ネイチャーポジティブは「つながり」から始まる 産官学で考える、自然と共に生きる未来

川と森

生物多様性の損失を食い止め、自然を回復軌道に乗せる「ネイチャーポジティブ」。その実現に向けて何ができるのかを考える「ネイチャーポジティブフォーラム2026 〜サントリー 天然水の森〜」が9月8日に開催された。行政や研究者、企業、料理人など、異なる領域の人々が一堂に会し、約3時間半にわたってそれぞれの知見や取り組みを共有。多岐にわたる講演と議論から浮かび上がってきたのは、「つながり」というキーワードだった。

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2026.10.02

自然との「つながり」を取り戻す

森と自然

ネイチャーポジティブと聞くと、自然を守るための新しい取り組みを始めることのように感じるかもしれない。しかし、林野庁長官の長﨑屋氏は「そんなことはない」と語る。

日本は国土の約3分の2を森林が占める、世界でも有数の森林大国だ。一方で、近年はシカによる食害やナラ枯れ、山火事など、森を取り巻くさまざまな問題が顕在化している。長﨑屋氏は、日本人は古くから森に囲まれ、森林に敬意を払いながら生きてきたと振り返り、「現代社会に合った形で森とのつながりを取り戻すことが、ネイチャーポジティブと言えるのではないか」と話した。

続いて登壇した環境省自然環境局長の則久氏は、さらに「人」の視点からネイチャーポジティブを捉えた。ネイチャーポジティブは、自然環境を保全するだけでなく、「ウェルビーイングを最上位目的とする社会」を実現するための重要な手段のひとつだと位置づける。

環境省自然環境局長の則久氏

環境省自然環境局長の則久氏

実際に、自然のなかで過ごすことによるストレスの軽減や副交感神経の活性化など、自然との接点が人の心身に与える影響を示すさまざまな研究がある。「外なる自然のネイチャーポジティブと同時に、内なる自然の豊かさも取り戻すことが重要」と則久氏は語る。自然そのものを守り、再生するだけでなく、私たち自身が自然とのつながりを感じられる状態を取り戻すことも大切だという。ネイチャーポジティブを社会変革へとつなげるためには、身近な自然との接点にも大きな意味があるのだ。

そんな身近な自然にも、私たちがまだ気づいていない世界が広がっている。その一端を、シジュウカラの研究から明らかにしてきたのが、東京大学先端科学技術研究センター准教授の鈴木氏だ。

シジュウカラ

鈴木氏は約20年にわたり、シジュウカラの鳴き声を研究してきた。研究からわかったのは、鳴き声には「警戒」「集まれ」などの意味があり、決まった語順で組み合わせて意味を伝えていること。さらに、スズメなど別の種類の鳥も、その鳴き声を理解しているという。「スズメだってシジュウカラの言葉がわかっているのに、人間は2000年以上、シジュウカラに言葉があるなんて気づいていませんでした」と、鈴木氏は話す。

身近に存在していても、知らなければ見えてこない自然の営みがある。鈴木氏は、“SDGs”や“ネイチャーポジティブ”といった目標やスローガンを掲げることは大切としたうえで、「言葉だけでは動けないケースが多い。人間が動くのは、実際にものを見たとき、体験を通して心が動いたときだと思います」と指摘する。

目標や概念を知るだけでなく、自ら自然を見て、知り、心を動かされること。それがあって初めて行動へとつながっていく。鈴木氏は、ネイチャーポジティブの実現に向けて欠けているものとして、「僕たちみんながもう一度、自然とのつながりや、自然を見る目を取り戻すこと」を挙げた。

では、一人ひとりの行動を社会全体の変化へと広げていくにはどうすればいいのだろうか。企業や経済活動と自然との関係にも目を向ける必要がある。

自然を守ることは、事業を守ること

サントリーが熊本で取り組む湿地再生の近くにある公園

サントリーが熊本で取り組む湿地再生の近くにある潮井自然公園。湧き水が出ている。

レスポンスアビリティ代表取締役の足立氏は、ネイチャーポジティブを事業継続の視点から捉えた。世界の経済活動の多くは、原材料や水をはじめとする自然の恵みに支えられている。その自然が失われれば、企業活動も無関係ではいられない。

2024年には、カカオ豆の価格がわずか半年で約3.7倍に高騰。異常気象などを背景とした供給不足は、日本のチョコレート価格にも影響を及ぼした。カカオやコーヒーなど、自然環境の変化が事業の継続を左右するケースは、すでにさまざまな場所で起きている。

「サステナビリティ活動は、もはや環境や地球のために行うものではありません。自然を守るのは、“いいことをしよう”という発想からではなく、自分たちの事業や経済を守るために必要」だと足立氏は強調する。

さらに求められているのは、自然への負荷を減らすだけでなく、事業を通じて自然を回復させていくことだ。足立氏が例に挙げたのが、積水ハウスが2001年から続ける「5本の樹」計画。「3本は鳥のために、2本は蝶のために、地域の在来樹種を」という考えのもと、住宅の庭に植樹する取り組みで、庭を生態系の一部として育んでいる。

これまでに植えた樹木は全国で2,100万本以上にのぼる。「5本の樹」計画を行わなかった場合には平均1.3種類と推定される蝶類が、同計画によって平均6.9種類まで増加したとの分析もある。社会貢献にとどまらず、本業である住まいづくりを通して、実際に生物多様性の回復につなげている事例だ。

