生物多様性オフセットとは?仕組み・課題・企業活用をわかりやすく解説

生物多様性オフセット

生物多様性オフセットとは、開発や事業活動によって失われた生物多様性を、別の場所での保全・回復活動によって補填する考え方だ。カーボンオフセットの生物多様性版として注目を集めており、ネイチャーポジティブ経営の実践手段としてTNFD・SBTs for Natureへの対応が求められる企業の間で導入が加速している。英国では2023年に法律で義務化(Biodiversity Net Gain)され、日本でも生物多様性クレジット市場の創設が検討されている。

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2026.05.11
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生物多様性オフセットとは?基本の考え方と定義

生物多様性オフセットとは、開発プロジェクトや事業活動によって損なわれた生態系・生息地・種の多様性を、他の場所での保全・再生活動によって同等以上に補う取り組みだ。単に「自然を壊した分だけ別の場所で増やす」という発想ではなく、損失をゼロ以上にする「ネットゲイン(純増)」を目指す点が特徴だ。カーボンオフセットがCO₂という1つの指標を扱うのと比べて、生物多様性は種の多様性・生態系の機能・生息地の質など多次元の要素で構成されており、「同等の損失を同等の回復で補う」という評価が本質的に難しいことも大きな特徴といえる。

カーボンオフセットとの違い

カーボンオフセットは温室効果ガスという単一の数値を相殺する仕組みで、CO₂換算で「1トン削減=1トン相殺」という等価交換が比較的シンプルに成立する。一方、生物多様性は場所・種・生態系の質といった多面的な属性を持つため、「A地域の湿地を壊したらB地域の湿地を回復すれば同等」とは必ずしもいえない。この複雑さが、生物多様性オフセットの設計・評価・検証を難しくしている根本的な要因だ。

ミティゲーション・ヒエラルキーという考え|オフセットは「最後の手段」

生物多様性オフセットは単独で使う手段ではなく、「ミティゲーション・ヒエラルキー(緩和の優先順位)」の最終ステップとして位置付けられる。優先順位は①回避(開発そのものを避ける)→②最小化(影響を縮小する)→③現地修復(その場所で回復する)→④オフセット(別の場所で補填する)という順だ。オフセットを最初から使うことで開発の免罪符にする「グリーンウォッシュ」的な使い方が批判されており、この優先順位の遵守が信頼性の鍵となる。

生物多様性オフセットとネイチャーポジティブ・SDGsの関係

ネイチャーポジティブとの接続

ネイチャーポジティブとは「自然の損失を止め、回復軌道に乗せる」という世界共通の目標だ。生物多様性オフセットはこの目標を実現する中心的な手段のひとつであり、開発による損失を補填しながら「ネット(純)でプラス」にするために活用される。企業のネイチャーポジティブ宣言が増える中、オフセットは実際の損失補填として定量的に示せる取り組みとして、信頼性確保の重要な柱になっている。

COP15・昆明モントリオール枠組みとの関係

2022年のCOP15(カナダ・モントリオール)で採択された「昆明モントリオール生物多様性枠組み」は、2030年までに陸と海の30%を保全(30by30)し、生物多様性の損失を止めて回復に向かわせることを国際目標として定めた。この目標の達成において、民間企業が主体的に行う生物多様性オフセットはOECM(保護区以外の効果的な保全地域)と並ぶ重要な補完手段として位置付けられている。

SDGs目標15「陸の豊かさも守ろう」との接点

SDGs目標15は陸上生態系の保護・回復・持続可能な利用を掲げる。生物多様性オフセットは、開発による陸上生態系へのダメージを回復活動で相殺することで目標15の達成に直接貢献する取り組みだ。また、目標6(水と生態系)・目標13(気候変動対策)とも密接に関わり、生態系を守ることがCO₂吸収・水資源保全・防災機能の維持にもつながるという多面的なインパクトを持つ。

生物多様性オフセットの仕組みと主な手法

生物多様性クレジット|取引可能な保全の証書

生物多様性クレジットの発行・購入の流れ

生物多様性クレジットとは、土地の管理者(農家・林業経営体・自治体など)が生物多様性を向上させる活動を行い、第三者機関の審査を経て認定された取引可能な証書だ。開発事業者がこのクレジットを購入することで、自分たちが引き起こした生物多様性の損失を補填できる仕組みになっている。カーボンクレジット市場と同様のメカニズムで、市場の拡大が世界各地で進んでいる。

日本における生物多様性クレジット市場の現状

日本では現時点で生物多様性クレジットの義務的な制度は存在しないが、環境省が制度設計の検討を進めており、自然共生サイト認定制度との接続が将来的に期待されている。先行して自主的なクレジット購入・創出に取り組む企業も増えており、J-クレジット制度の生物多様性版が創設される可能性もある。カーボンクレジットに続く次の注目市場として国内外の企業が準備を始めている状況だ。

