パタゴニアが老舗酒蔵・仁井田本家と協働 いま食や農業に重きを置く理由とは?

サステナブルブランド国際会議2023

2月14日、15日と2日間にわたって開催された「サステナブル・ブランド国際会議2023」。パタゴニアの食品事業「パタゴニア プロビジョンズ」と300年以上続く老舗酒蔵「仁井田本家」という二社による『なぜいま自然酒なのか?』と題したトークセッションが行われた。この疑問から見えてきた答えとは。

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2023.03.17
BEAUTY
編集部オリジナル

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地球を再生するために、なぜいま自然酒なのか?

サステナブルブランド国際会議2023

数年前から食品部門にも力を入れているパタゴニア。昨年は老舗酒蔵の仁井田本家によるパタゴニアオリジナル日本酒を発売した。今回は先日行われた「サステナブル・ブランド国際会議2023」での二社のセッションの様子をお届けする。RFIDソリューションの最大手であるAvery Dennison Japanが協賛するランチセッションに、パタゴニア プロビジョンズの近藤勝宏氏と、仁井田本家の女将・仁井田真樹氏が登壇した。

サステナブルブランド国際会議2023

左から、仁井田本家の女将・仁井田真樹氏、パタゴニア プロビジョンズの近藤勝宏氏、ファシリテーターを務めたAvery Dennison Japanのマネージング・ディレクター加藤順也氏。

知っているようで知らないことだらけ どのように“もの”はつくられるのか?

Avery Dennison 加藤順也氏(以下、加藤):仁井田本家さんは1711年創業、今年でなんと312年という超老舗企業です。“日本の田んぼを守る”という言葉をモットーに、農薬も肥料も使わない自然栽培米・有機栽培米を使用した酒造りをしています。最近はお米をキレイに磨いてつくるお酒づくりが人気ですが、仁井田本家さんは磨くのは15%程度とのこと。そして蔵に住み着いた天然の酵母を使い、生酛(きもと)という昔ながらの手間がかかる製法でつくっていらっしゃいます。日本では非常に珍しいと思います。

パタゴニアさんは“地球こそが私たちの唯一の株主である”ということで、とくに自然負荷を抑えたものづくりをしていて、本当に長く着られるものやサービスを展開しています。

まずはお二人にどのようにものはつくられるのですか?という質問をしたいと思います。昨年弊社が消費者調査をしたところ、ファストファッションブランドの服が機械でつくられていると思っている消費者の方が54%もいたんです。ものづくりがあまり理解されていないのかなと思いました。

サステナブルブランド国際会議2023

パタゴニア・インターナショナル・インク日本支社 パタゴニア プロビジョンズディレクター 近藤勝宏氏。2016年、パタゴニアの食品事業「パタゴニア プロビジョンズ」の日本市場の責任者に就任。同年、同事業を日本市場で立ち上げた。

パタゴニア プロビジョンズ 近藤勝宏氏(以下、近藤):パタゴニアがものづくりやビジネスのビジョンメイキングをするときには、必ず自分たちのミッションステートメントに戻ります。私たちは故郷である地球を守るために、救うためにビジネスを営むんです。なぜならば、もし地球がだめになってしまったら自分たちのビジネスどころか人々の生活もできないからです。

できるだけ環境に与える悪影響を最低限に抑えていくようなものづくりをしています。ファッションの業界だと児童労働や強制労働、長時間労働などの問題が多くありますが、パタゴニアの場合は最終的にものになるまでのプロセスすべてが一つのエコシステムだと考えています。すべて健全な状態であるからこそ最終的にベストなプロダクトが生まれるんですよね。

加藤:パタゴニアさんは日本でもかなり人気がありますが、事業の拡大はまだそこまでされていないということでしたね。

近藤:極端に売上だけを追い求めてしまうと、どこかに歪みが出てきてしまうからです。自分たちがコントロールできる範囲のなかで、丁寧にビジネスをやっていこうという戦略です。

