コーヒーとマカダミアナッツを将来も食卓へ 途上国の農家を支える日本発の取り組み

コーヒーを飲む人と夕日

Photo by Alain Gehri on Unsplash

私たちの暮らしを彩るコーヒーやマカダミアナッツ。その多くが海外、とくに途上国からの輸入に支えられている。だがいま、気候変動や社会情勢の影響によってその安定供給は年々不透明さを増し、輸入が不安定になりつつある。そこで、現地の農家を支える取り組みが日本から始まった。本記事は、日本政府主導による「第9回アフリカ開発会議(TICAD 9、8月20-22日開催)」での「民間セクター・小規模生産者連携強化(ELPS(エルプス))」イニシアティブ発表会の内容をもとに、コーヒーとマカダミアナッツ生産の課題と支援の取り組みについて紹介する。

ELEMINIST Editor

エレミニスト編集部

日本をはじめ、世界中から厳選された最新のサステナブルな情報をエレミニスト独自の目線からお届けします。エシカル&ミニマルな暮らしと消費、サステナブルな生き方をガイドします。

2025.09.09

未来のコーヒーを脅かす、タンザニア農家の現実

UCC上島珈琲の社員がタンザニアの農家にコーヒー栽培のアドバイスを行っている様子

UCC上島珈琲の社員がタンザニアの農家にコーヒー栽培のアドバイスを行っている様子。

世界で親しまれるコーヒーの多くは、赤道付近の「コーヒーベルト」と呼ばれる地域で生産されている。アフリカ・タンザニアもその主要な産地のひとつで、豊かな自然と高地の気候がフルーティで芳醇なアラビカ種を育んできた。そして多くの小規模農家が、このコーヒーに生活を支えられている。日本にとってもタンザニア産コーヒーは重要な存在で、長年にわたり多くの豆が日本で消費されてきた。

しかし近年、現地の農家が直面しているのは、収量減少の問題。生産者の栽培に関する知識が不十分であることに加え、コーヒーの木の老朽化などが一因だ。

また気候変動によって、雨季と乾季のリズムが乱れ、かつてのように安定した収量や品質を確保することが難しくなっているという。これが、地球温暖化の進行によってコーヒー栽培に適した土地が大幅に減少すると言われる「2050年問題」だ。気温や湿度の変化によって、害虫や病気に見舞われたりすることもあり得るだろう。

さらに市場価格の変動も重なり、多くの農家が持続的な営農の見通しを立てられずにいる。加工設備の不足、山間地特有の輸送インフラの未整備なども、生産性低下につながっているという。

そして、これらの原因によって、農家の収入が低くなっているのだ。農地面積が限られる小規模農家にとって、変化する気候サイクルに適応して品質の高いコーヒーを育て生産性を上げることは、収入アップに直結する。また、コーヒーを消費する側の私たちにとっても、大きなメリットになる。

国際農業開発基金(IFAD)総裁 アルバロ・ラリオ氏

国際農業開発基金(IFAD)総裁 アルバロ・ラリオ氏。

こうした状況を背景に、農林水産省と国際農業開発基金(IFAD)が立ち上げたのが「民間セクター・小規模生産者連携強化ELPS(エルプス))」イニシアティブだ。日本の民間企業が持つノウハウを活かし途上国の小規模農家をサポートすることで、安定した輸入と持続可能な農業を両立させることを目指している。

IFADのアルバロ・ラリオ総裁は、「小規模生産者とも長期的なつながり、強いパートナーシップを結べることに意味がある」と語り、官民連携による取り組みの重要性を強調した。

農林水産大臣政務官の山本佐知子氏は、「気候変動などの影響で、世界的に食糧危機が迫っている。とくに日本では、国内生産だけではまかなえない作物が多く、安定供給のためには輸入先の多様化と強固なサプライチェーンが欠かせない。そのためにも官民が一体となり、現地農家を支える仕組みを広げていく必要がある」とし、日本の食料安定のため国際的な支援の重要性を語った。

農林水産大臣政務官 山本佐知子氏

農林水産大臣政務官 山本佐知子氏。

タンザニアのバラカ・ハラン・ルヴァンダ駐日特命全権大使も「このプロジェクトは、農村地域の生活改善に直結し、日本とアフリカの食糧安全保障を強化するものです」と期待を寄せた。

コーヒーの未来を守る、日本企業の取り組み

タンザニアのコーヒー農家とUCC社員。

タンザニアのコーヒー農家とUCC社員。

こうした課題に対して、2024年にタンザニアでスタートしたのが「ELPSイニシアティブ」第1号となる「持続可能なコーヒー生産支援プロジェクト」だ。なかでも、長年コーヒー産業を支えてきたUCC上島珈琲(以下、UCC)は、プロジェクトの中心的役割を担っている。

プロジェクト参画について、UCCの芝谷博司代表取締役社長は「私たちがこれまで取り組んできた現地農家との協働や持続可能なサプライチェーンづくりと方向性が一致しており、参画を決意した」と話している。

具体的には、現地で老朽化したコーヒーの木の植え替えや、収穫後の乾燥・加工設備の改善、輸送インフラの課題解消といったボトルネックに焦点をあてている。さらに、小規模農家への農法トレーニングや品質向上支援、農家の組織化を進め、女性や若者の参画を促すことで地域全体の成長につなげていくことを目指す。

実際、2025年春からは現地で本格的に活動が始まり、苗床や乾燥ベッドの設置、有機堆肥づくりのトレーニングなどが進められている。これまでに272名の農家が参加し、「やりたくてもできなかったことができるようになった」と喜びの声も上がっているという。

