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無制限の経済成長モデルを見直し持続可能な社会を目指す、いま注目の新しい概念「デ・グロース(脱成長)」。地球環境の限界を考慮し、資源の効率的利用と社会の幸福(ウェルビーイング)を優先する、そんな社会の実現が可能なのかを解説する。
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デ・グロース(脱成長)とは、2000年代初頭フランス出身の思想家セルジュ・ラトゥーシュらによって提唱された、経済成長を無制限に追求する現在の主流経済モデルに対する批判から生まれた概念だ。経済成長は必ずしも社会の幸福や持続可能性に直結しないという考えに基づき、資源の有限性や環境への負荷を重視し、持続可能な社会構築を目指す。経済的な富を追求するのではなく、ウェルビーイング(幸福)を優先させた思想である。
具体的には、物質的な消費を抑え、質的な豊かさを追求することで、環境負荷を軽減しつつ人々の生活の質を向上させることを目指している。デ・グロースの思想は、物質的な成長を求める代わりに、社会的・環境的な持続可能性を優先する。これには再生可能エネルギーの利用促進や、地域コミュニティの強化、労働時間の短縮、共有経済の推進などが含まれる。このような取り組みを通じて、人々はより少ない資源で豊かな生活を送れるとされる。
デ・グロースが注目される背景には、持続可能な発展を求める社会的な高まりと、従来の経済成長モデルの限界がある。とくに気候変動や生物多様性の喪失などの環境問題が深刻化するなかで、無限の成長を前提とした経済システムの持続可能性が疑問視されている。
ここで注目されるのが「デカップリング」(※1)という概念だ。デカップリングとは、経済成長と環境負荷の分離を意味し、技術革新や効率化によって経済が成長しつつも環境への悪影響を減少させることを目指す。しかし現実には多くの国でデカップリングが十分に実現されておらず、むしろ経済成長に伴って環境問題はさらに悪化している。とくに先進国では、工業生産の効率化や環境規制の強化によって、一部の環境指標では改善が見られるものの、全体的な資源消費や廃棄物の量は依然として増加傾向にある。これは、技術的な改善が成長のペースに追いつかないためだ。
また新興国においても、急速な経済成長に伴い環境破壊が加速している。こうした状況下で、従来の成長モデルを見直し、持続可能な生活様式を模索することが急務とされている。さらに新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行も、健康や新たな価値観、人生観について熟考する契機となった。これらが成長そのものを見直し、質的な豊かさにシフトするデ・グロースの重要性を高めているのだ。
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デ・グロース(脱成長)を達成するには、ローカリゼーションへの移行が重要とされている。ローカリゼーションとは、グローバリゼーションに対する概念として、地域性や地方性を重視する取り組みやプロセスを指す。フランスの思想家セルジュ・ラトゥーシュが提唱した「8つの再生プログラム」は、このローカリゼーションへの移行に必要なプロセスを示している。以下にその概要を紹介する。
再評価とは、競争や消費といった現代社会における価値観や優先事項を見直し、持続可能な未来を築くために必要な価値を再評価することを指す。物質的な豊かさよりも、環境の保全や社会的な公正、生活の質の向上などを重視する価値観にシフトすることが求められる。
概念の再構築は、経済や社会に関する既存の概念やフレームワークを再構築し、新しい視点から問題を捉え直すことを意味する。例えば「成長=進歩」「大量消費=賞賛」という従来の経済的なパラダイムを見直し、持続可能性や社会的公正を中心に据えた新しい概念を構築することが求められる。これにより、持続可能な開発目標やエコロジカルな生活スタイルの推進が図られる。
社会構造の再転換は、既存の社会構造を根本から見直し、社会的構造や関係を持続可能なシステムに調整することを意味する。経済的、社会的、環境的に持続可能な形で再設計することで、現在の消費主義社会から脱却し、共生型の社会を実現する。
