食の未来を共創する——東京から始まる、リジェネラティブな挑戦【SKSジャパンレポート】

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日本の食産業はいま、かつてない変革期を迎えている。2025年10月、東京で開催された「Smart Kitchen Summit Japan(SKSジャパン)」には、食のイノベーションをテーマに、国内外から企業やスタートアップ、研究者たちが集結した。未来の食産業を見据えた最前線の議論が交わされた本イベントから、本記事ではとくに注目すべき2つの取り組みを紹介する。

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2025.11.14

8回目を迎えた「SKSジャパン」

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今年で8回目を迎える「Smart Kitchen Summit Japan(SKSジャパン)」は、アグリテック、フードテック、レストランテック、KitchenOSなど、食を取り巻く最先端テクノロジーから、地域活性化や文化継承まで幅広いテーマを網羅するカンファレンス。北米や欧州、アジアをはじめとする世界各地から、イノベーターや研究者、企業、行政、アカデミアが集い、食の未来を共創するための議論が交わされた。

今年は「リジェネラティブ・フードシステム(循環型・価値創出型の食の仕組み)」の実現を主要テーマに掲げ、会場内外で約50の最新プロダクト展示やベンチャーピッチなど、多様なプログラムが展開された。本記事では、その中でもとくに注目を集めた2つの取り組みを紹介する。

味の素が描く食の未来ビジョン

味の素株式会社 取締役 代表執行役員社長 中村茂雄氏

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味の素株式会社 取締役 代表執行役員社長 中村茂雄氏

ひとつめに紹介するのが、味の素だ。

創業以来、同社が貫いてきたのは「事業を通して社会価値と経済価値を共創する」という考え方。現在は「ASV(Ajinomoto Group Creating Shared Value)」のもと、2030年までに環境負荷を50%削減し、10億人の健康寿命を延ばすという目標を掲げている。

Food as a Service(FaaS)が切り拓く新事業

味の素「あえて、」

50種類以上のメニューから好きなものを選ぶことができ、配送頻度も1~4週間から選べる。

現在、味の素が注力しているのが「Food as a Service(FaaS)」構想だ。これは、デジタル技術と社外コラボレーションを活かし、顧客と深くつながりながら人々のウェルビーイングを支える新しい事業モデルである。

その第一歩となるのが、献立提案サービス「未来献立(ミライコンダテ)」。栄養素のプロファイリングとAIによる嗜好分析を組み合わせ、栄養バランスと好みの両方を考慮した8日分の献立を提案する。無理なく続けられる無料ツールとして、生活者と味の素をつなぐ新たな接点を生み出している。

さらに注目すべきは、2024年に発売された冷凍宅配弁当「あえて」。栄養バランスとおいしさを両立した一食完結型のミールでありながら、開発・生産・販売の各工程を専門企業と協業することで、スピードと効率を両立。大企業が抱えがちな高コスト構造を打破し、「スタートアップのスピード感×大企業のスケール感」を実現している。

味の素「あえて、」

食物繊維・塩分相当量・野菜配合率において、1日あたりの摂取量目安の3分の1の量を目標に開発。おかずがごはんの上にのっていることで、レンジでチンした際にお米がふっくら仕上がるのだとか。

さらに、要介助者の食事をサポートする「RiTabell(リタベル)」、“おいしさで心を満たす”ことを目的としたメディアプラットフォーム「オイシサノトビラ」など、FaaS構想はさまざまな形で広がっている。単なる栄養や便利さを超えて、心と身体の両面から人の「食」を支える世界を目指しているのだ。

持続可能な未来へ。味の素が描く次の100年

SKSジャパンに登壇した、味の素株式会社 取締役 代表執行役員社長 中村茂雄氏

中村社長が強く意識しているのは、「次世代にちゃんと引き継ぎ、ちゃんと残す」こと。米国を代表する企業500社の平均寿命は、いまや20年にも満たない。急速に変化する時代において、企業が持続的に成長するためには、絶えず新しい事業を生み出し続けることが求められる。味の素グループも1909年の創業以来、社会の変化に寄り添いながら数々の新製品を世に送り出してきた。

その挑戦は今、グリーンフードの領域へと広がっている。

フィンランドのスタートアップ・ソーラーフーズが開発した微生物タンパク質「Solein」を活用した新ブランド「Atlr.72™(アトリエ・セブンツー)」では、二酸化炭素を原料に高栄養なタンパク質を生産。環境負荷の少ない新しい食の選択肢として、シンガポールを拠点に展開している。「サステナブルで、おいしく、ヘルシー」という食の理想を、日常に届ける試みだ。

「フードテックは、社会課題に新しい解決策を提示できる、可能性に満ちた領域です。志を共有する仲間が連携し、ちゃんと実行することが何より大切です」(中村氏)

