けることが必要な「医療的ケア児」。本記事では、国内の対象となる子どもたちの数や、家族が抱える悩み、2021年に施行された医療的ケア児支援法などについてわかりやすく解説していく。
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「医療的ケア児」とは、日常生活や社会生活を送るために恒常的に医療的ケアを受けることが必要な子ども(18歳未満および18歳以上で高等学校等に在籍する者)のことだ。
具体的には、医学の進歩を背景として、NICU(新生児特定集中治療室)等に長期入院したのち、引き続き人工呼吸器や胃ろうなどを使用し、たんの吸引や経管栄養などの医療的ケアが日常的に必要な児童のことを指す(※1)。
国内で医療的ケア児の対象となる子どもたちは、2005年には9,987人であったが、2021年には20,180人にまで増えている(※1)。
少子化が進み出生数が減っているにも関わらず、医療的ケア児が増えているのには、日本の新生児医療技術の向上が背景にある。医療技術が向上したことで、出生時に疾患や障害があり、これまでであれば命を落としていた新生児を救うことができるようになり、その結果、医療的ケア児が増加したのだ。
「医療的ケア」と一口にいっても、全員が同じ種類のケアを受けているわけではない。
たとえば、自力で呼吸することが難しい場合に使用する人工呼吸器や、自力で鼻をかんだり唾を飲み込んだり、痰を出すのが難しい場合に行う吸引のような呼吸に関するものや、口から自力で食べることが難しく、鼻から胃まで専用のチューブを通したり、手術をしてお腹から直接胃に穴をあけてチューブを通し、ミキサー食や栄養剤を注入する経管栄養などの栄養に関するものがある。
そのほかにも、排泄に関するものやインスリン注射などさまざまだ(※2)。
医療的ケア児は、どのような生活を送っているのだろうか。日常生活のほか、学校生活や社会参加などの視点でみていこう。
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医療的ケア児と一口にいっても、歩ける子どもから、寝たきりの子どもまで幅広い。
日常生活を送るために医療的なケアが必要、という点では同じだが、学校に行くことが難しい場合もあれば、学校に通っているケースもある。
医療的ケア児のほとんどは、生後数ヶ月ほどで退院し、在宅医療に移行する。本来医師や看護師がおこなう医療的ケアを、医療従事者の指導を受けた家族がおこなうことになるのだ。
家庭ではケアに必要な医療機器が必要になるほか、必要なサポートの度合いによってはバリアフリーが望ましいケースも多い。
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前述のように医療的ケア児には、学校に行くことが難しい子どももいれば、学校に通っている子どももいる。
しかし“学校に通っている”といっても、全員がひとりで学校に通っているわけではない。学校に通っている医療的ケア児のうち、登下校時のみ保護者が付き添っているケースが約46%。保護者が学校生活にも付き添っているケースが約19%を占めている。
学校生活に付き添っている理由について、「医療的ケア看護職員などが配置されていないため」と保護者の半数近くが回答しており(※3)、保護者や家族の負担が大きく、さらなる支援が必要なことが伺える。
医療的ケア児が日常生活を送るには、家族や医療機関、学校など、さまざまなサポートが必要だ。具体的に、どのような人々が医療的ケア児を支えているのか、みていこう。
先述のように、多くの医療的ケア児は、長期入院を経て退院し在宅医療に移行し、それまで医師や看護師が病院で行っていた医療的ケアを、医療従事者の指導を受けた家族が行うようになる。
学校に通える場合は登下校時の付き添いや学校生活の付き添いをしたり、寝たきりの場合は24時間つきっきりで介助をしたりするケースもある。
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医療機関や福祉サービスは、医療的ケア児本人はもちろん、家族の支えとしての役割も大きい。
たとえば、自宅と学校以外で遊び、活動する場を提供する障害児通所支援や、自宅で安心して過ごすための居宅介護や訪問看護、障害福祉等のサービスを利用するために計画を作成してくれる相談支援などがある(※4)。
医療的ケア児の受け入れに対応している保育園や幼稚園、学校は少なく、希望通り入学するのは難しいケースも多々あるのが現状だ。
