5月31日、映画『デリカド』がシアター・イメージフォーラムで公開され、主人公の一人で、パラワンNGOネットワーク(PNNI)代表のロバート・“ボビー”・チャン弁護士が来日し舞台挨拶を行なった。別の上映後トークには、長年フィリピンで調査を続けているFoE Japanの松本光さんが、違法鉱山開発と私たちの見えにくいつながりについて解説。二人の示唆に富んだ話をレポートする。
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Photo by ©Karl Malakunas
公開中の映画『デリカド』は、「世界でもっとも美しい島」と称されるフィリピン・パラワン島で、企業や政府による天然資源の破壊と略奪に対し、代々受け継がれた自然豊かな土地を守るために、最前線で権力に挑む小さなパラワンNGOネットワークを率いる3人を追ったドキュメンタリー映画だ。
本作公開直後の六月初頭、劇中の主要人物の一人でもあるロバート・“ボビー”・チャン弁護士が来日した。環境弁護士で、パラワンNGOネットワーク(PNNI)の代表を務める人物だ。
彼は、1994年にマニラのアテネオ大学ロースクールで法学博士号を取得。アテネオ人権センターでインターンシップ・プログラムに取り組み、パラワンの環境法務を担当することになった。2009年以降、PNNIの代表として地域住民とともに法に基づく問題解決を見据え、暫定伐採、海洋、採鉱、その他の環境犯罪を阻止する活動を続けている。
ボビー・チャン氏は舞台挨拶の冒頭、「この映画に出てこなかった人たちのなかにも、みなさんからの拍手に値するほど、素晴らしい痕跡を残しているヒーロー達がいます」と、いまなお現場で闘っている仲間たちのことに触れた。
「現在もパラワン現地で、漁師や農家、バスの運転手として生活をしながら、チェーンソーを没収したり、ダイナマイト漁を阻止したり、さまざまな違法伐採、違法採掘の現場に入って、PNNIを通じて活動を続けている者たちがいます。彼らこそが真のヒーローであり、拍手を受けるべきだと思っています」。
こうした活動はいまも続いており、「本作の撮影後にも、南部の珊瑚礁の破壊を止めることに成功。北部では金が獲れる鉱山の違法採掘もストップすることができた」と言う。しかし、依然として、違法伐採・採掘阻止の闘いは困難を極めている。彼自身、「ペルソナ・ノン・グラータ(好ましからざる人物)として指定され、長年パラワンには戻っていない」ことも明かした。
「現在もパラワンの熱帯雨林は次々と破壊され、貴重な自然資源が奪われています。政治家や行政がやるべき仕事を我々がやっています。彼らの怠慢によって私たちが現地に入らなければならないことがたくさんあるわけですが、その結果として、犯罪者として、違法に機材を奪ったなどとしてあらぬ容疑をかけられたりもしています。政治家や企業の利益に関わる妨害行為だとして、さまざまな邪魔やいわれのない疑いを向けられています」。
舞台挨拶後には質疑応答の時間が設けられた。以下はその模様をレポートする。
————いつから、またなぜパワラン島に住めなくなったのでしょうか。日本の人々に対して言いたいことはありますか。
映画の最後にも出てきたとおり、私は現在パラワンでは、「ペルソナ・ノン・グラータ」(好ましからざる人物)です。つまりパワラン政府は私の安全を保障しない、むしろ私は命を狙われる存在であるということになります。いくつかの信頼できる情報源から、私がパラワンに戻った時には私の命を狙う者たちもいる、そういった計画もあるということも知られています。
映画にも出てきたアルバレス パラワン州知事(当時)は現在(国会)下院議員なのですが、いまは彼の娘が州知事を務めています。彼の息子もまた州評議員です。現在、本当に縁故主義的な政府になってしまっており、彼らが権力者側にある限りは私の命は保障されないということです。だから、パラワンには戻っておりません。
パラワンは国内外でも美しいビーチで有名なリゾート地ですが、現実は、そのビーチからすぐの距離にある熱帯雨林の中で、森林破壊が進んでいます。
マングローブが生い茂る湿地帯もどんどん破壊されています。私たちPNNIのウェブサイトやFacebook、Instagramを見ていただくと、そのような現状を訴えるメッセージがありますので、ぜひそちらもアクセスしていただいて、シェアしていただいたり、お友達に伝えていただいたりしていただけるだけで、とても心強いです。
現在、パラワンの自然の管理・保護というものが本当におろそかで、これから少しずつですが、確実にパラワンの自然はどんどん奪われてしまいます。それを止めるためにもみなさんの力が必要です。
————撮影後、マルコス政権に変わって状況は少しでもよくなったのでしょうか? 任期はあと3年。マルコス政権に期待することは?
