安楽死とは? 認められている国や日本と世界の現状

ステンレス製のivスタンドにぶら下がっているデキストロース

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安楽死とは、死を間近にした人が自らの意思で死期を早めてもらうこと。医療技術の進歩により、さまざまな病気や怪我の治療、延命が可能になった一方で、「どう死ぬか」の選択も迫られる時代がくるかもしれない。この記事では、日本や世界の現状と抱える課題について解説する。

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2024.08.09

安楽死の定義とは

手術室

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安楽死(euthanasia)とは、死期が近い患者に安らかな死をもたらすための意図的な行為だ。ギリシャ語の「eu(いい、正しい)」と「thanatos(死)」を語源としている(※1)。1930年代にアメリカとイギリスで安楽死協会が設立され、現在では多くの先進国で同様の組織が存在している。

安楽死の要件には、治療法がなく死期が近いこと、耐えがたい苦痛があること、患者の明確な意思確認、医師による処置が含まれる。これは「死を間近にした人が、身体的苦痛に耐えかねて自らの意思で医師に死期を早めてもらうこと」と定義されている。

安楽死の主な種類

安楽死にはいくつかの種類がある。そのなかで主たる3つを解説する。

消極的安楽死

消極的安楽死とは、怪我や病気で苦しむ期間を長引かせないために延命治療を中止し、死期を早めることである。例として、人工呼吸器の取り外しや、必要な薬の投与を停止するなどがある。消極的安楽死は、延命のためだけの治療を中止して患者の苦痛を緩和させ、尊厳を保ちながら死を迎えることを目的としている。

間接的安楽死

間接的安楽死とは、怪我や病気の苦痛を緩和させる行為が副次的な結果として死期を早めることである。例として、強力な鎮痛剤や鎮静剤の使用により苦痛を軽減しつつ、その副作用として生命機能が低下することがある。間接的安楽死は、患者の苦痛緩和が主な目的である。

積極的安楽死

積極的安楽死とは、怪我や病気の苦痛をいち早く免れさせるため、意図的に死期を早めることである。積極的安楽死は、治療法がなく、耐えがたい苦痛に苦しむ患者が自らの意思で死を望む場合に実施される。患者の苦痛を迅速に取り除くことを目的としており、法的および倫理的な議論の対象となっている。

安楽死と尊厳死の違い

安楽死と尊厳死は、いずれも不治かつ末期の患者が自身の意思で死を迎える点で共通している。しかし、死期を早める方法に違いがある。

尊厳死とは、治癒が難しい患者が自身の意思で延命治療を拒否し、自然に死を迎えることである。延命措置を中止することで死期を迎える「消極的安楽死」とも重なる。患者の尊厳を守り、苦痛を和らげるケアに切り替えるために実施される。

安楽死は「積極的安楽死」と同義とされることが多い。医師など第三者が薬物を投与するなどして、患者の死期を積極的に早めることだ。世界的には、尊厳死も安楽死の一形態と見なされることが多い。しかし、日本では明確に区別されている。

安楽死と医師幇助自殺の違い

医師幇助自殺とは、医師が致死薬を処方し、患者が自らそれを服用または点滴のストッパーを外すなどして自殺を図る方法である。

安楽死と医師幇助自殺の違いは、行為の主体にある。安楽死は、医師が直接患者に致死薬を投与する、延命措置を中止するなどして死をもたらす。一方の医師幇助自殺は、医師が致死薬を処方するか点滴を用意し、患者自身がそれを服用するか点滴のストッパーを外して自殺を遂げる。つまり安楽死では医師が直接実施し、医師幇助自殺では患者自身が最後の行為を行う。

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安楽死をめぐる世界の動向

地球儀

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安楽死をめぐる世界の動向は、どのようになっているのだろうか。

自殺幇助のみを認めている国

スイスでは積極的安楽死は禁止されているが、刑法の解釈にもとづき自殺幇助は認められている(※2)。2017年末には、医師幇助自殺による死亡者が1,000人を超えた(※3)。

自殺幇助のみを認めているのは、患者の意思を尊重し、自らの判断で死を選ぶことを可能にする一方で、第三者が直接死をもたらす行為を避けるためである。自殺幇助を受けるには、厳しい条件と手続きがある。条件を設けることにより乱用を防止し、倫理的な基準を保つことを目指している。

積極的安楽死と自殺幇助を認めている国

オランダ、ルクセンブルク、ベルギー、カナダ、オーストラリアの一部、ニュージーランド、スペイン、コロンビアなどの国・地域が積極的安楽死と医師幇助自殺の両方を容認している。とくにオランダは、2001年に「要請に基づく生命終結と自死介助法」が成立し、厳格な要件を満たすことで医師の刑事責任が免除されている。2022年には積極的安楽死で8,720人亡くなった(※4)。