しかし、年々医療的ケア児を受け入れている施設数は増えてきているうえ、保育所等において医療的ケア児の受入れを可能とするための体制を整備し、医療的ケア児の地域生活支援の向上を図ることを目的とした、医療的ケア児保育支援事業が推進されていることもあり、今後のさらなる増加が期待されている(※5)。
そのほか、看護職員(保健師、助産師、看護師および准看護師)を複数配置し、常時、医療的ケア児の受け入れが可能な園を「医療的ケア児サポート保育園」として新たに認定し、医療的ケア児の保育所等での安全な受け入れを推進している自治体もある(※6)。
「医療的ケア児等コーディネーター」とは、専門的な知識と経験に基づき、医療的ケア児の支援を総合調整する仕事のこと。
医療的ケア児が必要とする保健、医療、福祉、教育等の多分野にまたがる支援の利用を調整し、総合的かつ包括的な支援の提供につなげるとともに、医療的ケア児に対する支援のための地域づくりを推進する役割を担っている(※7)。
医療的ケア児等コーディネーターになるには、各都道府県で実施されている「医療的ケア児等コーディネーター養成研修」を受講する必要がある。
研修受講の対象者には、主に相談支援専門員、保健師、訪問看護師などが想定されている(※8)。
医療的ケア児等コーディネーターは、保健、医療、福祉、子育て、教育等の必要なサービスを総合的に調整し、医療的ケア児等とその家族に対しサービスを紹介するとともに、関係機関と医療的ケア児等とその家族をつなぐ支援をおこなっている。
支援があるとはいえ、医療的ケア児とその家族が生活していくのは、簡単なことではない。ここからは、医療的ケア児とその家族が直面する課題について考えていこう。
まず挙げられるのは、経済的な負担だ。
長時間またはつきっきりの介助が必要な場合、思うように働くことも難しい。そのうえ、入院、手術、付き添い費など医療的ケアにお金がかかり、家計を圧迫してしまう。
厚生労働省の「医療的ケア児者とその家族の生活実態調査」によると、医療的ケアに必要な費用で家計が圧迫されているか、という問いに対して「当てはまる」「まあ当てはまる」と答えた人は合わせて39.2%であった(※9)。
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医療的ケア児の介助をおこなう家族の社会的孤立も、直面する課題のひとつだ。
厚生労働省の「医療的ケア児者とその家族の生活実態調査」によると、医療的ケアを必要とする子どものことを理解して相談に乗ってくれる相手がいない状況にあるか、という質問に、「当てはまる」「まあ当てはまる」と答えた人は全体の26.2%。
そのほか、同調査の医療的ケアを必要とする子どもを連れての外出は困難を極める状況にあるか、という問いでは、「当てはまる」「まあ当てはまる」と答えた合計の割合は、65.3%であった。(※9)
相談できる人がいなくてひとりで抱え込んでしまったり、外出することが難しく働くことができなかったり、社会との関わりを持つ機会が少なく、孤立していると感じてしまう人も多い。
厚生労働省の「医療的ケア児者とその家族の生活実態調査」によると、医療的ケアを必要とする子どもと同居する母親に、生活の困りごとを聞いたところ、「常にギリギリの状態で日々の生活をしている。年々、自分の体調が優れない日が増えている」「24時間ずっと付きっきりで正直ストレスが溜まり、子どもに当たってしまうときがある」など、精神的なストレスについての回答が多く寄せられた。(※9)
ここからは、医療的ケア児に対する支援の取り組み例を紹介していこう。
厚生労働省は、在宅における医療的ケア児とその家族を支えるため、NICU・GCU(新生児回復室)から在宅へ円滑に移行するための支援や地域における生活の基盤整備等の在宅生活支援、 医療的ケア児を受け入れる障害児通所、保育園、学校等の基盤整備といった社会生活支援、経済的支援等の取り組みを実施している。
具体的には、NICU等に長期入院している小児が、家族と一緒に在宅で生活していくために必要な知識や技術を保護者が習得するためのトレーニング等をおこなう地域療養施設の運営費を補助する「地域療育支援施設運営事業」や、NICU等に長期入院していた小児の在宅移行後、家族の介護等による負担を軽減するため、小児の定期的な医学管理および一時的な受入れの体制を整備している医療機関に対して必要な経費を補助する「日中一時支援事業」などがある(※10)。
政府や自治体以外に、NPOや民間団体も多くの支援活動をしている。
