Photo by Brooke Cagle on Unsplash
ウェルビーイングとは、心身ともに良好な状態であることを指す意味。近年は、個人の幸せにとどまらず、社会や経済を含めたより包括的な概念として捉えられる。本記事では、ウェルビーイングの定義や注目される背景、5つの要素を解説。ビジネスとの関連性や日本&世界の企業の取り組み事例も紹介する。
ELEMINIST Editor
エレミニスト編集部
日本をはじめ、世界中から厳選された最新のサステナブルな情報をエレミニスト独自の目線からお届けします。エシカル&ミニマルな暮らしと消費、サステナブルな生き方をガイドします。
Photo by Priscilla Du Preez on Unsplash
「ウェルビーイング」とは、身体的・精神的・社会的に良好な状態のこと。身体だけでなく、心身ともに満たされていることを指し、多角的な充実を意味する。
「ウェルビーイング」は英語の「well-being」からきた言葉だが、日本語に決まった訳はなく、「幸福」や「健康」と直訳されることが多い。瞬間的な喜びである「ハピネス(Happiness)」とは異なり、持続的な幸せという意味で使われるのが特徴だ。
ウェルビーイングというフレーズがはじめて登場したのは、1946年に署名された「世界保健機関(WHO)憲章」の前文だ。以下の記述で、「well-being 」を用いて健康の定義を示している。
Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity. 健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが 満たされた状態にあることをいいます。
世界保健機関(WHO)憲章とは | 公益社団法人 日本WHO協会また、厚生労働省は、ウェルビーイングを以下のように定義している。
「ウェル・ビーイング」とは、個人の権利や自己実現が保障され、身体的、精神的、社会的に良好な状態にあることを意味する概念
雇用政策研究会報告書 概要(案)細かな表現は異なるが、いずれも、身体的・精神的・社会的によい状態であることを指している点で共通している。
ウェルビーイングと間違いやすい言葉に「ウェルフェア」がある。ウェルフェアは日本語で「福祉」と訳され、「アニマルウェルフェア」なら「動物福祉」の意味になる。ウェルフェアは、そのほか、企業などの「福利厚生」の意味でも使われる。
ウェルフェアが充実すればウェルビーイングにつながる。ウェルフェアは、ウェルビーイングを実現するための手段で、ウェルビーイングは目的である。
Photo by Ben White on Unsplash
昨今、国連の機関や日本の各省庁がこぞってウェルビーイングの概念を取りあげている。以下では、ウェルビーイングが注目される契機となった事象を5つ挙げる。
世界経済フォーラム(WEF)が、2021年の年次総会(ダボス会議)のテーマに「グレート・リセット」を掲げた。グレート・リセットとは、資本主義の刷新。世界経済フォーラムの会長であるクラウス・シュワブ氏は、世界の経済社会システムを再考し、人々の幸福を中心に据えた、まったく新しい基盤を構築する必要があることを唱えた。従来の資本主義を見直し、幸福や健康を中心とした社会へと転換することが世界的に求められているのだ。(※1)
OECD(経済協力開発機構)が、2015年から進めてきたプロジェクトに「Education 2030」がある。2030年という近未来において子どもたちに求められる行動特性や育成カリキュラムを検討するものであり、共有ビジョンに以下を掲げている。
私たちには、全ての学習者が、一人の人間として全人的に成長し、その潜在能力を引き出し、個人、コミュニティ、そして地球のウェルビーイングの上に築かれる、私たちの未来の形成に携わっていくことができるように支えていく責務がある。
OECD Education 2030 プロジェクトについて|文部科学省初等中等教育局教育課程課教育課程企画室また、分断よりも恊働、短期的な利益よりも持続可能性を大切にする必要がある旨がはっきり明記されている。世界が急速に変化するのにともない、カリキュラムをまったく新しい方向に進化させるべきだとも唱えられている。(※2)
政府主導で推進されている働き方改革。生産年齢人口の減少や働き手のニーズの多様化に対応すべく、多様な働き方を選択できる社会の実現を目指している。労働時間法制の見直しと雇用形態に関わらない公正な待遇の確保を全体の推進ポイントとしており、各種リーフレットでは「健康」という言葉が多用されている。ワーク・ライフ・バランスや柔軟性を重視している点は、ウェルビーイングの考え方と通じるものがある。
2015年に国連サミットで採択されたSDGs(持続可能な開発目標)でも、ウェルビーイングの考え方が重要視されている。
