森に生きる虎が私たちに問いかける、地球のいま

山田耕熙

Photo by ©︎KOKI_YAMADA

2010年、虎が絶滅危惧種に指定されたというニュースは記憶に新しい。だが、そのことが何を示しているのかを知る機会は少ない。間もなく、インドで野生の虎を追い続けている写真家の山田耕熙氏の展覧会が開催される。虎の生涯のみならず野生動物との共生について、自身が実際に見て感じたことを語ってくれた。

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2025.04.24
Promotion: Atelier Rantham

カメラを手にし、深く自然と向き合うようになった

山田耕熙

Photo by ©︎KOKI_YAMADA

生態系の頂点に立つ虎が、今まさに絶滅の危機に瀕している。かつては広大な森林を悠々と歩いていた彼らも、違法な密猟や環境破壊による生息地の減少によりその数を急速に減らしているという現状は、以前の記事でも紹介した。生態系のバランスを保つ重要な存在である虎を守るために、私たちができることとは何か——今こそ真剣に考える時だろう。

写真家の山田耕熙氏(以下、山田氏)は、インドのランタンボール国立公園で野生の虎を追い続けながら、写真を通して彼らの生涯を伝える活動をしている。4月26日からの写真展を控えた山田氏自らが、自身と野生動物との関わりや写真展の見どころについて語ってくれた。

山田氏がカメラを手にしたきっかけは、人生の転機に偶然見た一つのドキュメンタリーだった。それが自然への関心を持たせる決定打となり、極地への旅を決めたという。当初は技術的なことは何も知らず、ただ自分の目で見た世界を記録したいという思いで撮り始めた。

当時から旅行スタイルは単なる観光ではなく、自然に対する敬意を持ち環境を壊さない持続可能なツーリズムを意識していた。しかし実際にいろんな場所を訪れるに連れ、極地の自然環境でさえ人間によって変化していることを実感する。「当時人間関係に嫌気がさしていた僕は、人間社会から離れた場所を求めて旅先を選んだつもりだったのに、行く先々で自然が人間の影響をすごく受けていることを感じたんです。自然環境や野生動物を語るのであれば、同時に人間の存在を語らざるを得ないのだと、だんだんわかるようになりました」(山田氏)

動物が生息地を失う現状を目の当たりにし、思ったほど簡単に動物には出会えないことを痛感。そこから“人間の影響を受けていない場所を探す”旅から、“自然と人間の関係を記録する”旅へと意識が変化する。またさらに深く自然と向き合うようになった。

インドのランタンボールで虎と出会う

山田耕熙

Photo by ©︎KOKI_YAMADA

山田氏がインドのランタンボール国立公園を訪れたのは、まだ見ぬ場所を求めて旅をするなかで自然の流れだった。この公園はかつて王族の狩猟場だった場所が保護区となり、現在では野生の虎が生息している。

ランタンボール国立公園では、個体管理・識別のために一頭一頭に番号が付けられており(ストライプ柄の識別調査により個体を識別する。GPSなどの埋め込みは一切ない)、なかには現地のガイドらがつけた名前で呼ばれている個体も存在する。個体識別ができることで、特定の虎の家族の物語までも追うことができるのだ。山田氏はそんな部分にも撮影の面白みを感じ再訪を決めた。この決意が今の活動へとつながっていく。

「この時、写真はもはや自分のなかでは趣味ではなくなっていました。別に世の中的には何も評価されていないし、何も始まってすらいないのに、なぜか勝手な“使命感”がありましたね。厳しい自然を懸命に生きる虎たちの姿を撮影することで人生を前向きに進めることができるようになっていた自分としては、彼らの姿を世の中に伝えることできっと何か恩返しができるのではないかという想いがありました」(山田氏)

しかし虎に出会うには綿密な計画はもちろんのこと、同時に運も必要で、そもそも簡単には姿を見せてくれない。何日探し続けても、なかなか見られないこともあった。その分、出会いの数だけドラマが生まれる。

