世界で広がるウェルビーイングの新トレンド「SBNR」 世界が直面する課題を解決していくヒントは日本文化の精神性の中に!?

SBNRレポート表紙
Elements of Social Signs

SBNRとは何なのか。次々と新しい問題に直面する人類にとってこれからもっと必要不可な概念であり、日本人の私たちがもつ文化・精神性がこの新たなムーブメントの一端を担っている。企業や社会はどう取り入れていくべきか、兆しを探る。

ELEMINIST Editor

エレミニスト編集部

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2023.09.22

ウェルビーイングの新トレンド「SBNR」とは

SBNRレポート表紙

SBNRとは「Spiritual But Not Religious」の頭文字で、直訳すると「無宗教型スピリチュアル」。特定の宗教を信仰しているわけではないが、精神的な豊かさを求める人々のことを指す。このSBNR層は近年欧米を中心にどんどん拡大していると言われており、米国の調査機関Pew Research Centerが行った調査によれば※1、米国民のおよそ四人に一人がこのSBNR層に該当する。

「スピリチュアル!?そう言われるとなんだか怪しい感じも…」と思われるかもしれないが、このSBNR層は、「ヘルシーで健康的な食事、自然やアウトドアとのふれあい、リトリートやマインドフルネス、多様性社会やサステナビリティ」などへの関心が非常に高い、いわゆる”現代的で先進的な”価値観を持つ人々とされている。あらゆるモノが満たされた現代社会において、人々は物質的な豊かさよりも精神的な豊かさを求めるようになっており、SBNRとはそういった時代変化に呼応する形で生まれてきた価値観・ライフスタイルだ。

筆者の所属するSIGNINGでは、2023年4月に博報堂と共同で、このSBNRをテーマにした研究レポート『SBNR Report 〜こころ、からだ、しぜん、つながりが気持ちいい経営へ〜』を作成した。本記事では、この『SBNR Report』の内容をふまえ、今世界的に広まっているウェルビーイングの新トレンド「SBNR」について、その背景と可能性についての解説をしていく。

山林の風景

Photo by 田口純也

「SBNR」が生まれた背景

SBNRという概念は、もともと2000年代に米国で広まった概念だ。米国では伝統的にキリスト教が社会の精神基盤とされてきたが、1970年代以降で、国民がキリスト教会に所属しない傾向が強まっていた。こうした社会変化を捉えた書籍『Spiritual but not Religous』(Erlandson著)が2000年に刊行され、その頭文字である「SBNR」が、その後の米国の宗教事情や精神事情を表すものとして広く使われるようになった。つまり、「SBNR」とはもともと米国で20年以上前に登場した概念だったが、それがコロナや戦争、格差、AIといった昨今の社会変化のなかで、ウェルネス/ウェルビーイングやメンタルヘルスへの関心が高まっていくのと同じように、再び大きな注目を集めるようになった。 

「SBNR」の扱う領域は非常に広く、抽象的で、その定義も多様であるため、端的に理解することが難しいが、その大きな特徴としては、「自身の精神的充足に、文化や歴史・思想・宗教などが蓄積してきた知恵や行動様式を、これまでの教義や慣習、団体などに縛られることなく、個人の自由意志にもとづいて取り入れられている点」にある。欧米のSBNR層に関心の高いものとして「禅」や「瞑想」があげられるが、これが宗教的な定義や教義にもとづいて厳密に運用されていたり、実践者の多くが熱心な仏教徒だったりというわけではない。禅や瞑想と行った、科学的効用が明確に証明されてコンセンサスとなっているわけではない東洋文化のなかの一つの行動様式を、信仰とは関係なく自分のライフスタイルの中に積極的に取り入れる。こうしたことが、欧米では多く見られている。

