「我慢する」から「もっと知る」へ 生物多様性の宝庫、西表島 から学ぶ「レスポンシブルツーリズム」(前編)

西表島の夜空

Photo by motti西表島

「レスポンシブルツーリズム」や「責任ある観光」と聞くと観光客が何かしら”我慢する”というイメージが浮かぶ方が多いのではないだろうか。本記事では、沖縄県竹富町西表島の取り組みを通して、観光客が我慢するだけではなく楽しめる持続可能で新しい観光の可能性について、考えてみたい。

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2023.01.26
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生物多様性の宝庫「西表島」とは

西表島と聞くと、「東洋のガラパゴス」「イリオモテヤマネコのいる島」「最近、世界遺産になった場所」など、様々なイメージをお持ちではないだろうか。西表島は、東京、関西、福岡、沖縄本島のハブ空港から石垣空港を経由し、飛行機とフェリーを乗り継いでやっとたどり着くことができる場所にある。石垣島を中心とした八重山諸島で一番大きな島でありながら、フェリー以外で入島する方法がない貴重な離島のひとつだ。

島のほとんどが国立公園、唯一無二の豊富な観光資源

決して簡単にたどり着ける場所ではないにもかかわらず、ここまでの認知度を誇っているのは、“生物多様性の宝庫である”という点が大きいだろう。元々アジア大陸と地続きだった地理的歴史を持つこの島は、日本本島はもちろん、沖縄の他の島にもみられない、西表島特有の生物たちであふれている。代表格として国指定の特別天然記念物「イリオモテヤマネコ」*1が有名で、一度はその名を聞いたことがある方も多いのではないだろうか。

観光地という側面から切り取る場合、特筆すべき点がいくつかある。まずは、島の約90%が国立公園であるということ。国として保護すべき美しく独特な自然が残っており、見学すべきスポットに恵まれている。先に述べた「イリオモテヤマネコ」をはじめ、絶滅危惧種に指定されている動物も多く*2、この島でしかみられない植物、動物、昆虫を見るために訪れる人も少なくない。2つ目は、2021年に、「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」として世界自然遺産に登録された点*3。大きなニュースとして一般にも広く報道されていたため知る人も多いと思うが、国際的にも守るべき土地としてのお墨付きを得た。3つ目は、2018年、日本初の「星空保護区」*4に指定されている点。陸地の美しさだけでなく、見上げた空までもがとびきりの観光資源になっている。

ここに紹介しただけでも、実に豊かな観光資源があることがお分かりいただけるであろう。ピーク時には年間30万人以上が訪れた島だが、現在はコロナの影響もあり12万人強に留まっている*5。しかしながら、現地の方が口にするのは「たくさん観光客を誘致するのが目的ではない」との言葉。この記事では、彼らが実践するレスポンシブルツーリズム(責任ある観光)についてお伝えしたい。

全ての命は支え合い。欲張らず、必要な分だけをいただく

この島で、誰もがナンバーワンと太鼓判を押すベテランネイチャーガイドの森本さんは「西表島の人々が自然や動物と共にうまく生きてきたのは、人間が生き抜くためにそうする必要があったからです。小さな島で生き残るためには、欲を出しすぎずに“必要な分だけ”自然をいただき、自然を残しておく必要があった。命はみんな支えあっていて、繋がっているんです。人間も、その一部にならなければ生き残れない。自然な流れです」という。

実は、イリオモテヤマネコや、カンムリワシが絶滅危惧種に指定されているのには、ある一つの特徴が起因している。それは、“増えづらい”ということ。イリオモテヤマネコは年に1回の出産で1〜2頭、カンムリワシに至っては年に1度、1つしか卵を産まないため、今ある個体数を大事に守っていくしか策がない。

最近リニューアルした環境省西表野生生物保護センターでは“いのちの「つながり」と「にぎわい」”をテーマに、生き物の命について五感を使って展示を体験できるので、ぜひ西表島を訪れた際には立ち寄ってもらいたい。最初はワイルドに見えた動物も植物も、実は非常に奥ゆかしく、決してむやみに個体数を増やさず、自分が命の繋がりの一部になっているのだと学ぶことができる。

豊富な観光資源がありながら、観光業に頼らない生き方

豊かな観光資源があり、島民のほとんどは、何かしらの形で観光業に関わっているにもかかわらず、観光業をビジネスとして捉えている印象は感じられない。島民にとって、観光客を受け入れるのはあくまでも交流やおもてなしであり、生きていく手段として依存している状態ではないという。取材を通じて印象的だったことは、島民の生活が非常に豊かであること。「歯医者がない」「役場の手続きが出来ない」など、物理的に島の中で不便はあるが、家族、友人、家、食べ物、水、など、生きていくのに本当にエッセンシャルなものは、自分たちで賄えている。実際に「観光業を活性化すれば収入が増える」という話があっても、ほとんどの島民は興味を示さないという。

星空ガイドの望月さんはこう語る。「島民は、生まれた時からこの満天の星空を見て育っています。島外から“西表の星空が見たくて来ました”と言われても、“よそでは、星は見えないんですか?”と不思議な顔をしています。とても贅沢なことですよね。この島の人にとっては、この唯一無二の豊かな自然があるのは当たり前のこと。だから、自然で商売をしようという考えもありません。それでも観光業をするのは、この美しい自然を知らない方に知ってもらうことで、自然を一緒に守り続けて欲しいからなんです」

取材当日、生憎の天気だったため星空は見られなかったが、代わりに星空の案内とともに紹介してくれた“光害(ひかりがい)”の取り組みが興味深い。「西表島には、海亀が産卵しに来ます。産まれたての海亀の赤ちゃんは、月の光が水面に反射する光を頼りに、頑張って海まで走り抜くのです。ところが自動販売機や街灯など、それ以外の光が光っていると勘違いをして、無事に海まで辿り着けず死んでしまいます。お住まいの都会の暮らしにも、夜に無駄な光はありませんか? 実は、植物や動物を苦しめているかもしれません」西表島では、街灯などの夜の光は、自然や動物を守るために計算されて改修されているという。まだ認知度の低い光害だが、実際は被害が大きく、喫緊の課題として取り組む自治体も増えているのだとか。

自然とともに暮らすというより、自然の一部として暮らしている。本物の暮らしがここにあった。世界随一の満天の星空も、他に類を見ないほどユニークな生き物がいることも、島民にとっては、エンターテイメントではなく、日常なのだ。責任ある観光とは、造られたアトラクションに参加することではなく、本物の暮らしをそっと分けてもらうことのように感じた。(後編に続く)

「我慢する」から「もっと知る」へ 生物多様性の宝庫、西表島 から学ぶ「レスポンシブルツーリズム」(後編)

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撮影/uma 
企画・取材/田畑珠理(ELEMINIST編集部)
編集/後藤未央(ELEMINIST編集部)

※出典
*1 西表野生生物保護センター「イリオモテヤマネコとは」
https://iwcc.jp/iriomotecat/cat/
*2 西表野生生物保護センター「希少な生きものを守るために」
https://iwcc.jp/iriomotejima/species/
*3 世界自然遺産ホームページ 「奄美・沖縄」
https://world-natural-heritage.jp/amami-okinawa/
*4 国際ダークスカイ教会(東京支部)ホームページ「2018年4月2日プレスリリース」
https://idatokyo.org/1198/
*5 竹富町ホームページ「西表島の観光客推移」
https://www.town.taketomi.lg.jp/administration/toukei/kankonyuiki/1531308472/

※掲載している情報は、2023年1月26日時点のものです。

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