原料の米づくりから酒造りまでを一貫して手がけ、農業と醸造、そして消費者をつなげることを目的に22の酒蔵にて構成された「農! と言える酒蔵の会」がポップアップ日本酒バー「Bar農! Farming & Brewing 2022」を開催。東京・原宿「eatrip」料理人で主宰の野村友里さんをお迎えし、丸本酒造6代目当主・丸本仁一郎さんと語っていただいた。
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エレミニスト編集部
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稲作とともに生まれた日本の酒造り。原料である米をつくり、酒を造るというあるべき姿が、太平洋戦争と戦後の農地制度改革などにより、分断されてしまった過去がある。そうした状況に危機感を覚え、米づくりから手がける全国22の酒蔵が「農! と言える酒蔵の会」を結成。これまでにさまざまなアクションを起こしてきた。
そんな22蔵の名酒が一堂に会するイベントが東京・渋谷で開催されている。その名もポップアップ日本酒Bar「Bar農! Farming & Brewing 2022」(以下「Bar農!」)だ。そして会場となる渋谷ストリーム1F「カクウチベース」にて、「造り手」と「飲み手」のプロの対談を実施。気持ちのよい風が通り抜けるオープンスペースでリラックスした対談となった。
造り手は「農! と言える酒蔵の会」発起人で「丸本酒造」6代目当主、丸本仁一郎さん。飲み手は、全国の生産者に会いに行く旅を続ける東京・原宿「eatrip」料理人・主宰の野村友里さん。この日が初対面にもかかわらず、あっという間に会話が深まっていたお二人。生産者として、それを届ける人としての思いを、丸本酒造の「竹林 かろやか オーガニック」をたしなみながら大いに語っていただいた。
「丸本酒造」6代目当主、丸本仁一郎さん(左)、東京・原宿「eatrip」料理人・主宰、野村友里さん(右)。「カクウチベース」は渋谷ストリーム1F、高層ビルの谷間にある渋谷川沿いの角にある。これからの季節、風通しのよいオープンスペースでいただく日本酒は格別だ。
野村友里さん(以下、野村氏) 「丸本酒造さんはどれくらい前から有機栽培米でのお酒造りをされているんですか?」
丸本仁一郎さん(以下、丸本氏) 「ちょうど15年になります。私たち丸本酒造では従業員が田んぼを耕し、米をつくり、それで酒を造ります。あたりまえのことを続けてきましたが、SDGs(持続可能な開発目標)の盛り上がりとともに近年注目されるようになったと感じますね。『竹林』は、有機農法で育てた酒米を使って仕込んだ酒で、同じ品種の米を同じ条件で仕込んでも、有機で育てた米かそうでないかで酒の味わいは変わります。有機農法は米が固くなる分、酒の味もソリッドになりますね」
野村氏 「そうなのですね。お酒は飲むシチュエーションによっても味の感じ方は変わるので、どんな味って言葉にするのは難しいんですよね。いまいただいている『竹林 オーガニック』はとても香りがいいと思いました」
丸本氏 「ありがとうございます。有機栽培というと、日本では健康的なイメージが強いかもしれませんが、海外で『有機の米で造られている酒』と言うと、レストランのシェフをはじめ、多くの人が環境保全に役立っていると受け取ります。1990年代後半から、環境問題の中で農業は重要視されていました。なので、今風に言うと、昔ながらの栽培方法で造られ有機認証を受けたお酒はSDGsの最先端なんですよ(笑)」
野村氏 「たしかに農業は環境へのインパクトが大きいと感じます」
野村さんは、レストランで腕を振るうかたわら、実際に全国各地に赴き、積極的に生産者の方々との対話を続けている。まさに産地と食卓をつなぐ料理人だ。“つくり手に会いに行く”ということは、とても大切だと丸本さんも笑顔を見せた。
丸本酒造6代目当主・丸本仁一郎さん。慶応三年の創業以来、岡山県浅口市鴨方町の風土とともに酒造りを続けている。日本酒として日本国内で初めて欧州のオーガニック基準、EC Regulationを取得するなど、流行に左右されることなく、常に完成された酒造りを追求している。
