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トランジション・ファイナンスとは、脱炭素への移行を後押しするための新しい金融手法。日本だけでなく、世界的に制度の整備が進められており、脱炭素社会の実現に向けて注目されている手法のひとつである。本記事では、トランジション・ファイナンスの意味や背景を解説。国内事例についても紹介する。
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トランジション・ファイナンスとは、温室効果ガスを多く排出する産業における事業活動を脱炭素型へ移行するために行われる資金提供を指す。脱炭素社会の実現に向けて、長期的な戦略にもとづいて取り組みを行う企業に対し、資金面で取り組みをサポートするための新しいファイナンス手法である。
対象産業は、鉄鋼・石油・ガス・電力・化学・自動車・航空などで、現時点では温室効果ガスの排出量が多い産業が中心だ。これらの産業が脱炭素型へ移行するためには、製造プロセスや事業基盤を抜本的に改革する必要があり、一足飛びに実現するのは不可能である。グリーンに到達するまでの長期的な移行(トランジション)期間に資金を供給するのがトランジション・ファイナンスであり、2050年カーボンニュートラルや脱炭素社会の実現に向けて欠かせない仕組みだと考えられている。
日本政府は、世界に先駆けてトランジション・ファイナンスを活用促進するための環境整備を進めている。経済産業省・金融庁・環境省は、2021年1月から「トランジション・ファイナンス環境整備検討会」を開催。国際原則を踏まえたうえでの国内基本指針の策定を行った。また、2023年2月には、金融機関など10社とともに構成された「官民でトランジション・ファイナンスを推進するためのファイナンスド・エミッションに関するサブワーキング」を設置。トランジション・ファイナンスにおける課題の整理を行い、課題提起ペーパーを取りまとめた。(※1)
さらに、経済産業省では、鉄鋼・化学・電力などのさまざまな分野における具体的な移行の方向性を示したロードマップを公表している。2023年6月には「トランジション・ファイナンスにかかるフォローアップガイダンス」として、金融機関向けの手引きが策定された。
対外的な動きとしては、2021年5月に「アジア・エネルギー・トランジション・イニシアティブ(AETI)」を表明。アジアの持続的な経済成長とカーボンニュートラルの同時達成を支援すべく、ロードマップ策定支援やファイナンス支援などを行うとした。アセアンと対話を深めながら、国際社会にトランジションの必要性を広げる方針だ。(※2)
「クライメート・トランジション・ファイナンス・ハンドブック」は、2020年12月に「国際資本市場協会(ICMA)」によって公表された、トランジション・ファイナンスにおける国際基準。「発行体のクライメート・トランジション戦略とガバナンス」「ビジネスモデルにおける環境面のマテリアリティ」「科学的根拠のあるクライメート・トランジション戦略」「実施の透明性」の4つが重要視されている(※3)。日本でも、ICMAハンドブックとの整合性に配慮して基本方針が策定された。
トランジション・ファイナンスと似た目的を持つ金融手法に「グリーンファイナンス」がある。グリーンファイナンスは、環境分野への取り組みに特化した金融の仕組み。温室効果ガスの排出削減や再生可能エネルギーの活用などに取り組む際の資金調達として、グリーンボンドやグリーンローンがある。
トランジション・ファイナンスとグリーンファイナンスは、脱炭素社会を目指すために資金を調達するという意味ではよく似ている。しかし、グリーンかそうでないかで判断するグリーンファイナンスに対して、トランジション・ファイナンスはこれから移行をはじめる企業に対しても投資する。グリーンファイナンスにプラスしてトランジション・ファイナンスを推進していくことが、重要だと考えられているのだ。
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気候変動をはじめとする地球環境問題が深刻化する現在、温室効果ガスの削減が急務であり、世界的に取り組みが加速している。日本を含め、多くの国で環境負荷が高い事業が経済活動の多くを占める現状があり、気候変動抑制のための対策をもう一歩進めるために考えられたのがトランジション・ファイナンスである。
企業が気候変動を考慮し、脱炭素経営を推進するためには多額の資金が必要だ。さらに、移行のための取り組みが長期におよぶケースもある。脱炭素化への移行期間に資金面でのサポートが得られるとなると、大きく舵を切る企業も出てくるだろう。燃料転換や製造プロセスの見直しなど、脱炭素の方向へ動きたい企業が取り組みを行うことで、温室ガスの排出が削減され、気候変動の抑制につながるのだ。
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トランジション・ファイナンスの大きな目的は、脱炭素社会への移行である。それだけでも大きな意義があるが、ほかにもさまざまなメリットが存在する。以下で、トランジション・ファイナンスが普及することによるプラスの影響を考えてみよう。
トランジション・ファイナンスが普及すると、いまよりもっと温室効果ガスの排出削減に取り組む企業が増えるだろう。温室効果ガスを削減するためには、国や自治体、国民一人ひとりはもちろん、企業の取り組みが欠かせない。温室効果ガスの排出削減に取り組む企業が増えると、低炭素社会が促進される。低炭素社会を目指すことは、イコール地球温暖化対策ともいえる。トランジション・ファイナンスは、大きくいえば、地球を未来へつないでいくために必要なのだ。
