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脱炭素への取り組みは農業の分野でも行われている。炭素循環農法は、農薬や化学肥料に頼らず微生物の力で土壌を改良し農作物を育てる農法だ。この記事では炭素循環農法の仕組みやメリット・デメリットについて詳しく解説する。
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炭素循環農法とは、農薬や化学肥料を使用せず、微生物の働きを利用して土壌の肥沃度を高める農法のこと。農薬や化学肥料を使用しないことで土壌の微生物が活性化し、土壌と大気の間で炭素が循環しやすくなるというのが特徴だ。(※1)
世界的にさまざまな分野で脱炭素への取り組みが行われているが、農業に関する脱炭素への取り組みも進みつつある。ここでは炭素循環農法が注目を集める理由について詳しくみていく。
化学肥料や農薬は、農作物の生産性や農業従事者の労力の軽減に関して重要な役割を持っている。その反面、過剰に使用することによって人の健康や土壌に悪影響を与える恐れがある。例えば、農作物が必要とする量以上の肥料を与え続けたために余剰分が地下に浸透し地下水が汚染される、などの例が挙げられる。(※2)
持続可能な農業への取り組みは世界中で進められており、とくにICT(情報通信技術)やロボット技術を応用したスマート農業(※3)は注目を集めている。
なかでもオランダは早い時期からスマート農業を取り入れ、現在ではアメリカに次ぐ農業大国となっている。オランダの国土は日本の九州とほぼ同じ面積で農地が少なく、そのうえ日照時間も短いなど農業に不向きだった。しかしICTを活用した農法で作業効率を上げ、農薬を使わずに高品質な作物を生産している。
日本の年平均気温は100年あたり1.3℃の割合で上昇しており、2020年の年平均気温は統計を開始した1898年以降でもっとも高い値を記録した。農業は気候変動の影響を受けやすく、高温による作物の品質低下などの問題も発生している。また全国各地で豪雨や台風による災害が頻発しており、農林水産分野にも被害が及んでいる。(※4)
このような情勢の中で日本の農業を維持・発展させ、食料を安定的に供給するために、環境に配慮した持続性の高い農法への転換を進めることが課題となっている。
日本では、2022年7月に「みどりの食料システム法」という法律が施行された。この法律は、環境と調和のとれた食料システムの確立に関する基本理念等を定めるとともに、農林漁業や食品産業の持続的な発展と環境への負荷の少ない健全な経済の発展等を目的としたものである。(※5)より環境への負荷が掛かりにくい農法が求められることから、持続性の高い農法への注目が高まっているのだ。
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炭素循環農法は、なぜ持続性の高い農法といわれるのか。ここでは炭素循環農法の仕組みについて詳しく解説する。
落ち葉や堆肥、おから、米ぬかなどの有機肥料は土壌の改良に効果的だ。適量の有機肥料を選んで畑に均一に混ぜ込む。すると投入された有機物が微生物によって分解され、土壌に栄養が蓄えられる。さらに作物の根の発達を助けたり、土壌の保水力を高めたりする効果も期待できる。(※6)
土壌にはバクテリアなどの細菌やカビ、原生動物などの小さな微生物が数多く存在している。バクテリアやカビは窒素や炭素を含んだ有機物を植物が取り入れやすい形に分解し、土壌の自然サイクルを保つ役割を持っている。土壌中の微生物と投入する有機物の相性をみて量などを調整しながら、定期的に有機物の補給を行うことが大切だ。(※7)
土壌に有機物を投入することで微生物の活動が活発になり、結果として土壌の肥沃度が増すことになる。さらに有機物と土の粒子が結びついて保水性が良くなり、作物が根を張りやすい土壌がつくられる。また微生物の働きによって作物に必要な栄養が供給されるため、化学肥料に頼る割合を減らすことができる。(※8)
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ここでは、炭素循環農法を行うことで得られるメリットについて詳しくみていく。
炭素循環農法には、微生物が活発に活動して有機物を分解することで土壌に栄養が蓄えられ、肥沃度が増すというメリットがある。肥沃度が高く健康な土壌は病害虫の発生を抑える効果をもたらすため、農作物の品質向上にも効果がある。(※9)
炭素循環法では農薬や化学肥料の代わりに有機物の投入を行うため、農薬や化学肥料の使用量を抑えられる。農薬や化学肥料は生産性の向上や農業従事者の労力の低減に欠かせないものであるが、一方で過剰に使用することで環境によくない影響を与える恐れがある。炭素循環農法では農薬や化学肥料の使用を減らせるため、環境への負荷も少なくなるといえる。(※10)
地球温暖化が世界中で大きな課題となっているなか、炭素固定が重要な役割を果たすとみられている。炭素固定とは、大気中の二酸化炭素をさまざまな方法で固定することを指す。もっとも一般的なものに、植物の光合成によって大気中の二酸化炭素を固定させるという方法がある。土壌の微生物が活発なほど炭素固定がすすむため、炭素循環農法は地球温暖化対策としても効果を発揮するといえる。(※11)