非常に重要な質問ですね。現在、マルコス政権下で何かが変わっているかと言えば、「変わっていない」というのが私の率直な意見です。フィリピンではマニラの都市部から、離れれば離れるほど法の力が弱くなっていくという現状があります。
マニラの都市部ではさまざまな環境保護活動や政策は機能しているのですが、そこから離れてしまうと、現場の管理・監視がおろそかになるのが現状です。
そして、これまで環境天然資源省の大臣は、さまざまな場所を訪問し、セルフィーを撮ってSNSにアップすることしかしていなかった人なのですが、新大臣は、多少なりとも意味のある行動を取ってくれることを願っています。
ボビー・チャン弁護士が着ているTシャツには、タガログ語でPNNIのスローガン「GAWA HINDI SALITA(言葉ではなく、行動を)」と書かれていた。
6月7日、シアター・イメージフォーラムでの『デリカド』上映後のトークにゲストとして、長年現地調査をしてきたFoE Japanの松本光さんが登場。パラワン島と日本との関係性について解説した。
「基本的に木材や鉱物資源のサプライチェーンがなかなか見えないため、私たちの使っている製品の材料がどこから日本に来ているのかを知るのは難しい」とした上で、「パラワン島の鉱物資源のサプライチェーンについてはかなりクリアになっている」ため、FoE Japanでは15年にわたって積極的に取り上げてきた。
例えば、「双日、太平洋金属、住友金属鉱山などがこの鉱山事業に関わっています。以前は、国際協力銀行という日本の公的機関も本事業に融資をしていました。フィリピンの現地企業も、最近は製錬事業は住友金属鉱山の100%子会社になっていて、日本との関係も深い」という。
製品になる過程について、「フィリピンで製錬されたものは、愛媛県・新浜にある住友金属鉱山のニッケル工場にすべて送られてきます。中間事業者もいますが、基本的にそこで電池の材料に加工され、日本や世界でよく知られる大手電子メーカーや自動車メーカーに納品されています」。
「映画の中で、アルバレス州知事(当時)が出てきたシーンで、ちらっとニッケル鉱山の映像が映っていたんですけれども、とくに気候変動対策として電気自動車(EV)の需要が増え、そのバッテリーにニッケルが使われているため、ニッケルの需要がすごく伸びています」。さらに「例えば、スマホやリチウムイオンバッテリーに使われていることが多く、鉱物資源というところで、実は私たちの生活とつながり」があると論及。
さらに、「映画でも『違法』という言葉が度々出てきたが、『コアゾーン』と呼ばれる開発してはいけないエリアにも範囲を拡大している」と指摘した。
このように「需要」を満たすために、フィリピンでは鉱山開発エリアの拡張が進み、環境、健康、人権に対する被害が深刻化しているのが現状だという。松本氏は「ここでまず問題なのが、健康問題」だと切り出した。
「作業中のエリアでは砂埃がたくさん舞っていて煙のようになっており、住民達は作物への影響や喘息などの健康被害を懸念しています」。また、「2000年代から鉱山エリアから流れ出す川で皮膚疾患が起きてることが報告されています。実際、川に六価クロムが含まれていることが判明しました」。
六価クロムと言えば、日本でも公害を通じて、癌や皮膚疾患を引き起こすものとして知られている有毒な化学物質だ。「もっとも低い基準である水質でもWHOの基準を超える可能性が出てきています。昨年9月には過去最大値が検出されました。15年経ったいまでも過去最大値が出るということは、有効な対策ができていないということ」だと指摘。
Photo by Palawan NGO Network, Inc. (PNNI), 2004
また、人権をめぐる状況については、「2000年以降、フィリピン全体で、超法規的殺害と言って約2,000人が何者かに殺されるなど、未遂も多く、本当に危うい状況」だ。とくに、「グローバル・ウィットネスによれば、鉱山の活動でより弾圧が起きやすい」ことも明らかになっている。
「私たちの仲間も、2017年に白昼堂々銃殺された。ボビー・チャン弁護士がパラワン島に戻れないというお話ですが、私たちもいろいろと動きづらいところもあり、慎重に動いています」とフィリピンでの調査活動の難しさを語った。
Photo by FoE Japan
FoE Japanは、こうした違法な鉱山開発を止めるため、署名を集めている。集約後、住友金属鉱山に提出し、要請する予定だ。フィリピン・パラワン州での違法な鉱山開発を止める署名はこちら
UNITED PEOPLEの関根健次氏は、パラワン島と日本のつながりに常に言及し、問題提起をする。
「1960年代、一番フィリピンから木材を輸入していたのが日本なんです。フィリピンの貿易相手国が日本だったんですね。1970年代前半には、フィリピン全体の原生林からほとんど取り切ってしまって、近年のフィリピンの森林率は20%前半なのですが、この一番の責任は日本にあります。その後、インドネシアから日本が世界で一番輸入しています」。
「日本の高度経済成長期は、実はアジアの犠牲のもとにあったのかもしれないな、ということが調べていく中でわかってきたことでもあります。ですから、私たちの問題なんだということを認識していただきたい。なかなか見えにくい『つながり』というものを知って、少しでも行動が変わっていくといいのかなと思っています」。
監督:カール・マルクーナス
製作総指揮:ジョディ・アレン、ビーディー・フィンジー、サパナ・バシン、アレクサンドラ・ジョーンズ、ジム・バターワース、アリ・マーシュ 他
プロデューサー:マーティ・シジュコ、マイケル・コリンズ、カラ・マグサノック・アリッパラ、カール・マルクーナス
統括プロデューサー:シュリース・ハース、マイケル・エレンツヴァイク
登場人物:ロバート・チャン、ニエヴェス・ロセント、エフレン・バラダレス、ルベン・アルザガ、ロドリゴ・ドゥテルテ
制作:THOUGHTFUL ROBOT PRODUCTIONS
共同制作:ITVS&POV
配給:ユナイテッドピープル
公式サイト:https://unitedpeople.jp/delikado/
全国順次公開中
上映者も募集中
https://www.cinemo.info/138j
執筆/稲垣美穂子 編集/後藤未央(ELEMINIST編集部)
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