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世界中で貧困層の増大と格差の拡大が問題となっており、深刻化している。その対策の一環として注目されているのが富裕税だ。この記事では、富裕税とはなにか、導入国の現状、メリット・デメリットを解説し、富裕税が注目されている背景についても説明する。
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富裕税とは、個人または世帯が保有する総資産から総負債を差し引いた純資産に対して課税される税金のことを指す。ストックの価値を課税対象とする資産税の一種で、課税対象は動産・不動産等の有形資産、知的所有権等の無形資産、預金・有価証券等の金融資産など経済的な価値を持つ全資産だ。ただし、国によっては課税対象となるものに違いがある。
現在、富裕税を導入している国はスイス、ノルウェーなどだ。(※1)
富裕税の目的には、経済力に応じた税負担により、富の再分配による不平等を縮小することだ。また国家の財政資金源の確保、経済の安定性の確保などもある。(※1)
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ここでは富裕税の仕組みと課税対象について説明する。
富裕税の一般的な仕組みは、一定の基準額を超える資産をもつ個人や世帯を対象に、課税対象となる資産額に応じて税率が設定され課税される。国によって、基準額や課税対象となるもの、税率は異なる。
課税対象となる資産は国によって異なるため、課税対象の例を挙げる。課税対象となるのは、経済的な価値をもつ全資産である。たとえば以下のようなものが対象となる。(※1)
・現金
・預金や有価証券などの金融資産
・不動産(住宅、土地、商業用不動産など)
・知的所有権などの無形資産
・美術品や宝石などの高額な資産
日本でも、1950年に高額所得者に対する所得税の補完税として富裕税が導入されていた。当時は所得税の最高税率が85%と極めて高く、これを是正するべく導入された。しかし不表示資産(預貯金や無記名債券など)の把握や資産調査の困難性、無収益資産への課税に対する資産売却による無理な納税などの理由により、わずか3年後の1953年に富裕税は廃止されている。(※1)
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富裕税を導入している国の実施状況について解説する。
フランスでは、1981年に富裕税を導入。1987年に廃止されるも、1989年に再び導入している。現在は、130万ユーロを超える純資産所有者に対して0.5~1.5%の税率で課税されている。(※1)
ノルウェーでは、国と地方自治体(市町村)が富裕税を課税している。現在の状況は、ノルウェー国内外に120万ノルウェー・クローネを超える純資産を保有する居住者、およびノルウェー国内に120万ノルウェー・クローネを超える純資産を保有する非居住者に対し、基礎控除の120万ノルウェー・クローネを超える部分に対して、国税は0.15%、地方税は0.7%の税率で課税されている。(※1)
スイスでは、州および市町村が富裕税を課税している。地域によって課税最低限と税率が異なるのが特徴的だ。(※1)
アイスランドでは、1981年に富裕税が導入されたものの、2006年に廃止された。のちに金融危機に陥ったことで、2010~2014年と時期を限定して再導入した。再導入した当時は、国内外の純資産が7500 万アイスランド・クローナ、または1億アイスランド・クローナを超える居住者に対し、1.5~2%の税率で課税されていた。(※1)
スペインでは、1978年に臨時税として導入され、1991年に経常税となるものの、2008年に廃止された。しかし2011年に世界金融危機後の経済の安定性の確保、景気回復と雇用の促進および財政赤字の削減のための財源確保を目的に、時限的に復活している。70万ユーロ超の純資産に、0.2~2.5%の税率で課税されている。(※1)
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富裕税を導入すると、どのようなメリットがあるのか説明する。
富裕税は、資産を多く持つ富裕層の純資産に課税することで、富の再分配を行い経済的不平等を是正する手段となるのがメリットだ。また富の集中を緩和し、社会全体の公正さを高めることができ、中間層や貧困層の生活水準向上も期待できる。
莫大な額の資産をもつ富裕層から富裕税を徴収することで、税収の増加が期待できるのもメリットである。税収は政府の新たな収入源となり、財政に貢献できる。
富裕税のメリットとして、財政再建の手段として有効であることが挙げられる。財政状況が厳しい国で富裕税を導入すれば、税収が増え、社会保障制度の維持や拡充、教育、医療、インフラ整備などの公共サービスの向上など、財政健全化と社会保障の充実を実現できる。
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富裕税には、デメリットや課題もある。富裕税を採用している国が減ってきているのも、次に挙げるデメリットが関係している。
富裕税の課題となっていることに、資産の国外逃避がある。これは富裕層が高い課税を嫌い、外国へ住所や資産を移動させることだ。これにより、経済活動に悪影響を与える可能性がある。
実際にスウェーデンでは、相当規模の資産の国外流出が発生したことが問題となった。これが、スウェーデンの富裕税廃止の大きな動機とされている。(※1)
富裕税における非課税資産や資産評価の優遇措置が、個人の投資行動に歪みを与えるのもデメリットといえる。フィンランドの富裕税では、当座預金、貯蓄預金、ある種の債券が非課税で、不動産評価も市場価格以下であった。
またドイツでは、土地評価額が時価の約50%、農地・森林は時価の10%程度にしか評価されていなかった。こうした問題は、投資行動が税制に影響され、経済全体に望ましくない歪みを生じさせてしまう。富裕税が公正かつ中立的に機能するためには、すべての資産が市場価値に基づいて適切に評価される必要がある。(※1)
税務の費用対効果の悪さも、富裕税のデメリットだ。富裕税の課税対象には、不動産や有価証券、貴金属などがあり、確認するために時間、労力、多額のコストがかかる。その割に、税収全体に占める富裕税の割合は少ない。こうした費用対効果の悪さは、オランダやオーストリアの富裕税廃止の理由にもなっている。(※1)
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富裕税が注目されている背景にはどのようなものがあるのか解説しよう。
近年、世界的に富裕層と貧困層の所得や資産の格差が広がっている。2020年以降の新型コロナ感染症拡大の影響や経済危機がこれを一層悪化させ、多くの人々が生活苦に直面する一方で、富裕層の資産は急増している状況だ。このような経済格差の拡大は、社会的な不安定化や政治的不安定を招く要因となる。そんななか、富裕税の導入を通じて格差を是正しようとする動きが注目されている。
富裕税は、国際的な場においても議論されている。G20では、持続可能な成長のための財源確保と富裕層の税のがれによる不公正を是正するため、2024年中にG20で超富裕層のミニマム課税に合意することを目指している。(※3)
富裕税の導入は、SDGsの目標1「貧困をなくそう」、目標10「人や国の不平等をなくそう」の目標達成に貢献できる手段といえる。とくに不平等の是正や貧困の削減、社会的公正の実現などに重要な役割を果たすだろう。富裕税は、グローバルな持続可能性の確保に向けた手段として注目されている。
令和5年度の税制改正において「極めて高い水準の所得に対する負担の適正化」措置が設けられた。これは、合計所得金額から特別控除額(3.3億円)を引き22.5%をかけた数字が、通常の所得税額を上回る場合に限り差額分を申告納税するというものだ。富裕税ではないが、富裕層への課税強化の一環と位置づけられる。なお、適用は令和7年分の所得からだ。(※2)
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富裕税を、2024年現在で導入している国は少ない。しかし世界的な経済格差の拡大に直面していることにより、格差是正の手段として注目されている。富裕税を導入すれば、経済的不平等の是正や財政健全化、社会保障の財源確保に貢献することが期待される。日本においても、法改正によって富裕層への課税が強化された。今後の動向を見守る必要があるだろう。
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