サステナブルブランド国際会議2023

仁井田本家 発酵食品部取締役女将・仁井田真樹氏。福島県郡山市にある創業1711年の酒蔵の取締役女将。いち早く全量自然米、生酛仕込みの酒造りを実践し、自社田で酒米の自然栽培にも取り組む。

仁井田本家 仁井田真樹(以下、仁井田):私たちは酒造り以外に、夏場はお米づくりからやっています。田んぼは無肥料無農薬で、戻していいのは田んぼから出た稲藁だけ。ほかは一切何も加えずに、土の力と太陽と水だけでお米を育てています。仕込みに使っているのは、先先代が植えてくれた木と竹でつくった木桶。釘も接着剤も一切使っていないものですが、メンテナンスを続ければ100年もつと言われています。

酒造りってとにかく水を大量に使うんです。恵まれていたことにうちには2つの水脈があるので、それがすべて天然水でまかなえているのが強みだと思います。私たちがおこなっているのは伝統的な生酛(きもと)造りといい、蒸米と麹米に仕込み水を入れてすりつぶし、そこに蔵のなかに住んでいる乳酸菌が飛び込んできて発酵をならし、お酒になるという方法です。すごく時間と手間がかかる仕込み方ですね。

加藤:近代的なやり方だと、乳酸菌を入れてしまってこの工程をはしょっていることが多いみたいですね。

仁井田:そういうものを使えば簡単に安定したお酒が早くできるんですが、時間も手間もかけることで、うちらしさが出るのかなと思っています。今回パタゴニアさんから出させていただいたものは、“これぞ仁井田”というお酒になりました。

近藤:これめちゃくちゃおいしいです!

コストを追求する消費者が多いなかで あえて手間のかかるものづくりをする

加藤:次の質問は、なぜ手間のかかるものづくりをするのですか?です。これも弊社が行った調査ですが、日本の消費者の方1500人に買い物をする時に何を気にするか聞いたところ、コストが一番でした。パタゴニアさん、仁井田本家さんは、なぜコストを追求せずに別の価値観を求めてものづくりをしているのかを聞かせてください。

近藤:やはりミッションステートメントである“ビジネスを通して地球をより良くしていこう”ということに戻るからです。50年ウエアのビジネスをやってきて、なぜいま食なのかという質問をよく受けます。実は食や農業は、地球に対してすごく大きなインパクトをかけているんです。例えば温室効果ガスの発生源も25%が食や農業です。本当に地球の危機を解決したいのであれば、この分野に参入するしかないと考えて、食品のビジネスをスタートしました。

新しいウエアは5年や10年に一度買えばいいけれど、食事は生きていくために1日3度食べなくてはならないもの。食品のつくられ方や選ばれ方によい変革が起きたら、解決策になるのではないかと考えました。例えばビールづくりにおいても、土壌が再生されて、より多くの炭素を地中に取り込めるようなやり方を選択し、そういうものが選ばれるような世のなかを目指していきたいと考えて手間や時間のかかるものづくりをしています。

仁井田:いま世のなかに出ている日本酒は、どれもおいしいですよね。そんななかでは、戦うよりもオンリーワンを目指したほうが次の代に太いバトンを渡しやすいと考えています。これまでの代が、田んぼや水、山を残してくれました。私たちにしかできないことをやっていることが次の代になったときにすごく選ばれるんじゃないかという思いで、いまは手間暇とお金がかかる酒造りをしています。

サステナブルブランド国際会議2023

Avery Dennison Japanマネージング・ディレクター加藤順也氏。マーケット開拓やRFID導入プロジェクトをリード。日本支社の成長を牽引し、海外でのRFID導入事例にも精通。

協働が実現したキーワードは 「リジェネラティブ・オーガニック」

サステナブルブランド国際会議

Photo by 0126

加藤:なぜ今回一緒にお酒をつくったのですか?

