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温泉の過剰掘削・大規模地熱発電などで引き起こされる温泉の枯渇。その原因や湯量低下・温度低下などの問題を日本・海外の事例と合わせて解説する。また温泉資源保護のために行われている取り組みや、個人でもできる保護活動支援についても紹介する。
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「温泉枯渇」という言葉を聞いたことがあるだろうか。地中から湧出する温泉も限りある天然資源のひとつであり、無限に湧き出すものではない。(※1)過剰に掘削すれば湧出量が減少し温泉を枯渇させることも考えられる。
また温泉資源は観光のみならず、地熱発電とも関連が深い。海外では地熱発電による温泉枯渇、およびそれに伴う周辺環境への影響が観察された地域もある。温泉枯渇問題はすでに日本各地でも問題となっており、今後も各地の温泉地で直面するであろう課題だ。
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過剰な掘削によって温泉枯渇が起こる例も多いが、原因はそれに限らない。温泉枯渇の原因となり得るものを下記に解説する。
雨や雪が地下にしみこんで熱や成分などを得、長い時間をかけて地上に湧き出すものが温泉である。(※2)当然ながら地中から無限に湧き出るものではなく、その温泉が発生するスパンに対して高い頻度で過剰な量を汲み出せば枯れてしまう。これが温泉枯渇でよくみられる原因である。
すでに温泉が湧出している地域に開発工事を行うことで、既存の温泉に影響を及ぼすことがある。例えば温泉付近での地滑り対策工事、トンネル工事、ダム工事などが挙げられる。(※3)これらの開発工事を行うことで地面へ入り込む雨水が減少すること、トンネル工事においては掘削により湧水が発生することで、周辺地下水位の低下が懸念される。地下水位低下により温泉が既存のポンプで汲みだせなくなったり、水圧低下で温泉の噴出量の減少が発生したりすることもある。
人為的なものだけでなく、自然現象から温泉への影響が出ることもある。その代表例が地震による地殻変動だ。(※4)地震の揺れによって液状化し一時的に地下水圧が上昇したり、地面の中のすき間が増え温泉の水圧が低下したりする。また地殻変動によって評価雨が上下し、水位の上昇・低下が発生することもある。どちらに転ぶかはわからないが、地震は温泉の出やすさに大きく影響し湧出量の低下を引き起こすことがある。また地震による汲み上げ設備の破損も、枯渇の原因となり得る。
将来的な環境の変化によって、温泉の温度が変化する可能性もある。仮に温度が下がれば、温泉としては活用できなくなるかもしれない。
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温泉枯渇でどのようなことが発生するのだろうか。ただ「温泉に入ってリラックスできない」だけではない、実にさまざまな問題が発生しうる。
温泉は広義の地下水であり、その減少は地下・地中環境にも影響する。温泉水位の低下は地下水位の低下と同じく、地盤沈下を引き起こす可能性がある。(※5)
温泉の恵みを受けているのは人間だけではない。例えば温泉が自然に湧出して川に流れ込む場所では水温が高く、そのために生息できる魚もいる。温泉枯渇により環境が変化することで、周辺の生態系への影響も考えられる。
温泉の水位低下や水圧低下により、温泉の湧出量が減少する。もしくは源泉温度が低下したり、温泉成分に変化があったりと、従来の温泉利用が保てなくなる場合もある。
温泉の湧出量・成分の変化が発生すれば、入浴用温泉としての価値・イメージ低下、および温泉施設において十分な湯量を確保できないといった事態が発生する。そのため温泉を中心とした観光産業地域の衰退や客足の減少が発生し、雇用の喪失や観光による収入減など地域に経済損失を生み出す恐れがある。
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実際に温泉枯渇が起こった、もしくは起こりつつある事例が存在する。その代表的なものを挙げて解説する。
国内有数の温泉地・別府温泉も2018年頃から温泉枯渇の現象が確認されはじめた。具体的には温泉の温度低下や、地面から噴出する蒸気の減少等である。(※6)これを受けて自治体では調査と100年後の予測シミュレーションを行い、その結果から温泉枯渇の危機に瀕しているとして温泉保護活動を積極的に行っている。