経営スローガンは、「Think well, Do well」――“ちゃんと考えて、ちゃんと実行する”。この言葉には、目的を見失わず、本質的に考え、誠実に行動し続けるという信念が込められている。それこそが、味の素グループが次の100年へと歩みを進めるための礎になっている。

東京から食の共創が生まれる──Regenerative City Tokyo構想

東京建物株式会社 代表取締役執行役員 小澤克人氏

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東京建物株式会社 代表取締役執行役員 小澤克人氏

もうひとつ紹介するのが、東京建物の取り組みだ。

食を通じて都市の未来を再構築しようとする動きが、東京で始まっている。その中心に立つのが、129年の歴史を誇る東京建物だ。

八重洲・日本橋・京橋が育んできた「食」と、都市を再生する新しいまちづくりの視点

東京建物は1896年に創業し、今年で129年を迎える日本最古の総合不動産会社だ。同社は2030年を見据えた長期ビジョンの中で、「次世代デベロッパーへ」という将来像を掲げ、事業を通じて社会課題の解決と企業の成長を両立させることを目指している。

その実践こそが、いま同社が描く新しい都市像の中核にある。

創業以来、東京建物は東京駅前・八重洲エリアに拠点を置いてきた。この街の歴史を紐解くと、浮かび上がってきたのは「食」というテーマだった。

江戸時代、日本橋には魚河岸、京橋には青物市場があり、築地市場ができる以前から約300年にわたり、東京の“食の中心地”として栄えてきた。現在も200年以上続く老舗飲食店や食関連企業が集積し、街そのものが「食文化とともに発展してきた都市」と言える。

東京建物Regenerative City Tokyo構想

こうした背景をもとに、東京建物は「食」を軸にした新しい都市エコシステムの構築に乗り出した。パートナーに選んだのは、イタリアの「Future Food Institute」とスペインの「Basque Culinary Center」。いずれも、食を通じて社会課題の解決や地域再生をリードする世界的機関だ。

グローバルな知見を持つ両者との協働を通じて、東京建物が再確認したのは「食は人の健康やウェルビーイングを支え、文化や社会をつなぎ、経済を生み出す力を持つ」ということだった。

「“誰が、どこでつくっているのか”という関心から、人と地域がつながっていく。この感覚は、都市のまちづくりにも通じると感じています」(代表取締役執行役員の小澤克人氏)

都市は建物やインフラだけでなく、そこに暮らす人々の営みや文化、社会的つながりによって形づくられる。そして今、都市には気候変動をはじめとする地球規模の課題に対し、積極的に解決策を生み出すことが求められている。

東京建物株式会社 グループリーダー / 一般社団法人Tokyo Food Institute 代表理事 沢 俊和氏

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東京建物 都市開発事業第一部八重洲一丁目東プロジェクト推進室長 / 一般社団法人Tokyo Food Institute 代表理事 沢 俊和氏

コロナ禍以降、世界では経済成長だけでは測れない「ウェルビーイング」を重視する動きが加速している。経済と環境、そして人々の生活の豊かさを並列に捉え、「再生(Regeneration)」を軸に新しい成長の形を模索する流れだ。

サステナビリティが「現状維持」のアプローチだとすれば、リジェネレーションは「より良い状態を生み出す」考え方。環境だけでなく、文化や社会、人とのつながりを豊かに再生していくことを目指している。

こうした思想を都市開発に取り入れるべく、東京建物は2024年に「Regenerative City Tokyo」構想を発表。翌2025年9月には、ニューヨークで開催されたクライメートウィークにて、包括的なビジョンと行動指針をまとめた「Regenerative Cities Manifesto」を発表した。

東京が、”リジェネラティブな都市”として世界をリードし、ロンドンやパリ、ニューヨークなどのロールモデルとなることを世界に発信する——。その挑戦の根底には、食とまちづくりを通じて、人と社会、地球の循環を取り戻したいという願いがある。

未来につながる東京をつくる——「食」を軸にした取り組み

東京建物株式会社 グループリーダー / 一般社団法人Tokyo Food Institute 代表理事 沢 俊和氏

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東京建物 都市開発事業第一部八重洲一丁目東プロジェクト推進室長 / 一般社団法人Tokyo Food Institute 代表理事 沢 俊和氏

東京建物が目指すのは「理念と実践の両輪を回すこと」だ。「理念を語るだけでなく、具体的なプロジェクトを同時に動かすことが大切です」と、同社グループリーダーで一般社団法人Tokyo Food Institute 代表理事の沢俊和氏は語る。