丸本氏 「日本では戦争を機に農業や農産物の重要性が置き去りにされてきました。そこへきて、グローバル経済がどっと押し寄せてきた。それで、ようやく公官庁も日本独自の“農”の重要性に気づき始めたのかなと感じます。『農! といえる酒蔵の会』は、それよりずっと前から、米づくりからの酒造りにこだわってきました。それは紛れもない事実ですし、かつてあった文化を守り受け継いでいるという側面もあります。本来あるべき姿へ向けて、いま、その“場所に行く”というのはとても大切なことだと思いますよ」
野村氏 「私のように使わせていただく側だけでなく、つくり手の方々も産地に来てほしいという思いがあるのですね」
丸本氏 「そうです。酒蔵とは、酒造りのために整えられた場所です。どんなにいい米や水があっても、いい道具やその場所に居つくいい菌がなければ酒はできません。酵母が発酵して人が働いている………。だから、目に見えないなにかが残るんですよね。それで自然と、いい酒が造りやすくなっていく。ですから、その空気が満ちている酒蔵という場所に、足を運ぶことはとても意味があると思います。それに、僕ら造り手にとって、米づくりからの酒造りは幸せなこと。みなさんに来ていただいて飲んでいただければ、幸せな酒造りに専心できるじゃないですか(笑)」
野村氏 「酒造りが幸せって、すごくすてきですね」
丸本氏 「もちろん大変なこともありますし、ラクと幸せは違います。ただ、日本人が稲作をしてお酒を造り、飲むというのは、いにしえから自然に発生していること。そうした、ある意味でとても純粋な営みを目の当たりにできているのが、我々「農! といえる酒蔵の会」なんです。だから、きっと会のみんなも内心は“どうだ、羨ましいだろう”って気持ちがあるんじゃないかな(笑)」
料理人・野村友里さん。生産者、野生、旬を尊重し、食の力や豊かさ、おいしさを伝えるべく東京・原宿「restaurant eatrip」、“土”をテーマにしたグロサリーショップ「eatrip soil」を主宰。仲間たちと食の活動 “eatrip(食べる旅)” を続けている。
野村氏 「私が任せていただいているレストランには、小さいながら畑があります。その畑にいると、空が見え、心地よい風が吹くのを感じられます。夏には、毎週のように虫取り網を持って遊びに来てくれる子もいるんですよ。インターネットで事足りるのに、わざわざレストランまで足を運んでくださるのは、そこにある心地よさや、たしかなつながりを求めてくださっているからなのかなと。心が疲れたら山や森に行きたくなるように、都会の生活のなかで感じる、足りない何かを求めて、あの店を選んでいただいているのかなと感じます。そうやって形のないなにかをくみ取ってくださる方々がいるお陰でいまがあるんですよね」
丸本氏 「形のないもの。そこが本当に大事だと思います。気づきは誰にでもチャンスがあり、そして、誰にもコピーできないものです。ただ、気づきを得るには、都会の人たちは忙しすぎる。一度、慌ただしさから離れて思考を止めないと、気付きは訪れにくいんじゃないかなと思いますね。その点、お酒を飲むといい感じに思考が緩やかになり感覚が開放されるんです。ただ、全身の能力もゆるくなるのが難点ですが(笑)」
野村氏 「私もお酒が好きだから、飲むとついついいい感じになってしまいます(笑)」
丸本氏 「それも、造り手にはありがたいことです。野村さんは、都会のど真ん中、ある種の特異点でお仕事をなさっておられるし、そこで稀有なバイパス能力を発揮されている。みんなのおかげとおっしゃっていましたが、それは野村さんがみんなを引き寄せているのだと思いますよ」
野村氏 「うふふ(照れ笑い)」
丸本氏 「僕も野村さんも、小さなところからかもしれないけど、最終的にはよりよい方向へ世界を変えなきゃいけないという気持ちは同じだと思うし、ELEMINISTのみなさんもそうですよね。そうなるように、『農! と言える酒蔵の会』はますます重要な役割を担っていけたらと考えています」
野村氏 「先ほど、シチュエーションで味の感じ方が変わると言いましたが、そういう意味で、今回の『Bar 農!』はとてもいいイベントですね。私は、全国の生産者の方々にできるだけお会いするようにしていますが、実際にお会いすると、訊いてみたいことが自然と頭に浮かぶんです。『Bar 農!』で、酒蔵の方に直接お会いして、その時に心に浮かんだことを素直に伺えるのはすごくすてきなことですよね。つくり手のみなさんは一年中毎日、日本酒と向き合っているわけだから、言葉の重みや深みが全然違うと思うんです」
丸本氏 「そんなふうに言っていただけると、とても嬉しいですし、来てくださった方になんでもおこたえしたい気持ちになりますね」