湯畑で有名な草津温泉、その源泉のひとつ「万代鉱源泉」でも湯量の減少が見られ、枯渇の恐れありとされた。2022年9月、万代鉱源泉から温泉基地への流入量が通常の5割近くまで低下した。(※7)草津町は直ちに対策本部を立ち上げて調査に取り組むも、詳細な原因は不明。配管に亀裂が見られたことから、古い引湯管の損壊、および湯だまりの亀裂が起きた可能性を挙げている。
この源泉は元々が鉱山の掘削中掘り当てたもので、その湧出の危険性により閉坑を余儀なくされた経緯もあり、湧出源の徹底的な管理が難しい。ひとまずの復旧工事によって湯量は7割程度にまで復旧したが、万代鉱源泉は町内の融雪などインフラとしても使われており住民の生活にも大きな影響を与えている。
青森県弘前市にある嶽温泉では、2022年の12月に温泉の温度が突然下がるという事態に見舞われた。80度以上あった源泉の温度は40度近くまで下がり、湯量の減少も起こった。当初は休業を余儀なくされたものの、現在は別の源泉を整備することで通常通り営業している。(※21)
ニュージーランドのワイラケイ地区は、さまざまな温泉や間欠泉などが見られる観光地であった。(※8)しかし世界で2番目の地熱発電所として1950年頃から開発が行われ、温泉をくみ上げての電力生産が始まる。これに伴い地域の温泉水位の低下、間欠泉の停止、地盤沈下などが発生し温泉枯渇が見られた。(※9)
アメリカにある世界最大の地熱地域、ザ・ガイザースも広範囲にわたる温泉保有地であった。発電量の面で世界最大規模の地熱発電所として1969年に電力生産を開始。(※10)掘削を開始してから温泉の流出量が減少し、1980年代末期からは蒸気供給量も減少する。(※8)1980年代半ばから注水を開始し、その後も大規模な注水プロジェクトが幾度か行われ、生産量の減少は抑制された。しかし地震発生頻度が増加し、発生地域も拡大した。とくに注水量の増加に伴って小規模地震の発生件数が増加しているとみられ、地域住民からも不安視されている。
トルコのパムッカレは地中海有数の温泉地として知られているが、観光開発の影響で温泉枯渇が進んでいる。かつては観光名所である石灰棚に温泉が流れていたが、現在は湯量の調整が行われている。(※22)
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枯渇しつつある温泉を守るため、また温泉枯渇を防ぐためにさまざまな対策が行われている。その具体的な取り組みを説明する。
源泉を守るために、温泉水の過剰な採取を防ぐことが求められる。環境省策定のガイドラインでは”採取量制限の内容は、地域の特性や実情を踏まえ、温泉資源動向等の状況に基づいて評価・検討し判断すべき”とされており、各都道府県において個別の規制・判断が為されている。(※11)例えば北海道では「北海道温泉保護対策要綱」の準保護地域にて”温泉の採取量を1源泉当たり毎分100リットル以下に制限すること”とした。(※12)
衛生上の問題から、一度入浴に用いた温泉水は再度源泉に還元できない。では入浴に用いる前の温泉を活用できないか。そのようなサステナブルな取り組みが実際に行われている。通常、温泉を入浴用として用いるには源泉から冷まして使う必要がある。その分の熱エネルギーを利用するのだ。例えば地熱発電の一種、温泉バイナリー発電もその一つだ。(※13)
源泉からの熱エネルギーを変換してタービンを回すことで発電し、温度の下がった温泉および発電で生じた冷却水を適温状態で温泉施設へと送る。地熱発電として利用しながら、従来の入浴利用とも相違ない手法で湯音を下げて利用できる有効な資源活用法だ。
先の項でも触れたが、環境省の策定した「温泉資源の保護に関するガイドライン」のもと各都道府県が具体的な規制を定めている。例えば各都道府県においては温泉地域を定めて保護し、掘削の禁止・掘削の制限(既存施設からの距離・湯量)などの規制強化が進んでいる。(※14)
とくに温泉産業の盛んな都道府県では、温泉の枯渇可能性が否定できない場所において「温泉保護地域」や「温泉準保護地域」といった名称で保護地域を定めている。名称に差異はあるが、基本的に「温泉の掘削を認めない地域」あるいは「既定の条件下でのみ温泉の掘削を認める地域」といった意味合いが強い。(※14)
温泉の湯量や温度の変化等、枯渇の兆候と見られる現象があればいち早く対応しなければならない。そのために定期的・定量的な観察(モニタリング)は重要である。環境省では温泉モニタリングマニュアルを作成し、温泉事業者や地域公共団体等の啓発を図っている。(※15)これに基づくモニタリングはすでに実施されており、大分県ではその調査結果データの公表も行っている。(※16)
過去の温泉保護に関する取り決めは、従前の似たような例に従うものが多かった。しかし近年においては、科学的根拠のもとに規則制定が行われるようになっている。環境省の「温泉資源の保護に関するガイドライン(改訂)」では過去の事例とそのデータから源泉間距離の算出例を示し、各都道府県での具体的な規制策定の参考としている。(※11)
