先日、ニュージーランドの乳製品輸出企業「フォンテラ」とELEMINISTによるイベントが開催された。放牧酪農である「グラスフェッド」について学ぶトークセッションや、グラスフェッドバターの試食体験などが行われ、自然の恵みを生かした放牧酪農の魅力について来場者とともに深く掘り下げる時間となった。
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エレミニスト編集部
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イベントのテーマは、自然の恵みを生かした放牧酪農について知る「What's Grass-Fed(グラスフェッド)」。第一部では、ニュージーランドの自然環境とあわせて、グラスフェッドについて来場者とともに学ぶトークセッションが展開された。
「グラスフェッド」とは、乳牛が自然本来の暮らしに近い環境で自由にのびのびと牧草を食べて育つ、牧草飼育のこと。フォンテラジャパンのコーポレートコミュニケーション部のブリン・ロウドン氏によると、ニュージーランドでは酪農の100%近くがグラスフェッドだという。
フォンテラジャパンのロウドン氏。
「ニュージーランドの牧場では、牛が自分の意志で自由に歩き、好きなタイミングで牧草を食べ、搾乳のタイミングになると自ら搾乳場へ向かいます。それぞれの牛の性格に合わせた、自由なくらしがあるんです」
こうした酪農スタイルが実現できるのは、年間を通して温暖で降水量が多く、牧草の育成に適した気候や、広大な農地が確保できる環境があるから。
さらに、ニュージーランド出身のロウドン氏は、現地の人々の意識についても触れた。「ニュージーランドでは、自然と共生している先住民族マオリの思想が深く根づいていて、環境保護への意識が非常に高いんです。子どもが環境を考慮してモノを選ぶくらい、サテナビリティを学ぶ教育環境も整えられています」
国全体として環境や生物多様性への配慮が根づいており、持続可能な酪農を志す人が多いことも背景にあるそうだ。
グラスフェッドは、乳牛にも、そして人や環境にも貢献する酪農方法だ。放牧によって乳牛はストレスを感じにくく、かつ運動量が増えることで健康状態も良好に保たれ、寿命が長くなる傾向もあるという。
「乳牛の乳の量は、春から夏にかけて増え、冬は減る。グラスフェッドでは、この自然なサイクルを尊重しています。乳牛に過度な負担をかけることなく、健やかな状態が保たれているんです」(ロウドン氏)
さらに環境面でもメリットがある。「排泄物は牧場の土に落ち、微生物が分解することで自然な肥料となります。乳牛たちが歩き回ることで土壌がやわらかくなり、豊かな牧草が育ちやすくなる。輸入飼料をあまり使わないため、飼料運搬による温室効果ガスの排出量も抑えられて、グラスフェッドは、まさに循環型の酪農なんです」(ロウドン氏)
乳牛の世話だけでなく、牧草も自然の循環を活かして生育されるため、労働環境もよく、酪農家のワークライフバランスを実現しやすいという。ニュージーランドでは、閑散期に長期休暇をとり海外旅行を楽しむ酪農家もいるという。輸入飼料の価格変動の影響を受けづらく、経営の安定にもつながっている。こうした背景から、ニュージーランドでは酪農が若者にとって魅力的な職業のひとつになっているそうだ。
ニュージーランドの美しい自然の中でのびのびと育つ子どもたちや、乳牛とともに穏やかに暮らす酪農一家の姿が映し出されると、「こんな働き方もあるのか」と羨ましがる声が自然と上がっていた。
フォンテラでは2014年から、ニュージーランド大使館、北海道のファームエイジ株式会社と共同で、「ニュージーランド北海道酪農協力プロジェクト」をスタート。グラスフェッドの特徴やノウハウを北海道の酪農家に伝え、酪農家の収益性や効率性、ワークライフバランスの向上を目指してきた。
プロジェクトに参加した北海道のある酪農家は、放牧酪農へ転換したことで、年間の労働時間が約3割も削減され、収益は約3倍に向上。いまでは釣りを楽しむ時間も持てるようになったという。こうした成功事例は、気候や土地の確保などの問題はあるが、日本でもグラスフェッドが持続可能な選択肢となり得ることを示している。
第一部を終え、来場者からは「酪農家の暮らしぶりを知ることで、グラスフェッドミルクがぐっと身近に感じられた」「酪農家のウェルネスにもつながっていることが印象的だった」といった感想が寄せられた。
第二部では、グラスフェッド乳製品の魅力を味わって知るプログラムが行われた。まずは、グラスフェッドバターと一般的なバターの食べ比べ。
今回のイベントに駆けつけた、愛知県東海市の洋菓子店「アベニール」の平松大紀シェフが、グラスフェッドバターの特徴について説明を行った。
愛知県東海市の「アベニール」の平松シェフ。
「グラスフェッドバターは、牧草由来のβカロテンが豊富なので、見た目も少し黄色がかっています。融点が低く、口に入れた瞬間にふわっと溶けるのが特徴です」と平松シェフが解説すると、会場からは納得の頷きが。参加者のほぼ全員が食べ比べクイズで正解を選び、自然由来の味のちがいに驚きの声が上がった。
フォンテラジャパン コーポレートコミュニケーション部の菊地紀子氏も「グラスフェッドバターは、後味が重く残らず、口に入れた瞬間にすっと溶けるような軽やかさがあります。濃厚さがありながらも、あとに引かないのが特徴です」と語った。