世界的なエネルギー価格の上昇や穀物需要の増加などの影響により、化学肥料原料の国際価格が大幅に上昇し、肥料価格が急騰している。(※12)炭素循環農法は農薬や化学肥料の代わりに落ち葉やもみ殻、キノコの廃菌床などの有機物を投入するため、比較的コストがからない点がメリットだ。
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地球温暖化対策としても注目を集める炭素循環農法だが、課題も残されている。ここでは炭素循環農法のデメリットと課題について詳しくみていく。
炭素循環農法は従来の農業と異なる点が多く、専門的な知識や技術を必要とする。それまでに得た経験が活かせなかったり、また微生物の種類と土壌に投入する有機物の相性やその土壌に適した作物など、新たな知識や技術を習得したりする必要がある。(※13)
炭素循環型農法は、作物の生産が安定するまでに時間がかかる傾向がある。一般的な農薬や化学肥料を使用せずに農作物を生産するため、安定した生産ができるようになるまでに数年を要する可能性もある。(※13)
炭素循環型農法は有機物を投入することで土壌を健康な状態に保つため、安定的な有機資材の調達が大きな課題となる。どのような有機資材をどこから調達するのか、手はずを整えておく必要がある。また有機資材を堆肥化する場合には、専用の設備を新たに設置するための費用も用意しなければならない。(※13)
炭素循環農法の大きな課題は土壌づくりだが、これまでに化学肥料を用いていた畑を使う場合は微生物の状態が安定するまでに何年かの期間が必要となる。畑の状態が安定するまでの間は、作物の収穫量が落ちる可能性がある。(※13)
畑の農作物は自然に育つ植物と違うため、病害虫に対する自衛力が弱い一面がある。従来の農法では、それを補うために農薬や化学肥料を使用していた。しかし炭素循環農法は農薬や化学肥料をできるだけ使用しない農法のため、病害虫や雑草から作物を守るために人の労力が必要になる。(※13)
ここでは実際に炭素循環農法を取り入れて成功した事例を紹介していく。
宮崎県の山口農園では、肥料を使わず、収穫後のシメジなどのキノコ菌床を畑にまく高炭素循環農法を採用している。作物の収穫が終わると残った植物をそのまま鋤きこみ、キノコ菌床を表面にまいて、数日後に糸状菌が畑の表面に見えてきたら深く耕す。すると菌が畑に鋤きこまれた植物を分解して栄養を豊富に含んだ土になり、おいしい野菜が収穫できる土壌ができる。(※14)
地方自治体ごとの炭素循環型農法への取り組みも広がりつつある。山梨県では、2021年に脱炭素に取り組んだ農場で生産した農産物を認証する「やまなし4パーミル・イニシアチブ農産物等認証制度」を制定した。果樹園で剪定した枝を炭にして埋めたり、堆肥などの有機物を畑にまいたりするなど、土壌のなかに炭素を貯める取り組みを進めている。(※15)
カメルーンとブラジルに生産拠点を持つNetZeroは、コーヒー豆の製造過程で大量に発生するコーヒーの殻などの農業残留物からバイオ炭を生産し、地元の農家への販売を行っている。バイオ炭は肥料の使用を減らしながら土壌の質を改善し、農作物の収穫量の増加に貢献している。(※16)
家庭でもできる炭素循環の取り組みとして、コンポストが挙げられる。コンポストとは英語の「compost」で「堆肥・堆肥にする」という意味を持つ。家庭で出た生ごみや落ち葉などを容器に投入して、微生物の力を借りて自家製の堆肥をつくり出せるのが特徴だ。堆肥は家庭菜園やガーデニングに活用できるうえ、ごみの排出も減らすことができる。(※17)
炭素循環農法は、環境への負荷を減らしながら脱炭素への取り組みにも貢献できる農法だ。微生物の力を利用して自然の力で農作物をつくり出すため、うまくいけば病害虫に強い作物ができ収穫量もアップする。従来の農法とやり方が異なるため、知識や技術の不足、軌道に乗るまでの過程などの課題は残されているものの、持続性の高い農業の実現に向けて期待が高まっている。
※1 炭素循環農法│現代農業(農文協)
※2 環境保全型農業の現状と課題│農林水産省
※3 スマート農業|農林水産省
※4 持続可能な食料システムの構築に向けて-みどりの食料システム戦略-|農林水産省
※5 みどりの食料システム法について|農林水産省
※6 土壌有機物と農業生産との関係についての総説│農研機構研究報告 第6号
※7 炭素の循環のなかで生きる「小農の世界」│現代農業(農文協)
※8 農地土壌が有する多様な公益的機能と土壌管理のあり方(1)│農林水産省
※9 (研究成果) 農地の炭素量増加による3つの相乗効果を世界規模で定量的に推定│農研機構
※10 脱炭素・減化学肥料を両立し農業生産性を向上する高機能バイオ炭の普及│トーイング(農林水産省)
※11 地球温暖化防止に貢献する農地土壌の役割について(案)│農林水産省
※12 肥料価格高騰対策事業(令和4年6月~令和5年5月に購入した肥料に対する支援)|農林水産省
※13 有機農業をはじめとする持続可能な農業の確立│農林水産省
※14 山口農園
※15 4パーミル・イニシアチブについて|山梨県公式ホームページ
※16 NetZeroについて|NetZero
※17 コンポストとは? メリットや種類ごとの特徴、家庭での始め方を解説│朝日新聞SDGs ACTION!
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