群馬県伊勢崎市で観測史上最高気温41.8℃を記録したのは、2025年8月5日のこと。気候変動に関心の高いELEMINIST読者にも、強い衝撃を与えたことは容易に想像できる。今回は緊急企画と題し、東京大学未来ビジョン研究センター教授の江守正多さんに取材した。いま何が起こっているのか、私たちにできることは何なのか、いまいちど考えたい。
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一昨年、国連のグテーレス事務総長が「地球は沸騰化した」と述べた(※1)。日本でも7月の平均気温が3年連続で過去最高を更新(※2)。そして、8月の群馬県伊勢崎市での歴代最高気温41.8℃(※3)である。「異常な猛暑」とニュースでも盛んに取りざたされるようになった。なぜこれほど暑くなったのか、温暖化は加速してしまったのか、私たちにできることはまだあるのか。
ELEMINIST読者からSNSで質問を募り、「気候変動の解説のおじさん」として名高い東京大学未来ビジョン研究センター 教授 江守正多さんに答えてもらった。最新の科学的知見から気候変動の現状を知り、これからどんな行動をしていけばいいのか、読者と一緒に考えたい。
江守正多/東京大学 未来ビジョン研究センター 教授1970年神奈川県生まれ。1997年に東京大学大学院 総合文化研究科 博士課程にて博士号(学術)を取得後、国立環境研究所に勤務。同研究所 気候変動リスク評価研究室長、地球システム領域 副領域長等を経て、2022年より現職。東京大学大学院 総合文化研究科で学生指導も行う。専門は気候科学。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)第5次および第6次評価報告書 主執筆者。著書に「異常気象と人類の選択」「地球温暖化の予測は『正しい』か?」、共著書に「地球温暖化はどれくらい『怖い』か?」、監修に「最近、地球が暑くてクマってます。」等。
WEBサイト: https://webpark2354.sakura.ne.jp
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暦のうえでは秋だというのに、連日30℃を超える暑さが続いている。この現状を気候変動のシミュレーションや将来予測に詳しい江守さんはどう捉えているのか。まずは、昨今の暑さや温暖化について、読者からの疑問をぶつけてみた。
江守さん 今年の6、7月の日本の高温は、ちょっと特別だったと思います。特別というのは、予想していた範囲をずいぶん超えている。というのも、41.8℃というのが異常な数値。今まで6年前後おきに0.1℃更新していたので、今年は41.2℃が出てもおかしくないと予想していました。それが一気に30年ほどすっ飛ばしたような記録になっています。
————今年の日本が特別なのか、それとも温暖化の進行が予想を上回っているのでしょうか?
江守さん 僕は日本の夏が今後もこのペースで上昇するわけではない、今年が特別だと思っています。実は世界の平均気温をみると、今年は下回っています(※4)。平均気温が長期的にみて上がっているのは間違いないのですが、今年の日本の夏はその中でもとくに上振れだったということです。
————この夏、日本で異常な暑さを記録した原因は何ですか?
江守さん もちろんベースには地球温暖化がありますが、それに加えて日本の近海の海面水温が高いこと、また猛暑の気圧パターンが来たことが考えられます。今年の気象学的な特徴によって記録的な高温が出たのだと思います。
江守さん まず、ティッピング・ポイントとは、よくいわれている「それを超えると温度上昇が止められなくなる点」では、必ずしもありません。実はそういう点があるかどうかというのは、はっきりしていないんです。現在、科学的に論じられているティッピング・ポイントというのは、地球全体の温度上昇そのものではなく、個々の事象ごとにあるとされています。
例えば、グリーンランドの氷が崩壊するティッピング・ポイントや、北大西洋の海洋循環が止まってしまうティッピング・ポイントといった具合です。それぞれが何度を超えると急激に変わってしまうのか、これもはっきりとわからない。ただ、気温が上昇していくとティッピング・ポイントに近づいていくというのは間違いないです。
たしかに、個々のティッピング・ポイントが連鎖をすると、温度上昇が止められなくなるという議論はあります。ですが、何度を超えてしまうと温暖化の暴走は止められない、という風にわかっているわけではありません。
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ティッピング・ポイントとは、英語で「転換点」という意味。
江守さん そして現在は、少なくとも温度上昇が止められないような状況だとは考えられていません。温度上昇は止められます。ただし、世界で温室効果ガスの排出量が実質ゼロ、あるいはそれに近くなったときに止められます。逆をいえば、それが達成できない限りは、温度上昇は続いていくということです。