消極的安楽死(尊厳死)を容認する国

消極的安楽死を容認する国は多く、イタリアでは2017年に「尊厳死法」が成立。韓国では延命治療を中断する法律が2018年に成立した。その他、米国の50州・1特別区、ドイツ、イングランド、オーストリアなどの欧州諸国、アジアではインド、タイ、台湾、シンガポールなどが含まれる。

これらの国々では、将来、自分で判断できなくなった場合に備えて、特定の治療を受けたくないといった希望をあらかじめ示しておく"事前指示"が規定に含まれており、条件が揃っている場合に治療中止が法的に認められている。(※5)

日本における安楽死の現状

富士山と五重塔

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日本政府は、安楽死に対してどのような見解を示しているのだろうか。

日本では認められていない

日本では、安楽死は刑法第202条により嘱託殺人罪として禁止されている(※6)。刑法第202条では、自殺の幇助や同意を得ての殺人が処罰対象となる。

なお、平成15年に厚生労働省が行った意識調査によると、多くの日本国民(74%)が末期状態での単なる延命治療を中止すべきと考えている。しかし、積極的安楽死を支持する人は少数である。具体的には、一般国民の13.8%、医師の2.5%が積極的安楽死を支持している(※7)。

医師と一般国民の間で意見の違いがある背景には、医師の責務感や医学の進歩に対する認識が影響している。また、患者が自分の苦痛だけでなく家族の精神的・経済的負担を考慮することも重要な要因である。

日本で起きた"安楽死事件"と判決

これまで日本で起きた"安楽死にまつわる事件"とその判決を見ていこう。

成吉善(ソル ギルソン)事件

成吉善事件は、1946年に起こった日本初の安楽死裁判事件だ。被害者である母親が脳溢血で全身不随となり、祖国朝鮮への帰国の望みも絶たれたことで息子の成吉善氏に死を求めた。同氏は母親の悲痛な心情を察し、青酸カリを用いて母親を死なせた。

この事件は尊属殺人として起訴されたが、後に嘱託殺人に変更された。弁護側は安楽死として違法性阻却を主張したが、母親を医師に診察させなかった点と母親の苦痛が精神的なものであった点が指摘され、懲役1年、執行猶予2年の判決がくだされた(※8)。

山内事件

1961年に発生した山内事件は、日本で安楽死に関する基準「安楽死六要件」が初めて示されたケースとして注目された。山内事件では、全身不随で寝たきりの父親が、病状悪化と苦痛から自らの死を望むようになり、息子が父親を農薬で殺害した。

名古屋高等裁判所は、判決にあたり「不治の病で死が目前」「耐え難い苦痛」「死苦の緩和目的」「本人の真摯な同意」「医師による手段」「倫理的妥当性」の6要件を示した。山内事件ではこれらを満たさなかったため、息子は嘱託殺人罪として懲役1年、執行猶予3年の判決を受けた(※8)。

東海大学病院事件

1991年4月13日に発生した東海大学病院事件では、東海大学附属病院で末期がん患者に塩化カリウムを静脈注射して死亡させたとして、医師が殺人罪で起訴された。1995年3月28日に、横浜地方裁判所で懲役2年、執行猶予2年の有罪判決がくだされた。(※9)。

裁判長は名古屋高等裁判所の「安楽死六要件」を見直し、新たに積極的安楽死に関する四要件を示した。その要件は「耐えがたい激しい肉体的苦痛が存在する」「死が避けられず、かつその死が迫っている」「肉体的苦痛を除去、緩和するために方法を尽くし、他に代替手段がない」「患者の意思表示が必要」の4つ。この基準に照らして、本件は積極的安楽死に該当しないと判断された。

京都ALS患者嘱託殺人事件

京都ALS患者嘱託殺人事件は、2019年11月にALS患者の女性が2人の医師に薬物で殺害された事件である。患者はSNSを通じて2人の医師と知り合い「安楽死」を依頼した。医師らは患者のマンションで「胃ろう」から薬物を注入し、患者は呼吸停止に陥り死亡した。司法解剖で急性薬物中毒が判明し、医師2人は嘱託殺人罪で起訴された(※10)。

日本における安楽死の法的要件とは

日本における安楽死は、刑法第202条により嘱託殺人罪として処罰される(※11)。そのうえで、名古屋高裁が提示した安楽死の許容6要件は「不治の病で死が目前」「耐え難い苦痛」「死苦の緩和目的」「本人の真摯な同意」「医師による手段」「倫理的妥当性」、横浜地方裁判所の積極的安楽死の許容4要件は「耐えがたい激しい肉体的苦痛が存在する」「死が避けられず、かつその死が迫っている」「肉体的苦痛を除去、緩和するために方法を尽くし、他に代替手段がない」「患者の意思表示が必要」である。

