沖縄県が進める「エシカルトラベルオキナワ」は、旅を通じて“土地のものづくり”に触れる視点を教えてくれる。つくり手を尊重し、資源を無駄にせず、地域の循環の中で物を生かしていく——そんな静かな姿勢が、沖縄にはたしかに息づいていた。今回取り上げるのは、デニム、ビール、ペストリーという異なる領域で、その姿勢を日々かたちにしている3つの場所。手に取るものの背景にある物語が、旅の余韻を深めてくれる。

ELEMINIST Editor
エレミニスト編集部
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Photo by OCVB
浦添市の港川外人住宅街に佇む小さなショップは、住居として使われてきた外人住宅をそのまま活かした、静かで心地いい空間だった。扉を開けた瞬間に感じたのは、ものづくりの場でありながら、どこか暮らしの気配が残る温度感。「SHIMA DENIM WORKS」は、この場所から“沖縄の資源を循環させる”という大きな挑戦を続けている。
ブランドの核にあるのは、サトウキビを搾ったあとの“バガス”を捨てず、糸へ、布へ、そしてデニムへと昇華させる素材開発だ。公式サイトでも丁寧に紹介されているように、バガスを繊維化し、糸の配合率や強度を研究し、製品として成り立たせるまでには長い試行錯誤があったという。こうした地道な工程が、沖縄の基幹産業であるサトウキビの“次の可能性”をひらいていることに胸が熱くなった。
店内にはバガスからデニムに加工される工程が展示されている
手に取ってみると、まず驚くのはその“おしゃれさ”。サステナブル素材というと、どこか素朴で質実剛健なイメージがあるけれど、ここに並ぶ服はむしろ洗練されていて、スタイルの軸になる雰囲気をまとっている。流行に寄せない“定番”のものづくりは、長く愛用することを前提にしているからこそデザインに余計な飾りがなく、自分の生活にすっと馴染む。サステナビリティとファッション性が、自然体で同居しているのが心地よかった。
もうひとつ印象に残ったのは、アップサイクルを“広がりのある活動”として捉えていること。航空会社や飲料メーカーなど、沖縄にゆかりのある企業と協働し、役目を終えた素材に新たな価値を吹き込む取り組みが進んでいた。企業名を並べるよりも、実際に感じたのはその軽やかさだ。サステナブルって、もっと自由でいい。アップサイクルも、もっと柔軟でいい。そんな感覚をふっと思い出させてくれるような、前向きな風が流れていた。
元々はミリタリーハウジングとして栄えたエリア
外人住宅を活かした店構えもまた、ブランドの姿勢と響き合っている。古いものを大切にしながら、そこに新しい価値を重ねていく。置いてある家具や什器も必要以上に飾らず、静かな佇まいのまま、訪れる人の視線をやさしく受け止めてくれる。
“おしゃれ”であることと“環境にやさしい”こと。その両立は簡単ではないけれど、「SHIMA DENIM WORKS」はそれを押しつけず、自然体で実現していた。旅先で出会った一枚のデニムが、地域の未来につながっている——そんな確かな手触りを感じられる場所だった。
Photo by OCVB
沖縄市高原(たかばる)に店を構える「CLIFF GARO BREWING」は、醸造所を併設した小さなビアレストランだ。観光地らしい派手さとは少し違い、静かに佇む店構えから、土地の暮らしとゆるやかにつながっている空気が伝わってくる。夜に訪れた際も、落ち着いた灯りに迎えられ、そのやわらかな雰囲気にほっとしたのを覚えている。
オーナーの宮城クリフさんは、イギリスでアートとデザインを学び、そこで触れたサステナビリティ文化を沖縄の文脈に合わせて再構築している。その姿勢は、空間づくりやものづくりの随所に自然体で息づいていた。
ビールづくりの副産物である麦芽かすは、多くの醸造所では廃棄されるものだ。しかしここでは、一度の仕込みで出る約280kgの麦芽かすを捨てず、近隣の農場に運び、微生物で発酵させて肥料へと再生させている。肥料で育ったトマトが店の料理に使われるという循環の仕組みは、聞けばとてもシンプルだが、地域との協働が日常の中で無理なく根づいていることが伝わってきた。
