植物と魚がつながる農業システム「アクアポニックス」 漁業や環境問題を考えるきっかけに

アクアポニックス畑、アクポニ代表濱田さん

「アクアポニックス」は、魚の水槽と水耕栽培のプランターをつないで水を循環させる農法だ。その様子はまさに”小さな地球”のよう。株式会社アクポニが2020年11月にオープンさせた試験場「湘南アクポニ農場」で、代表の濱田健吾さんにアクアポニックスについて伺った。

Chiho Maezawa

Writer

東京在住。フリーランスエディター。地球にやさしく、生き物にやさしく、そして人にもやさしい暮らしを送るヒントを探して。日々、エコロジーやサステナブルにまつわるニュースに注目しています。決し…

2021.04.09
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3種の生きもので生態系をつくる「小さな地球」

アクアポニックス

小型のアクアポニックス。下の水槽には金魚、上には専用の土「ハイドロボール」に植物が植わっている

「アクアポニックス」は、世界的にも注目を集めている画期的な農業法である。魚を飼育している水槽の水を循環させることで、野菜などの植物を育てるのだ。

仕組みはこうだ。人間が魚に餌をあげると、魚は餌を食べ糞をする。栄養たっぷりの糞を含んだ飼育水をポンプで組み上げて、植物の植わっている土「ハイドロボール」に通す(※1)。すると、土にいるたくさんの微生物が糞を分解し、それを植物が吸収する。土によってろ過された水は、魚のいる水槽に戻される。

これにより、水槽の水は換えなくても綺麗な状態に保つことができるし、水に含まれる栄養素を無駄に捨ててしまうこともない。水の循環を中心に、植物、魚、微生物、という3種の生きものが共生する生態系が成り立っている。まさに「小さな地球」がそこにあるのだ。

アメリカで始まった新時代の農法 アクアポニックスの水使用量は通常の1/10

アクアポニックスの栽培

魚を飼育する水槽の水を、植物の水耕栽培に使用している

今回取材をさせていただいた株式会社アクポニの代表取締役・濱田健吾さんは、アクアポニックスの研究と日本国内での普及に日々打ち込んでいる。昨年11月には、神奈川県藤沢市に「湘南アクポニ農場」を試験場として設立。さまざまな条件のもとにアクアポニックスで植物と魚を育て、データを収集している。

しかし意外にも、濱田さんはアクアポニックスに出会う前、植物や魚を仕事で扱ったことはなかったという。出会いのきっかけは、趣味の釣りだ。

「アマゾンで世界最大の熱帯魚ピラルクを釣りたいと思って、調べていたら、サンパウロでピラルクを養殖している日本人について取材した記事を読みました。その方が、記事のなかで『ピラルクの飼育水を隣の畑に撒くと、野菜がすくすくおいしく育つんだ』と話していたんですね。興味が湧いたので調べてみたら、それが『アクアポニックス』という確立された農法で、アメリカでは農家がすでに取り入れていることを知って、驚いたのがはじまりでした」

ティラピアと濱田さん、アクアポニックスの水槽

ティラピアに餌を与える濱田さん。この水槽の水がパイプを通して水耕栽培のプランターまで届く

アクアポニックスを通して濱田さんが知った現実もある。

濱田さんがアメリカでアクアポニックスの研修を受けた際、各地から同じように学びに来ていた人たちがいた。彼らに学んでいる理由を聞くと「暮らしている国が乾燥地で野菜が育たない」など、水資源の少なさによる切実なものばかりだったという。

現在、世界的に水資源の不足は深刻化しているのだ。そのさなかで、農業に使う水の量は多い(※2)。しかし、アクアポニックスを使うことで、水の使用量を通常の農業の10分の1程度に抑えることができる。まさにいま求められている新時代の農法と言えるだろう。

循環を意識することで気づく“つながり”のおもしろさ

アクアポニックスの水槽にいる鯉

水槽では、金魚やコイなども飼育されている

アクアポニックスに魅せられた濱田さんは、早速自分で試しはじめた。プランター菜園を活用し、アクアポニックスをスタートさせると、いままでとは違った気づきを得ていくようになる。

「それまでは、植物に虫がついたり、葉が黄色くなったりすれば、肥料や農薬を与えてきました。しかし、そうした添加物を与えることで、一緒に暮らす魚や微生物が死んでしまうこともあると気づいたのです。アクアポニックスは、生態系そのものを実感させてくれました。その“つながり”のおもしろさに、どんどんのめり込んでいきました」

すっかりアクアポニックスに夢中になってしまった濱田さんは、「まだ知られていない日本に、この新しい農法を広めたい」という決意のもとにいま活動を続けている。

アクアポニックスで栽培された野菜

アクアポニックスの最大の特徴は、水資源、エネルギー、肥料の利用効率化、オーガニック栽培から、地球環境にフォーカスしている点だ。しかしその価値を、一概に数値として表すことは難しい。日本でアクアポニックスの価値が受け入れられるには時間がかかったという。

アクアポニックスが先に根付いていたアメリカでは、オーガニック野菜も同様に早くから注目され「価格は高くとも、サステナブルな農法で生産されていて安心できる野菜を購入したい」と考える消費者が多くいた。画一的な品質や価格ではない、“安心”や“社会的意義”といった「数値に表せない価値」をオーガニック野菜に見出してきたからだ。アメリカの消費者の選択には“多様性”があり、それが生産や流通にも反映されているのだ。

一方、日本には「スーパーで売っている野菜はどれも安心して食べられる。重要なのは、一年中、ほしいときに買えること。そしていかに価格が安いかだ」といった均一化された消費欲がある。それに応える形で生産の大規模化や、質と価格の均一化が進んだことで、オーガニック野菜の普及はなかなか進まなかった。

それが変化したのがここ1、2年だ。SDGs(※3)の達成に向けた取り組みが世界的に加速し、日本でも多様な企業がそこに経済的価値を見出した。企業が動いたことにより、農業においてもやっと、生産や流通・消費の現場に少なからず存在した “多様性”のあり方が見直され、その価値に注目が集まっている。

「数値として可視化されれば価値が伝わる」という段階にある日本においては、アクアポニックスのメリットを数値化させることが重要だと、濱田さんは考える。しかし本当に広めたいのは「数値に表せない価値」なのだという。

「これまでは、どんなに生産者が『環境に、そして体にいいものをつくりたい』と思っても、商売にならなかった。でもいま、SDGsの広がりで風向きは変わり始めています。アクアポニックスには他の農業にはない価値が創出できる。導入を検討している企業でも、そこに気が付いていないケースが多い。アクアポニックスの『数値に表せない価値』が消費者にまで広がっていってほしいと思いながら活動しています」

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※掲載している情報は、2021年4月9日時点のものです。

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