野村氏 「自然農法で米をつくり酒を造る、と言葉で表すのは簡単ですが、いざそれをやるとなったら………と思うと、本当にすごいことです。見ていて気持ちがいいと感じる田園風景も、そうしたご苦労から生まれているものなんですよね。私はそれほど日本酒に詳しいわけではないですが、やっぱり日本に暮らしていたら、そうした景色も含めて、お米を食べてお酒を楽しむのは自然だと思うし、積極的に取り入れていきたいことだと思いますね」
この日いただいたのは丸本酒造「竹林 かろやか オーガニック」。自社で育てた有機栽培の山田錦を使用した純米吟醸。その名の通り爽やかな旨味が特徴だ。「すごく香りがいい」と野村さん。
野村氏 「食材や味、産地、その背景やストーリーを知るとさらにおいしさに膨らみが出ると思うんです。だから私はレストランでお酒をおすすめするとき、間に入る者として思いを伝えながら、その方に合うと思うものをご提案するようにしています。だからこそ、料理人としてそういう出逢いをどれだけできるかはとても大事ですし、おいしさって難しいと思うことも多くなりました。一方で、おいしさを自分から取りに行くことも大事だなと考えるようにもなって。目の前にあるものを何となく食べるのではなく、自分の味覚を信じて、おいしさを楽しむ準備をしていくと、もっと食が豊かになるのかなと」
丸本氏 「背景を知るというのは、何かをいただくときに大事なことですね」
野村氏 「人は“頭で食べる”部分も大きいのかなと思うんです。自分を知っていくと、嗜好に変化が起きたりするし、それが楽しくもあります。お酒は日本の風土に適した、理に適った生産品で、その土地ならではの味を感じられるものだと思いますから、そうした出逢いがもっと増えていくといいなと思っています。ありがたいことに日本に住む私たちは、飢えをしのぐための食事ではありませんよね。だからこそ、田んぼの知識や水の知識を知って、自分で選択していくことは大事なことだなと」
丸本氏 「なるほど。幸せは自分でつくらにゃ、ということですよね」
野村氏 「ええ(笑)。出逢いを自分から摑みに行く、というか。そこで感じたものは人それぞれ違って当然ですが、もしそれが分かち合えるものであれば、『今度、このおいしいお酒を造った酒蔵に行ってみよう』という話にもなっていく。すると、さらにすてきな思い出もできますよね。そういうストーリーをつくっていくのが、次の楽しさになっていくと思うんです」
日本の風土や気候、土地の文化に根ざした酒造り。興味を持った日本酒から、その背景を知ることは、自分のルーツを探ることにもなり、知的好奇心を刺激する“旅”にもつながるだろう。まずは気軽に、誰と、どんなとき、どんなものとともにいただく日本酒がおいしいと感じるのか。自分だけの味を探すところから、はじめてみるとよさそうだ。
丸本氏 「酒蔵の僕が言うのもなんですが、何でもかんでも日本酒を飲めばいいとは思っていません。僕自身、暑い日はビールをグイッと飲みたいし、アルコール度数の高いスピリッツののど越しが好きな人もいます。だけど、日本酒でなければならない、ということって意外とあるように思っていて。典型的な例で言えば、うまい刺身があるとして、そこにほかの酒類が入る余地があるだろうかと考える。アルコールが入ることで、舌の味覚センサーが働き、ある種のバイアスがかかり、刺身がうまく感じられるようにできているのだそうです。だから、いくら赤ワインが好きな方でも、いい刺身があったら日本酒を合わせたほうがいいのかなと」
野村氏 「おいしいお寿司をいただいたり、ずいき(里芋などの葉柄)の出汁で炊いた煮物をいただいたりすると、滋味深くて唸るおいしさだなと感じます。それは日本の風土ならではの味わいというか。そうするとやっぱり、日本酒をいただきたいなと思うし、それはとてもすてきなことだと自分でも思います」
丸本氏 「そこに自然の動き、自然の形があるように思いますね」
野村氏 「そうそう、先日佃煮屋さんでいままであまり買ったことがなかった佃煮を買ってみたんです。ご飯に乗せて食べたらもう、それがおいしくて(笑)。それは私だけの感覚というより、みんなが共有できるものではないかと思うんですよね。一日にしては成らないもの。田んぼの真ん中で育っていなくても、脈々と受け継がれている、忘れてはいけない根っこみたいなもの。世界中においしいものはたくさんありますが、その土地で暮らす人だからこそ気づける領域のおいしさがあるのかなと。そうした、解明できない何かを大事にしたいなと思っています」