フォンテラジャパンの菊地氏。
さらに、フォンテラジャパン主催の製菓・製パン製品開発コンテストで優秀賞を受賞した、平松シェフの「フォンテラバターサンド」も提供された。
「塩味とキャラメルの甘さのバランスが絶妙」「常温でとろけるような口当たり」といった声のほか、「一本ぺろっと食べられる軽やかさ」「高級感があるのに重たくない」といった感想が寄せられた。
試食の際は、Overview Coffeeの環境配慮型カフェインレスコーヒーも一緒に提供された。
平松氏によると、グラスフェッドバターは菓子だけでなく、料理にも合うという。
「さまざまな料理に使えますが、とくに白身魚のソテーのようにバターの風味をダイレクトに楽しめるメニューにぴったりです。焼き菓子では、フィナンシェなどのレシピに使うと香りがぐっと引き立ちます。グラスフェッドバターは火を入れるとふわっと香りが立つので、素材本来の風味を活かしたい料理におすすめです」(平松氏)
パーティなどにぴったりの「バターボード」は、見た目の華やかさもあり、バターのおいしさを堪能できる。
さらに、フォンテラの菊地氏によると、近年、ニュージーランドでは「バターボード」と呼ばれる、バターをペースト状に塗り、ナッツやドライフルーツ、ハーブなどさまざまな具材と組み合わせて楽しむスタイルが人気を集めているという。素材の味がダイレクトに伝わるこの食べ方は、グラスフェッドバターならではの豊かな風味を存分に堪能できるのが魅力だ。
参加者たちは、グラスフェッドの風味や口溶けの良さを体験しながら、牧草飼育ならではの味わいを舌で実感したようだった。
今回のイベントを通して、グラスフェッド乳製品の存在を初めて知った参加者も多かったが、実は日本国内でも多くの製品に使われている。フォンテラはニュージーランド最大の酪農協同組合で、世界的にも有数の乳製品輸出企業。その供給量は、日本国内だけでも年間12万トンにも上るという。
フォンテラの乳原料は、ヨーグルトやプロセスチーズ、アイスクリーム、スイーツ、プロテインバー、さらには医療用の流動食など、私たちの身近な製品に使われている。具体的な製品例はこちらの記事を参考にしてほしい。
すべての製品にあるわけではないが、ひとつの目印となるのが、パッケージに付いている青いマークだ。これは、ニュージーランドの適合性評価機関である「Asure Quality」による認証のもと、フォンテラが独自に定めた厳しい飼育基準によって育てられた乳牛のグラスフェッドミルクが使用されている製品の証である。
グラスフェッドには国際的な統一規格が存在しないが、フォンテラでは独自の管理基準として以下の2つを条件としている。
●飼料のうち80%以上が牧草であること(乾草重量ベース)*
●搾乳時間を除き、90%以上の時間を牧草地で過ごす
*牧草とは、牧草、牧草サイレージ、干し草、飼料作物を指す。乳牛の栄養補給のため、酪農家によっては少量の補助飼料を使用する場合がある。
同社による最新3年間の実績では、牧草飼料は消費重量ベースで約96%(乾燥重量ベースで89%に相当)、放牧時間は約97%に達し、基準を大きく上回る水準を実現しているそうだ。
イベントの最後には、来場者同士で感想をシェアし合う時間が設けられた。
「乳牛にも人にも、そして地球にも貢献する仕組みで、悪いところが見つからない」「自然とともに生きるというマオリの価値観が息づいていて感動した」「『心からおいしい』と感じられるものには背景があるのだと実感した」といった声があがり、グラスフェッドへの共感が広がっていることが感じられた。
「これまでバターをそのまま食べる機会がほとんどなかったので、グラスフェッドとの味の違いには本当に驚きました。口にした瞬間、やさしさがじんわりと伝わってくるような感覚があって、背景を知って食べることでこんなにも印象が変わるのかと実感しました。家族は乳製品が大好きなので、これからは牛にも人にも環境にも貢献するグラスフェッドを極力選択していきたいなと強く思いました」
「グラスフェッドバターは口どけがよくて後味も軽く、食べた瞬間『これなら食べたい!』と思いました。ビーガン生活をしていたこともあり、酪農などの情報をあえて遮断していた時期もあったのですが、今回の放牧酪農のお話を聞いて、環境や動物、人の営みまでがつながった循環のなかでつくられていると知り、選ぶという行為に対する意識が大きく変わりました」
他にも、「働く人にも負荷が少ない酪農が、日本でももっと広まってほしい」「子どもたちの食育にもつながる大切な話だと思う」といった、未来を見据えた視点のコメントも多く寄せられた。グラスフェッドがもたらす恩恵は、環境や動物への貢献にとどまらず、人の暮らしやあり方にまで広がっていることが、参加者の言葉からも伝わってくる。
この日初めて「グラスフェッド」という言葉を知った人も、ミルクやバターを口にしたその瞬間から、乳牛や酪農家、そして地球とのつながりを自然と意識するようになっていたようだ。食を選ぶという日常のなかに、背景を思いやる視点を大切に、これから乳製品を手にとる際には、その選択肢の一つとして「グラスフェッド」を思い出してみてほしい。
撮影/ELEMINIST編集部 取材・執筆/藤井由香里 編集/佐藤まきこ(ELEMINIST編集部)
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