再分配は、公正な社会実現のために資源や富を再分配することを指す。社会関係の再構造化を通じて、階級間や世代間の格差を是正し、富や自然資源へのアクセスを公平にする。これにより、すべての人が基本的な生活水準を享受できるようになる。また地域ごとの資源の公平な配分を行い、持続可能な地域社会の構築を目指す。
再ローカリゼーションとは、経済活動に限らず、地域レベルで政治的および文化的な決定も行い、地域の管理体制を強化することを目指すものである。この取り組みによって、商品の流通や資本の移動を最小限に抑え、資源の消費を減少させることで地域の自立性を高められる。地域内で生産したものを地域内で消費することで、地域経済の活性化と環境負荷の軽減が期待できる。また地元の文化や伝統を大切にし守ることにより、地域コミュニティの絆やアイデンティティを強化し、持続可能な社会を築く基盤となる。
削減とは、自然環境および社会関係にかかっている負担を軽減することを指す。この概念は、エネルギーの効率的な使用や再生可能エネルギーの導入を通じて資源の無駄遣いを最小限に抑えることや、個人や企業が環境に与える影響(エコロジカル・フットプリント)を最小限に抑えることを目指している。
再利用は、使い捨てを減らし、地域のリソースや才能を有効活用する取り組みである。物を廃棄する前に可能な限り再利用し、新たな資源の消費を減らす。これにより廃棄物の量を減少させるとともに、持続可能な資源管理を推進する。家具や衣類、電子機器など、再利用可能な物品のリサイクルやアップサイクルが含まれる。
リサイクルは、廃棄物を再生可能な資源として再利用し、持続可能な未来を築くことを目的とする。廃棄物を資源として再生し、新たな製品の原材料として活用することで、資源の循環利用を促進する。これにより廃棄物の量を削減し、環境への負荷を最小限に抑えられる。プラスチックや紙、金属などの素材をリサイクルする取り組みが含まれる。
以上8つの再生プログラムは、デ・グロース(脱成長)の理念を具体的に実現するための指針だ。これらの取り組みを通じて、経済成長に依存しない持続可能な社会の構築を目指している(※2)
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デ・グロースの理念を実現するためには、さまざまな分野で具体的な取り組みが求められる。以下にいくつかの例を紹介する。
再生可能エネルギーの普及が不可欠だ。風力や太陽光発電、バイオマスエネルギーなどのクリーンなエネルギー源を活用し、化石燃料への依存を減らすことが求められる。またエネルギー効率の向上も重要であり、断熱材の利用や省エネルギー機器の導入が推進されている。
交通システムの見直しも、重要な課題である。公共交通機関の利用促進や、自転車・徒歩の環境整備が進められている。また電気自動車やシェアリングエコノミーの導入も、交通分野での持続可能性を高めるための重要な取り組みである。これにより交通による二酸化炭素排出を削減し、都市の環境を改善できる。
食の分野では、有機農業や地産地消の推進が挙げられる。農薬や化学肥料を使用しない有機農業は、環境への負荷を軽減するだけでなく、健康にもいいとされる。また地元で生産された食材を地元で消費する地産地消は、輸送による環境負荷を減少させるだけでなく、地域経済の活性化にも寄与する。さらにフードロスの削減も重要だ。フードドライブなどの活動を通じ、食材の適切な管理や余剰食品の再利用が推進されている。
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デ・グロース(脱成長)は、経済成長を無限に追求することの限界を認識し、持続可能で質の高い生活を目指す新しいアプローチだ。エネルギー、交通、食、労働などのさまざまな分野での取り組みを通じて、デ・グロース(脱成長)の理念を実現することが求められる。
持続可能な未来を築くために、我々一人ひとりが行動を起こすことが重要だ。デ・グロースの実現には、社会全体の協力と意識改革が不可欠であり、そのためには教育や政策の見直しも必要だ。持続可能な社会を次世代に引き継ぐには、価値観を大きく変換するタイミングにきているのかもしれない。
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