さらに8か所の苗床が新たに整備され、2つの農業協同組合(AMCOS)には追加の乾燥台が設置された。加えて、コーヒーに被害を与えるカタツムリを昆虫トラップで除去する方法など、現地の環境に即した効果的な農業技術の導入も進められている。こうした取り組みは、農家の収穫量や品質の安定に直結する重要な一歩となっている。

UCC芝谷代表取締役社長はこう語る。

「農家から寄せられた要望をふまえ、私たちが持つ知見を活かして苗床や乾燥ベッドを設置し、有機肥料のつくり方や剪定の技術を伝えてきました。訪問のたびに信頼関係が深まり、収穫量を倍増させるという目標に向けて、農家の方々の期待感が高まっているのを実感しています。今後は収穫したコーヒーを日本に届け、持続的なビジネスサイクルを確立することが重要だと考えています」

UCCとともにこのプロジェクトに参画する丸紅の執行役員で食料・アグリ部門長を務める大矢秀史氏も「短期的な利益では踏み込めない領域だからこそ、ビジネスの力で社会課題の解決を進める意義がある」と強調。

さらにIFAD 駐日事務所代表のリック・ヴァン・デル・カンプ氏は、「小規模農家の生活改善なくして安定した食の供給は実現できません。『ELPSイニシアティブ』はその橋渡しをするイニシアティブです」と語った。

輸入国として、ただ「買う」だけでなく「育てる」側に関わる。この姿勢こそが、コーヒーの生産と文化を次世代に残すために欠かせない視点であり、日本企業が果たすべき役割を示している。

ルワンダのマカダミアナッツ農家にも広がる支援の輪

農林水産省と国際農業開発基金(IFAD)が立ち上げたのが官民連携プロジェクト「ELPS(エルプス)」発表会

タンザニアでの第1号案件に続き、「ELPSイニシアティブ」第2号プロジェクトとしてルワンダでの「有機マカダミアナッツ支援プロジェクト」を立ち上げた。世界的にマカダミアナッツの需要は高まっているが、実は日本で消費されているマカダミアナッツのほぼすべてが輸入に依存している。そのため、サプライチェーンをどう強化するかは大きな課題だ。

ルワンダは穏やかで安定した気候に恵まれ、マカダミアナッツの栽培に適した土地を持つ国である。輸出量は年々増加傾向にあり、2028年には8,000トンを超える見込みだという。しかしその一方で、小規模農家の農地面積や生産性の低さ、苗木や輸送インフラ不足など、課題も少なくない。

このプロジェクトの大きな柱は有機認証の取得」だ。国際的なオーガニック認証を得ることで付加価値を高め、グローバル市場で差別化を図る。あわせて、生産者へのトレーニングを通じて堆肥づくりや土壌管理の知識を広げ、長期的な生産性の向上につなげていく狙いがある。

現地で長年活動してきたオスティジャパン 代表取締役社長の小森英哉氏は、次のように語る。

「私たちは2013年にルワンダでナッツ事業を立ち上げ、農園や加工工場を整備しながら小規模農家と歩んできました。有機マカダミアナッツの取り組みはその延長線上にあります。これまで蓄積したノウハウを農家に還元し、付加価値の高い作物として世界に発信していくことは、企業としても得難い機会だと感じています」

コーヒーを未来につなぐためには、官民連携が大きなカギになる

IFADアルバロ・ラリオ総裁、農林水産省 農林水産大臣政務官の山本佐知子氏、タンザニアとルワンダの駐日大使

8月22日に行われたプロジェクト発表会には、IFADアルバロ・ラリオ総裁(前列左から3番目)や農林水産省 農林水産大臣政務官の山本佐知子氏(同2番目)のほか、タンザニアとルワンダの駐日大使など、関係者が集まった。

日本で多くの人が当たり前に楽しんでいるコーヒーやナッツ。その安定供給を続けるためには、生産地の農家を支える仕組みづくりが欠かせない。UCCの芝谷代表取締役社長が、「現地での研修や設備整備を通じて、農家の方々と信頼関係を深めながら、一緒に成長していける手応えを感じている」と話したように、ELPSイニシアティブはその第一歩として、着実に成果を積み重ねている。

農林水産省の窪田氏は「官民が連携することで、持続可能な仕組みが広がっていく。3号、4号とプロジェクトを展開し、現地の食糧安全保障にも貢献していきたい」と語り、制度としての発展に期待を寄せた。IFADのリック氏も「少しずつ成功モデルが生まれている。この枠組みをさらに広げ、世界に展開していきたい」と展望を示した。

現地からは、ルワンダナッツカンパニーのオリビエ氏が「オーガニック認証のマカダミアナッツは健康志向の人々に受け入れられ、環境にもプラスの影響を与える」と語り、農家の収入向上と環境保全の両立のメリットをアピールした。

そして、日本企業も覚悟を見せている。丸紅の大矢氏は「短期的な利益ではなく、社会課題をビジネスの力で解決する意義がある」とし、UCCの芝谷代表取締役社長も「収穫した作物を日本に届け、2〜3年先を見据えたビジネスサイクルを確立していきたい」と語った。

企業、行政、そして消費者が手を取り合いながら、未来の食卓を守る。その実現に向けた日本発の小さな一歩が、現地の農家を支え、日本の食卓にこれからも安定した“おいしさ”を届けることにつながっていく。

取材・執筆/藤井由香里 編集/佐藤まきこ(ELEMINIST編集部)

※掲載している情報は、2025年9月9日時点のものです。

    Read More

    Latest Articles

    ELEMINIST Recommends