「CLIFF GARO BREWING」の醸造所。写真はオーナーの宮城クリフさん
資源を生かす工夫はほかにもある。25kg入りの麦芽袋はバッグにアップサイクルされ、売上の一部は寄付に回る。回収した空き瓶は、琉球ガラス作家・小野田郁子さんの手でグラスへと再生される。そのグラスは再利用品というより、美しい一点ものの作品のようで、循環の取り組みが“機能性”だけでなく“美しさ”にもつながり得ることをそっと示していた。
料理には沖縄の素材がふんだんに使われている。県産グァバを使ったソースをまとった沖縄野菜のサラダ、県産マグロのフリット、豚やハーブを生かした一皿など、どれも土地の恵みを素直に感じられる味わいで、クラフトビールとの相性も心地よかった。“クラフトビールを飲む”というより、“地域をいただく”感覚に近い体験だった。
宮城さんがつくっているのは、ビールそのものだけではない。地域の人や素材の行方を丁寧に結びなおし、循環の仕組みを“暮らしの中の心地よさ”として提示すること。その姿勢が、この店の静かな魅力になっていた。旅の途中で味わう一杯が、地域の土や手しごとや知恵とつながっている——そんな実感が、胸にやわらかく残る場所だ。
沖縄県産の黒糖を使ったチーズケーキ(左)津堅島のにんじんを使った「キャロットケーキ」(手前)久米島産の紅芋を使った「紅芋モンブラン」(右)
沖縄・豊見城市の店舗と、東京・四谷に姉妹店を持つ「ペストリーうんてん」。店に入ると、ショーケースに並ぶケーキの華やかさとは少し違う、“素材とまっすぐ向き合う”空気がまず感じられる。オーナーの仲間暁子さんが大切にしているのは、甘さそのものよりも「どうつくるか」という姿勢。その芯の通った静かな情熱が、店全体にふわりと漂っていた。
とくに心に残ったのは、農家との向き合い方だ。形や大きさにばらつきがある作物でも、つくり手の仕事を正当に評価したうえで買い取り、菓子づくりへ生かす。素材の背景への敬意が、お店の基調としてやさしく息づいている。
廃棄を出さない工夫も印象的だ。ケーキは、生地・クリーム・フルーツをそれぞれ別々に保存し、提供直前に組み立てる方式を採用している。シュークリームは、皮とクリームを別管理し、注文を受けてからクリームを詰める仕組み。ホールケーキも当日製造にこだわり、その日に必要な分だけを丁寧に仕上げる。
こうした“つくりすぎないための工夫”がひとつひとつの工程に自然に組み込まれ、おいしさと廃棄の少なさを両立させていることがよく伝わってきた。
素材選びも、ただの“地産地消”に留まらない。地元のマンゴーやトマト、みやぎ農園の平飼い卵など、沖縄の素材は積極的に活かしながら、バターは福岡・高千穂産など、背景が信頼できるものを選び取っている。
時には国内外から素材を取り寄せることもあるが、その選択には一貫して「環境と生産者への配慮」が通っている。
実際に食べたケーキは、どれもやさしい甘さで後味が軽やか。添加物を使わずとも物足りなさはなく、素材のおいしさがまっすぐ感じられた。華やかさに寄せるのではなく、“素材の声がそのまま生きるお菓子”を目指すスタンスに、仲間さんやパティシエ・うんてんさんの誠実さがにじんでいた。
オーナーの仲間暁子さん
お菓子を手にした瞬間のときめきだけでなく、“どんな想いでつくられたか” までそっと感じられる場所。こんなふうに、心と身体にやさしいおやつが日常の選択肢として根づいていったら、もっと豊かな時間が増えるはずだ。
旅の途中で出会った体験やものづくりには、自然や人、資源へのやさしい視線が静かに流れていた。どの場所も“特別なこと”をしているわけではなく、日々の営みの中で、無理のない循環を続けている。その姿勢に触れると、旅人である私たち自身も、選ぶ行動ひとつで旅の意味が変わることに気づかされる。
土地の文化やつくり手への敬意をそっと心に留めながら旅をすれば、風景の見え方はきっと変わっていくだろう。
取材協力/近畿日本ツーリスト沖縄 取材・執筆/河辺さや香 編集/佐藤まきこ(ELEMINIST 編集部)
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