NPO法人アンリーシュは、医療的ケア児の家族が抱える子育て上の情報不足や孤独感の課題解決に取り組み、医療的ケア児と家族が安心して療養生活を送れるよう、オウンドメディア、Youtube、SNSを通じて医療的ケアに関わる情報を発信(※11)。
また、認定NPO法人フローレンスでは、日本初となる医療的ケア児対応の長時間保育を提供し、保護者の就労支援を行うとともに、レスパイト、学習支援のための支援サービスも運営。親子の笑顔と可能性を叶える社会を目指している(※12)。
全国には、医療的ケア児を育てる家族が参加できるコミュニティが実はたくさんある。
大阪府の医療的ケアが必要な子ども・大人の家族と支援者のためのネットワーク「WA!わっしょい」では、主にLINEグループを通して医療的ケア児に関わる家族同士の交流や、専門家への個別相談の機会が設けられている。
また、2022年に秋田市の方が中心となって発足した秋田県の医療的ケア児者向けの家族会「まめんちょこクラブ」では、家族が孤立してしまわないように、多くの方の参加を受け入れている。
「医療的ケア児支援法」とは、医療的ケア児を法律上できちんと定義し、国や地方自治体が医療的ケア児の支援を行う責務を負うことを明文化した法律で、2021年6月に国会で成立、同年9月から施行された。
法の基本理念には、「医療的ケア児およびその家族の生活を社会全体で支援しなければならない」「医療的ケアの有無に関わらず、子どもたちがともに教育を受けられるよう最大限に配慮しつつ、個々の状況に応じて、関係機関・民間団体が密に連携し、医療・保健・福祉・教育・労働について切れ目なく支援が行わなければならない」など、社会全体で医療的ケア児を支援するための文言が掲げられている。
上記を含む基本理念を実現するために、国や地方自治体、保育所・学校等、医療的ケア児支援センター(各都道府県)の3つの機関に、それぞれに医療的ケア児とその家族に対する支援の責務が定められた。
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医療的ケア児について知りたい・相談したいがどうしたらいいかわからない、という人は下記の窓口やホームページを調べてみてはいかがだろうか。
医療的ケア児支援法において、医療的ケア児とその家族のさまざまな相談について総合的に対応する窓口、「医療的ケア児支援センター」の各都道府県への設置も支援措置のひとつとして挙げられ、2023年3月時点で、40都道府県58ヶ所に設置されている。
さまざまな関連情報を1カ所に集約しているため、「どこに相談したらいいかわからない」といった悩みを含めて幅広い相談に応じ、情報提供や助言などをおこなっている。
住んでいる都道府県や市区町村の窓口に問い合わせるのもおすすめだ。インターネットで、「住んでいる都道府県(例 東京都)」と「医療的ケア児」を入力し検索すると、自治体ごとの問い合わせ窓口にヒットするはずだ。
正しい情報が得られるうえ、居住地に適した情報を知ることができるので、最初に問い合わせるにはぴったりだろう。
家族や友人など、身近に医療的ケア児がいないと、詳しく知る機会は少ないかもしれない。しかし「身近にいないから」といって、できることが何もないわけではない。まずは、医療的ケア児を正しく理解し、必要なものはなにか、どんなことに困っているのかを知ることが重要だ。そこから支援団体への寄付や情報発信など、自分にできることを考えて行動することで、誰もが生きやすい社会へ一歩近づいていくだろう。
※1 医療的ケア児について(1ページ目)|厚生労働省
※2 医療的ケアとは?|大分県医療的ケア児支援センター
※3 医療的ケア児の学校生活に保護者の2割付き添い 看護職員配置へ | NHK
※4 『医療的ケアが必要なこどもと家族が、安心して心地よく暮らすために』|こども家庭庁
※5 保育所等での医療的ケア児の支援 に関するガイドラインについて(2ページ目)|厚生労働省
※6 横浜市医療的ケア児サポート保育園について|横浜市
※7 医療的ケア児等コーディネーター|東京都医療的ケア児支援ポータルサイト
※8 医療的ケア児等コーディネーター養成研修 実施の手引き(3ページ目)|厚生労働省
※9 医療的ケア児者とその家族の生活実態調査(58ページ目)|厚生労働省
※10 医療的ケア児等への支援施策(2ページ目)|厚生労働省
※11 NPO法人アンリーシュ|医ケア児と社会の架け橋
※12 解決したい問題 | 認定NPO法人フローレンス
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