温泉は地域の宝であり、地域住民とも深い関係を持つものだ。温泉枯渇は住民にとって災害ともいえる懸念事項であり、十分な信頼のもとに協力関係において温泉保護を行わなければならない。
由布院温泉から西へ30キロ、地熱地域にある熊本県小国町でも、地域おこしのための地熱発電所の設立について地域住民からの懸念があった。そこで行われたのが住民たちが主体となる地熱発電事業だ。(※17)住民たちが地熱発電のために合同会社をつくり、協力会社として大手電力会社に建設・運営を委託。温泉資源に影響が出ないよう発電所が小規模に、また既存の温泉旅館すべてに常時モニタリング設備、および万一の枯渇リスクに備え補償の仕組みを整えた。稀有な成功例ではあるが、地域住民の思いを抱えて温泉資源を保護するためには十全な理解と協力が必要という教訓になるだろう。
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温泉保護に関する取り組みは自治体の規則や温泉業者に限らず、個人・観光客がとれる行動もある。遠い場所のこと、他人事と思わずにぜひ実践してみてほしい。
観光などで温泉を利用する際は、ぜひ節約を心がけたい。例えば温泉を利用した個室風呂・貸切風呂の入浴の際には湯を使いすぎないよう配慮する。大規模浴場では入浴エチケットを守って浴槽の湯を過剰に汚さないように努めるのもひとつの提案だ。
住民や観光客による保全活動の例もある。別府温泉では個人で資源保護に触れてもらうことや現況モニタリングの一環を目的として「せーので測ろう!別府市全域温泉一斉調査」を行っている。(※18、※19)
温泉資源を活用したサステナブルツーリズムも注目されつつある。例えば福島県土湯温泉では、観光地全体でサステナブルな観光の提案を行っている。(※20)温泉バイナリー発電所を利用した地熱発電、その冷却水で養殖した「オニテナガエビ」も観光の目玉だ。こういった取り組みを経て「見て・食べて支援する」ことも温泉保護へつながる。
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昭和から平成にかけての観光ブームで次々と掘削された日本の温泉。しかし温泉も限りある天然資源であり、過剰な使い方をすれば枯渇を招いてしまう。温泉枯渇は重要な課題であり、温泉資源の持続可能な利用が求められている。地域住民だけでなく、温泉地を訪れる観光客としてもこれに留意していきたい。また今後予想される観光客の増加に向けて、より一層温泉保護への理解と支援を得られるよう新たな取り組みが期待される。
※1 温泉の保護と利用に関する課題について|環境省
※2 温泉ってどうやってできるの? | 株式会社バスクリン
※3 温泉地周辺における開発工事の既存温泉への影響問題|日本温泉科学会
※4 FAQ 4-8. 地震による地下水や温泉水の変化(2014年以前に作成)|公益社団法人 日本地震学会
※5 山梨県/地盤沈下に関する調査|山梨県
※6 別府市温泉資源量調査の結果|大分県
※7 草津町議会だより Harmony 第163号|草津町議会
※8 3.3 海外事例 3.3.1 影響発現事例 我が国の地熱発電所は|環境省 環境影響評価情報支援ネットワーク
※9 第3回 地熱資源開発に係る温泉・地下水への影響検討会 海外調査結果報告(ニュージーランド)|環境省
※10 アメリカ(ザ・ガイザーズ)|JOGMEC地熱資源情報
※11 温泉資源の保護に関するガイドライン(改訂)|環境省
※12 令和2年度北海道温泉保護対策要綱の一部改正について – 保健福祉部健康安全局食品衛生課|北海道
※13 自然エネルギー活用レポート 自噴する110℃の温泉で地熱バイナリー発電 No.21|公益財団法人 自然エネルギー財団
※14 温泉関係の手続きについて(新規の手続き)|神奈川県
※15 温泉モニタリングマニュアル|環境省
※16 温泉モニタリング|大分県
※17 地熱発電で年間6億円の収入を過疎の町に|公益財団法人 自然エネルギー財団
※18 せーので測ろう!別府市全域温泉一斉調査
※19 せーので測ろう!別府市全域温泉一斉調査 過去の調査概要|別府市
※20 SDGsの取り組み|土湯温泉観光協会
※21 嶽温泉郷「この日を待っていた」源泉温度低下や湯量減で休業余儀なく 営業再開に安堵も課題残り対応模索続く|TBS
※22 パムッカレはがっかり遺産?! 個人ツアー専門店がパムッカレの現在とヒエラポリス遺跡情報を解説|株式会社スペースワールド
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