蛇口をひねれば水が出る。その当たり前は、水道というインフラに支えられている。私たちの暮らしは水があることを前提に成り立っているが、その裏側では、設備の老朽化や災害リスクなどの課題がある。ふだんは気にとめることがないかもしれない「水」について、考えてみよう。

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エレミニスト編集部
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水は、多くの人が空気のように“いつもあるもの”として思っているだろう。だが、それは本当に当たり前なのだろうか?
飲み水や料理はもちろん、洗濯、入浴、トイレまで、日常のほぼすべての行動に水が関わっている。1日に使用する水は、1人あたり約230リットル(※1)。水がなければ、私たちの生活は成り立たないだろう。
山や川から集められた水は、浄水場できれいに処理され、配水管を通って各家庭へ届く。そして使われた水は、下水処理場で浄化され、再び自然に戻る。日本の水道普及率は約98%。水を使いたいときに使いたいだけ、ストレスなく使えるのは、このシステムがあってこそ(※2)。
でも、水インフラには課題がある。例えば、水道管や施設の老朽化。適切なメンテナンスが行われないままになったり、古い水道管には健康へ影響をもたらすとみられるPFAS(ピーファス)の存在が確認されたりする。さらに、災害時には一度に広範囲で断水に陥るリスクがある。
このような水にまつわる課題に対して、いま新たな選択肢が生まれつつある。それが、水インフラに依存しない新たなシステムだ。この仕組みがあれば、災害時に水を確保できるだけでなく、水道が整っていない遠隔地などでも、安定した水の利用ができる。
水インフラに依存している現代社会の問題に光をあて、新たな選択肢を提案しているのが、キヤノンマーケティングジャパンだ。同社で2024年に立ち上げられたR&B(Research & Business Development)の専門組織では、持続可能な未来を見据え、社会のさまざまな課題解決を目指している。
そんな同社とFREEによって生まれたのが「水循環型ソリューション」。空気から水を生成し、生活排水とトイレ排水を現地で浄化・再利用することで、水道管が整備されていない場所であっても、水を半永久的に使える仕組みだ。
仕組みの起点となるのが、空気から水をつくる製水技術だ。空気中には見えない水蒸気が含まれており、これを装置のなかで冷やすと結露が起こり、水滴として取り出せる。製水機「POTORI(ポトリ)」は、冷たいグラスの表面に水滴がつく現象と同じ原理が利用されており、この現象を電気の力でコントロールし、安定的に水を生成する。
「POTORI」から生まれた水は、フィルターや殺菌の工程を経て、飲料水として利用できるきれいな状態に整えられる。もともと空気中にあった水分であるため、その空気環境の影響を受ける側面もあるが、浄化の工程を通すことで、安定した水質が担保されている。
水循環型ソリューション(建屋型)は、小さな小屋くらいの大きさだ。屋根にはソーラーパネルが搭載され、太陽光エネルギーで動く。
実際に、POTORIでつくられた水は水道法に基づく水質基準(51項目)を満たしており、その安全性を裏づけている。実証実験に参加し、水循環型ソリューションを使った生活を約6か月間送った白石英統氏は、「空気から水ができるというと不思議だが、とてもクリアでクセもなく、違和感なく飲めた」と振り返る。
手前が水循環型ソリューション。奥の建物で、白石氏は実際の生活を送った。
このシステムは、水をつくるだけで終わらない。生活のなかで出る排水はその場で浄化し、用途に応じて再利用される。生活排水は生活用水に、トイレ排水はトイレ用水になって再び使われ、循環する。
水を一度使って終わりにするのではなく、無駄なく使い続ける仕組みによって、限られた水をより効率的に活用できる。
「水循環型ソリューション」では、入浴や洗濯など生活に使う水はすべて、浄化されてリサイクルされて繰り返し使う。
技術の原点は、2011年の東日本大震災にある。水が手に入らない状況を目の当たりにしたというFREEの高橋友二代表は、「水は当たり前にあるものではなく、命を支えるインフラであると強く実感した」と語る。