安楽死は、この要件を満たす場合のみ違法性が阻却される。積極的安楽死は4要件を満たすことは実質難しく、満たさずに行った場合は罪に問われる。消極的安楽死は、医師の不作為による場合に限られる。

国は終末期に関するガイドラインを策定

厚生労働省は、2007年と2020年に終末期に関するガイドラインを策定した。2007年に策定した「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」は、2006年の富山県射水市での人工呼吸器取り外し事件を契機に作成された。本ガイドラインは患者本人の意思を基本とし、医療・ケアチームによる慎重な判断を求めている。

2015年には「人生の最終段階の決定プロセスに関するガイドライン」に名称変更され、医療従事者と患者・家族の信頼関係とコミュニケーションが重要とされている。

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安楽死制度の課題

手術中の医師

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安楽死制度の法制化には、どのような課題があるのだろうか。

法の拡大解釈

オランダのハーグ地方裁判所で開かれた、後期認知症患者の安楽死をめぐる訴追事件の裁判では、患者の最終的な意思確認について物議を醸した(※12)。

安楽死を合法化すると、その適用範囲が広がり、意図しないケースでも安楽死が選択されるリスクが増加する。とくに高齢者や障がい者など社会的に弱い立場の人々が、周囲の圧力や経済的理由から安楽死を選ばざるを得ない状況に追い込まれる可能性が懸念される。

医師による判断のばらつき

安楽死にあたり"患者本人の自己決定を尊重する"とした場合でも、致死薬の処方・投与の際には医療者の判断が欠かせない。どのような状態が「安楽死」を容認できる末期であるのか、病気の状態や経過は人それぞれ異なり、また、「この状態は辛くて耐えがたいだろう」と判断するレベルも医師によって異なる可能性がある。

同じような病状の患者に対して、一方の病院は延命のための治療がなされ、一方の病院では安楽死のケースが多い、という差も生まれる可能性がある。ガイドラインを作成しても、医師個人の判断に任せることでばらつきが生まれることが懸念される。(※13)

続く安楽死に関するさまざまな議論

ミーティング

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安楽死についてどのような議論が繰り広げられているのだろうか。

難病患者の思い

終末期の苦痛や絶望を抱える難病患者にとって、安楽死は尊厳ある最期の選択肢となりえる。一方で、安楽死制度が認められ、自分と同じ病気、病状の患者がその選択をした場合の影響も懸念される。「家族に介護で大変な思いをさせるぐらいなら死んだ方がいいのか」「安楽死する選択があるのに選ばないのなら、自分で選んだ苦しい生き方を受け入れなさい、と思われてしまいそう」と言ったプレッシャーを口にする難病患者もいる。(※14)

同じ難病に罹った人でも、安楽死制度を求める人、安楽死制度を拒否する人がいる。

倫理的または宗教的な視点

宗教によっては、安楽死を容認していない。一方で、倫理的には患者の苦痛を和らげるために安楽死を支持する意見もある。これらの視点の対立は、安楽死の合法化に向けた合意形成を難しくしている。社会全体で倫理的、宗教的な観点を尊重しながら、慎重な議論が求められる。

医療従事者の負担

安楽死の実施には、医療従事者に対して精神的、倫理的な重圧をもたらす。治療の中止や終末期の選択にかかわることで、患者の苦痛や死に直面することは大きな負担となるだろう。医療従事者が安楽死に対する葛藤をどう乗り越えるかが、制度の実現可能性を左右する。

高齢化社会における終末期の選択の問題

病気の患者に限らず、高齢化社会においては高齢者の安楽死についても議論の対象となる。オランダなどでは、安楽死の対象が肉体的な苦しみから、精神疾患や認知症、年をとっていくつもの病気が重なる老年性複合疾患による持続的な苦しみにまで拡大する動きが出ている。医療的なケアや緩和の方法が残されていながらも「こんな身体ならもう生きていたくない」と安楽死を選ぶケースも否定できない。(※15)

また、高齢により自己決定の能力が低下した人は、一日のなかでも意識がはっきりしているとき、そうでないときが往々にしてある。安楽死を望んだり望まなかったりする場合などは、判断が難しい。超高齢化を迎えた日本では、高齢者の時期が長期化する人が今後ますます増えていく。終末期の選択に安楽死を含める、含めないは難しい議論となる。

人間と生命の尊厳に関わる問題は長年の課題

砂時計

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安楽死は、SDGsの目標3「すべての人に健康と福祉を」と相反するように見えるかもしれない。しかし、福祉には「どう生きるか」だけでなく「どう死ぬか」も含まれる。

世界の国においても法制化や対応がわかれる難しい問題である安楽死。日本の現状やどのような議論がなされているのかをこの記事では扱った。

※掲載している情報は、2024年8月9日時点のものです。

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