トランジション・ファイナンスの普及によって、資金面の懸念から脱炭素化への移行を踏みとどまっていた企業が取り組みを進めやすくなる。グリーンプロジェクトでなくても、移行のために動きを進めることで資金を調達できるため、より多くの企業が設備や製造プロセスを見直せるだろう。最新設備の導入により業務効率が上がったり、方向性を転換したりすることで、新たなビジネスチャンスの獲得につながることもある。
また、地球環境への取り組みを行うなかで、これまで縁がなかった企業と関わることが増えるかもしれない。社会貢献度の高い企業へ移行すると、ステークホルダーからの信頼が向上し、新たな資金調達がしやすくなることも考えられる。
私たちの生活に大きく影響を与える気候変動。このまま深刻化すると、企業へおよぶ影響も計り知れない。例えば、気候変動が進むと、原材料が手に入らなくなるかもしれない。また、設備を維持するために多額のコストが必要になる可能性もあるだろう。
気候変動は異常気象や自然災害とも深く関係しており、これまで通り企業活動を続けられるかどうかも確かでない。トランジション・ファイナンスの普及によって気候変動が抑制されれば、こうしたリスクを減らすことにもつながる。
トランジション・ファイナンスは、はじまってまだ長くない取り組みであり、課題も残されている。ひとつは信頼性や適格性の問題だ。脱炭素型へ移行中の企業に対する投融資という性質上、移行後の未来を見通しにくいうえに、企業側の長期的な戦略の進捗度合いを測るのが難しい。また、投融資を受けるために実態がともなわないグリーンウォッシュが横行する懸念も考えられる。
ほかにも、金融機関には、2050年までに投融資先の温室効果ガス排出量「ファイナンスド・エミッション」を含めて金融機関自身の排出量をゼロにする目標が求められており、その事情により、多排出産業に投融資を控える行動が生じることも課題とされている(※4)。
温室効果ガスの削減を期待できるトランジション・ファイナンスだが、普及のための整備が現在進行形で進められているのが現状だ。日本政府は、上記の課題に対応すべく、ロードマップの策定や課題の整理などに関する議論を行っている。
経済産業省では、トランジション・ファイナンスを普及させるためにモデル事例を選定している。以下で、3つの企業の事例を見てみよう。
世界最大手海運会社のひとつである「日本郵船」は、先進的かつ野心的な取り組みだと評価され、モデル事業に選定された。船舶の改善・運航の改善・お客さまとの協業・デジタライゼーションを通して2030年度までに温室効果ガスの排出を30%減らし、加えて燃料転換や新技術調査を進め、2050年度には50%減を目指し、温室効果ガスの排出そのものをなくすというプロセスを掲げている。戦略のなかには、新規事業としてエネルギー分野への挑戦も含められており、新たなエネルギーバリューチェーンの構築を推進するとしている。
具体的な資金使途は、LNG(液化天然ガス)燃料船に斯かる支出や運航の効率化のための技術開発、グリーンターミナルの新規設立など。2021年7月に計200億円の債券が発行されている。(※5)
「日本航空」の事例は、脱炭素化に必要な技術が確立していない産業において、トランジション・ファイナンスの存在意義を果たす役割を示しているとされている。ネットゼロエミッションを掲げている点や持続可能な航空燃料(SAF)の活用を見据えている点から承認された。
資金使途は、省燃費機材の更新や最新機材の導入だ。機材は追加で機体構造を変更することなくSAFを利用でき、CO2の削減効果はSAFの利用増にともない拡大する予定だ。具体的かつ野心的な目標が示されており、国際的シナリオに遜色ない水準の数値が設定されている点に加え、トランジション戦略を取締役会が監督・指示する強固なガバナンス体制を備えている点も評価されている。(※6)
2019年からカーボンニュートラルに向けた戦略を立てていた「東京ガス」は、将来を見据えたお手本の事例になり得るとして、ガス分野ではじめてトランジション・ファイナンスが承認された。燃料転換による温室効果ガス削減効果は非常に大きく、トランジションの典型であるうえに、ICMAハンドブックをはじめとする国際的なガイダンスと照らし合わせてもモデル性がある。今後の海外機関投資家からの資金提供も想定しているとされる。
資金使途は、大きく分けると「天然ガスによる低炭素化」と「ガス・電力の脱炭素化」の2つ。それぞれに細かなカテゴリが設定されており、複数のプロジェクトと紐づいている。具体的な動きを加味して策定された2050年CO2ネットゼロの実現に向けた移行ロードマップにより、環境改善効果の見通しが示されている。(※7)
日本だけでなく国際的に注目されるトランジション・ファイナンス。気候変動問題が深刻化し、温室効果ガスの削減が急務であるなか、脱炭素化をこれまで以上に推進するために有効だと考えられている。草創期ゆえに課題が残されている現状もあるが、政府の検討や議論が進み、2022年にはモデル事例も誕生している。
気候変動問題という世界共通の課題の解決に向けて、大きく前進する可能性を秘めているトランジション・ファイナンス。今後の動きを見守りたい。
※1 経済産業省|トランジション・ファイナンス
※2 経済産業省|アジア・エネルギー・トランジション・イニシアチブ
※3 国際資本市場協会|クライメート・トランジション・ファイナンス・ハンドブック
※4 経済産業省|トランジション・ファイナンスを推進する上でのファイナンスド・エミッションに関する課題提起ペーパー
※5 経済産業省|トランジション・ファイナンス事例 日本郵船株式会社
※6 経済産業省|トランジション・ファイナンス事例 日本航空株式会社(JAL)
※7 経済産業省|トランジション・ファイナンス事例 東京ガス株式会社
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