生息地バンキング(ミティゲーション・バンキング)

生息地バンキングとは、将来の開発による損失に備えて事前に生態系の保全・回復活動を行い、その「価値」をクレジットとして蓄積・販売する仕組みだ。米国では1980年代から「ミティゲーション・バンキング」として制度化されており、湿地や希少種の生息地を回復させた事業者がバンクを設立してクレジットを販売する。開発事業者はこれを購入することで許認可条件を満たせる。

英国BNG(Biodiversity Net Gain)|世界初の法的義務化

BNGの仕組みと「10%ネットゲイン」義務

英国では2023年に施行されたEnvironment ActによりBNG(Biodiversity Net Gain)が法的に義務化された。新たな開発プロジェクトは、失われた生物多様性を10%以上上回る回復を法律上義務付けられる。開発事業者は自社敷地内での対応(オンサイト)、他の土地での回復(オフサイト)、または政府が発行するクレジット購入(ラストリゾート)の3つの手段から選択する。

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英国で事業を展開する日本企業や、英国企業をサプライヤーに持つ企業は、BNG対応を求められるケースが生まれている。また英国での制度義務化は、EUや他のG7諸国での類似制度導入を後押しする国際的な先例となっており、日本企業も今後の規制変化を見据えた準備が必要だ。

企業がTNFD・SBTs for Natureに活用する方法

TNFD対応と生物多様性オフセットの関係

TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)は、企業に自然への「依存性と影響」の開示を求める国際フレームワークだ。TNFDのLEAPアプローチ(Locate・Evaluate・Assess・Prepare)に基づいて自然への影響を評価した結果、補填できない損失に対してオフセットを活用することが、TNFD開示における「保全・回復」の取り組み実績として位置付けられる。特に土地利用変化が大きい製造業・食品・建設・不動産セクターの企業にとって重要な対応手段だ。

SBTs for Natureでの位置付け

SBTs for Nature(科学的根拠に基づく自然目標)は、企業が科学的根拠に基づいて「自然への依存・影響の回避→削減→回復→変革」の目標を設定するフレームワークだ。生物多様性オフセットは、回避・削減の努力を最大化した後に残る損失への「回復(Restore)」対応として活用できる。オフセットをSBTs for Natureの目標達成の根拠として情報開示することで、ESG評価の向上につながる。

ESG評価・機関投資家への訴求力向上

生物多様性オフセットへの取り組みは、生物多様性保全の定量的な実績証明として機能し、機関投資家のESGスコア評価に貢献する。「やっています」という宣言ではなく、第三者機関が認証したクレジット購入・回復活動の実績という客観的な裏付けを持てる点が大きな差別化要因だ。TNFD対応を求める金融機関・投資家からの評価向上にも直結する。

生物多様性オフセットへの批判と課題

「等価交換は本当に可能か」という根本的な問い

生物多様性オフセットへの最大の批判は、「失われた生態系を別の場所で本当に代替できるのか」という根本的な疑問だ。何百年もかけて形成された原生林・希少種の生息地・固有の生態系は、たとえ広大な植林や再生事業を行っても短期間では回復できない。オフセットが「グリーンウォッシュの免罪符」になっているという批判は、科学者・NGO・地域コミュニティから繰り返し指摘されており、ミティゲーション・ヒエラルキーの厳格な遵守が前提条件だ。

測定・検証の困難さと国際標準化の課題

生物多様性の損失と回復を定量的に計測する共通の国際指標がまだ確立されていない。英国のBNG指標・IUCNの評価手法・民間の独自スコアリングなど、国・機関・プロジェクトによって評価手法にばらつきがあり、クレジットの信頼性に差が生じている。国際標準化に向けた取り組み(IUCN・WBCSDなど)が進んでいるが、統一基準の確立にはまだ時間がかかる見通しだ。

地域コミュニティ・先住民族との公正性の問題

オフセット用の土地確保において、地域コミュニティや先住民族の土地・生計・文化的な権利が無視されるリスクがある。「グローバルな企業がオフセットのために途上国の土地を確保する」という構図は、新たな形の植民地主義との批判も招いている。FPIC(自由・事前・情報に基づく同意)の遵守と地域住民との協働設計が、倫理的なオフセットの基本条件とされている。

よくある質問

Q1. 生物多様性オフセットとは何ですか?

A. 開発や事業活動によって失われた生物多様性を、別の場所での保全・回復活動で補填する仕組みです。カーボンオフセットの生物多様性版として位置付けられ、ネイチャーポジティブ経営の実践手段として企業・政策立案者の関心が高まっています。

Q2. 生物多様性クレジットとは何ですか?