虎が水のなかを泳ぐという光景には、簡単には巡り合えない。そのなかでも冬に雄の虎が湖を渡るというシーンはとくに印象的だった。水面に映る姿、周囲の静寂、そして美しい光が絶妙に重なり、まさに自然の奇跡と呼べるような光景が広がっていた。その一枚は、自身にとっても特別な作品になった。ある時は、ふだんはシャイなオスの虎が殺気立ち、至近距離まで迫りながら雄叫びをあげた。全身の身の毛がよだつほどの緊張感を覚え、野生の持つ圧倒的な存在感を感じた。むろんカメラを持つ手が震え、ファインダーを覗くことすらできなかった。

ある朝は、ジャングルと人間世界の狭間で狩りに失敗したメスの虎が、痩せ細り途方に暮れた様子で境界壁の上に座り込んでいる場面を目にした。その印象は多くの人が虎に対し抱く、強いイメージとは真逆の、儚くか弱い姿だった。

「僕はなぜだか、そっちの方に心が惹きつけられたんです。自分が伝えたいのは、野生動物が必死に生きる命の儚さなんだなって…」(山田氏)

悲しみ、憂い、弱さ…。生態系のトップである虎の別の表情を見たことで、山田氏は自分と同じ生き物としての共感を抱き、さらにのめりこんでいく。

撮影を通じて感じた地球の姿

山田氏がランタンボール国立公園に通うなかで見たものは、虎の姿だけではない。虎を保護するための取り組みの背景を通して、地球の姿や人間との距離感も再認識することとなった。

インドという国で、なぜランタンボール国立公園では野生動物の保護に成功しているのか。その鍵は人間と野生動物との共存にある。

まず野生動物保護のために法律と規制が整備されていること。そして監視やパトロール活動を行うための組織的な管理がなされていること。さらに、政治的なリーダーシップにより地域住民と協力しながら共存のためのルールを定めていくプロセスがあること。これらが条件として求められる。

もちろん実現のためには経済面も無視できない。まずは地域住民に対し、野生動物保護に協力することで得られる経済的なメリットを提供。例えば家畜が捕食された場合の保険金支給などが挙げられる。その上で、持続可能な産業構築のために地元産業が長期的に利益を生むような調整が必要だ。現にランタンボール国立公園でのサファリ産業は地元の基幹産業になっており、これによって年間100億円ほどの経済効果がもたらされ、現地で約2万人の人々の生活に直接的影響を与えている。

そして肝だと言っても過言ではないのが貧困層の人々への支援と教育だ。例えば森林パトロールなど国立公園周辺の保全活動に携わる仕事の選択肢を提供することで、密猟などの違法活動から遠ざける取り組みが行われている。それだけではない。密猟で親が逮捕された孤児たちに対しても教育支援を行い、彼らが将来的に保護活動に関与できるような仕組みも整えられているのだ。それらはまさにサファリ産業による経済効果によって達成することができる。

これらの要素が絡み合いながら、野生動物を保護しつつ人間と自然の持続的な共存を可能にしている。山田氏はこう語る。

「野生動物を観光資源として活用することに、違和感を覚える人がいるかもしれません。けれども、“手つかずの大自然=野生”というケースはほぼないというのが、僕の経験からの理解なんです。今の時代、人間が辿りつけない場所なんてほとんどないじゃないですか。そういう意味では、野生動物が暮らす場所は全然遠い世界じゃない。そして現代では、人間との共存なくしてワイルドライフは保たれないと考えています」(山田氏)

一方で、虎の絶対数が増えればいいという単純な問題ではないことも頭に入れておかなければならない。虎が増えても、虎が棲める森はこれ以上増えないのだ。人間による環境破壊は現在進行系で進んでおり、その影響は地球規模で広がり続けている。

「僕らが日常生活で使うもののすべてが、彼らの生きる場所を奪いかねないんです。自分が買う商品によっては、森の木を切ることに一票を投じているかもしれない。だからこそ、まずは知ることが大切だと思います」(山田氏)

テーマごとに異なる視点から構成される展覧会

山田耕熙

Photo by ©︎KOKI_YAMADA

山田氏が撮影した虎の姿は、2025年4月26日(土)〜5月17日(土)まで、東京の代官山ヒルサイドフォーラムで見ることができる。初の大規模個展であり、長年取り組んできたシリーズの集大成でもある今回の展示は、テーマごとに異なる視点からいくつかの章で構成されている。