宣言部分では、「わたしたちが望む未来の世界の姿」のひとつとして、すべての人が心豊かに人生を送ることができる世界が示されている。(※3)また、3つ目の目標には「すべての人に健康と福祉を」の項目が設けられており、健康で幸せな生活について記述されている。このことからも、ウェルビーイングは、持続可能な社会の実現に向けて欠かせない考え方であることがわかる。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大は、経済社会に大きな影響を与えた。コロナ禍における健康意識の高まりや自分らしい働き方の検討などにより、私たちの価値観も大きく変化しただろう。世の中のニーズは、経済的な豊かさから心の豊かさへ変化したとされ、この動きは今後加速すると予想されている。
ウェルビーイングは、数値として表すことは難しく評価することも困難だ。だが、いくつかの指標が用いられている。
「世界幸福度ランキング」は、国連の持続可能開発ソリューションネットワークが、世界各国の幸福度について数値にしてランキング形式で毎年発表するものだ。以下のような内容について、自身の幸福度が0~10までの11段階中のどのくらいか判断して、数値として算出される。
・1人当たり国内総生産(GDP)
・社会的支援の充実(社会保障制度など)
・健康寿命
・人生の選択における自由度
・他者への寛容さ(寄付活動など)
・国への信頼度
これは、各国のウェルビーイングがどのくらいか把握する、ひとつの目安ともなる。ちなみに、2023年の世界幸福度ランキングで1位だったのはフィンランドで、日本は47位だ。
Photo by krakenimages on Unsplash
人々の健康や幸福が重視される時代、ウェルビーイングの考え方を採用することは、企業にとってメリットが多い。以下では具体的に3つ紹介する。
従業員の幸福を考えた経営は、働く人のモチベーションが上がるだけでなく、企業のイメージアップにもつながるだろう。ウェルビーイングは、経済産業省が推進している「健康経営」の取り組みに通じている。健康経営とは、従業員の健康管理を経営的な視点で捉えること。従業員への健康投資を行うことで、活力や生産性の向上、ひいては業績・株価の向上につながると期待されている。
「健康経営優良法人」の認定やアワードの開催が行われており、ホームページでは魅力ある企業として紹介されている。
ウェルビーイングの考え方に則した職場において、生産性が向上することは想像に難くない。健康のみならず、従業員の満足度ややりがいを追求することで、ワークエンゲージメントが上がるだろう。従業員一人ひとりのワークエンゲージメントが上がれば、おのずと全社としての生産性が向上する。厚生労働省では、「魅力ある職場づくり」と題して、従業員の目線に立った取り組みの重要性を唱えている。(※4)
ウェルビーイングの考え方に基づいて職場環境をよりよくすることは、離職率の低下や潜在的労働力の活用可能性の向上、より優秀な人材の確保につながるだろう。
厚生労働省の調査によると、転職者の離職理由は労働条件への不満がもっとも多く、仕事内容や賃金の低さといった項目が続く。(※5)少子高齢化で労働力不足が深刻な昨今、ウェルビーイングを重視した魅力的な職場をつくることは、企業にとって必要不可欠ともいえる。
Photo by Dylan Gillis on Unsplash
アメリカの世論調査会社であるギャラップ社は、ウェルビーイングに関して5つの構成要素を示している。5つの要素は国籍や文化を問わず世界共通とされており、同社の調査は国連が発表している「世界幸福度報告」にも使われている。(※6)以下で、ウェルビーイングの5つの要素をひとつずつ見てみよう。
「キャリア ウェルビーイング」は、5つのなかでもっとも重要視されている要素だ。自分の時間の多くを占めていることに納得しているかという内容であり、キャリアには仕事以外にも子育てやボランティア、趣味などが含まれる。
詳細の事象は人によって異なるが、自分が大半を費やしていることに充実感を感じている人は、ウェルビーイングの度合いが高いといえる。ビジネスにおいては、やりがいにあたる部分が幸福度に紐づいていると考えられる。
「ソーシャル ウェルビーイング」は、人間関係に関する要素である。職場や学校、自宅などで良好なコミュニケーションがとれていることが、幸福感につながるのだ。親しい友人の存在や同僚との信頼関係も重要である。
経済的な安定や資産、貯蓄と直結するのが「ファイナンシャル ウェルビーイング」だ。収入に関することだけでなく、管理ができているかも指標のひとつ。また、寄付やプレゼントなど、他人にお金を使うことでも幸福感を得られるとされる。
「フィジカル ウェルビーイング」は、健康に関する要素である。適度な運動、十分な睡眠によって健康を保てている状態であり、心身ともに健やかで十分なエネルギーを持っていることを指す。
「コミュニティ ウェルビーイング」は、コミュニティに対する影響力や貢献度に関する部分だ。社会貢献やつながりなど、人との関わりに左右される幸福度であり、ビジネスにおいても実感しやすい要素といえる。
Photo by Christina @ wocintechchat.com on Unsplash
世界的にウェルビーイングが重要視されるなか、従業員の健康や幸福の追求を行う企業も少なくない。海外では、世界に先駆けて積極的に施策を実行している企業もある。以下では、海外における企業の取り組み事例を3つ紹介する。