A. 土地の管理者が生物多様性を向上させる活動を行い、第三者機関の審査を経て認定される取引可能な証書です。開発事業者がこのクレジットを購入することで、引き起こした生物多様性の損失を補填できます。カーボンクレジットと同様のメカニズムで機能します。

Q3. ミティゲーション・ヒエラルキーとは何ですか?

A. 生物多様性への影響を最小化するための優先順位のことです。①回避→②最小化→③現地修復→④オフセットの順に対策を検討し、オフセットは最後の手段として位置付けられます。最初からオフセットに頼ることはグリーンウォッシュとして批判されます。

Q4. 英国のBNG(Biodiversity Net Gain)とは何ですか?

A. 2023年に英国で義務化された制度で、新たな開発プロジェクトは失われた生物多様性を10%以上上回る回復を法律上義務付けられます。世界初の生物多様性ネットゲイン義務化として国際的に注目されており、日本を含む各国での制度化の先例となっています。

Q5. ネイチャーポジティブと生物多様性オフセットはどう関係しますか?

A. ネイチャーポジティブは「自然の損失を止め、回復軌道に乗せる」という目標で、生物多様性オフセットはその実現手段のひとつです。開発による損失を補填しながら「ネットでプラス」にするために活用され、昆明モントリオール枠組みの目標達成にも貢献します。

Q6. TNFDと生物多様性オフセットはどう関係しますか?

A. TNFDは企業に自然への影響の情報開示を求めるフレームワークです。LEAPアプローチで影響を評価した後、補填できない損失に対してオフセットを活用することが「保全・回復」の実績として開示できます。特に土地利用変化が大きい業種での対応手段として重要です。

Q7. SBTs for Natureと生物多様性オフセットの関係は?

A. SBTs for Natureは企業が科学的根拠に基づく自然目標を設定するフレームワークです。回避・削減の努力を最大化した後に残る損失への「回復(Restore)」対応としてオフセットを活用でき、目標達成の根拠として情報開示に使えます。

Q8. 生物多様性オフセットへの批判にはどんなものがありますか?

A. 主な批判は「失われた生態系を別の場所で本当に代替できるのか」という根本的な問いと、「グリーンウォッシュの免罪符になっている」という懸念です。また測定・検証の国際標準が未確立な点、地域コミュニティや先住民族の権利が無視されるリスクも指摘されています。

Q9. 日本でも生物多様性オフセットは始まっていますか?

A. 義務化には至っていませんが、環境省が生物多様性クレジット市場の創設を検討しており、自然共生サイト認定制度との接続が期待されています。先行して自主的なオフセットに取り組む企業も増えており、今後の制度化に向けた準備が進んでいます。

Q10. 一般市民が生物多様性オフセットに関わる方法はありますか?

A. 生物多様性に配慮した企業の製品・サービスを選ぶ消費行動、地域の自然保全活動への参加、NPOや保全活動へのクラウドファンディング支援などが挙げられます。また、開発プロジェクトや購入する製品のBNG対応・生物多様性配慮の状況を問い合わせることも市民としての関与のひとつです。

まとめ|生物多様性オフセットはネイチャーポジティブ実現の重要手段

重要ポイントを振り返る

生物多様性オフセットは、開発による自然の損失を別の場所での保全・回復で補填する仕組みだ。ネイチャーポジティブ・TNFD・SBTs for Nature対応の実践手段として企業の関心が高まる一方、ミティゲーション・ヒエラルキーの遵守・測定基準の国際標準化・地域コミュニティとの協働という3つの課題への向き合いが信頼性の条件となる。英国BNGの義務化を先例に、日本でも生物多様性クレジット市場の創設が近づいており、先行して取り組む企業のアドバンテージは大きい。

企業担当者が今すぐ取るべきアクション

まずTNFDのLEAPアプローチで自社の影響を把握する

まず自社の事業活動が生物多様性に与える影響(依存性・インパクト)をTNFDのLEAPアプローチで評価することが第一歩だ。影響の大きい拠点・サプライチェーンを特定した上で、回避・最小化・修復の取り組みを優先し、残る損失に対してオフセットを検討するという順序が重要だ。

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一般市民・消費者ができること

消費行動の観点では、生物多様性に配慮した認証製品(FSC・MSC・ASC認証など)を選ぶことが生態系保全につながる。また、地域の里山・農地・森林の保全活動への参加や、NPOへの寄付・クラウドファンディング支援も、生物多様性オフセットの社会的な広がりを後押しする市民の力だ。

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※掲載している情報は、2026年5月11日時点のものです。

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