例えば第2章では、“今を生きる”というテーマのもと写真を表現している。なかでも、先に紹介した虎の儚さを、掛け軸や屏風の日本的表現で展開するなど、これまでと異なった表現方法に挑戦している。個別の虎の物語や境遇を通して、生命の美しさや脆さに焦点を当てている。ランタンボールで取材活動をする写真家は世界中に多くいるが、これは日本人の山田氏だからこそなし得ることのできる表現方法と言える。

4章では“ランタンボール 虎と生きる世界”と題し、虎の保護に向けた取り組み、密猟対策、サファリ産業を通じた地域への還元などを深く掘り下げている。写真に加え、山田氏のナレーションやスライドショーで現地のストーリーを伝えるとあって、今回のインタビューで語ってくれた内容を、より体系的に知ることができるだろう。

このように日本の伝統的な表現方法を取り入れた掛け軸や屏風などの表現や、観る者に視覚的・感情的なインパクトを与える構成が含まれ、とてもユニークな内容になっている。そのうえで、第5章のテーマが“家族の物語”であることにあえて着目したい。山田氏はとくに、虎の子育てと家族関係について深い関心を寄せている。

虎の母親は約2年で子どもを育て、その間に狩りのスキルや生存の知識を教える。子育て期間が過ぎると子どもたちは母親から離れ、自分のテリトリーを確立しなければならない。とくに娘は母親のテリトリーを奪おうとすることが多く、母娘間で競争が生じることもあるのだ。このように、虎の家族は力強い絆を持ちながらも、自然界のルールにしたがって離別する運命にある。この儚さと生存への挑戦は、山田氏がとくに心惹かれる部分でもあるという。

「2年という限られた時間のなかで1日たりとも無駄にせず、自分が持っているすべてを伝えていくんです。将来自分の敵になるかもしれない相手にすべてを教えるって、本当に“愛している”ってことじゃないですか。こういう在り方を見ると、人間もそこに感情移入できると思うんですよね。生き物として尊敬できる部分もたくさんあります」(山田氏)

山田耕熙

Photo by ©︎KOKI_YAMADA

インタビューからは、野生動物と人間の共存という複雑な課題に対する山田氏の深い理解と情熱が伝わってきた。人間と自然の繋がりから家族の愛まで、展覧会にはあらゆることを考えるきっかけが満ちていることだろう。

山田耕熙

Photo by ©︎KOKI_YAMADA

展覧会タイトル:Nahar — Ranthambhore
アーティスト:山田耕熙|Koki Yamada
会 期:2025年4月26日(土)-5月17日(土)
時 間:10:00‒20:00(最終日は17:00まで)
休館日:無休
入場料:無料会 場:代官山ヒルサイドフォーラム
(〒150-0033 東京都渋谷区猿楽町18-8ヒルサイドテラスF棟1F)
アクセス:
東急東横線「代官山」駅下車 徒歩3分
東急東横線・地下鉄日比谷線「中目黒」駅下車 徒歩7分
JR山手線・JR埼京線・地下鉄日比谷線「恵比寿」駅下車 徒歩10分

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●ご応募期間:2025年5月24日(土)23時59分まで
●ご応募方法:記事末のアンケートにご回答のうえ、必須項目にご入力ください。
●当選連絡:当選者には、2025年6月上旬にELEMINIST編集部(edit@eleminist.com) よりメールにてご連絡、その後発送とさせていただきます。

山田耕熙さん

Profile
山田耕熙/写真家
南極、北極、アラスカ、アフリカ、ガラパゴス諸島などへ旅し、さまざまな野生動物たちの姿を撮影。インド・ランタンボール国立公園を訪れて以降は、野生の虎たちに深く魅了され、その姿をひたすらに追い続けている。2020年 第8回日経ナショナルジオグラフィック写真賞ネイチャー部門最優秀賞受賞。
https://kokiyamada.jp/

取材協力/山田耕熙 取材・執筆/河辺さや香 編集/後藤未央(ELEMINIST編集部)

※掲載している情報は、2025年4月24日時点のものです。

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