Googleは、2012年から「プロジェクト・アリストテレス」と題した研究プロジェクトを立ち上げた。チームで成果を上げるためには何が重要かを見出す目的で調査が行われ、圧倒的に重要だと結論づけられたのが「心理的安全性」だ。
心理的安全性とは、チーム内での対人関係を指す。リスクをとっても安全だと感じられるかどうかであり、チームの活性化に大きく関わるとされている。(※7)
Googleでは心理的安全性に着目し、チーム内の面談や対話を積極的に取り入れている。また、「優れた上司の条件」をはじめ、さまざまな分析を行っている。
自分らしくいること(Be yourself)を大切にし、「ビジネスの中心は人々」という考えを掲げるIKEA。従業員を、仲間を意味する「コワーカー」と表現し、ウェルビーイングに関するさまざまな取り組みを行っている。2022年には、コロナ禍の経営を支えた全世界のコワーカーに対して一時金が支給された。
日本法人であるイケア・ジャパンでも、モチベーションケアやe-ラーニングの提供、相談体制の構築など、コワーカーのセルフケアサポートを積極的に行っている。(※8)
総合的なコンサルティングサービスを提供するPwCは、「Be well, Work well」を掲げ、グローバル全体でウェルビーイングの推進に取り組んでいる。従業員が唯一の資産であるとして、働く人一人ひとりが健康であり、働くことで成長や幸福感を得られるような組織風土づくりを行っている。(※9)
PwC Japanグループでの主な取り組みは、健康診断やウェルビーイングセミナーの実施、マッサージルームの設置などだ。働き方改革にも取り組んでおり、多様なライフスタイルに柔軟に対応している。
Photo by Kelly Sikkema on Unsplash
近年は、ウェルビーイングに取り組む日本企業も増えている。以下では、政府の取り組みとあわせて具体的な企業事例を紹介する。
2021年に、政府は「Well-beingに関する関係省庁連絡会議」を設置した。「GDPのような経済統計に加え、社会の豊かさや人々の生活の質、満足度等に注目していくことは極めて有意義」だとして、政府の基本計画にウェルビーイングに関するKPIを設定することが決定された。同会議の目的は、関係府省庁の連携である。情報共有や優良事例の横展開がしやすくなるだけでなく、今後はウェルビーイングに関する実証事業も推進されるだろう。(※10)
味の素グループは、創業時から「おいしく食べて健康づくり」を掲げ、さまざまな事業を展開してきた。2018年には「健康宣言」を制定し、社員が心身ともに健康でいるための職場環境づくりを推進している。
味の素流の健康経営では「味の素グループで働いていると、自然に健康になる!!」をスローガンに、健康状態を可視化する「MyHealth」の提供やライフステージごとの健康課題の共有など、独自の施策を取り入れている。(※11)
また、「わたしたちのウェルビーイング」として特設ページを設け、味の素の取り組みをシェア。「新しい健康的な生活」について考察している。
パナソニックは、価値観の多様化が進むにつれて、人的資本経営施策をアップデートする必要があるとして、社員の「働く時間と場所」の選択肢を拡大する。1日の最低労働時間を撤廃することで週休3日が可能になるほか、通勤圏外の場所からのリモートワークにも柔軟に対応する動きだ。(※12)
また、2022年6月に行われた技術部門の戦略説明会では、サステナビリティとウェルビーイングの2つの領域に注力する方針を発表した。
心の豊かさを大切にするウェルビーイング。従来の資本主義とは一線を画す、人々の幸せのうえに社会や経済が成り立つという捉え方である。
ビジネスにおけるメリットとして注目されることも多いウェルビーイングだが、SDGsの達成とも深く関係しており、持続可能な社会の実現のために欠かせない考え方だ。まずは、自身のウェルビーイングについて考えてみてほしい。私たち一人ひとりが幸せな状態でいることが、きっと、社会や地球の未来をよりよいものにするだろう。
※1「グレート・リセット」の時|WORLD ECONOMIC FORUM
※2 OECD Education 2030 プロジェクトについて P3|文部科学省初等中等教育局教育課程課教育課程企画室
※3 SDGs CLUB|unicef
※4 取り組みませんか?「魅力ある職場づくり」で生産性向上と人材確保|厚生労働省・都道府県労働局・ハローワーク
※5 令和2年転職者実態調査の概況 P18|厚生労働省
※6 ウェルビーイング vol.05 ウェルビーイングって、なんだ?⑤ ウェルビーイング研究〜ギャラップ社の定義|富山県成長戦略室 ウェルビーイング推進課
※7 「効果的なチームとは何か」を知る|Google re:Work
※8 イケア、従業員のウェルビーイング実現の取り組みを強化|IKEA
※9 ウェルビーイング(健康経営)|PwC
※10 Well-beingに関する関係府省庁連絡会議
※11 健康でいるための約束(味の素グループ健康白書)|味の素
※12 多様な社員の安定したウェルビーイングを実現|パナソニック ホールディングス株式会社
ELEMINIST Recommends