江守さん 気候変動のさまざまな影響に備えるために、「気候変動適応法」(※5)という法律が2018年にできています。最近改正されたのですが、とくに熱中症対策についての取り組みが強化されました。例えば、熱中症特別警戒アラートが新設されたり、自治体には暑いときにみんなが集まれるようなクーリングシェルター(指定暑熱避難施設)の指定など。企業に対しては、労働安全衛生法の改正で、暑いときは無理に働かせず熱中症対策をしましょう、といったことが取り決められています。
江守さん 地球の過去数十万年の歴史でいうと、氷期と間氷期が10万年の周期で訪れるサイクルになっています。氷の多い寒い時期が氷期、氷期と氷期の間の温かい時期が間氷期です。地球が太陽の周りを回る公転軌道と、地球の自転軸の傾きと向きが、それぞれ10万年とか数万年の周期で変動します。それによって地球に入ってくる太陽エネルギーの分布や量が変化することにより、氷が減ったり増えたりするのが氷期、間氷期です。
いまは間氷期。1万年くらい前から温かい間氷期で安定していたはずなのに、急激に温度が上がっている。これはもう、氷期、間氷期とはまったく関係なく、人間活動によって大気中に温室効果ガスを増やしたせいである。これはもう間違いないです。自然では起きえなかったような温度上昇が起きています。
人間がこの調子でどんどん大気中に温室効果ガスを排出していくと、5万年後にくる氷期を止めてしまうかもしれない、ともいわれています。自然のリズムや太陽活動のエネルギーに比べたら、人間活動なんて微々たるものだと思っている人もいるかもしれませんが、それはまったく違います。われわれは自然の力に匹敵するような影響を地球にもたらしているんです。人間活動こそが、最大の地球環境を変える要因になってしまっている。これがいま、地球で起きていることです。
江守さん 今年5月に「極端気象アトリビューションセンター(WAC)」(※6)が発足しました。日本で発生した記録的な高温や大雨による洪水、つまり特定の異常気象が起こったときに、温暖化がどの程度影響しているのかを分析し、その結果を公表していく研究組織です。東京大学や京都大学などが協力してつくっています。WACによると、今年の6、7月の記録的な高温は、人間活動による温暖化がなければ起こりえなかったと発表しています。
他にも、日本の気候変動について、政府が最新の観測結果や科学的知見をとり入れた報告書を作成しています。文部科学省と気象庁によって5年に一度出される「日本の気候変動 2025」(※7)や、それをうけて環境省による「気候変動影響評価報告書」(※8)が公表されています。とくに「日本の気候変動 2025」はぜひ読んでいただきたい。それらをチェックしていただければ、気候変動と異常気象の関係というのは、科学者が調べて発表していることがおわかりいただけると思います。
また、日本政府の方針を決める重要な文書としては、「国が決定する貢献(NDC)」(※9)といって、パリ協定のもと、日本としての温室効果ガス削減目標を決めるというのがあります。このときに、地球温暖化対策計画とエネルギー基本計画についても同時に議論しています。
————世界の研究者らによって科学的に証明されているにもかかわらず、気候変動に懐疑的な人たちがいるのはなぜでしょう?
江守さん ふだんからどういう情報に囲まれているかによると思います。ネット上では、フィルターバブルやエコーチェンバーともいわれますが、自分と意見が近い人たちに囲まれてコミュニケーションをとるということが生じやすい。例えば、「気候変動は人間のせいじゃない」、「温暖化しても異常気象はそれほど増えていない」、あるいは「対策しても意味がない」。そういう説はプロパガンダとして昔からあります。
その大元は、気候変動対策により化石燃料に規制がかかることを阻止しようとする人たち。はっきりいってしまうと、化石燃料産業がお金をたくさん使って妨害情報を流してきたという歴史があります。それにいろんな動機から同調している人たちがいるのでしょう。
ただ、ネット上ではこういった特殊な意見が目立ちやすいんですが、実際に社会調査をしてみるとそうでもない。「気候変動は人間活動が原因だと思いますか?」と聞くと、8割ぐらいの人が「関係している」と答えます。日本人は常識的な人が多いので、政府も科学者もそういっているならそうなんだろう、そう思っている人が大半だというのが実情なのでは。
後編では、気候変動を止めるための政策から個人できることまで、江守さんに具体的にお話を聞く。
※1 国連広報センター|記者会見におけるアントニオ・グテーレス国連事務総長発言
※2 気象庁|7月の高温・少雨の状況と今後の見通しについて
※3 気象庁|8月の最高気温歴代ランキング
※4 ウェザーニュース|7月の世界の気温は過去3番目の高さ
※5 環境省|気候変動適応法
※6 極端気象アトリビューションセンター
※7 気象庁|日本の気候変動2025
※8 環境省|気候変動影響評価報告書
※9 環境省|日本のNDC(国が決定する貢献)
取材・執筆/村田理江 編集/後藤未央(ELEMINIST編集部)
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