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イスラエルのスタートアップ企業が、カカオ豆の細胞を培養してつくった独自のカカオバターで、世界初のチョコレートを製造した。気候変動による不作で供給不足と価格高騰が続くカカオ産業に、新たな解決策を提示する。

Aoi Kurogi
ライター
元新聞記者。幼少期に地球温暖化のドキュメンタリーを見て以来、環境問題に興味を抱く。現在は国際環境NGOなどでも執筆活動中。

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世界のチョコレート需要は増加の一途をたどる一方で、その原料であるカカオ生産は、気候変動の影響を受け、供給不足に直面している。そのため、世界ではカカオを使わない「カカオフリーチョコレート」や、細胞培養によるチョコレートの開発が進んでいる。
そんななかで、新たな可能性を示したのがイスラエルのスタートアップ企業、セレステ・バイオ社だ。
同社は2026年4月、カカオの細胞を培養してつくったカカオバター(ココアバター)を使用したチョコレートの製造に成功した。実際の製造を担ったのはオレオやリッツなどの商品で知られるモンデリーズ社。細胞培養カカオバターを使って約10本以上のチョコレートバーを試作し、品質・食感・風味が自社製品の基準を満たすことを確認した。
注目すべきは、カカオバターが研究室のサンプルレベルではなく、「チョコレートグレード」、つまり実際の製品に使用できる品質水準を満たしたという点だ。カカオ豆の細胞を培養液中で浮遊・増殖させる「浮遊細胞培養」技術により、本物のカカオ豆を加工して得られるものと全く同じ構造のカカオバターを実現した。細胞培養カカオバターを使用した製品基準のチョコレート製造は世界初だという。
同社はすでに複数のカカオ品種を確保し、1粒のカカオ豆から年間1トンのカカオバターを生産する計画を進めている。これは通常であれば約1ヘクタールのカカオの木が必要となる量だ。2027年にはアメリカとイスラエルで規制当局の承認を得て、市場参入を目指す。
カカオの主要な生産地であるコートジボワールやガーナといった西アフリカ地域では熱波や干ばつ、豪雨に加え、病害虫の発生や違法な農地開拓が重なり、不作が相次いでいる。もともとカカオは降水量や気温の変化に敏感で、栽培が非常に難しい作物である。気候変動の影響を受け、生産量は壊滅的だ。
これに加え、カカオ産業が抱えるひとつの問題が、農地拡大による森林破壊だ。
世界のカカオ生産の大半は小規模農家によって担われている。しかしその多くが貧困状況にあり、収入拡大のために森林を伐採し農地を拡大するケースが跡を絶たない。大規模な森林伐採は、生物多様性を失い、気候変動をさらに加速させるという悪循環にもつながっている。
こうした課題に対しセレステ・バイオ社の技術責任者は、細胞培養技術であれば「熱帯雨林の木を伐採することなく、原料を栽培しテストし、量産化を可能にできる」と強調する。
さらに同社はAIを活用したプラットフォームを開発し、カカオバターの融点や独特の風味を顧客の要望に合わせてカスタマイズできるよう研究も進めている。気候に左右されず、畑も、農薬も、森林伐採も必要としない生産が現実のものになりつつある。
細胞培養による食品開発は世界的に加速している。日本では明治ホールディングスが細胞培養カカオを使ったチョコレートの開発に取り組んでおり、2026年中の商品化を目標に掲げている。
一方で、培養食品に対しては慎重な声もある。食品への安全性の懸念や、従来の産業への影響を背景に、イタリアやアメリカの一部の州では、培養肉などの製造・販売を禁止する動きも出ている。
細胞培養チョコレートが普及すれば、サプライチェーンの構造は大きく変わる可能性がある。従来の小規模農家の生活をどう守るのか、安全性や規制をどう整備するのか。新たな技術の進展とともに、社会的な議論も求められる。
※参考
Lab-grown chocolate a reality as Cadbury-backed start-up Celleste creates world’s first cell-cultured cocoa bars | Financial Review
Celleste Bio™ Unveils World's First Milk Chocolate Bars Made with Cell Cultured Cocoa Butter | PR Newswire
Beyond the bean: Building a resilient cocoa future through complementary supply chains | World Economic Forum
明治が細胞性カカオの米スタートアップに追加出資 2026年米国販売を目指す|細胞農業研究機構
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