ここまで、主に海外の事例を中心に話してきたが、こと日本においてはどうなのだろうか?SBNRは日本ではまだあまりメディアで見かけることは少ないが、例えば禅が海外で「Zen」となって注目を集め、そこからまた日本に逆輸入されて日本でもムーブメントになるというような動きが、SBNRにおいても今後起きていく可能性は高いと筆者は見ている。また、現時点ですでに顕在化している動きとしても、このSBNR層を対象にした様々な取り組みが、特にインバウンドや地方創生の領域では大きな盛り上がりを見せている。
大阪・関西万博の「ウェルビーイングウィーク」におけるテーマの一つとしても「SBNR」は取り上げられており※2、関西広域DMOの一般財団法人関西観光本部は、関西圏における長期滞在型旅行者の獲得を目指し、SBNR層をターゲットとしたツーリズムの訴求を行っている。※3

森の中でたたづむ女性

Photo by 田口純也

インバウンドや観光以外の領域でも、「心の豊かさ」を提供する商品・サービス・体験は幅広い世代で人気を博している。例えば、アウトドアやキャンプ、サウナ、リラクゼーションドリンク、睡眠ケアなど。それ以外でも、より日本文化との接続性の強いところでは、例えば誰でも手軽にメディテーション体験ができる瞑想スタジオや、ヨガ・座禅体験を売りにした宿泊施設、「書く瞑想」と言われるジャーナリングをアプリで簡単に行うことができるサービスなど、ウェルネスやメンタルケアを、東洋文化・日本文化の持つ伝統・知恵・知見・作法を活用して行うものなどもどんどん登場している。

こうした消費の潮流やライフスタイルのトレンドは、これまで「ウェルビーイング」や「メンタルヘルス」といったキーワードから理解されることが多かったが、SBNRという新しい概念/消費者/価値観のレンズを通すことで、この大きな概念・ムーブメントをより具体的に、解像度を上げて捉えるヒントを与えてくれるといえる。

人類が直面する根源的な問いに対して、日本ならではの新しい道標を。

言うまでもなく、この数年で、世界は激変した。AIの進化は、人間の生産性を高める手助けをしてくれる一方で、「人間にしか生み出せないものはなにか?」「私達の知性・創造性を何に使っていくべきなのか?」を私達に強烈に問いかけてくる。気候問題や未知の感性症拡大、毎年のように猛威をふるう自然災害からは、これだけ経済・技術・科学が進化した現代においても、「人智を尽くしきってもどうにもならないことがある」という厳然たる事実に気付かされる。利潤だけを追求しつづける企業運営のあり方は、企業の暴走をうみ、深刻な経済格差や経済対立、社会の分断と緊張も引き起こしている。

そうした中で、「私達の本当の幸せはどこにあるのか?」「自然と人間の関係性は今のままで良いのか?」「企業や組織のあり方はどうなっていくべきなのか?」といった、近代科学、西洋哲学・西洋宗教だけでは解き明かせない人類の根源的な問いに対するヒントが、日本の精神文化の中にあるのではないか? 

欧米での日本文化への注目やSBNR層の拡大は、このような背景・文脈のなかで生まれてきた側面もある。つまり、SBNRという世界的潮流の日本におけるの意味とは、単なる消費のブーム、トレンドということを超えて、先行きの不透明な時代の必然として起きている、日本の文化・精神性が持つ価値の世界からの再発見であり、世界と人類が直面する根源的な問いに対して日本ならではの新しい道標や解決の道筋を示していく可能性を秘めたもの、と言えるのではないだろうか。

企画・執筆/ 牧 貴洋 from SIGNING Ltd. 編集/ELEMINIST編集部

<執筆者プロフィール>
株式会社SIGNING 共同CEO /Strategist
牧 貴洋
博報堂で戦略プランナーとしてキャリアを重ねる。2020年4月にSocial Business Studio「SIGNING」設立に参画し以降現職。社会・暮らしの「キザシ」を捉えながら、事業・ブランドの成長のための構想と実装に従事。

※掲載している情報は、2023年9月22日時点のものです。

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