災害時の断絶リスクや水インフラの老朽化、維持管理コストの課題などを背景に、大きな施設でまとめて水を処理・供給するのではなく、必要な場所ごとに確保する“分散型”の考え方が広まりつつある。
水循環型ソリューションは、そうした流れのなかで生まれた新たな選択肢のひとつだ。設備も比較的コンパクトで、4畳半前後のスペースから設置可能だ。
実証実験で、水循環型ソリューションが設置された家で約6か月の生活を送った、ピアニストの白石氏(左)と、白石氏の健康状態の評価を行った辰元医師(右)。
2025年9月から2026年3月にかけて、岐阜県土岐市の一軒家にこの水循環型ソリューションを設置し、実証実験が行われた。
水道管に頼らないこの家で実際に生活したことで、「水がどのように生まれ、循環しているのかを身近に感じるようになった」と白石氏は話す。“蛇口をひねれば水が出る生活”では見えにくかった、水と暮らしのつながりを実感できたという。
キヤノンマーケティングジャパンとFREEは今後、この技術の社会実装に向けて検証を重ねる意向だ。実証実験に関わった辰元宗人医師は「今後は例数を増やしながら、子どもからお年寄りまで、どなたでもこれまで以上に安全に飲み続けられるか、しっかりと検証していく」と語っている。
水を空気から確保し、循環できるということは、単に「水が使える」だけにとどまらない。水にまつわる不安が小さくなることで、暮らしや事業の前提そのものが変わっていく。
キヤノンマーケティングジャパンR&B推進本部で本プロジェクトに携わる藤井直人氏は、この水循環型ソリューションの活用方法について、次のように語っている。
「例えば、自治体では、災害時の断水に備えながら、平時にも活用できる設備としての導入が考えられる。水道インフラの整備が難しい地域や遠隔地の観光事業者にとっても、水の確保と環境負荷の両面で新たな選択肢となり得る。さらに、日常的に水の利用が欠かせない施設においても、水を止めないための仕組みとしての価値がある」
こうした仕組みが広がれば、水を中央のインフラに頼りきるのではなく、必要な場所ごとに支えていく社会へと近づいていく。同社R&B推進本部の阿部龍生氏は「場所にとらわれずに水を確保し、循環させることで、暮らしや施設のあり方もより柔軟になっていくと思う。災害時でも生活や事業を継続しやすい、しなやかな社会の実現にもつながっていくだろう」と未来像を語った。
これまで「水は運ばれるもの」だった。しかしこれからは、その場でつくり、循環させるという新しい選択肢が現実になりつつある。
水循環型ソリューションはまだ発展の途中にある仕組みで、実証実験を重ねながらより大きな規模での展開も検討されている。さらに、建屋型に加え、移動型の開発も進められており、必要な場所へ設備を移動させるといった活用も視野に入っている。
今回の実証実験で使われた建屋型(左)に加え、移動も可能なタイプ(右)の開発も進行中。
インフラ整備が難しいエリアはもちろん、インフラが一時的に機能しなくなった場面でも、水をその場に届け、循環させながら使い続けられる仕組みは、いざというときの心強い支えになるだろう。
水を取り巻く未来について、FREEの高橋代表はこう語る。
「水に困る人が少なくなり、日本だけでなく世界でも、水に対するストレスが少しでも減っていく社会につながればいいと思います。地震の多い日本では、インフラが止まった場合でも、できるだけふだんと変わらない生活を続けられることが大切。一方で、世界には安全な水にアクセスできない人も多くいます。最終的には、そうした方々にとっても、私たちの仕組みが水を支える存在になればと考えています」
この水循環型ソリューションは、災害やパンデミックなどのリスクに強い社会構築に貢献する取り組みを評価する「ジャパン・レジリエンス・アワード(強靱化大賞)2026」で、「最優秀賞」を共同受賞した。
キヤノンマーケティングジャパンが掲げる「想いと技術をつなぎ、想像を超える未来を切り拓く」というパーパスのもと、水のあり方もまた、大きく変わろうとしている。水をめぐる“当たり前”を見つめ直すことが、これからの暮らしを考えるヒントになるはずだ。
イラスト/Rino 取材・執筆/吉田友希 編集/佐藤まきこ(ELEMINIST編集部)
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