洪水を防ぎ水を保持する 世界で広がる「スポンジシティ」構想

スポンジシティ

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気候変動による都市型水害の増加に対応するため、雨水を吸収・保持する「スポンジシティ」構想が世界で広がっている。デンマークの首都コペンハーゲンや米ニューヨーク、中国などの事例から、自然と都市を融合させた持続可能な洪水対策の可能性について紹介する。

岡島真琴|Makoto Okajima

編集者・キュレーター

ドイツ在住。フリーランスの編集者・キュレーター。変わりゆく都市ライプツィヒとそこに生きる人々の物語を記録するニュースレター「KOKO」(https://koko-de.beehiiv.c…

2025.08.14
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世界の都市が注目 自然を生かした「スポンジシティ」とは

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気候変動の影響で、集中豪雨や洪水に見舞われる都市が世界中で増えると指摘されている。都市部ではアスファルトやコンクリートによって地面が覆われ、雨水は地中に染み込むことなく排水路へと流れ込み、短時間で河川や下水をあふれさせてしまう。その結果、道路の冠水や建物への浸水が相次ぎ、経済的損失や生活への打撃は計り知れない。

こうした課題への革新的な解決策として注目されているのが「スポンジシティ(Sponge City)」だ。都市全体をスポンジのようにして雨水を吸収し、ゆっくりと排水・再利用することで、洪水を防ぐと同時に水資源を活用するという発想である。

スポンジシティの基盤は、公園や緑地などの「グリーン・インフラ」や、湿地や干潟などの「ブルー・インフラ」。これらは雨水を一時的に蓄え、地中に浸透させる役割を担う。さらに、透水性舗装、屋上緑化、植栽帯、バイオスウェイル(浅く緩やかな植栽溝)といった都市設計も重要な構成要素だ。

従来のコンクリート製排水設備とは異なり、自然のプロセスを利用する「Nature-based Solutions(自然に基づく解決策)」は、コスト効率が高く、都市景観や生態系の保護にも寄与する。

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洪水と干ばつに備える仕組み

スポンジシティの第一の目的は、豪雨時の洪水リスクを低減することだ。透水性舗装を使えば雨水が地下に浸透し、地表にあふれる水の量を減らせる。また、広場や運動場に低地をつくれば、豪雨時に一時的な貯水池として機能する。こうした「水を逃がす」のではなく「水を抱え込む」設計は、排水システムへの過剰な負荷を防ぐことにつながる。

加えて、蓄えた水は干ばつ期の貴重な資源となる。地下水の涵養や貯留タンクからの再利用によって、都市緑化や生活用水の供給を維持できる。湿地や樹木は蒸散によって周囲を冷やし、ヒートアイランド現象を緩和。さらに、都市の水辺や緑地は鳥や昆虫など多様な生物の生息地となり、都市の生態系を回復させることにもつながる。

スポンジシティの世界の事例

コペンハーゲン(デンマーク)

2011年、デンマークの首都コペンハーゲンはわずか2時間で127ミリを超える豪雨に見舞われ、市内最大の病院をはじめとした建物が浸水、道路は冠水し、被害額は18億ドルに達した。

この経験を受け、市は「クラウドバースト管理計画」を策定。公園や広場を一時的な貯水施設に改造し、地下には排水トンネルを整備中だ。大学キャンパスのカレン・ブリクセン広場は、ふだんは学生の憩いの場だが、豪雨時には水を貯める低地として機能する。歴史的なエングハブ公園も地下に巨大な貯水槽を備え、市民利用と洪水防止対策を両立させている。

中国

中国では、2012年に北京で発生した洪水が都市機能を麻痺させ、多くの死者を出したことをきっかけに、堤防やパイプ、ダム、水路といった「グレーインフラ」に頼るのではなく、大雨時に都市が水を吸収し、干ばつ時に放出する「スポンジシティ」が注目されるように。

2013年からは政府が全国30都市で「スポンジシティ・パイロット事業」の展開を開始。各都市で湿地や緑地、透水性の地面、屋上庭園、水池などを整備。2030年までに都市地域の約80%をスポンジシティにすることを目標としている。

ニューヨーク(アメリカ)

ニューヨーク市は、2012年のハリケーン・サンディをはじめとする近年の豪雨被害を受け、雨水管理と気候変動対策を強化してきた。都市部ではこれまでに1万2000以上のグリーンインフラを整備しており、その多くが雨水を吸収する道路沿いの緑地帯である「レインガーデン」や、池や湿地帯などの自然排水システムを保全する「ブルーベルト」として機能。これにより下水への負荷が軽減され、都市の洪水耐性が向上しているという。

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日本

日本でも近年、大雨や洪水の被害が増加している。だが、日本ではスポンジシティの構想はまだ持ち上がっていないようだ。ちなみに、「都市のスポンジ化」は都市の密度が低下する現象のことをいい、「スポンジシティ」とは異なる。

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未来の都市は「水と共生する場所」に

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スポンジシティは単なる洪水対策にとどまらず、都市を「水を拒む場所」から「水と共生する場所」へと転換する考え。実現には、インフラ整備だけでなく、住民の理解と協力も不可欠だ。雨水利用や屋上緑化、緑地の維持管理といった住民による日常的な行動が、都市全体のスポンジ効果を高める。

コペンハーゲン、中国の都市群、ニューヨークなどの事例は、都市が自然の力を借りてレジリエンスを高める可能性を示している。これからの都市づくりは、コンクリートで水を遠ざけるのではなく、自然とともに水を受け入れ、循環させる方向へ進むのではないだろうか。

※掲載している情報は、2025年8月14日時点のものです。

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