近藤:“解決策となる食”を考えてものづくりをしていくなかで、日本の主食であるお米をどのように使って食べていくかがとても重要だと思いました。これから地域の自然や生態系を残して健全な環境を残しながら米づくりを進めていくためには、どのようなやり方をしていく必要があるのかについて、パタゴニアとしても貢献していきたいと思ったんです。

オーガニックをさらに超えた「リジェネラティブ・オーガニック」という国際認証の制定にパタゴニアも関わりました。認証を取得した日本の製品はまだありませんが、広げたいと考えています。

実は日本ではどんな水田管理が「リジェネラティブ・オーガニック」なのかという研究を、仁井田本家さんの田んぼを使ってやっているんです。仁井田本家さんのお酒の醸し方は人工的なものを使わずに、蔵に住み着いている菌を使って、その生態系や気候を利用しています。持続可能だったからこそ、その土地の味がそのまま反映された、非常においしいものになるっていうことですよね。

パタゴニアが挑む「リジェネラティブ・オーガニック」 農業を問題の一部から解決の一部へ

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加藤:仁井田本家さんのお酒は造るものじゃなくて、できるものなんだと女将さんも日頃言っていますよね。

仁井田:毎年気候も温度も違うので同じお米ができるわけではない、だからうちのお酒は毎年味が違うんです。でもそれが仁井田らしさだと捉えています。“酒は造るものじゃなくて、できるもの”という考え方になったことで、蔵元も活き活きしながら仕込みをしていますね。

加藤
:こういったユニークなストーリーをどうやって消費者に伝えていくのかについても、いろいろと考えていると思いますが、消費者とのコミュニケーションはどのようなことをされているか、最後に聞かせてください。

ストーリーが語り継がれることで 価値が広く認識され、よりよい地球をつくっていける

サステナブルブランド国際会議2023

Photo by Taro Terasawa(C)2023Patagonia, Inc.

仁井田本家とパタゴニア プロビジョンズオリジナル自然酒。しぜんしゅ「やまもり」¥2,000

仁井田:全国各地のイベントや音楽フェスにお酒を持って出店しているのですが、そこには必ず仁井田のサポーターさんたち(ボランティア)が待ち構えてくれていて、販売ブースを手伝ってくれるんです。人って感動すると人に伝えたくなりますよね。うちのお酒のことや取り組みのストーリーを、教えてもいないのにサポーターさんたちがお客さんに伝えてくれるんです。まるで語り継がれるように、そのストーリーが伝わっているのを感じます。

近藤:パタゴニア プロビジョンズのホームページでは、製品よりもストーリーの方が全面に出てくるんです。共感してくれる仲間やコミュニティを育てていくことで、みんなでよりよい地球をつくっていけるという思いがあります。そこには完成された製品だけではなくて、そのものにまつわるストーリーがすごく重要になってくると思うので、伝えていくことを重要視しています。

加藤:どのようにつくられたのか、どんな思いがあるのかというのを知らずに買ってしまうと、仁井田本家さんやパタゴニアさんがされているような価値を、なかったことにしてしまうことが自分自身にも起こりうるのかなと思いました。企業も消費者に伝える努力をしなければならないし、消費者もものの裏側にある価値を積極的に知ろうとする努力を添えて、両者がお互いに歩み寄ることで、よりリジェネラティブな世界ができてくるのではないかと、お二人のお話を聞いて思いました。

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よりよい地球へと導く事業として、食への分野へ舵をとったパタゴニア。日本の農作物や食文化に深く関わることで、そのプロジェクトはどんどん進化していくようだ。発信されるプロダクトのみならず、その取り組みにも注目していきたい。

取材協力/Avery Dennison Japan
撮影/岡田ナツコ 執筆/河辺さや香 編集/後藤未央(ELEMINIST編集部)

※掲載している情報は、2023年3月17日時点のものです。

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