「これまでの経済は、発展すればするほど自然が減っていくものでした。これからは、事業を行えば行うほど自然が増えていくネイチャーポジティブな経済を、みなさまと一緒につくっていけたらと思います」(足立氏)

サントリーホールディングスのサステナビリティ経営推進本部シニアアドバイザー・山田氏

サントリーホールディングスのサステナビリティ経営推進本部シニアアドバイザー・山田氏

次に、企業の取り組みとしてどう落とし込むかのヒントを示したのが、サントリーホールディングスのサステナビリティ経営推進本部シニアアドバイザー・山田氏だ。活動を長く続けていくためには、「可能な限り本業に近い分野でテーマを選ぶ」ことが重要だと話す。

サントリーにとって、水は事業の生命線だ。その水を守り育てるため、2003年に熊本県・阿蘇から始まったのが、工場の水源涵養エリアで森林を整備する「サントリー 天然水の森」。現在では全国1万2,000haを超える森で活動を展開している。

「『天然水の森』はボランティア活動ではありません。サントリーグループの事業活動の生命線である水の持続可能性を支える基幹事業として位置づけています」(山田氏)

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現在、視点は水だけにとどまらない。天然水の森で培ってきた土壌や生物多様性に関する知見を活かしながら、ウイスキーの原料を育てる農場での再生農業や、スコットランドの湿原再生など、新たな取り組みも実を結び始めている。

自然を守ることと、事業を続けることは別々の活動ではない。自然を事業の外側にある“守る対象”ではなく、自らの事業を支える基盤として捉えることが重要だ。その先に、事業を続けるほど自然も豊かになっていく未来が見えてくる。

森から海へ、生産者から消費者へ。「つながり」が広げるネイチャーポジティブ

サントリーが熊本で取り組む湿地再生の近くにある公園

ネイチャーポジティブという共通の目標があっても、自然は企業や地域の枠を越えてつながっている。一社、一地域だけで完結するものではないからこそ、実現には立場や領域を越えた連携が欠かせない。

フォーラム後半には、東北大学教授・日経BP ESGフェローの藤田氏をファシリテーターに、王子マネジメントオフィス、一般社団法人Chefs for the Blue/LATURE、シーベジタブル、サントリーホールディングスの4者によるパネルディスカッションが行われた。議論を通して見えてきたのは、森と海、生産者と消費者、企業と地域など、さまざまな「つながり」だった。

王子マネジメントオフィスの豊島氏が紹介したのは、北海道・猿払村で進める「森の価値見える化プロジェクト」だ。猿払村といえば、ホタテの産地として知られる地域。そのおいしさを育む海の環境には、上流の森や湿地も関係しているのではないかという視点から、森から湿地、川、海へと続く水の流れや栄養分などを調査している。「自然界のものは、あらゆるものが関連し合ってつながっている」と豊島氏は話す。

狩猟免許を持ち、Chefs for the Blueの活動にも参加するLATUREオーナーシェフの室田氏も、森と海、両方のフィールドに関わるなかで、「森と海は別々の問題ではなく、密接につながっている」と感じるようになったという。また、「料理人は生産者と消費者の双方と接する存在。食を中心に人と人をつなぐハブになれる」と、自らの役割を語った。

海藻の生産を通じて海の再生に取り組むシーベジタブルの友廣氏は、「どれだけつながれるかを、ひたすらやってきた10年間」と振り返る。漁業者や自治体、料理人、企業などと手を組みながら、環境の再生と経済活動の両立を目指してきた。

サントリーの市田氏は、「天然水の森」では、行政や森林所有者と長期的な協定を結び、長い時間軸で森づくりに取り組んでいると話す。活動を続けるうえで欠かせないのが、地域との継続的な対話だ。そんな関係を築くなか、熊本では近年、「天然水の森」に囲まれた耕作放棄水田を湿地として再生する新たな取り組みも始まった。地域住民への説明会では、専門家が再生のターゲットとなるカエルを実際に見せたところ、年配の住民から「わしらが昔見た風景に戻すんじゃ」と声が上がったという。

かつて見た自然の記憶が、新たな取り組みへの理解につながり、地域の人々を動かす力になった。市田氏はこの出来事を、自然を実際に見て体験することの大切さを語った鈴木氏の講演とも重ね合わせた。

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「つながり」を、具体的な行動へ

森林、生物多様性、ウェルビーイング、経済、食、海、科学、地域……約3時間半にわたるフォーラムで語られたテーマは、実に多岐にわたった。閉会にあたり、サントリーホールディングス常務執行役員の浅木氏は、「簡単にまとめられるような内容ではない」としたうえで、フォーラムを通して改めて感じたことをこう語った。

「自然は私たち人間を必要としていないが、我々は自然なしには生きていけない。『人間』を『事業』や『企業』に入れ替えても、同じような意味になると思います」

自然をめぐる課題は、一企業だけで解決できるものではない。企業や行政、研究者、地域など、それぞれが知見を持ち寄り、つながることが必要だ。その輪を広げ、具体的な行動へとつなげていくことが、ネイチャーポジティブな未来への一歩になる。

執筆/吉田友希

※掲載している情報は、2026年10月2日時点のものです。

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