丸本氏 「染み入る感じ。ええ、本当にそうですね。その感覚を、日本酒を飲んで体感してもらえたらうれしいです」
野村氏 「元々日本酒は身近なもので、知らぬ間に親しんでいた感覚ですが、意識的に味わうようになったのは出逢いのおかげです。海外の友人と一緒に酒蔵を訪ねたり、『eatrip』で酒蔵の方にお会いするようになり、より身近で特別なものになりました。そんなふうに、自分と接点があるところから試してみるといいのかなと。たとえば、おいしいと思うお米やお気に入りの銘柄の産地と同じ所で造られているお酒を選んでみるとか」
丸本氏 「それ、いいアイデアですね」
野村氏 「あと、出身地もいいと思います。東京のようにいろんなところから人が集まる場所でも、やっぱり出身地って特別なんだと思うんです。いま、私の店に広島出身の人がいるのですが、すると広島出身者のつながりが生まれて、まるでミーティングスポットみたいになっています(笑)。お米の産地に注目して選んでみると、わかりやすいですし、手に取りやすいのかなと思います」
ELEMINISTを日頃支えてくださっている読者のみなさんを代表して、ELEMINIST Followersの方々にもこのイベントを体験してもらった。米づくりや日本酒の楽しみ方など、実際に丸本さんとお話しながら日本酒を楽しんだ。サステナブルでエシカルな暮らしやトレンドに関して感度が高く、日々エシカルなアクションを実践している彼らはどんなことを感じたのだろうか。
日本酒がどのようにつくられるのかが味わいの違いにも関わっていることを、つくり手である丸本さんから直接聞くことができる。まさに「出逢いを掴んで知る味わい」だ。
「酒蔵さんは農家さんからお米を買ってお酒造りをされているイメージがあった。酒米から携わっている酒蔵がこんなにあるとは知らなかった」
「出産を経て、子どもの食べるものが気になってオーガニックを選ぶように。日本酒もオーガニックや自然酒を選んでいます。今日も自然酒をいただきました!」
「日本酒は詳しくはないけれど好きです。このイベントは飲みくらべできるので次は違うものを飲んでみようかなと思っています。蔵に興味があってお話を聞くのが好きなのですが、今日も楽しいです!」
「有機とそうでないもの、味の違いなどを丸本さんから教えていただき、納得!」
「ストーリーを聞いてから飲むと味わいが変わる気がします。酒蔵さんの思いも一緒に飲めるような気がしました」
「人の手がたくさん加わってできていることを知って、よりおいしく感じました。すてきなお酒だと、味わいながらお話を楽しみました」
カップやグラスなどを持参してくれた人に割引が適用される「マイカップ割」を実施している。日頃からマイカップやマイボトルを持ち歩くELEMINIST Followersたちも、お気に入りの器で日本酒をいただけるというこの試みを楽しんでいた。※衛生上、会場で洗浄することはできません。
酒蔵が土づくりから手がける日本酒に興味がわいてきた人は、ぜひ「Bar 農!」をのぞいてみてほしい。志のある22蔵から「日替わり店長」が店頭に立ち、自ら米づくりから手がけ、醸造した日本酒について、グラスに注がれるまでのストーリーを聞き、味わうことができる。そこには、初めて出逢う自分だけの“おいしさ”がきっとあるはずだ。
「Bar 農! Farming & Brewing 2022」参加22蔵の日本酒が自宅で楽しめるオンラインショップはこちら
撮影/天野拓 執筆/キツカワユウコ 企画・編集/後藤未央(ELEMINIST編集部)
Bar 農! Farming & Brewing 2022 第二部
詳細
原料の米づくりから酒造りまでを一貫して手がけ、農業と醸造、そして消費者をつなげることを目的に22の酒蔵で構成された「農! と言える酒蔵の会」が『Bar 農! Farming & Brewing 2022』を開催する。サブタイトルは、「農と醸とサステナブルを語らう日本酒Bar」の第二部。
会場
渋谷ストリーム 1F 「カクウチベース」
住所
〒150-0002 東京都渋谷区渋谷3-21-3
開催日時
2022年10月25日 15:00 〜 2022年11月13日 22:00
開催予定状況
予定通り開催
主催者
農!と言える酒蔵の会
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