その延長線上で、同社は2つの新たな概念を打ち出した。ひとつは、都市と地域をひとつの文化圏・経済圏として捉える「バイオリージョナル」。「東京だけでリジェネレーションは完結しません。食も水も地域の自然資源から来ているんです」と沢氏は指摘する。

都市の経済力や人材、地域の自然や技術を循環させ、双方が成長する仕組みをつくる——それがこの構想の核にある。2025年10月には、湯河原と「Sea Vegetable(シー ベジタブル)」との協定締結を予定し、実証実験をスタートする見込みだ。

もうひとつは、都市や国を越えて資源・資本・知恵を循環させる「イノベーションハイウェイ」。グローバルな連携を通じて技術革新を加速させ、リジェネレーションを社会実装することを目指している。

現在は、バルセロナやミラノとの協働、EU外郭団体EIT Foodとの連携も進行中。理念から実践へ、そして都市から地球規模の連携へ——東京建物の挑戦は、リジェネレーションの新しい形を描き出している。

文化を基盤に、都市を再定義する

「Regenerative Cities Manifesto」には、都市の未来を形づくる10の理念が掲げられている。その中でも核となるのが、「都市を生きたシステムとして捉える」という考え方だ。

「都市というと建物やインフラなどを思い浮かべがちですが、そこに暮らす人々の生活や食文化、自然との関わりも含めて都市は成り立っています。どちらか一方ではなく、両方があって初めて“都市”といえるのです」(沢氏)

もう一つ、とくに重要なのが「文化を不可欠なインフラとして位置づける」という理念だ。

「気候変動のような社会課題も、私たちの日々の選択から変えられます。何を食べ、何を選ぶか——その積み重ねが経済を生み、人と社会をつなぐ。そして、その選択を支えているのが文化です。行動や価値観、理念。すべての根底に文化があるのです」(沢氏)

文化を社会の基盤として捉え、それを軸にまちづくりやリジェネレーションを考えていくことが重要だ。また、マニフェストでは「若い世代をチェンジメーカーとして力づける」ことも掲げられている。

「次の社会を担う10代、20代が関わらなければ意味がありません。若い世代が一緒にリジェネラティブな未来をつくれるよう、私たちはその土台を整える必要があります」(沢氏)

東京建物は、このマニフェストを自社だけで実現しようとは考えていない。企業や行政、アカデミア、個人など、立場を越えて連携しながら、「国内外を問わず、多様な仲間とともに新しい都市のあり方を描いていきたい」という思いのもと、賛同者を広く募っている。

未来の“食卓”を変える、注目のフードイノベーション

会場では「食のみらい横丁」や「パネル展示」でも、次世代の食を切り拓く多彩な取り組みが紹介された。ここでは、その一部をピックアップして紹介する。

池田糖化工業

パネル展示では、大豆から生まれた動物性原料不使用の「植物性かつお節」を披露。伝統的なかつお節の風味を植物性原料で再現する挑戦は、ヴィーガンやベジタリアン市場への新たな可能性を示している。

Fujiwaea

固体培養技術と微生物インダストリープラットフォーム構想を発表。微生物を活用した次世代の食品生産技術は、持続可能な食料供給システムの鍵となる可能性を秘めている。

ZENB

豆から生まれた植物性100%のパフスナックを展示。植物性原料100%ながら高たんぱく・高食物繊維で、環境負荷を抑えながら栄養価の高いスナックを提供している。

USAPAN

米粉を使ったグルテンフリーパンの可能性を発信。小麦アレルギーを持つ人や、グルテンフリーを求める消費者のニーズに応えるだけでなく、国内の米の消費拡大にも貢献する。

Fooda(新虎イノベーションイニシアティブ)

新虎エリアにおけるサステナブルフードの展示やレストランとの協業を紹介。地域と連携した食のエコシステム構築の事例として注目を集めた。

日本の食が世界のウェルビーイングをつくる

SKSジャパンで見えてきたのは、日本の食産業が持つ大きな可能性だ。

味の素は100年以上の歴史の中で培ったアミノサイエンスを基盤に、スタートアップとの共創を通じて新しい食の価値を生み出そうとしている。東京建物は、都市と地域、そして世界をつなぐリジェネラティブな未来を描く。両者に共通するのは、食を単なる産業としてではなく、人々の健康、文化、環境、経済を結びつけるシステムとして捉える視点だ。

日本には伝統とイノベーションがバランスよく存在している。この強みは、「世界、とくにアメリカをはじめとする成長市場に刺さる余地が山ほどある」と、関係者たちは口を揃える。

食は日本の未来だ。そして、その未来は東京から始まろうとしている。

取材・執筆/藤井由香里、編集/佐藤まきこ(ELEMINIST編集部)

※掲載している情報は、2025年11月14日時点のものです。

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